第88話 飲んで忘れよう
スライム君のお土産として購入した食材、特にこの拠点では入手不可能な物の一つ、今回の遠征で手に入った調味料を並べ、この中のいくつかはこれから栽培で手に入るかもと言うと彼の喜びも一際激しくなり、触手を伸ばして捕食されるように体を包まれて抱き締められた。
喜んで頂けたようだが、それを見たゴブリン達が血相を変えてスライム君を引き剥がそうとしていたのが面白かった。
やはり傍から見れば捕食シーンでしかないようなのだが、あらぬ誤解を受けたスライム君は多少傷ついたように小さくぷるっていた。
「さてと、甘い物を作るとしようか。皆もたまには食べたいだろうし、何より俺も食べたい。スライム君準備はいいかな? アリヤ達にも手伝ってもらいたいんだけど」
「ハイッ!!」
「ヤリマスヨ!!」
アリヤやベルと同じように拳を掲げているシーとスライム君もやる気充分なようだ。今日のは少しハードだと思うけど、頑張ってやり切ろう。
彼らから聞いた限りだと、新たにやってきた者達には他の料理班の子が食事を用意しているようだし、ヒューゴー達や風呂好き達が
そして住む場所、住居の建築にも既に話を進めているよう。
これほどまでにすんなりと話が決まっていく、話の流れが淀むことなく進んでいくのは意外な事に、ムスメのリーダーシップがあるからだとアリヤとベルが語っていた。
うだうだと話をしているところに鶴の一声で決定する、更に彼女の指示なので喧嘩にもならない。
彼女にいてもらってよかったな、そのムスメは鎖のような物で繋いだ精霊が封印されている像をハンマー投げのようにして色々な種族と距離を競い合っていたのだが、飽きて風呂に行ってしまった。
やりすぎても後が怖いのだが……像の中の声も静かになっているし……。
気にするのをやめて指示を出していく。今回作りたい物にはとにかく量が要求されるので、ゴブリン達が手伝いを申し出なかったら明日は筋肉痛と腱鞘炎で苦しむ事になったかもしれない。
とりあえず準備しておいた生クリーム、これをアリヤ達の目の前でクリームにしていく作業と出来上がった物を見せ、彼らの様子を見ながら試しにやってもらう事にした。
その間に大量の小麦粉、卵、牛乳に水などなど準備を済ませておいた。
ちゃんとしたケーキなんてかかる時間も労力も必要な技術や食材も大変な事になるので、今回はこちらを使って魔界産地直送のフルーツを使った簡単クレープにしてしまおう。
「ウォオオオオオオッ」
「ヌゥアアアアアアッ」
ひたすらカチャカチャと泡立て器を使って混ぜているゴブリン達三人、彼らの頑張る姿を横目にフルーツのいくつかを味見して、酸味の強い物を選びそれでジャムを作ってみよう。
順調かと思った矢先、
悪戦苦闘を繰り返して、出来上がったジャムも中々の出来だったが日本で作った物より砂糖の質の違いや環境の違いからか、少し風味も変わってしまった。
それでも味はかなりいい。最初に味見した際に頂いた果物の質がいいというのはあったけど、それでも出来上がった物は我ながら上出来と思えた。
「アリヤ達は……、お疲れだね。わかってはいたけど」
「ヒッ……、ヒッ……」
「手……、手ガッ……」
三人は既に顔や体のあちこちにクリームをつけて虫の息になっている、少し休憩させてあげよう。彼らの頑張りで出来たホイップクリームと、今出来上がったジャムを一緒に食べてみたが、これは美味い。圧倒的な甘みにまろやかな酸味がマッチしていて、甘い物がダメな人にも受け入れられそうな程だ。
