第89話 世界の平和を守る者

 宴会が始まり、料理班の子達が作った料理の数々と魔王の持ってきてくれた酒やグスタールで購入した酒とおつまみ、様々な物を口にしながら、新たにやってきた者達と元々住んでいた者達とで楽し気にしている様をみて少し安心する。


 こうして一箇所に集まるとそれなりに数が増えたんだなと分かる。今全体でどれくらいの人数がいるのだろう? 三桁は超えていると思うしな、人数を確認してこれからの事を考えてみてもいいな。


「ホリ様、魔王様ガ呼ンデマスヨ!」


 とてとてとマンガ肉を握りしめて走ってやってきたアリヤが指差す方にいる魔王夫妻とミノタウロスのレイ、イダルゴ、そしてオークのプルネス、ペイトン、リザードマンのレギィやト・ルースとゼルシュなどが集まっていた。

 教えてくれたアリヤにお礼を言いながらこねくり回すように頭を撫で、彼らの元へと向かう。


「ホリ殿、彼らには私から事情を説明しておきましたぞ。移住に際しても問題はないようで、一気に魔族が増えますなぁ」

 顎に手を置いてこの場にいる魔族全体を眺めている魔王。そしてツマもそれに倣うように笑顔で頷いてからワインを口にしている。


「ありがとうございます魔王様。皆さん、ちゃんと説明できなくて申し訳ない、多分あの時に説明しても信じてもらえないと思いまして。それと他にも色々と謝らないといけない事もあるんです」


 彼らに改めて頭を下げて隠していた事を説明しながら謝罪をすると、魔王達の前で緊張をしているのが見て取れる面々の中で唯一まだ余裕があるレイが少し眉尻を下げて微笑んでいる。


「モォいいのよ。ホリさんの言う通り、多分あの時にその説明を受けても私達の大多数は信じていなかったと思うしね。混乱を招かない為にも適切な判断だったと思うわ」

「ええ、私達の方も精神的に追い込まれていたのは事実。怪我の治療だけでなく、食事を与えてくれた貴方には感謝の言葉もありません」


 オークのプルネスがレイの言葉に頷き、そう言葉を繋げてくるとト・ルースが顎を爪で掻く様にしながら口を開いた。


「ヒッヒッヒ、むしろ話を聞く限りでは最善だったと言っても良いでしょう。聞いたところ彼らの怪我の度合いもかなりの物だったようで、死人が出ていない事を喜ぶべきかと思いますよ。ただあの薬を使われた子達は恐怖を抱いたみたいですがねえ」


 薬草汁の事を思い出したのだろうか、レギィが尻尾を力無く下げて自身の体を確かめるように触っている。

「あの薬も途轍もない衝撃でした。ホリ殿のおかげで拾えたこの命ですが、あれだけはもう味わいたくはありません……!」

「怪我するとあの薬をお見舞いされるからねぇ。レギィも注意しなよ? ホリ様は相手が女子供だろうが怪我をしたっちゅうと構わず嬉々としてアレを使うからねえ。ヒッヒッヒ!」

「確かにあの野営地での飲ませ方は見ていて、そして経験して怖気が立った。怪我には注意するとしよう……」


 イダルゴが大きな体を震わせている、そんなに他者に無理矢理飲ませたりしたかな……? してるな。それが原因で数時間吊るされたり、お詫びにブーストポーションを使うハメになったりしてたなそういえば。


 口振りから察するにレギィとト・ルースは知り合いなのかな? その内に話を聞いてみよう、知り合いなら新たにやってきたリザードマンは彼女に任せておいていいな。年の功もあるし、多数の者を纏め上げるのにも慣れているだろう。


