第79話 死活問題
アラクネとハーピーの合作、この寝具の効力もあってか珍しい物が見れた。それは常に執事然とした男性の取り乱した姿だ。
まさか自分の上司が仕事中に客を放り出して寝ているとは思わなかったと言わんばかりに俺達がいた部屋へと入室してきた際に見せたのは怪訝な表情。
上司へ声をかけどもかけども反応を見せずそのまま寝続けている姿に、そして彼女の包んでいる白銀の寝具によってこうなったと思いつくまでに見せた様々な表情。普段毅然としたかっこいい人の違う一面が見れたと少し得をした気分になる。
「ではホリ様、こちらの寝具を……?」
「ええ、プレゼントしました。どうやら気に入って貰えたみたいで嬉しいですよ。仲間内でも評判の布団で、作り方やどういう素材を使っているのかは知りませんが私も使っています。効果は見ての通りですよ」
すやすやと静かに寝息を立てている彼女、セバスが言うには最近は眠るのを忘れてしまったように仕事に没頭して、そのまま限界を越えたら眠りに落ちていたりして心配をしていたようだ。隣の部屋が彼女の寝室という事らしいが、その場までもたずに床で寝ている事もしばしばあったのだとか。
それだけ俺の持ってきた素材の為に尽力してくれているのであろう彼女に、これを渡す事も惜しくはない。
「じゃあセバスさん、この布団の使用上の注意を教えておきますね。貴方が知っておけば多分大丈夫でしょう?」
「ええ、お願いします。我が主のこれほどまでの熟睡を見たのは、私の半生の中でも初めてかもしれません。出来れば気持ちよく休んで頂きたいですから」
彼に幾つかの注意点を教える、まず何より火気厳禁。これはアラクネの糸がベースの袋だから簡単に燃え尽きてしまう。そしてハーピーの羽根の方もあまり火に強くない。寝る場所には火を置かずに灯りは光の魔石を使うようにという事をまず説明しておいた。
「あの、ホリ様。それよりもこの状態から起こすなどのやり方を聞いても……?」
セバスは俺が布団の扱いやメンテの仕方ばかり言うので、それよりも大事な事があるだろ! と思っているに違いない。
「それなんですけどね? セバスさん、その布団を一気にめくってみて下さい。ゾフィーアさんはドレスでしたから足元には布団をかけておいて大丈夫ですが、上半身からは絶対はがすように」
「? え、ええ……。わかりました、こうでしょうか?」
彼は寝ている主の布団を静かにめくり、スカートのスリットがギリギリ見えないラインまで布団を下げると、寝息に変化が訪れる。
「ん……? ん……、あら? セバス、おはよう」
「おはようございますゾフィーア様」
彼女は微睡ながらセバスの言葉を聞き、状況を理解すると凄い勢いでまさに飛び起きた。そして周りを確認してお茶を頂いている俺を視界に収めると、呆気に取られているような顔をしている。
「おはようございますゾフィーアさん、凄い効果だったでしょう?」
「ホリさん、私に何か魔法の類をかけたのかしら……? こう見えても魔法には少し明るいのですが、そうじゃなければ納得がいきませんわ」
「ゾフィーア様、魔法と言えば魔法かもしれません。私は今まさにその魔法を目の当たりにした所でございます。この寝具、ホリ様からのプレゼントという事ですが、今の貴方に一番必要な魔法でございますよ、これは」
不思議な事にこの布団、何故か引っぺがすと起きる事ができる、それもかなり目覚めがいい状態で。
短い時間でも頭をスッキリとさせてくれるこの寝具は、現代日本でもし手に入れる事が出来ればそれこそ企業戦士や寝る間を惜しんでいる者達に無くてはならない神器と呼ばれる事になってしまう程の傑作。
「つまり私は、この布団をかけられただけで眠ってしまったというのですか? いえ、確かにホリさんに抱かれ何か心地よい物に頭を預けて……」
「そして私が貴方に布団をかけて、眠りにつかれてお茶を頂いていたところに……」
「私が代金をお持ちし、ホリ様の言われる通りにしたところ、ゾフィーア様は目覚められて今に至ります」
信じられない魔法を見るように羽毛布団を手にしている彼女、そしてそれを見守っているセバス。
彼らの思いもわかる。俺も最初は嘘だろ!? と思いながら、ラヴィーニアやルゥシアに実験を繰り返し、トレニィアやイェルム達とこの検証を何度も試してみた結果なのだ。