「アリヤ、ベル、シー、あーんして、はいあーん」
「? アーン」
「アーン」
彼ら三名の口の中に出来上がったクリームとジャムをたっぷりと入れてみる。彼らは目を瞑って味を堪能したり、顔の周りで手をせわしなく動かしたりと味わっている。
「疲れた時は甘い物っていうからね、美味しい?」
「最高デス……」
「泣イチャウ……」
評価も頂いたところで次にいこう。今作っておいた物は氷の魔石で生み出した氷を山のように入れた鉱石箱の中に容器ごと突っ込んで、更にその状態で鞄の中へ入れておけば鮮度を悪くするという事もないだろう。
「スライム君準備はいいかな? ごめんね、そっちを任せっぱなしにしちゃって」
ポンポンと楽し気に跳ねている彼、その近くにあるいくつものボウルの中にはぎっしりとカットされたフルーツやクレープの素が大量に入っていた。
生地を焼く為にペラペラにした鉱石の板を用意して熱がじんわりとだが、通るのも確認して火から離しておいたし、あとはとにかく焼き上げていこう。
前回ホットケーキをやった時に焦がしてしまった経験を生かして今回は綺麗に焼いてみせよう。
俺がそう気合を入れている中で、隣のスライム君は既に生地を焼き始めている。魔王の城で経験があるのだろうか、一連の流れを見ていてその触手際に感心してしまった。
スライム君の焼いた物はまさに理想的な色味、見ているだけで食欲をそそられる物だった。
俺も負けじと綺麗に焼きあげた物が数枚出来たので、まずは一つを完成までさせてみよう。鞄から出したクリームやジャムもいい感じの冷え方をしているし、鉱石で先程短刀のようなヘラも数本作っておいた。
皿に一枚クレープの生地を乗せてクリームを盛り、そこを基点にカットした果物と作り立てのジャムをかけて包む。
「うーん、やっぱり素人じゃ綺麗に出来ないか……」
綺麗に包み込むのが難しく、多少手作り感が出てしまうのは仕方ないかな? と思っていたところへやはり頼りになるスライム君。彼がクリームを取るヘラを要求してきたので渡してみたところ、同じ条件にも関わらずお金が取れる出来栄えのクレープを造り上げた。
「くぅ……、出来るんだろうなぁと思っていたけどこうも料理センスを見せつけてくるとは、出来るスライム君め!!」
彼はポンポンしているのでしこたま撫でつけてから、試食をする事にした。俺とスライム君が作り上げている最中、口という防波堤からとめどなく溢れてくる
「アリヤ、ベル、シー、はいこれお手伝いのお礼。五人で先に味見しちゃおう?」
「イイ匂イ、デス!」
「食ベチャウノ勿体ナイネ!」
アリヤが「イタダキマス!」と叫んで大きくクレープを頬張った。ベルやシー、俺やスライム君もそれに続き出来上がりを頂いてみたが、いい出来だ。
先程も感じたがやはりこのジャム、というよりこのフルーツがどれもこれも良い味を出している。他にも試すようにいれた果物がまたうまい。そしてゴブリン達の頑張りによって出来たクリームもいい。
「うーん、久々に食べるなぁ。この暴力的な甘さ! うまい!」
牛乳もクリームも果物も日持ちはしないだろうし、今日のこれで使い切ってしまおう。腐らせたくはないし、次に入手できるのはまたグスタールにいったら、かな?