 他の者とも話を詰めていこう。問題があれば先に聞いて、対処できる物は早めに処理しておきたいし。


「それじゃあ、レイさん達はここに移住するという事でいいんですね? こちらとしても助かりますが、まだまだ発展途上なので大変ですよ」

「ええ、話をしたと思うけど私達は元々移住先を探していた者達だしね。むしろこちらから願い出たい程よ。ちょっと気になる事はあるけどね……!」


 彼女は白銀のケンタウロス、ラヴィーニアと飲み比べをしているアナスタシアをちらと一瞥した。以前にも聞いたが、互いに色々ありそうだな……。喧嘩にならなきゃいいが。


 俺とレイ、他にも数名と同じような内容を確認し、彼らの当面の生活の為の会話が終わったタイミングで魔王のツマがテーブルにワインを置いて音も無く立ち上がった。


「貴方達、これだけは覚えておいてください? ホリさんは魔王、ひいては魔族全体にとって唯一無二の存在。何か粗相をしたり、手を煩わせたら『アノ』ようになる事だけは約束しましょう。私の言葉、心に刻んでおいてね?」


 彼女はそう言って精霊が入っている像を指差す。すると、サーッと音がするように顔色を変えてしまった彼らがその場でツマに向かい膝をついた。


「勿論です!」

「無論です!!」

「仰せのままに!」


 それを告げた彼女が膝をついたレイ達の肩に手を添えて立たせたりとしている。怖い、あの笑顔。なるほど、魔王とは別の意味で怖いなあの王妃様は。


「魔王様、魔王様……」

「どうされましたホリ殿……?」


 彼らに聞こえないように声を潜めて魔王に話しかけると、彼も察して小声で返して来てくれた。


「『アノ』像の中身、大丈夫なんですか? 色々と……。あと王妃様がアレに対して攻撃的すぎるのも怖いのですが、何とか出来ませんかね……?」

「ああ、あの像は中から開ける事はほぼ不可能でしてな。精霊如きでは何もできませんよ。それに明日にでも私達も同席して中の精霊と話をつけましょう。放っておいても、まぁ死にはしないでしょうしな」


 笑顔でワインを飲む彼、仰々しい雰囲気のあの精霊を『如き』呼ばわりは流石というか何というか……。だが威風堂々としていた彼が、盗み見るようにツマを一瞥した後にこちらへ視線を戻してきた。


「ツマがあのようになっているのは申し訳ないのですが、あれは私のタメなのです。ツマは私の敵となる者や、行動や目的を阻害してくる者、不利益などをもたらす者への攻撃意識が高いので。私の協力者であり、友人であるホリ殿をわずらわせた精霊に対しての怒りは恐らく相当な物です。触らぬツマにたたりなし、私にはどうしようもありませぬ」


 ツマが魔王の方へ一度向き直り、輝くような笑顔で手を軽く振っている。魔王もそれに応えるように怖い笑顔と冷や汗を浮かべて手を振り返しながら俺と会話を続けている。勿論小声で。


「止められるの魔王様くらいでしょう……!? 何とかなだめられませんか……?!」

「無理、ですなぁ……!」


 自分とツマの空けたグラスの中へとワインを入れ直す彼。

 香りを楽しむ仕草、それを味わう姿、そしてツマの元へとグラスを持って行く動作はかっこいいのだが魔王にも勝てない物があるのだ、と彼の額で輝いていた冷や汗が語っていた。奥さんが強いのはどの世界でも同じようだ。


 そういえば先程ツマが何か言っていたな。食べて貰いたい物があるとか……。なんだろう? 採れたての農作物とかかな?


「王妃様、ちょっと気になったのですが先程仰っていた物とは……?」

「ああっ、そうでした。話の方も落ち着いたようですし、早速食べて頂きましょう。フフフッ、これです!」


 彼女の右手が輝く、収納魔法の光だ。この魔法、魔王かツマかムスメ、誰でもいいから教えてくれないかなぁ。……まだ魔法らしい魔法が着火マンと小便小僧のような流水しか出せない俺がやる物でもないか。シーですら難しいみたいだし。


 彼女が出した物は食べ物だった。順に並べられた物は肉、魚とチーズだったのだが、普通の物とは大きく違う点がある、それは……。


「これは燻製……ですか? かなり良い色をしていますね。美味しそう……」

「フッフッフッ、前回ホリさんが食べさせてくれたクンセーに私、魅了されてしまいましてね? あれのやり方をスライムちゃんから聞いておいたんです。私、料理らしい料理は出来ませんが、これはムスメちゃんや配下の者と一緒にあれこれやってみたのですよ! 味を見て頂けますかしら?!」


