家に帰るまでが遠足です

第78話 この羽毛ぶとんが今ならなんと枕もついて

 俺とアナスタシア、ドリアードの二名は拠点より少し離れた場所を歩いている。重苦しい空気だろうと関係なく、ドリアードの一人がこちらへと向き直ると冷ややかに俺達を睨みつけてきた。

「では人間、私はもう一度あのトレントに少し話がありますから、ここで失礼します。二度と会う事も無いでしょうがどうぞお元気で」

「ああはい、どうもこれはご丁寧に。それでは」


 見下すような視線を送ってくる奴の隣には、何度も何度も頭を下げお偉いさんの態度を謝罪しているドリアード、最初は話の聞かない少し面白い奴だなと思ってたけど、こうしてみると不憫だ。わかるなぁ、その辛さ。


 彼女達はこちらに背を向け、また拠点の方へと足元の根を動かして移動し始めている。

「……ッ! ……ッ!!」

 こちらもこちらで洒落になっていない、腰の剣を抜き放とうとしている彼女を後ろから抱き締めてそれ以上動けないようにしておかねばならないからだ。ぎりぎりと歯を食い縛り続けている音が止むまでしばらくこの状態が続いた。


 彼女の体から力が抜けると、耳飾りが揺れ蹄の音を響かせ再び歩き始めた。

 目的の街の方へと向かっているのはわかるのだが、無言な上に背に跨っているから顔も見えない。ただ少しだけ震えるようにしているのでまだ怒りが渦巻いているかもしれないな。背中でも擦っておこう。


「走るぞ」

「うん? 了解、またごめんね。よろしくお願いします」


 呟かれた一言にそう返したらゆったりと速度を速めていく。前回と同じ森に到着するまでに掛かった時間も多少長くなってしまった。

「よし、この辺でいいよ。これ以上は危険だからね。送ってくれてありがとうターシャ」


 俺がそう言うと、彼女は少し道から外れたところでピタリと足を止め俺が下りやすいように膝を曲げてその場に座り込んだ。

 俺が下りても動かず、そして何も言わない彼女。正面に回ってみたところで俺は目に入ったきた映像に少し固まってしまう。

 普段と変わらぬ表情、だが青い瞳からはぽろぽろと涙が零れ、拳から血が滴っている程握り締めながら必死に嗚咽を堪え、声を殺し泣いている彼女。


「ホリ……」

「うん、よしよし」

 震えるような声で呼び掛けられ抱き着いてきた彼女、こちらも彼女の頭を包むように腕を回して頭を撫でておく。


「私は……っ、悔しいッ……!!」

「うん、うん」


 そう呟いた彼女はそれきり喋る事はなかったが、回してきた腕に込められた力が緩むまで俺は彼女を撫で続けていた。


 静かに泣き続けていた彼女も、大分落ち着きを取り戻すがやはり表情は浮かない物だった。

「ホリ、その剣を渡してくれ」

「? はい、ちょっとまってね」

 腰に装備してある剣を外し彼女に渡すと、彼女は自分の腰に着けていた細剣を鞘ごと抜き、こちらへと渡してきた。

「これを持って行け、この剣よりはいい物だ。売って金にするも、護身用に持っておくのも好きにしてくれていい。本当ならこの耳飾りも、ある宝石で出来ているから高値で売れるとは思うのだが、これは母の形見。少し惜しいのでな」

「ええっ? いや流石にそんな大それた物貰えないし、この剣もいいよ。お金なら鉱石とかがそれこそ山のようにあるし……」


 彼女は俺に剣を渡すと俺の持っていた剣を腰に備え付けた。どうやらこの剣は返却不可のようだが……。いいのだろうか? 普段俺が持っている剣もそこそこ良い物なのだろうが、彼女が持っている剣とは比べ物にならない。


「受け取ってくれ、それくらいはさせて欲しいんだ。頼む、ホリ」

「それなら、大事にさせてもらうよ。絶対手放さないから安心してね。ありがとう」


 彼女は最後に俺に強く抱き着くと、大きく深呼吸をしている。

 そして次に離れた時には、いつもと変わらぬ顔でこちらを眺めて強く頷いた。

「よし……、それでは私は拠点に戻る。ホリ、達者でな。体には気を付けるんだぞ、お前は弱いんだから戦闘になりそうな時は逃げるんだぞ、それから」

「大丈夫、大丈夫だよ。ありがとう。拠点の事、頼んだよ」


 そういうと、俺に背を向けて彼女は歩き始めてしまう。

「さらばとは言わん。またな、ホリ」

「うん、またねターシャ。帰り道、気を付けるんだよ」


 背を向けたままかけられた多少涙声になっている声にそう返すと彼女は放たれた矢のような速度で駆け出した。俺は彼女の姿が見えなくなるまで見守り、それが見えなくなったところで周囲を確認する。大丈夫だ、人影も無いし見られたという事はないだろう。


