第87話 ただの棒

 先程ムスメのありがたい暴走により泣き止んだウタノハ、以前とは違うお召し物を履いてらっしゃいましたが彼女は白い色が好きと心のメモ帳に刻み込むように焼き付け、落ち着いたゴブリン達、そして薄紅色の肌が更に赤くなってプルプルと震えているウタノハを慰めつつ、彼女らとムスメを伴って集まっていた拠点の魔族や新たにやってきた魔族達と合流した。


 色々な者達から歓迎の言葉などを貰っているとゼルシュとその背中にはト・ルース、リューシィが目の前にやってきた。

「ホリ、おかえり。話を聞いてケンタウロス達に荷車で運ばれてきたぞ! おかげ尻尾が千切れそうだぞどうしてくれる! もうあのように出ていくんじゃないぞ!」

「そうよ! どれだけ皆が心配したと思ってるの! ゼルシュなんてホリがいなくなった後、呆けすぎて脱皮が始まるんじゃないかと思ったんだからね!」

 怒りをぶつけながら歓迎してくる二名。

 その手には収獲したばかりの魚が握られていて、どれだけ焦って来てくれたのかがわかる。

「ごめんごめん、あの時はああするよりなかったかなと思って。皆が元気そうで安心したよ」

「ヒッヒッヒ! 今夜は宴会というのは聞きましたよ? しかしホリ様はまだやらねばならない事がありますのじゃ」

 元気良く尻尾を振っているリザードマン達、再会を喜んでくれているようで嬉しいが、久々にゼルシュに背負われているト・ルースを見たな。その彼女が顎を爪で引っ掻くようにしながら楽し気に笑っている。


「やらなきゃ……? ああ、大体わかったような気がする……」

「ヒッヒッヒ、あの子はこん子らよりタチが悪そうな虫の居所でしたよ。ホリ様がいなくなってからあまり人前に出取らんのじゃないですかねぇ? ラヴィの嬢ちゃんは。あたしのところにレリーアの嬢ちゃんが相談に来ましたから」


 この場にいない者達、アラクネの三姉妹がいないのは時間の問題もあるだろうけど、ト・ルースの口振りから察すると何やら雲行きが怪しいなぁ。


「アナスタシアとも会ってないのかな?」


 腕を組んで多少眉根にシワを寄せている彼女、彼女は大きく息を吐くと首を横に振って俺の質問に口を開いた。

「いや、私は一度巣に行って無理矢理表に連れ出したが、あいつが自ら外に出てくる事はなかったな。私だって辛かったのにアイツと来たら……。ホリ、後は頼むぞ。私は知らん」

「今は拠点のあちこちにあったあの子らの糸もないようですしねえ。まぁそりゃ別の問題でそうしたみたいですが、元気付けてやってくださいな。ヒッヒッヒ」


 ゴブリン達も先程泣いていた状態から大分持ち直したように元気になり、笑顔で語ってきた。

「ホリ様、死ナナイデネ!!」

「ボク達ハ行カナイヨ! 怖イカラ!」

「その良い笑顔と発言の内容で尚の事怖くなるなぁ……、そういえばペイトン達もいないね? どこいるんだろう?」

「ペイトンなら多分ぷらんたーの所だろう。最近は王妃様に頂いた果物の株を育てると息巻いて、寝る間も惜しんでいたぞ」


 ラヴィーニア達の元へ行く前にペイトン達にも挨拶をしておこう。彼らにも当然ながら迷惑をかけてしまったし、新たにやってきた者達の中に同種族のオークもいる。目をかけてほしいとは思うけど、ペイトン一家へまた負担をかけてしまうなぁ……。


 今度ペイトンに槍でも作ってあげようかな、欲しがっていたし。


「まぁちょっと行ってくるよ。皆は悪いんだけど、新しく来た人達に色々と事情を説明しておいてくれる? 俺からも後で説明するけど。あとト・ルース、悪いんだけど……」

「わかっとります、彼らの体調を見ときますよ」


 そう言うとト・ルースがゼルシュの背中から降ろされて魔族の一団の元へと向かった。俺も話があるので、彼らの代表ともいえるレイに声をかけておこう。

「レイさん、すみませんが少しこの場から離れます。怪我の調子を見る為にも、貴方もイダルゴも他の者も、一度あのリザードマンに体を見てもらってください」

「え、ええ。それにしてもホリさん、先程居られた方や……、あそこでゴブリン達と何やらやっているのは王女様よね……? 私、途方に暮れそうよ」


 ムスメとゴブリン達とルゥシア、更に新たにやってきたティエリとロサナなどが集まって、黒いパンを頭に乗せて遊んでいる。まだあったのか……?