「セバスさんがゾフィーアさんの健康に不安を抱いていましたが、これなら少しは役立てると思いました。使って頂けますか?」
「ええ、これ程の物を頂いてしまっていいのかしら……」
「ゾフィーア様、ここは彼の善意に甘えておきましょう。このお返しは私達の力で少しでも彼の商品によって儲けを出し、次にホリ様が来た際に銅貨一枚でも高く買い取って差し上げる事かと思います」
セバスが淹れ直したお茶をまだ落ち着かない様子の彼女に渡し、彼女もその言葉とお茶を受け取る。
「そうね……、ええ、その通りだわ。これだけの品を頂いて黙ってはいられません。ホリさん、楽しみにしていて下さい? 次にお越しになった時にもっとビックリさせてあげますわ」
「フフ、それは楽しみですが、あまり大きな金額を出されても田舎者の心臓が持ちませんので……。程々にして下さいね?」
俺の言葉を聞いた目の前の淑女と紳士は軽く笑ってはいるが、この両名がこれ以上値段を上げて何か別の問題が起きても面倒だし、程々が一番なんだよなぁ。
高く売れても、一度に物資を買っていける量も限られてくるだろうし。俺が羽振りよく買い物しているのを見て、それだけの大金を持っているとよからぬ連中に知られたりして危険な目にあったりとかも嫌だし。
まぁ俺の注意次第か、そこは。
彼らとそれから少し談笑をしていると、昼食の頃合いになってしまった。
一緒に食事でもとありがたい誘いもあったのだが、彼らが飯を食う場所なんてこの世界のマナーも知らない人間が行っていい店ではない、確実に。
田舎者という設定をフルに活用して難を逃れ、彼らに挨拶を済ませる。
「それじゃあ、私はまだ仕入れが残っておりますので。お二人共、今回も誠にありがとうございました」
「残念です、今度は一緒に食事でもしましょうね?」
「ホリ様、此度は誠にありがとうございました」
最後にセバスに店先まで案内してもらい、そこで彼に再度お礼を言って別れたところで、緊張の糸が切れてしまったかのようにどっと疲れが襲ってくる。
パンと張ったような気がしてくる金貨千枚分の鞄、とうとう大台に乗ったなぁ。
この街の貨幣の最高基準が白金貨、それが十枚分と考えると割と凄いように思えるけども、以前に武器屋で見せてもらった細剣のおよそ三本分か。どうなんだろうこれは。
細剣、細剣か。
腰に備えてあるアナスタシアに渡された剣、綺麗でシンプルな装飾が施されているそれを手にすると少し身が引き締まる思いがする。まるで彼女に気を抜くなと言われているような……。
とりあえずこの金で必要な物を買い揃えよう、少しでも拠点に還元していく事が一番だ。もしかしたらこうしている間にも拠点の方では爆発的に人数が増えているのかもしれないし。
そこから道中の露店で出し物を買い、腹を多少満たしながら以前と同じように食料をバーニーの店へと買い付けに行き、かなりの量を購入して鞄に入れておいた。
買った物の内容も多岐に渡る為、スライム君の喜びながら跳ねる姿が目に浮かぶようだ。
「そういえばバーニーさん、野菜や調味料などでこの辺りの気候でも栽培が可能な物って何かありませんか? 小麦以外にも何か栽培可能な物があれば有難いのですが」
バーニーは少し考えるようにして顎に手を置いて目を瞑っている。
「ちょっとそこで座って待っててくれ。いくつか候補を持ってこよう」
「ありがとうございます、いつも無茶を頼んでしまって申し訳ないです」
彼の店の倉庫で商品を受け取った際に言っては見たが、実物を見せて貰えるとは。
彼はいくつかの商品を手にして戻ってきた。鉢に入っている状態もあれば、実や種、持ってきてもらった物は様々だ。
彼はテーブルにそれらを置いていき、更にもう一度それを繰り返して並べられた数々の品を一つ一つ詳細に教えてくれる。
「主な物はこんなところだな、やっぱり需要としては麦が重きを置かれるし、お前さんも開拓やってるなら麦でいいと思うんだがなぁ」
「ええ、それはわかっています。ただ麦だけだと失敗した時に全てが瓦解していきますから。保険の意味合いが大きいんですよ、それに何より色々有った方が飽きないでしょう?」