 ふうと一息ついて、その場へ座り込み少し休憩をする。

 見上げれば、木々の隙間から見える空は赤みを増してもう日が傾いている。


「少し休んだら行くかあ。この辺も何が出るかわからないし」

 空を見上げながら少し体を休め、ポッドの実を食べて喉が潤った。


 ボチボチと歩き始めて暫くすると、暗くなり始めた景色の中に小さく光る城門のような物が見えている。

 グスタール、またここに来る事になるとはなぁ。といっても他の街に行こうとも思わないから、これからも何かの折にここへ来る事は多そうだ。


「お? おお、前にも来た田舎者か! 随分と遅い時間に来るな、とっとと審査やって宿見つけとけよ!」

「ああ、どうもお久しぶりです。はい、またお世話になります」


 以前にも会った髭の門番と話をしながら荷物を見せる。大量の魔石、山のようなモンスター素材、他にも色々入っているようだ。拠点の皆に感謝を捧げながら、門番達にそれらを軽く見せて審査は終了した。


 以前と同じ宿へと足を運んでみると、中ではパタパタと忙しなく動き回り後ろで結わえた亜麻色の髪が跳ねる看板娘がいた。

「あ、お兄さんお久しぶり! 今日も泊まってくれるのかな!?」

「お久しぶり。うん、今日からまた数日お願いします。何日滞在するかはわからないから、代金は纏めてじゃなくて日事に払うね」


 受付のところで以前にも見せた紙と代金を出して鍵を貰う。案内された部屋はこれまた過去に滞在した部屋だった。

「今からだと食事も間に合うけど! どうする?」

「ああ、ご飯は結構です。お湯だけ貰えます?」

 元気に返事をして部屋から退出していく彼女。扉がぱたりと閉められると一気に疲れが襲ってきてついそのままベッドになだれ込んでしまった。


 ハードすぎるやろ……。心身ともにもう壊れる一歩手前に思えるよ本当に。

 荷物の確認とか、しなくてはならないのはわかるんだけど今はとにかく体を休めたい。皆大丈夫かな、アナスタシアは無事帰れただろうか。


 目を瞑ると拠点の面々の悲し気な顔が浮かんでは消え、罪悪感が途轍もない事になる。しかしこれでほとぼりが冷めれば以前と変わらぬようになるのだし、精霊アレへの対抗手段がないのだから今はこうするしかないよなぁ。


 うだうだと考え事をしていても腹は減る、纏まらないのだから考えるのは一旦止めて飯を食おう。当分スライム君の料理は食べられないのだからしっかり味わって頂かねば。

「弁当、弁当……。これか。随分大きい包みだな」

 鉱石粉の布に包まれた中にはかなり大きい箱と水筒、箱の蓋を開けると中にはぎっちりと詰められた料理の数々が。


「これは見事だな、あと水筒も……」

 一口飲んでみると、トレニィアがよく作るスープが入っている。大分冷めてしまっているが、それでも美味しい。

「わざわざ作ってくれたのかな。そういえば今日ポッドの実以外何も口にしてないし、早速頂こう」


 ああ、年を重ねて周りに誰もいない完全に独り、そしていつもの賑やかさがない空間に響く独り言。その孤独にこの温かみのあるお弁当は堪らない何かが込み上げてくるのを感じる。


 大事に一口、また一口とお弁当を口へ運び、大事にスープを頂く。当分この味ともお別れか……、きついなぁ。何が一番辛いってスライム君とかの料理を味わえなくなるのが辛いんだよなぁ。食は生活の根本を支える物だとしみじみ思う。