 興奮している彼女に言われるまま、備え付けられていた短刀で肉を切り裂いてみる。いい柔らかさだな、水分は感じないのに……。香りを確かめてみると香辛料もいい染み具合、これは絶対おいしい奴だろうとドキドキと高鳴る胸を抑えてあれこれと確認していると、レイ達も俺の一挙一動を見守っている。


「では頂きます」

 香ばしい匂いの塊を口の中へと放り込むと、じわりと広がってくるスパイスの味。そして噛めば噛むほど肉の旨味と香辛料が口の中で混じり合い、食べているのに涎が止まらなくなりそうだ。


 キラキラとした目を向けてくるツマ、そして気付けば横にいる同じ目をしたムスメ、ツマの横で微笑んでいる怖い顔の三者が俺の感想を待ち望んでいるようだ。


「美味しいです、これは美味しい! 先日私が作った物より数段美味しいですねこれは! これ程美味しい燻製肉、初めて食べましたよ」

「やりましたわアナタ! ムスメちゃん!」

「おめでとうママ! これでメンキョカイデンなんだ!」

「うむうむ、あれだけ苦労していた物なぁ。早速魔界グルメアワードに出品しておくとしますかな」


 ツマとムスメはハイタッチをして、魔王は何やら呟きながら頷いている。


 いやあ、これは商品になるだろうなぁ。水分は全く感じさせないのに何故か肉は固すぎず、小さな肉片でも食べ応えを感じさせる。お酒が欲しくなる逸品、まさに絶品だ。


 他の皆にも食べるように促すと、アリヤと復活したゼルシュがまず飛んでやってきた。それに続く様に他の者もツマの出した燻製に手を伸ばし、舌鼓を打っている。


「これだけ美味しいと、料理にも使えますね。ちょっとやってみようかな……」

「な、何ですって……!? こ、これから更に進化を……!?」

「ホリは戦闘力ゴジュウサンマン族だったんだな……!」

「ホリ殿、それはすぐに頂けるんですかね? それなら私も食べてみたいですぞ」


 俺の言葉を聞いた彼らが喜んでいた手を止め、驚くツマと訳のわからない事を言うムスメ。食べたいという魔王に応えてあげたいがどうだろう……。


「ちょっと待ってて下さいね。……スライム君、あまり塩の使ってないパンの生地ってあるかな?」

 宴会をしているトレントの並木道から少し離れた位置で料理をしていた彼に聞いてみると、ポンポンと跳ねてテーブルの近くでプルプルと震える。

 気付くとそこにはボウルに入ったパン生地が現れた。魔王達の分だけではなく、他にも数枚分ある事から自分の分も用意しろという事だろうか。


 魔王達に少し待ってもらい、生地を丸型にしていく。上手い人だと投げたりして薄さを揃えるが、そんな芸当は出来ないので手で伸ばした生地とツマの用意した肉を一口サイズにして下準備を進める。


「あ、スライム君。何かパンに合うソースないかな? ちょっとピリッとした物の方がいいな」

 隣で見ている? 彼に問いかけると、プルプルと震えて用意された物が幾つかあるので味を確かめると、その中の一つにチリソース風のピリリとした辛味のある物と、使われている野菜の旨味が滲み出ているソースがあったのでこの二つを使おう。


 興味津々と眺めている魔王一家、料理班、そして周囲の者達の視線が痛いが、合わせたソースを塗り、ツマの肉、そしてカットした幾つかの野菜とチーズを乗せて完成。

「あとはこれを焼けば完了だけどかまどが無いからなぁ。どうした物か……」


 かまどを今から鉱石で作るのは少々難しいよなぁ、うーん。


「ホリ? ドーした?」

「ムスメさん、いやぁ、これを焼けば完成なんですがね。かまどで焼けばいいんですけど、火がなくて……」

「火? ホイ」


 ピッと指を一本突き立てるようにして、小さな火の玉が彼女の指先から出ている。そしてその白い光を放っている玉をこちらが用意したピザに向かって優しく送り出すように突き出した。


「いやそんな小さな火ではなく……」

「オォ、ソレ置いた方がイイゾ! シヌかも!」


 彼女の溢れる笑顔と元気な言葉に嫌な汗が噴き出てきたので、大急ぎでトレイごとピザを置きその場から離れてムスメの近くへ避難を済ませる。その間にもふよふよと飛んでいる火の玉を改めて観察してみると、どう見ても俺が出すチャッカマンとは違う熱量と輝きを感じるので、間に合わなかったら大変な目に遭っているだろう。


 あれ、彼女は大魔王だったのかな? 