彼は少し鼻で笑うようにして「そりゃそうだ」と小さな笑みを浮かべている。
こうして並べてもらった物の中で、拠点で栽培が出来そうな物も一定数買わせてもらい、いくつかの助言も貰えた。
ただこの手の自然の物はうちにはその道のプロがいるからなぁ、ポッドとかトレント達とか……。ケンタウロス達も農業には少しこだわりを見せる程に熱心だし、何とかなるだろう。
「こういう砂糖のような物はもっと南で取れるのかと思ってましたよ、無知で申し訳ありません」
「まぁ、こりゃ砂糖っていうか正確には砂糖モドキって通称されてるもんだ。ちゃんとした砂糖はお前さんの言う通り南の少し暑い地方でよく育つし、甘味も強いが商品になるまでの手間がかなりかかる。これはそれに比べると甘味がかなり少ないが、砂糖にするまでの工程も潰して数回煮詰めるだけで済む上に栽培も植えて水とお日様だけで充分っていうお手軽品だしな」
あまり見た事のない形をした砂糖モドキ、手にした物は変わったキノコみたいな形をしているが、彼が持ってきたいくつかのそれはどれも独特な形をしている。バーニーが持っている奴なんて星の形しているし。面白いな。
「後はそうだなぁ、栽培ってなると芋とかか? 保存も利くし重宝している国もあるくらいだからあって困らんだろう?」
「そうですね、それじゃあ先程までの物と芋も譲っていただけますか?」
「おう、ちょっと待っててくれ。全部で百と二十二金貨だ、大丈夫か? 金額は」
「ええ、大丈夫です。お願いします」
彼が商品を取りに行ったので今の内にと鞄から出した代金をテーブルに並べておく。
うぉぉぉ……、白金貨使っちゃってるよ……! 少しドキドキするなぁ。
彼が戻ってきてテーブルの上のお金を見て、大きく笑った後に顎に手を置いて観察するように俺を見てきた。
「お前さん、相当儲けてるみたいだなぁ。そういえば最近耳にしたんだがな? この街の重鎮、ゴダール商会の当主がある男にオネツだってな。何でもその男が店に来るたびにあそこの当主が恋する乙女のようになるって話だ。何か知らんか?」
「いえ、私は存じ上げないですね。生憎と異性に好かれる事があまりない人生でしたから。勘繰りすぎですよバーニーさん」
俺の言葉に彼は「そうか」と何か笑いを堪えている。
もしかしたら彼にはまるっとお見通しなのかもしれないし、俺の言葉にただ笑っているだけかもしれない。正確なところはわからないが、ゾフィーアが恋をしている物はその男ではなく、その男が持ち込む鉱石と布だろう。
いつもうっとりと見惚れ、何かに浸るように眺めている姿はとにかくエロい。
「それじゃあ今回もお世話になりました。いつも急で申し訳ありません」
「おう、お前さんはグダグダと値引き交渉もしないでスパッと買っていくからな、こっちも助かるよ。今度セバートと三人で飲もう。まぁアイツは菓子食ってるだけだろうがな」
「ええ、是非。それでは失礼します。またよろしくお願いしますね」
「ああ、こちらこそよろしくな」
彼は軽く手を上げて一つ返事を返してくるとそのまま受付の子と何かを話している。店を出てみると既に夕方で、それに腹も減ってきた。
「装備品は明日……、でいいか。買った商品も日持ちはするだろうし、鞄の中に入ってるからそこまで保存状態がおかしいって事はないだろう。ここから歩いて拠点まで戻る事を考えたら、あと数日くらいしか猶予ないからなぁ」
宿に戻り、受付の子へお土産の甘い物を渡しておいた。自分の小腹がすいた時の為に購入したついでだが、彼女には色々と話を聞かせてもらってタメになるからせめてものお礼も兼ねている。
「ありがとう! ならお礼に今日はお酒を一杯ご馳走するね!」
「そう? ありがとう、美味しく頂きます」
すぐに食事に出来るという事なので、荷物を置いて食堂へと向かう。そこでわいわいと騒がしくしている話に耳を傾けながら晩飯を頂いているのだが、話題の内容に少し驚いてしまった。
彼らの一番の話題はゴダール商会、その当主の事だった。
何でも、最近は商会に閉じこもって仕事に没頭していたのだが、今日の昼過ぎくらいからあちこちの商会や鍛冶場へ赴き、あれやこれやとやっていたらしい。