 かなりの量があったのだが、お弁当とスープを全部胃に収め切ると丁度よくお湯が届けられた。体を拭き、髪を流してから簡単に弁当箱を洗い終えて鞄にしまう。


 やりたい事を終えると満腹になった効果か、それとも気が緩んでしまったのか、睡魔が襲ってくるのでそのままベッドへと飛び込む。


 髪も濡れたままだし、荷物の整理もしていないけど今日はこのまま休んでしまおう。正直朝から色々とありすぎて疲れてしまった。

「明日は早速、元手を作りに行かないといけないな……。あとは皆の装備と、拠点に使えそうな道具や資材……、食料と、あと何がいるかな……」


 拠点の皆の顔を思い浮かべながら目を瞑る、今頃何をしているかと想像をしながら呼吸を整えている内に意識は薄れ、そのまま眠りにつけた。



「おにいさーん? 朝だよー!」

 ドアをノックされてそう呼び掛けられた声で目が覚める、良く寝れたようで体調もバッチリ……という訳でもないな。体のあちこちはまだ多少鈍く痛むし、動かしてみると重さを感じる。

「はーい、今行きますー」

 ドアの前にいるであろう看板娘に声を掛けると返事と共に遠ざかる足音、身支度を簡単に済ませて受付へと向かうと声をかけられた。

「おはようお兄さん! 朝御飯も用意できてるから食堂で座っててね! すぐ持って行くよ!」

「ありがとう、じゃあお願いします」


 食堂で食事を待っていると、チラホラと俺以外の客の姿も見える。

 看板娘が元気良く持ってきた食事を頂いているのだが、やはりスライム君のおかげで肥えてしまった舌が満足するような品ではなかった。この料理も充分美味しいのだが、慣れ親しんだ味が既に恋しい。


 朝食を頂いた後に受付の子へと声をかけて今日の分の宿泊費も支払いを済ませておいたので、あとは持ち物の整理と資金の確保へと動かねばならない。


 鞄の中身を調べてみる。

 モンスターの素材や鉱石、魔石以外の物を出そうとすると、出るわ出るわ。拠点の皆の心意気というか優しさの滲み出るような品が出てきて、すぐにでも拠点に戻りたくなって皆に謝罪したくなってしまった。


 虫の抜け殻や木彫りのリザードマン像、少しいい匂いのする小袋やお守りのような物、輝く糸が相当量巻き付けられた木の棒や寝具に使える布団、何かの骨や形の面白い変わった色をした石、入れられている物は様々で他にも沢山の品が入っていた。


 これらは大事に保管しておこう。

 もし仮に鞄の容量が一杯になってしまうような事があったら鉱石を捨てればいいしな。大事な品だ、彼らにしっかりと返さねば。


「よし、それじゃあ行くとしようかな」

 部屋の鍵をかけて受付の子に渡しておく。その足で向かう先はまず魔石買取店、あの老齢の男性とリリと呼ばれるお子さんのいる店へと歩き始めた。


 この街は時間に関係なく盛況だ。

 あちこちから威勢のいい声が聞こえてくるのは本来楽しい気持ちにさせてくれるのだが、今回は罪悪感が頭の片隅に在り続けている事でこの騒がしさが却って少し虚しい気持ちになってしまう。


 目的の店へとやってきて中へ入ると、魔石を手に取り眺めているモノクルをつけた男性がこちらへと顔を向けた。

「どうも、お久しぶりです。また魔石の買取をして貰いに来ました」

「おお、久しぶりじゃな。また行商かい? アンタも大変だねえ」


 彼は以前と同じようなしゃがれ声で歓迎をしてくれると、俺から魔石が大量に詰められた袋を受け取った。

「ほほう、こりゃまた色々と入っとるね。大仕事になりそうだ、お茶とこの前の礼に菓子でも出すから待ってな。おーい、リリー?」

「はーい!」


 奥からとことことやってきた少女に、店主の男性が何かを言うと元気に返事をしてこちらにも挨拶をしてきた。

「たびびとのおっさん久しぶり! ゆっくりしていけよ!」

「これ、言葉が汚いぞ。すまんね兄さん」

「いえいえ、元気がある証拠ですよ」

 彼女は店主に頼まれた事をしにそのまま走っていってしまった。どうやら彼女の好きなお菓子を買ってくるよう頼まれたらしい。


 そしてカウンターの裏から男性の奥さんと思われる女性が顔を出して俺にお茶を渡してくれた。

「ありがとうございます」

「いえいえ、どうぞごゆっくり」


 そう言って静かにその女性は戻っていき、お茶で喉を少し潤したところで袋を握り締めたリリが帰ってきた。迅速な行動すぎて何処か面白い。


 店主が魔石の鑑定をしている間、俺はリリと呼ばれる少女と店の一面に置かれた椅子へと座り、彼女の好きなお菓子を頂きながらお茶を啜る。

 それほどの時間を取られる事もなく男性がやってきて、俺達が摘まんでいたお菓子を口に放り込むと、今回の内訳を説明してくれた。


 その金額、およそ金二十枚。

「結構な額ですね、驚きましたよ」

「おう、量が多く質も上物、これでも安い位かもしれんがこの金額でどうじゃ?」


 この男性の出す金額以外の相場を知らないが、こちらとしても魔石の売上で時間を取られるのならその時間で新たな何かを発見したい。その金額で取引をすると男性はカウンターの裏へと行ってしまった。