「アリヤ達はどう……、おいしかったんだね」
口元を白く染めている三人のゴブリン、その手にはもうクレープはなく彼らの口の中へと吸い込まれたという事実を膨らんだ頬が語ってくれた。
味の方もお気に召したようで、口の代わりに手でサムズアップをすることで感想を述べてきた。
三人にもクレープを作らせてみると、意外な事にベルがスライム君にも負けないほどの手付きでクレープを造り上げ、出来栄えも見事な物だった。
「ベル凄いね、俺より上手いよ。これなら手伝ってもらおうかな?」
「ハイッ! コレ楽シイデス!」
悔しがっていたアリヤとシーにはクリームと牛乳を混ぜ合わせ、そして果物を潰した物を入れたフルーツスープを提供しておいた。
生の牛乳は怖かったので、これは先程煮立たせておいた物だから大丈夫……だと思いたい。俺も先程飲んでみたけど変な味はしないというか、むしろ濃厚すぎる味にびっくりした。
「オイシーデス!!」
フルーツをそのまま食べたり、牛乳の中で潰してそれを味わったりと楽しんでいるアリヤとシーの両名、彼らが食べたのを見て、少し笑みが零れてしまう。作戦通り。
「フフフ、食べたね? じゃあアリヤとシー、あのクリームまた混ぜといてね?」
「……エッ!?」
「ダマサレタッ!!」と叫びながら悔しがっているアリヤと、全てを諦めたような表情のシーがスープを飲み干したところへ、カッポコツカッポコツと二種類の足音。俺達がいる洞穴の坂道を上ってくる足音と、何やら言い争う声が聞こえてくる。
元気が出たようで良かったな、と言い争う二人の声に安堵しながらアラクネの長女と白銀のケンタウロスの姿が見えた。
「フン、お前が薄気味悪い穴倉でめそめそ泣いているから悪いんだろう!」
「だからってェ、風魔法ぶち込んでくる普通ゥ? これだから尻のデカい種族はァ……」
「お前だって尻がデカいだろ! 大体……」
「私のこれはァ尻じゃ……」
流石は鼻の利くケンタウロスと、匂いを使って獲物をまとめて仕留めるというラヴィーニア。
口喧嘩をしていた二人が大分距離はあれど、こちらがやっている匂いに気付き言い争う事を止めてこちらへ静かに、速足で歩いてきている。
「ラヴィーニア、元気出たんだね? よかったよ。じゃあハイコレ、お腹空いてるでしょ? アナスタシアもお疲れ様、ハイコレ」
彼女達の姿が見えたところで、作り上げた物をあげてもいいかとスライム君やゴブリン達に聞いてみた所、あとでフルーツマシマシクリームジャムチョモランマのクレープを皆の分とは別に用意する事で許可が下りた。
何やら別の料理の事のように聞こえてきたのは多分気のせい。
明るいところで見るラヴィーニアは、多少目元が腫れぼったいようにも見えるが普段とそれほど変わった様子もなく元気を取り戻しているようだ。
「もォう、大丈夫って言ったでしょォ? それとこれはァ……?」
「ラヴィ、ガブットイッテ! サイコーダヨ!」
「アナスタシアモホラ!」
「う、うん……? 匂いが良いのはわかるが……」
俺から渡された物を眺めている彼女達を、ゴブリン達三人が急かすようにして食べる事を促している。困惑しているアナスタシアが
「これ美味しいわァ! 何かこう元気が出るわねェ、ダレカサンのせいで傷ついた心が癒えるみたァい」
「もう、ごめんって。あんなことは多分もうしないから」
彼女の言葉に苦笑をしながら謝ると、楽し気にクスクスと笑っている彼女。大丈夫という彼女の言葉の通り、もう心配はいらなそうだ。
そしてそのラヴィーニアの様子を見て、生唾を飲み込んだアナスタシアがクレープを再度睨みつけて、意を決したように口を開いて食べようとした。……のだが。
「あァ、そうそうアナスタシア? 前に訓練に付き合ったらァ、『次ホリが作った新作は私にくれる』って約束ゥ、覚えてるゥ?」
「うぐっ!? 貴様、ここでそれを言うか……! この状況で……っ!?」