 用意した数多くのピザに光の玉が着弾すると激しい炎の竜巻が上がった。いやあれ、焦げたでしょ。とつい口から出てしまった俺の横ではムスメが作り出したキャンプファイヤーに、ゴブリン達三名が何かわからない文字が書かれた採点の札を上げている。どこにあったのそれ。


「ムスメさん、火力強すぎ! 焦げる焦げる!」

「おー? ダイジョーブだ、火力は抑えてるゾ!」


 火柱が収束すると、あまり影響を受けていない鉱石のトレイの上に並べたピザが良い具合に焼けて焦げ目もついており、チーズやソースもいい感じ……。納得出来ないが、焼き加減としてスライム君に聞いてみた所、肯定的な反応を示したので一切れ分をカットして試しにとスライム君と二人で味わってみる。


「うぉ、これうっまいなぁ……! この肉の味とチーズ好きには堪らない出来……!」


 作り方は大分酷い物だったが出来上がりは素晴らしい、香り高く放つ肉の風味と香ばしいパンの香り、そしてチーズのまろやかさと一緒に乗せた野菜が少し焦げているのがまたいいアクセントになっている。


 スライム君からもいい反応が返ってきたので、燻製の作り手二人にも味を見てもらうためにナイフでカットしていく。その内の一人であるムスメと、ゴブリン達は某大魔王的寸劇をして遊んでいるので、お礼を言っておこう。


「ムスメさん、ありがとうございました。確認してみたら、丁度いい火加減でしたよ。出来上がりをお持ちしますんで、席について少し待っていてもらえますか?」

「オォッ、待っとくぞ!」


 彼女を見送ると、ゴブリン達もこちらを見ているので自分達も味わいたいという事だろう。頷いて彼女の後を追う事を促すと、笑顔でムスメに倣うようにテーブルの横へと戻っていった。


「ムスメさんのおかげでお手軽に出来ちゃいました、どうぞ。味の方もご満足頂けると思いますよ」


 ピザをカットしてから魔王達の前へ持って行くと、待ちきれないといった様子の三名とゴブリン達、そして周囲の者達も派手な演出で出来た物への興味が尽きないようで、近くまでやってきて彼らを見守っている。


「ふむ、先程のホリ殿を見るにこれは手で頂いた方が宜しいようですな。早速……」

「アッ、パパズルい!」

「楽しみだわ、フフ」


 彼らがピザを一切れ持ち上げると、食欲を掻き立てるようにチーズが伸びて焼き立てならではの香ばしい匂いが沸き立つ。三者が殆ど同時に口へ入れると周囲で眺めている者達が緊張した面持ちで唾を飲み込んでいる。不味いっていう事はないと思うんだけどなぁ……。


 俺の不安をかき消すようにまずムスメが、そしてツマが続くように嬌声にも似た声を出して頬を手で押さえるようにして味を堪能している。


「これは美味いですなぁ。このような料理を食べる事はあまりありませんが、城のコックにも作ってもらうとしますかな? どうやら作り方も簡単なようですし、何よりムスメが気に入っている様子」


 魔王が微笑むようにしてちらりと見た先で、ソースを口の横につけて二枚目へ手を伸ばしているムスメと目が合った。


「ウワッ、顔怖ッ」

 一言呟いてピザへと視線を戻し、再度頬張って味を楽しむムスメ。傷ついた魔王を撫でて慰めながらツマが笑顔でこちらへ向き直ってきた。


「美味しいです、まさか私の用意した物を使ってこんな事をされてしまうとは。頑張った甲斐があったという物、それに、誰かにこうして味を認めて貰えるというのも嬉しい物ですね」