「旅人のおっさん、金持ちだね!」

「ハハハ、仲間達のおかげだよ。彼らの為にも頑張らないと」

「そっかー、がんばれよ!」


 小さな子に可愛い喝を入れられ、少し緩んでしまっていた気を引き締める。それからお茶が全部なくなる頃に男性が戻ってきて、お金を受け取った。

「今回もありがとうございました。それじゃあ先を急ぎますのでこれで失礼します」

「おう、またこの街に来た時には顔を出してくれよ」

「旅人のおっさん、またねー!」


 元気に手を振る少女に手を振り返し、男性に頭を下げてそのまま次の目的地へと歩みを進める。

 次はやはり、あそこしかない。


 その一角へと来ると、やはり緊張が高まる。

 この街でも有数の大きさを誇る建築物、街のほぼ中心に構えられたこのゴダール商会にはいつもお世話になってはいるが、それでもまだ慣れない。

 流石にいつもいつも不意打ちのように店の関係者に見つかっているが、あれも心臓に悪いし、偶にはちゃんと店へと行っておかないと。


 勇気を出して扉を開け、そのまま入店して受付の男性と女性が並んでいるカウンターへと行く。

「いらっしゃいませ、本日はどのような御用件でしょうか」

「物を売りたいのですが、宜しいでしょうか?」


 深く頭を下げてそう言ってきたイケメンの受付、そしてそれに合わせて隣の女性も頭を同じように下げている。美男美女がやると絵になるなぁ。

 こちらが用を伝えると、彼は紙を出し何かを書き込み始めた。


「畏まりました、それではお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ホリと言います」

「はいっ? ……失礼しました。もう一度伺ってもよろしいでしょうか?」

「ホリです。以前にもこちらで取引をさせて頂いたのですが」


 彼は隣の女性へとゆっくりと顔を向け、隣の女性も何故か目を見開いてこちらと、受付の男性を交互に見ている。どうしたのだろうか? あれ、ブラックリスト的な物にでも入れられたのか……? 

 彼はいきなり緊張した面持ちで力を込めるように頭を下げ直し、その状態のままで叫ぶように声を出してきた。

「ほ、ホリ様でございましたか! 失礼しました、少々お待ちくださいませ!!」

 その叫びと共に、カウンターから急ぎ裏へと周り姿を消した受付の女性。俺へと頭を下げ続けている男性もそうだが、何かしてしまったのだろうか?


「あの、頭を上げて頂けませんか? 先程までの整然とした対応がどうしてそのようになってしまうのかお聞きしたいのですが……。もしかして私が過去に何かやらかしてしまったりしたのでしょうか?」

「いえ、そのような事は微塵みじんもございません! 我が商会当主より貴方が来られた際には何があっても失礼のないようにと! そして我が商会の商会員長セバスからも、同様の言葉を受けております!」


 それから彼に頭を上げてもらい話を聞くと、ゾフィーアとセバスの両名が名指しでそのように言ってきた相手はこの国の王族くらいしか居らず、『ホリ』という名前しか情報がなかった為何処かの国の王族か何かだと思っていたらしい。


 彼とそれから少し話をしているが、ガチガチに体を硬直させている。待合の方へと連れて行かれて待っていると先に来たのはお茶とお菓子を用意してくれた受付の彼だった。おかしいな、いつもは割とすぐ会えたのだが忙しいのだろうか? 急に来てしまったからなぁ。

「あの、ゾフィーアさんがお忙しいようでしたら、また出直しますので……」

「いえ、そのような事はありません! どうか、どうか今しばらくお待ちください!」


 彼は先程までのイケメン対応が感じられない程緊張し続けている。見ているこちらにもその力の入りようが伝わってきそうな中で、先程いなくなったもう一人の、女性の受付が戻って声をかけてきた。