眉根を更に寄せて仇を見るような目つきでラヴィーニアを睨みつけ、小さくクレープを持つ手を震えさせるアナスタシア。
「冗談よォ、私もまだ死にたくないわァ」
クレープを頬張りながら笑顔を零すように笑っているラヴィーニア、ほっと安心したのか一息ついているアナスタシアが再度甘い匂いを放っているクレープを見据えてから頬張った。
「ん、んんー! うまいなこれは!」
「よかったよ、今日はこれを皆に用意したから食べて貰えるといいなー」
「むしろ争いになりそうよねェ……。住人も増えたんでしょォ? タイミング悪いわァ、食べられる量が減っちゃいそォ」
彼女達はあっという間にそれを食べ切り、指についたクリームを舐めたりなど、美人の二人がやるとついつい「おっふ」と言ってしまいそうな映像を見せ、味の感想などを教えてくれたりとしているのだが大事なのは味の感想もそうだが、こちらの狙いとしてそれだけではない。
アリヤと視線を交わし頷き合うと、満足気な二人にアリヤが泡立て器を差し出して、疲弊して倒れているシーを指差す。彼女達は揃えてその方向を向いて疲労困憊のシーを眺めて首を傾げている。
「ラヴィーニア、アナスタシアもクレープ食べ切ったね、じゃあアリヤとシーに協力してクリーム作りに手を貸してね」
「えっ?」
「えェッ?」
「ヨッシャ!」
先程視線でアリヤとシーが彼女達を仲間に入れろと訴えてきたので、彼女達にも手伝ってもらう事になった。
どれだけ量を使うかわからないがまだまだクリームは欲しい。クリームも最終的に余ったらクッキーにして取っておけば狩猟班などのおやつにも使えるだろうし、宴会途中でも終わり際にでもこのクリームを使って一品出したいのもある、購入した量が多いからたっぷりと甘い物地獄を味わってもらおう。
「うぉぉおおおおおっ!」
「私ィ、あんまりこういうの得意じゃないのよねェ……」
「ラヴィーニア、モットコウ!」
ひたすら高速でしゃかしゃかと小気味良いリズムで混ぜ続けるアナスタシアと、唇を突き出して不貞腐れながらも腕を止めないラヴィーニア。
ラヴィーニアが泡立て器を使い混ぜていると、どことは言わないが揺れる。汚したくないからといつものパーカーを脱ぎ、薄手のドレスだけになった事でそれはもうぷるーんぷるんと叫びたくなるほど揺れるッ!
クレープに集中しないとスライム君に怒られるので眺める事も出来ずに俺は溢れる涙を堪え切れないまま、生地を焼く事に集中した。
彼女達と休憩を交互に繰り返しながらゴブリン達も頑張って、相当な量を作り上げてくれたが、どうやら彼女達も限界のようだ。
「こ、これは中々腕に来るな……っ!」
「も、もう無理ィ……っ!」
「ヒィッ……、アヒッ……」
ぐったりと項垂れている四人が突っ伏すようにテーブルに頭を置いているので、頑張ったお礼に夜出そうと思った物を先に用意してあげるか。
「四人共お疲れ様。ベルも手伝ってくれてありがとうね。皆お風呂いってきな? 風呂上りに最高の物を用意してあげるから、充分に温まってきてね」
むくりと顔だけ向けてくる四名と、隣にいたベルがきらきらとした視線を向けてきた。彼女達は少し休憩すると浴場へと赴きこちらはスライム君と二人、彼の魔法はどれだけ多機能なのと言いたくなるほど、俺の要求した事を平然とこなしていく彼。
「もしかしてこういった物も魔王様のお城で出たのかな? それだと魔王様達にはちょっとつまらないかもしれないなぁ」
ポンポンと跳ねるスライム君と試行錯誤して目的の物が出来上がり、トッピングとして使う為にクリームと小麦粉を混ぜ合わせた物を焼いておいた。
全てが終わる頃には大分いい時間になってきて、空が赤らみ出しているのだがここである事実に気付いてしまった。
「あ、宴会に出す食事作ってないや。どうしよう……!?」