「すみません、後でしっかりと説明と謝罪はします。それではまた後程」

「ええ、こちらの事は気にしないで大丈夫よ。モォ何があっても驚かないから!」


 両手で握り拳を作り気合を見せてくる彼女へ一礼して、スライム君にいくつか頼み事をした後に拠点内部、住居エリアの少し外れたところへと走っていくとプランターに向かってアレコレとやっているオークが三名とアラクネの一人、トレニィアの姿が見えた。


「ただいまー」

 手を振りながら彼らに走り寄ると、プランターが立ち並ぶその空間からこちらへと瞬時に移動してきたトレニィアや、ペイトン達がこちらへとやってきた。

「ホリ、ホリだよね……? 夢じゃない……?」

「ただいまトレニィア。うん夢じゃないよ、夢のような空間に包まれているけど俺は今」


 目の前から彼女の姿が消えたと思ったら、次の瞬間には目の前が暗くなっていた。

 大体何が起きているのかも察しているので、今は再会できた事を喜ぶとしよう。顔に当たる感触を楽しみつつ。


「ホリ様、おかえりなさい。お待ちしてましたよ」

「ホリ様、おかえりなさい! 本当にお父さんの言う通りになったね!」

「フフフ、お帰りなさいホリ様。もう、みんなを悲しませるのは止めて下さいね」


 ペイトン一家もすぐさまにやってきて歓迎の言葉をくれた。ペトラが気になる事を言っていたが、どういう事だろうか?


「ただいまみんな。ペイトンの言う通りってどういう事?」


 俺が疑問を向けると、ペイトンが笑いを噛み殺すようにして頭を軽く掻いている。


「ああ、いや……。皆が悲しんでいる時に下手な事は言うべきではないと思って言わなかったのですが、ホリ様が本当にここから離れるわけがないとパメラとペトラには言っていたんですよ。絶対に何か悪巧みをしていると思いましてね、当たったでしょう?」

「この人が『あの人が本当にここから離れるのなら、もっと別れるのを惜しむだろうし、ホリ様にしては聞き分けが良すぎる。あの人はもっとタチが悪い人なのは知っているだろう?』って私達に言ってきたんですよ。私達も最初は悲しんでいたんですが、それを聞いて何故だか納得出来たんです」


 くすくすと笑うパメラが同じ様に笑いを堪えているペイトンに寄り添いながら補足してくれる、どうやらペイトンは見破っていたようだ。これは参ったな。


「まるっとお見通しだった訳ね……。うまくやれたと思ったのに」

「アリヤさん達はそれでもいなくなった事自体に大きなショックを受けていましたからそっとしておいて、この話もしなかったんです。ダメですよ? あんな可愛い子達を悲しませては……」


 パメラに静かにお叱りの言葉を受けながら、ペトラと俺を抱きかかえているトレニィアが楽しそうに笑っている。


「アリヤさん達には話せなかったんですけど、トレニィアにその話をしたらこの子も納得してそれで元気が出たんですよ! それまでは『自分探しの旅に出る……!』とか『ホリを追う……!』とかもう大変で大変で……!」

「ペトラやめて……、恥ずかしいからやめて……!」


 恥ずかし気に俺の体に顔を埋めて隠した彼女、やはりこの一家にはお世話になってしまうなぁ。

「あらら……。トレニィアの自分探しの旅についてはその内聞くとして、トレニィア? ラヴィーニアが何かやばいって聞いたけど、今起きてるかな?」

「姉様なら、多分起きてる……。最近は話しかけても上の空だったから……。レリーア姉様があれこれやっても全然ダメだった……。ホリ……、お姉様をよろしく……」

「ホリ様、死なないで下さいね!」

「私達は行くのを止めておきましょうか。フフフ」


 同じような言葉を先程も貰ったが、遠くに見えるアラクネの巣の入り口が何やら怖く見えてきたな……。入った瞬間に首が飛んだりしないよね?