そして彼女がそうなる直前にやはり男と会っていたという事で、何やら勘繰っている声がチラホラと聞こえた。
商人や職人が酒を飲みながらそういった情報交換をしているのを聞いていると、肩を何やら突かれた。
振り向くと、いつも元気な看板娘が小声でひそひそと話かけてくる。
「私はゾフィーアさんにイイ人が出来たと思ってるよ、その相手は多分旅人じゃないかって思ってるんだ」
「へえ、それはまたどうして?」
俺がその話に興味があると思ったのか、彼女自身がその話をしたいのか。キラキラとした顔で話す彼女は自身の考えを俺に力強く説いてきた。
「だって相手と一緒にいるところを誰も見た事がないって話だし、この街の人間だったら誰も見た事がないなんて、そんなのおかしいもん! ゾフィーアさん、ちょっと前に街の会議でうちの父さんと話をしていた時に私もいたんだけど、前よりももっと綺麗になってたの。女は恋をすると綺麗になるってお婆ちゃんもいってたし!」
「街の人間達がそういう場面を見た事がないから旅人か、なるほどね。それなら相手はどんな人なんだろうね?」
俺がそう彼女に問いかけると、彼女は更に興奮するように目を輝かせながら熱弁をする。
「きっと、物凄いイイ人だよ! 背も高くって、こう……逞しい感じの! たまに見せる笑顔が凄い優し気な感じなの!!」
「フフ、それは君の好きな人の事じゃないの?」
ちょっとした揶揄いのつもりで言ってみたところ、彼女は少し勢いが落ち時間が止まったように静止している。
そしてその沈黙が少し続いた後に一気に顔を紅潮させると、また火が再燃するように勢いを取り戻してきた。
「ち、違うからっ!! そんなんじゃないから!! 違うからね!!」
おお、これはちょっと掘り下げ甲斐のありそうな反応だ。
まぁ若い子の恋心を冷やかすのも無粋だからあまりしないけども、可愛いリアクションするなぁ。ファン多そうだこの子。
「それじゃあ、恋している受付嬢さんお酒一杯追加で頼んでいいかな?」
「違うの! もう、お兄さんの意地悪! ちょっと待っててね!」
ぱたぱたと駆け出してお酒を取りにいった彼女と俺の会話を聞かれていたのか、彼女に意中の相手がいると知ってあちらこちらからそれを悔やむ声が聞こえる。
ああ、やっぱり人気のある子なんだろうなと思いながらお酒を空けると、彼女が戻ってきてお酒とチーズが乗った皿を置いてくれる。
「もう! これサービスだからさっきの話は忘れてね!?」
「ありがとう、もう忘れたよ」
その反応が面白くてついつい笑ってしまうと、その態度にまたプリプリと怒ってしまった彼女。サービスのおつまみを頂きながら彼女の言葉を聞いて、その賑やかな空間でお酒を飲んでいると少し拠点の空気を思い出して寂しさも紛れていく。
彼女に感謝をしておこう。
そういえば、ウタノハが拠点にいるのだしもしかしたらこちらの動向を見守っているかもしれないな。
何かメッセージ的な物を残しておいてもいいかもしれない、とその内容を部屋のベッドに寝転がりながら考えていた。
とはいっても、俺はこの世界の文字も知らないしなぁ。今更文字の勉強とかしたくないし……。それに魔族と人間で使っている言語も違うようだし、ちょっと二の足を踏んじゃうなぁ。
一応枕元にリザードマン像を置いて、掲げられた腕にゴブリン達がくれたお守りをかけておくか。
「それにしてもこのリザードマン像、誰がベースになってるんだろう……。ゼルシュかな? だとしたらもう少しふざけた事をしておくか」
木彫りのリザードマン像にアラクネの布を使ってフンドシのように巻きつけておいたが何かパンチが足りないな、ハーピーの羽根を使ってモヒカンにでもしておこうか。
出来上がった不思議な像を枕元に置いて眠りについた。
朝になり受付の子の声が聞こえて目が覚めた時に、起きて一番に目に入ったその像を見て、俺はそっと像からお守りを外して手首に巻き直し、像自体は鞄にしまい込んでおいた。これは酷い、というかこれで何のメッセージが届くんだよ。
昨夜の事でまだプリプリとしている受付の子に朝食を持ってきてもらう。
その間に今日はどこへ行こうかと考えてみたがやはり用件を先に済ませてしまいたい。各種武器、あとは以前にも一度行った事のあるドワーフ達の工房を覗いてみるか。