俺がその事実に気付いた時に、既にスライム君は動き出していたようで大量の白い粉と何か色々な香草を準備していた。用意されている白い粉をぺろりと舐めてみると塩辛い、どうやら塩のようだが……。
ピコーン! と電球がついたようにスライム君の作りたい物が理解できたような気がするので、彼と二人でそれを混ぜ合わせ出来上がった物をスライム君が収納魔法でしまっていく。
どうやらアタリのようだ、今日は美味い酒が飲めるとついつい握り拳を作ったところで、風呂から女性陣とゴブリン達が我先にと戻ってくる足音が聞こえる。
いつも思うが、何故ゴブリン達は一緒に風呂に入れるんだろう……。ゴブリンのフリをして俺も一度トライしてみるか? ……命が幾つあっても足りないかもしれないが。
「ただいま、ホリ! ちゃんと温まってきたぞ!」
「ただいまァ、ふゥー、暑いわァ……」
彼女達やゴブリン達、ほんのりと花の香りがする血色の良い五人の前に、五つの容器を出した。保存用に鉱石で新たに作った箱の中に氷を敷き詰めてそこへ出来上がった物を入れてあるから、ひんやりと冷たい。
「はい、アイスクリームだよ。冷たいからゆっくり食べないとお腹壊しちゃうからね。クッキーが入っている物と入ってない物があるから、食べ比べてみて」
「オォッ……? ジャアコレ、イタダキマース!」
「アリヤガソレナラ、僕ハコレー!」
「私は入っていない方を頂くとしよう」
「じゃあ私はこっちィ。フフフ、楽しみねェ」
シーは入っている方になったようだ、味も先程スライム君と一緒に食べてみたがやはりクリームが濃厚なのがいいのか、量が物足りなくても食べ応えが良い感じにあるので満足できる筈……。
「んんん、冷たいなこれは。うまいぞホリ!」
「そうねェ、火照った体に最高ゥ……。このサクサクがまた好きだわァ」
「オイシーデス!」
「ウマー!」
シーに「おいしい?」と聞くと何度も頷いてくれているので、受け入れられたようだ。お互いのアイスを交換して味見し合ったりしている彼女達がそれを食べている時に、これまたホカホカとしたムスメがやってきた。
「ナンカ、ウマソーな気配がしたぞ! ホリ、隠すな! 出せ!」
キラキラとした赤い目を輝かせて、右手をこちらへと差し出して要求される。彼女のその嗅覚に笑いを零してしまいそうになりながら、もう一つ容器を追加してアイスクリームのクッキーが入ってない物を用意した。
「魔王様達はこういった物を食べた事があるかもしれませんが……」
「おお、氷菓子な! たまに食べるぞ、ウマイんだよなぁこれ!」
パクパクと食べ始めたムスメ、やはり彼女や魔王、ツマにはもう少し捻った物の方がいいけど、これ以上どうしようかな……。
ああ、さっき作ったジャムでも混ぜ込んでおこう。飽きないだろう、多分。自分達の作った果物だし、嫌な気分にはならない……よな?
試しにアイスとジャムを混ぜ合わせた物を作ってみたのだが、作っている最中に横からの多数の視線と、無言の『よこせ』という重圧に耐えきれず一人前だけ器に取り、彼女達の前に出した。
「オオ、コレうまいな! ウチの畑でもマネしよー!」
「凄いな、先程とはまた違う美味しさだ。私はこっちの方が好きかもしれない」
「私はァ、あのクッキーが入った奴が一番かなァ。これもこれで美味しいけどォ」
「ドレモウマイ!」
「全部食ベタイ!!」
シーもこれがどうやら一番口に合ったようで、いい笑顔でこちらへ頷いてきた。
「よし、今日の甘い物はどれも大丈夫そうかな? ただ俺としては、スライム君の料理が早く食べたいよ。アレは絶対美味しい物だもんね? スライム君」
ポンポンと跳ねているスライム君。もしかしたら、こちらの知らない間に別の料理も用意してくれているかもしれない。
「そういえばムスメさん。魔王様達は何時頃来られるんですかね? 新たに来た者達に彼から言葉を貰えれば元気出るかもしれないんですけど」