 彼らから激励の言葉を頂いた足で巣へと向かい、そのまま入り口からお邪魔すると中から普段とは違う雰囲気が肌をつく。

「お邪魔しまーす」

 入り口で中へ聞こえるように声をかけたが、中からの反応なし。


 レリーアが出てくるかと思ったんだけどその様子もない、勝手に入って迷うのもアレだけど迷った時の最強のアイテム、『只野棒』さんが役立ってくれるだろう。


 中の方までやってくると手持ちの灯り以外の光が一切ない完全な闇、ただここは大柄なアラクネ達が通りやすいようにされているし、地面も均してあるので歩きにくいという事もない。

 この四次元的迷路が山の壁面の中でどのように作られているのかは作ったパッサンしか知らないし、アラクネ達にとっては楽しい住居らしいのだが俺にとっては大変な場所である。

 正解のルートを何度か通ってはいるが、この暗さもあってちゃんと覚えれていないし……。それに何より正しい道じゃないと今いる少し開けているこの場所、何本もの分岐が集まっている場所へ気付いたら戻って来ちゃうんだよなぁ。


「あっ、そうだあのメモ帳……!」

 俺はグスタールで購入した迷い子のメモ帳を鞄から取り出した。少々勿体ないが、まぁあまり使い道も思い浮かばないからなー。

 手帳のページを一枚破ってみると、ぼんやりと柔らかく光っている紙。これを頼りに夜道などを歩くのは難しいが、目印には十分だ。余ったらゴブリン達にあげよう。


 もう一つの迷路での最強アイテム『只野棒』さんを道の分岐点の中心で立て、指を離すと行くべき道を指し示してくれた。『只野棒』さんは気まぐれだから、示した方向には壁しかなくてもそこはご愛嬌。


 再度『只野棒』さんに道を示してもらい、分岐点の入り口に紙を置いて中へ進みしばらくすると、奥から何やら声がする。


 手持ちの灯りを頼りに進んでいくと正解の部屋に辿り着いた。流石『只野棒』さん、信頼と実績の性能をしてらっしゃる。兄弟アイテムとして『木野棒』さんと『割箸棒』さんがいるしな、普及率の高さに震える。


「寂しいなァ……」

 ぽつりと呟いた声の主は蜘蛛の糸で作られたハンモックにだらりと力なく寝ている。壁の方に顔を向けている彼女は入り口に立っている俺に気付かないので普通に声をかけてもあれだと思い、いつもされているような事を意趣返しにやってみることにした。


 そろりと近づいて彼女の真横、丁度頭が胸の前にあるので後ろから抱き締めてみた。

「レリーア? もォう、やめてよねェ。元気出せっていうのはわかったからァ……」


 彼女はどうやら相当参っているのか、俺とレリーアを間違えている。

 声からも覇気が感じられないのであまり休めていないのだろうか? 悪い事をしたなぁ本当に。というか、抱き着いてもレリーアと間違えるってあのシスコン普段何してるんだろう。


「ただいま、ラヴィーニア」

 俺が普段されるようにしてそう声を出してみると、一瞬体が強張るように力が入り次第にそれが緩んでいく。そしてそれが緩むと今度は彼女の体が震え始めた。


「心配かけたね、ごめんね」

「心配なんてェ、してない……」

 体だけでなく声も震えている彼女は回した俺の腕をまるで何かを確かめるように握ったり離したりとしているが、多少力が強いのは我慢しておこう。


「今回もラヴィーニア達にはいっぱい助けられたよ。いつもありがとう」

「……」


 彼女はそれから数度話しかけても何も言わず、腕も離してもらえないようなのでどうした物かと考えていると、腕の中でぽつりと呟いてきた。

「もう……あんな風にィ、どこか行かない?」

「うん、あれはちょっと緊急だったからね、行かないよ」

「そっかァ……」


 また暫く沈黙に包まれてしまったのだが、割と強めに掴まれていた腕が解放されて、ラヴィーニアがこちらへ振り向く事なく手をひらひらと泳がせている。

「もう、いいわァ。そのままこの部屋から出て行ってくれるゥ?」

「えっ? どうしたのいきなり。まだ怒ってる?」

「怒ってない。いいからァ、出て行ってェ」


 急かされるように手の勢いを強め、こちらへ退出を促してくる彼女に従い部屋から出ようと思ったのだが、少しの好奇心が沸いてしまって踵を返した。


 そろりそろりと先程と同じように足音と気配を殺して近づいていくと、体勢を変えて天井を見上げながら大きく息を吐いているラヴィーニア。

 気づかれたか! と冷や汗を流したがこちらへ振り向く様子もない。

 体勢を低くしたまま先程と同じ位置、ハンモックの横へと着いたのでさてどうしようかと思ったがシンプルに驚かせてみよう。


「わっ」

「はいはァい。来ると思ったわァ」

 驚かそうと立ち上がった瞬間に、即座に抱き締められてそのまま夢のような空間に誘われてしまった。くぅ……、この感触がダメ人間を更にダメにしてしまう! 