 彼女は自身が作り上げた作品を美味しそうに頬張っている面々を眺めて楽し気に笑っている。やはり美人、膝元で悲しんでいる怖い顔とは違うなぁ。


 俺は隣でムスメと同じように口元にソースをつけて次の一切れに手を伸ばそうとしているアリヤを撫でる。余りピザの量がないので、既に他の腹ペコ達との奪い合いが始まっているのだ。彼も撫でられている事に気付いていない様子で次の一切れを頬張った。


「わかります。美味しいって言ってもらえるだけで苦労が報われるような気がしますよね。それじゃあ最高級の燻製を頂けたお礼に、恐縮ですがこちらも用意しておいた物を出すとします。少々お待ちくださいね」


 魔王の傷ついた心を癒せる料理だろう。ラヴィーニアも言ってたしな、元気が出るって。それに他にも甘い物好きの人には堪らない出来栄えになっていると思うし、出してみて反応を見てみるとしよう。


 そういえば手掴みで食べる物が続いてしまうな。ピザもそうだけど、やんごとなき方々だからそういった物はお城では出ないんだろうなぁ……、鞄から色々と出しつつ考えていると、オレグが俺の元へとやってきた。


「ホリ様? 今度は何を作られたのですか? 何やら甘く、良い香りがしますが……」

「良いタイミングで来るなぁ、オレグ。はい、クレープだよ。前に約束したよね甘い物。食べて食べて」


 甘い物と聞いて眉根に力が入ったオレグ、彼の強い眼差しを受けるクレープ。彼が躊躇なくぱくりと齧り付くと、隣にやってきたケンタウロス達も様子を伺っている。


「むふーっ」


「うまい」とか「おいしい!」とかでも嬉しい物だが、あまり見る事のない笑顔を感想としてこちらに伝えてくるオレグ。どうやら気に入ってくれたようだ。


 彼の反応を見てから、用意したピザを一皿食べ切って楽し気に談笑をしている魔王達のテーブルにクレープを並べる。


「こちらになります、ご賞味下さい。甘い物ですから、ダメな人はダメかもしれませんがたまにはいいでしょう?」

「甘い物ですか? フフフ、ホリさん? 私とムスメちゃんは甘い物にはうるさいですよ、楽しみにさせてもらいます」

「カカッテコイ!」

「私は甘い物は苦手ですが……。ホリ殿の品です、味わわせてもらいますよ」


 そういえば、ロイヤルな一家に甘い物はちょっとハードルが高いな。食べ慣れているだろうし、もっと良い物を食べているだろうしなぁ。


 やってしまった、という後悔に苛まれながら彼らの動向を見守る俺と、流石に自分達が手伝った物を食べられるという事でゴブリン達や、アナスタシアやラヴィーニアも俺の隣へとやってきた。


「大丈夫かしらねェ」

「ああ、相手は魔王様達だからな。何かやらかしていなければいいが……」

「ナンカキンチョースルネ!」

「アア、アレ僕ガ作ッタ奴ダ……」


 緊張した面持ちの五人だが、口の横にはピザソースやらチーズやらがついていて傍目からは全く緊張感はない。彼女達の口元のソースを拭いながら、魔王達が食べるのを見守る。


「フムフム……」

「ホウホウ……」

「フーム……」


 彼らの中からまず一人、先程ゴブリン達が使っていた採点の棒をバッと掲げたのはムスメ。いや、それ何て書いてあるの? それを見て、まずはほっと胸を撫でおろす俺以外の一同、あれ? 皆わかるのか。