咥えていたスプーンを口から離して、考え込む彼女。手の中の容器は空っぽになっているので気に入ってもらえたようだ。
「ンー? そろそろ来るんじゃないか? まぁパパもママも、こういう時ゼッタイ遅れるって事はないからな!!」
料理の後片付けを済ませて、宴会の場へとやってくると既に姿を見せている魔王とツマが新たにやってきた魔族達を激励していた。
慌てふためいている様子のイダルゴや他の面々、緊張した面持ちと尻尾を見せるレギィ達リザードマン、そしてもう驚かないと豪語していたレイが魔王とツマの相手をしているようだ。
彼らの元へと歩み寄ると、レイが少し安堵したように息を小さく吐き出している。やはり魔王とツマの相手は緊張などの心労が大きいのだろう。俺ですら未だに緊張するし、魔族なら猶更だろうなぁ。
「おお、ホリ殿! 聞きましたぞ、何やら大変だったようで。こうしてまた会えて何よりですな! 新たにやってきた者達の体調は私とツマが回復させました故、ご心配なく!」
「魔王様、お久しぶりです。いえいえ、むしろここに住んでた者達に迷惑をかけてしまったので、大変だったのは彼らの方ですよ。私はそちらのレイさんや、他の魔族の人達に助けられましたから、道中もそれ程大変でもありませんでしたしね。彼らの体調にもご配慮頂き感謝します」
俺と魔王が話をしていると、新たにやってきた魔族達は多少のどよめきを見せている。事情を説明されただろうが、やはり実際に見ないと納得出来ない事もあるのだろう。
「ホリ様、ムスメちゃんが美味しい物を頂いたようで。楽しみにさせてもらいますよ? それと、後で少し食べて貰いたい物がありますの。よろしいですか?」
「? ええ、私で良ければ。何でしょう? 楽しみにしておきますね」
ツマが気になる事を言ってきたが、それよりも今は宴会を始めよう。
料理班の子達が腕を振るった料理も並べられていて、後は既に料理を始めているスライム君次第。彼の料理は少し時間がかかると思うし、酒宴を始めてしまって大丈夫だろう。
「それじゃあホリ様、挨拶を」
「え、ペイトンここは魔王様でしょ」
「いえ、今日はホリ殿ですな。宜しく!」
怖い笑顔を振りまいている魔王、新たにやってきた魔族がその顔の怖さから二度見したりしているが……。とりあえずこうなっては逃げきれない、やってしまおう。
俺がカップを持って立ち上がると、一斉に視線を向けられる。うう、やっぱり苦手だこういうのは……。
「えーっと……。まずは突発的な問題でここに住んでいた者達に多大な迷惑をかけた事、ここに謝罪します。そして新たにやってきた魔族の方々、ちゃんとした説明もしないまま今この時を迎えているという事も加えて謝罪します。皆さん、この度は本当にごめんなさい」
深々と頭を下げて前にいる魔族達全員に謝罪をしておいた。
彼らにはこれからも迷惑をかけてしまうだろうなぁ、と思いながら頭を上げると数人が何故か泣いている。参ったな。
「ええ、と。新たにやってきてくれた魔族の方々、これからどうするかはわからないけど今日は楽しく飲みましょう。そしてこの拠点に住んでいる方々、ホリ無事帰還しました! 色々な人達に感謝を込めて、乾杯!」
とりあえず飲んでしまおう。と結論を出した俺は誰よりも早くカップを空け、宴会開始数秒で倒れたリザードマンをポッドの根元に寝かせておいた。
その際に気付いたのは、ポッドやトレント達が眠っているという事。お爺ちゃんから響いてくる小さな
騒がしく始まった酒宴の席と、いつもと変わらぬように見える星空や月を眺めながら、帰ってきたなーと実感が湧いてくる。
「これでようやく一息つけるかな? 精霊の事は……、飲んで忘れるか!」
我ながらダメな人間だなぁ。と思いながらも俺は後の事を考えずに、二杯目の酒を取りにいった。
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