「ありゃ……、バレてた?」

「ホリはァ、わかりやすいからねェ。でも今は顔を見られたくないからァ、お願い、出て行ってくれるゥ?」

 小さく笑い声を漏らしながらそう言って抱き締める力を強めて、先程よりも余裕のある様子の彼女。

「いや、でもなぁ。皆が心配してるから連れ出そうかなって思ったんだけど……」

「今ァ、多分酷い顔してるから見られたくないのォ。乙女心よォ? それくらい察しなさいよねェ」

「乙女ってキャラじゃ……イタタタッ!!」


 無言で腕の力を強められそれ以上話す事を許されなかった。乙女心なら仕方ないな。心を鋼鉄に武装されても困ってしまうので、大人しく言う事を聞いておくとしよう。


「それじゃあこのまま一度皆のところへ戻るよ。ラヴィーニア、もう大丈夫なんだよね? 一人で来れる?」

「子供じゃないんだからァ、大丈夫よォ。それと、顔覗き込んできたらからねェ」

 何をもがれるのかは定かではないがとても恐ろしい抑止力のある発言だ。俺にというか、世の男性全てにこうかはばつぐんだ! と言いたくなってしまう。


「わかった、じゃあ待ってるね」

 俺の言葉にまた顔を隠すように体勢を変えてしまった彼女は、手で返事をするようにしている。嫌がっているようだし、流石にもう不意打ちも出来そうにないので大人しく帰ろう。


 アラクネの巣から出ると、暗い空間に慣れてしまった目が眩む。

 そして明るさに慣れて周りを確認すると、レリーアやトレニィア、アナスタシアやゴブリン達が勢揃いしていた。

 そして俺の姿を見て、何故かアナスタシアに体を押さえられているレリーアが喚くようにしてこちらを指差している。

「ホリィ! 貴様まだ生きていたのか!! 姉様に何かしていたら承知しないぞこの変態が!」

「おいトレニィア、こいつ何とか出来ないのか。面倒で仕方ないのだが」

「レリーア姉様は病気だから……、優しくしてあげて……」


 騒がしくしている彼女達も、アラクネの長女が心配だったようだ。そこへ向かうと勢いそのままにレリーアがアナスタシアの手から逃れ、俺に詰め寄ってきた。

「ね、姉様は大丈夫か! おい、大丈夫なんだな!」

「うん、もう大丈夫って。でもなんか顔を見られたくないからって追い出されちゃったよ。心配だなぁ、やっぱり連れ出してこようかな」


 俺がそう発言をした途端にレリーアは走り出し、残った周囲の女性陣とゴブリン君達には冷ややかな視線を突き刺され、針の筵という状況に陥る気分。その状況が居たたまれないので、話を変えて逃げよう。


「そ、それじゃあ俺はちょっと皆に謝罪の意味も込めて準備したい物があるからスライム君のところへ行くよ。ラヴィーニアの事は皆に頼んでおいていいかな?」

「わかった。あの泣き虫のところへいって笑いの一つでもぶつけてやろう。おいトレニィア、また案内してくれ」

「アナスタシア……、わかったけど……お手柔らかにしてね……?」


 ふうと小さく息を吐いて壁を登り始めたところへゴブリン達が彼女の体へ飛び移り、巣穴へと入っていく彼女。レリーアは既に入っていってしまったが、巣穴から何かロープのような物が下ろされると、それを掴んだアナスタシアが壁面をぐんぐんと登り、巣穴へと入っていった。


 壁を登るケンタウロスって……。いや、突っ込んだら負けだな。


 後の事は彼女達に任せて、俺はスライム君と料理を作ろう。甘い物を食べたがっていた彼女達に丁度良い食材があるし、魔王のツマ達の持ってきた食材もある。おいしい物が出来そうだ。


 先程は走っていた為あまり気づかなかったが、あちこちに『あの薬』の影響が見えるな。噴水はそのままだが魚を生育している生け簀の周囲も何かされているし、ケンタウロス達と伸ばした水路が鉱石によって覆われて、雨水の侵入をさせないように施されている。