 次いで魔王も同じ物を静かに掲げると、ゴブリン達三名が肩を組み合って喜んでいる。いい意味合いの物だというのはゴブリン達のリアクションでわかった。


 そして、最後のツマが瞑っていた目を静かに開けてその採点の棒を上げ……ない! 彼女自身も迷ってはいたが、半分まで食べた段階で感想をこちらに教えてくれた。


「味はよいです、ただ私としてはこの中にもう一味が欲しいです。違うアクセントがあれば、この一品ももっと魅力的になると思います」


 俺以外の五人は悔しそうにしている。俺としても悔しいのはあるが、それ以上にこうして改善点を出してくれてありがたいなとも思っていた。


「なるほど。確かにフルーツとジャム、クリームだけというのは……。ん? おお、そうだ。ベル、ちょっと手伝って!」

「ハイッ? ドウシマシタ?」


 ベルと二人でその場を離れ、新たなクレープを作ってみる。とは言っても大きく手を加えずに、新たに中に一品入れるだけなのだが。


「これをこうして、更にクリームで包むように……。」

「コレ、絶対オイシイ奴!」


 俺の要求に、既に見事な腕前へと成長を果たしたベルがクレープを包んで応えてくれる。そうして二人で新たに作り上げた物をツマの前へと持って行く。


「これは、見た目は先程と変わらないですよね?」

「ええ、助言の通り、中に一品加えてみました。これでダメそうだったら次回来られた際にまたリベンジさせてもらいますよ」

「王妃様、食ベテ下サイ!!」


 ベルが持っていた皿を笑顔を浮かべて受け取り、彼を一撫でしたツマが改良クレープを口にしていく。


 先程よりも少し重い空気を感じる一同の中で、ツマがそっと採点の棒を掲げるとゴブリン達と女性陣の安堵の息が漏れ、周囲の者達が色めき立っている中でツマが新たな一品を手にしながらこちらへ疑問を伝えてきた。


「これは美味しいですね、あの短い時間でまさかこのような一味を加えてくるなんて……。中に使われているのは氷菓子かしら?」

「ええ、こちらですね。あとで皆に振舞おうと用意していた物ですよ」


 俺が用意しておいたアイスクリームを見せると納得といった表情のツマと、早速スプーンで食べ始めているムスメと魔王。

「おおっ? この味は我が農園で採れた果物ですかな? ンマイッ!」

「さっきも食べたけどンマイなぁこれっ! アッ、パパ取りすぎ!」


 我先にと手を伸ばしてスプーンで鍔迫り合いのように争っている二名は置いておいてツマが満足そうにクレープを頬張っている。気に入って貰えて良かった。


「あらあら? フフフ、ホリさん? どうやら我慢の限界が来てしまった者達がいるようですよ?」


 俺の後方で料理をしていたスライム君のところへ、人だかりが出来ている。彼らの中にはこちらへ指差している者もいるので、目的は一つのようだ。俺が魔王達の近くにいるからってスライム君を狙うなんて律儀だな彼らは……。


「ありゃ、スライム君だけじゃ大変だと思うので行ってきますね。追加が欲しくなったら言ってください。用意しますので」

「おお、それでは私はこちらの氷菓子を!」

「ママの褒めたコレを!」

「私も氷菓子を頂きたいです、何時の間にかなくなっていますからね」


 視線を強めて魔王を見たツマ、「急ぎでっ」と魔王が追い詰められたように呟いたので早急に用意して彼らに渡した後にスライム君の元へと行けば、新しい味を味わっている声があちこちから聞こえてくる。


 それから用意しておいた物がほぼなくなるまでの間、俺とスライム君は手を動かし続けた。


 やはり男性でも甘い物は好きな人はいる。ただどうしても他人の目からどう見えるかと考えてしまう人も少なからずいるとは思っていたのだが、俺の目の前にいる同族の者達より少し歳のいった男性が頬にクリームをつけて甘い物を頬張っている姿をみると多少微笑ましく、性別や年齢なんてどうでもいい物と思える。


 ただし、どうでも良くない光景が俺の目の前で繰り広げられ始めると話は別。


「オレグ様、またクリームがついておりますよ」

「お、おおすまぬ。どうにも夢中になってしまって仕方ないな、このくれーぷは!」


 アナスタシアの部下、茶髪の女性がオレグの頬についたクリームを指で掬いそれを自分の口へ運び、食べる。照れた様子を見せる赤面した男性……。何だこのリア充空間は? 薬草汁ぶっかけて潰してやろう。


「ホリ様? ドウシマシタ? 水筒ナンテ出シテ」

「ちょっとやらねばならない使命が生まれたんだ……。止めないでくれ」


「エッ?」というアリヤの声が聞こえている間にも、男性と茶髪の娘のイチャイチャ空間が広げられているので、音を殺して彼の背後へと回り込む事に成功した。


「リア充警察だ! 口を開けろ!」

「ホリ様ッ!? 一体なにおごごご」


 ぱたりと下手人は倒れ、世界の平和は保たれた。

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