工房と言えば、拠点に作った炉は大丈夫だろうか? 確認も出来ずにそのまま出てきてしまったからフォニアに丸投げだが……。ううん、拠点が気になってしまうが今はそれを考えていてもしょうがない。
彼らの事だ、心配はいらない。以前と変わらぬ平和な日常を送っていると信じよう。
朝も早いが、まず訪れたのはいつもお世話になっている弓の店。
中に入ると茶色の髪と髭を蓄えたおじさんがいつものようにカウンターにいて、俺を見るとこちらへ声をかけてきた。
「おや兄さん、久々だね。また来てくれて嬉しいよ」
「お久しぶり、また買いにきちゃったよ。今大丈夫かな?」
ほいほい頷いて体の向きを俺の方へと向けるおじさん。
彼とのやりとりはこの街で唯一楽しい商談と言ってもいいかもしれない、この少しのんびりとした雰囲気がいい。
要求した物は前回と同じような種類に追加でコンポジットボウを、数は前回に比べて多めに買っておいた。そして矢もそれに付随してかなりの数に。
「そういえば、あの弓はどうだい? 扱いが難しいから大変だろう?」
「俺が使っている訳じゃないけど、そうみたいだね。弦との兼ね合いっていうの? 調整が難しいって言ってたかな。でも威力は一度見た限りだけど、普通の弓と比べるまでもなく凄い物だったね。あの弓でも大丈夫な矢も欲しいんだけど……」
彼は俺の言葉を待っていたかのように青い矢筒を一つ取り出した。
「あの弓の力に耐える矢はやっぱりこれかね。ミスリルの矢、芯も鉄を使ってていい重量だし、威力も兄さんが見たように相当なもんだ。買っとくかい?」
「頂くよ、少しサービスしてくれると嬉しいかな」
彼は楽し気に表情を変えると、もう一つ同じ矢筒を取り出した。
「これ一つで金六枚なんだけど、二つで十枚でいいよ」
「ありがとう、助かるよ。今回は掘り出し物は……なさそうだね、ちょっと残念」
代金を支払いながら前回、前々回と衝動に駆られて購入した物が置かれていた棚を見るとその場所はぽっかりと穴が空いたように何も置かれていなかった。
店主の彼は俺が購入した物の数と状態を確かめながらカウンターに置いてくるので、出された物から鞄の中へと収容していく。
「ほっほ、そうだね。兄さんは少し変わったモンが好きみたいだから今度何かあればとっとくよ。といっても、あそこの棚にある物は訳アリの物が多いからね。店をやってる身としては複雑だよ」
「フフ、それもそうだね。でもあの棚の商品は良い物ばかりだっていうのはわかるよ。おじさんには悪いけどそうしてくれると嬉しいな」
取引を終え弓と弩についての質問をいくつかさせてもらいながらおじさんと外へ出る。
おじさん曰く今日はもう早々に店仕舞いになってしまったらしい、商品がかなり無くなったからと看板を下げながら話をしてくれた。
「それじゃあまた次にこの街に来たら来ますね」
「ほいほい、兄さんいつもありがとうね」
おじさんに頭を下げて店を後にした。
少しプラプラしながらドワーフの工房に向かうか、それともあのハゲの店へ行くか決めるかな。
この辺りの露店には若い弓職人や、矢を作っている職人が技術を見せている横で商品を並べていたりとしている。
あのおじさんの店の物よりは少し迫力がないように見えるが、むしろ狩りとかで使う矢はこういった場所で安く買うようにしてもいいかもしれないな。
「あっ、しまった!」
露店を眺めながら歩いている時に大事な事を思い出した。ここからあの山まで歩いて帰るという事は野営をしなければならない。
経験もない人間が野宿、しかも街の外の治安なんて悪いに決まっている世界でなんて、ハードル高い。
これは早々に武器を仕入れて野営に備えないと帰るに帰れないぞ。恐れられている地に乗せて行ってくれる馬車や同行してくれる人員を見つけられるとも思えないし、まず時間も掛かる。
「武器の買い付けついでに何か良い物が無いか聞いてみるか。一人で野宿、嫌だなぁ」
あれ、もしかしてこの世界にやってきてから一番の大ピンチを迎えている所なんじゃないか……。とにかく色々な人に話を聞いてみよう、まずはあのハゲの元へ急がねば!!
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