 更に居住区画もかなりの広域に渡って削られていて、一度農場地帯を作ってみてもいい頃合いかもしれない。再生された土の量がどれ程あるかはペイトン達に聞いてみないとわからないが、徐々に始める分はあるだろう。


 更に、遠くの方では聳え立つ煙突のような物が二本あり、高さもかなりの物。煙害は大丈夫なのだろうか? 鍛冶場とかは見ていて楽しいし、フォニアにも話を聞いてみたい。


「そういえば……、さっきリューシィやゼルシュがつけてた防具ピカピカだったな。あそこで打ち直された物かな?」

「そーだよ! 私が打ち直したの、うまいもんだったでしょ!」


 突然と目の前に黒い肌のオーガ、フォニアがそう言って現れた。彼女の背中には何やら大槌が背負われているのだが……。

「びっくりした、突然現れないでよもう」

「ぷぷぷ、その顔面白い! おかえりホリさん、騒ぎを聞いて探してたよ!」


 楽し気に顔を押さえて笑っている彼女、そういえばフォニアにも悪い事をしてしまったな。彼女なんてここへ来てそれほど日が経っていない内にあの騒ぎのまま、俺はここから離れてしまったしなぁ。


「ここの生活慣れた? ごめんね色々と迷惑かけちゃって。ホリ、ただいま帰還しました」

「うむ、ご苦労であった! 迷惑料として美味しい食べ物を所望する!」


 軽く頭を下げてそう言うと、腕を組んで胸を張りながらそう言い放った彼女。そのやり取りにお互い笑い合ったところで、彼女の背中の大槌について聞いてみよう。


「フォニア、その背中のは何? っていうかそれ鉱石で出来てるよね? 俺作った覚えないけど……」

「ああ、これ? ホリさんがあの薬飲んで炉を作ってた時に分身してたんだけど、その内の一人が作ってたよ。違うサイズの槌もあるんだけどこれがお気に入りなんだ。だからこうして手離さないの!」


 帯のような物で背負いやすくされている大槌をこちらに見せるように前へ突き出す彼女、軽々と扱っているが多分相当な重量があるだろうに。流石はオーガか。


 長さは彼女の胸元くらいで、槌の頭の大きさはかなりの物だ。ゴブリン君達より大きいかもしれない。使い勝手としては良くはなさそうだけどなぁ……。

 彼女は前に出したハンマーを背負い直し、二本の煙突を指差してきた。


「炉の使い勝手も良かったよ、ちょっとキラキラ空間すぎて工房っぽくないけどね!」

「そうなの? まぁ不便なところがあったら言ってね。そうそう、後で宴会やるよ。お土産もあるから楽しみにしててね」

「ホント!? よーし、今夜は飲むぞー!」


 意気揚々と背負い直したハンマーに手を添えて走り出して炉のある方へと行ってしまった。

 そういえば炉の燃料は……。と聞いてみたい事も他にあったのだが、足速いなぁオーガ。今夜改めて聞いてみるとしよう。


 再度一人で歩いていると、この居住区に入る為の出入口の一つが少し拡張されている事に気付いた。数メートルはありそうだが、これ程出入口を広げたのだったら一度門のような物を作っておいた方が防衛になるな。


 そのトンネルを通り抜けて洞穴まで戻ってくると、スライム君が色々な料理の仕込みをしている。そして俺が声をかける前に、触手で持ち上げたトレイの上には彼の料理が並べられていた。その匂いを嗅いで途端に襲ってきた空腹感とそれを知らせる音。


「もう準備してくれたの? 嬉しいな、お腹ペコペコだし早速頂きます」


 ポンポンと跳ねる彼にお礼を伝えて、拠点の壁を背にして食事を頂く。

 メニューは懐かしさすら覚える鹿肉のスープとそれを使ったパン粥、そして鹿の肉を焼いた物にサラダと魚のムニエル。

 ここでの食生活もかなり潤ってきたんだな、と品の増えた食事を見て感慨に耽りながらスープを飲み込むと空腹に染み渡る感覚が堪らない。


 スープを飲み込んで帰ってきたという実感が湧き、食べる手を止める事が出来ないながらもスライム君にこれから作りたい物を話すと、彼は楽し気に跳ねて準備をしてくれる。


 帰ってくることが出来た、という安心に包まれながら、頭の中で考えていたのはアノ精霊の対処。

「どうしようかなぁ……」


 考えてみてもいい案が出る筈もなかったので、現実逃避をするように俺はスライム君と一緒にそれから料理を作り始めた。

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