「ホリ様、大変お待たせして誠に申し訳ありません。ゾフィーアの用意が済みましたのでご案内させて頂きます。どうぞこちらへ」

「ああ、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」


 彼女の案内で通されるいつもの部屋の前。

 そしてそこへ到着すると感じる独特の重圧がまた不安を掻き立てる。それを振り払うように頭を軽く振う。

 いけないいけない、先程リリと呼ばれる少女に喝を入れられたばかりではないか。ここで頑張れば拠点の皆の生活がまた一つ向上するのだ、負ける訳にはいかない。


 軽くノックをして中から声が聞こえてくると、受付の彼女が扉を開けて中にいるであろう人間へ声をかけた後にこちらへ向き直り、そのまま入るように手で促してきた。


 彼女へお礼を言いながら部屋へと入ると、そこで少し息を吞んでしまう光景が。

「ホリさん、お久しぶりね。フフッ、どうかしら? このドレス」

「ええ、とてもお似合いです。そのドレスとゾフィーアさんの美しさで息をするのを少し忘れてしまいました」


 平静を装って何とか返しはしたが感想としては叫びたい衝動に駆られる。

『エッロい!!』と叫びたい。


 ボディーラインが強調されているものの、露出がそれほどされている訳でもないのだが光の強弱でまるで印象が違う宝石のように輝くドレスと、艶のある黒髪がマッチしていて、結構際どいスリットも素晴らしい。危ない危ない、つい先日魔王のツマを筆頭とする我が拠点の芸術作品のような女性達を眺めてなかったら平静を装うなどほぼ不可能だった。


「どうしても貴方に見せたくてね、つい悪戯心に今着替えてみたのです。まだ誰にも見せた事はなかったのですよ?」

「それは光栄です。正直、パーティーなどの場でそれを着たゾフィーアさんを見たら目が離せなくなって、セバスさんに捕まりそうな程に心惹かれてしまいました」


 俺がそういうと悪戯の成功した子供が上品に笑っている。うーん、何をしてても絵になる人だ。そして俺の言葉を横で聞いていたセバスも同じように拳で口元を隠して笑っている。

「セバスさんもお久しぶりです。またお世話になりますね」

「ええ、ホリ様。貴方のおかげで我が当主も以前よりも没頭するように仕事をしておりますよ。他の仕事をせずにあの石と布の取引に熱が入っていて少々困りものなのですが」

「セバス?」


 ポロリと出た彼の言葉に笑顔で釘を刺している彼女、それ程の量はまだ出回っていないだろうがその分だとかなりの話題にはなっているのかもしれない。

 もしこれでこのドレスや、あの布を使った物が出回れば市場価値も一気に高まるだろう。ありがたい事だ。

「失礼しました。それではホリ様、以前と同じようにまずはモンスター素材からという事でよろしいですか?」

「ええ、それでお願いします。ここに出していきますね」


 いつものように大量の素材を出していくと、またも迅速に鑑定を済ませていく彼女。いつの間にか着用していた金の細い縁の眼鏡が光っているが、先程までとまた違う妖しいエロさが……。


 彼女が隣に立つと、そのスリットから覗く足や煌びやかなドレスの胸元についつい目が行ってしまいそうになる。くぅっ、この精神攻撃はまずいぞ。金額の事なんてどうでもよくなってしまいそうだ!


「これだけの量、そして状態が悪い物もありますが希少な物もしばしば……。そうね、金貨九十枚。ホリさん、この金額で如何かしら?」

「こちらはゾフィーアさんを信頼していますから、それでよろしくお願いします。それでは今回も鉱石と布を見て頂けますか?」

 既にかなりの金額だな、これは過去最大の儲けになりそうだ。


 それなりの量があったから当然といえば当然だけど、一度別の街に素材を卸したりしておかないとこの街でのモンスター素材の価値が下がるかもしれない。注意しておこう。


「ええ、勿論。ここまで来てオアズケをされたら狂ってしまいますわ」

「ゾフィーア様、はしたのうございますよ」

 クスクスと笑い、楽しんでいる当主とそれを戒めるセバス。うーん、絵になる二人。


 先程分けておいた鉱石と鉱石布を出してこちらはテーブルへと並べる。全部を出した訳ではないのだがそれでも鉱石は前々回と変わらぬ量はあるし、布は前回よりかなり増やしてある。布を手に取ったゾフィーアは出来を確かめるように丁寧に調べている横で、セバスは鉱石を一つ一つ手に取って何かを確かめるようにしている。


「今回の物も、前回と……いえ、前回よりも質が良いようにも思えますね。キメも更に細やかになっているような。いい品です」

「鉱石の方も変わらずの輝きです。ゾフィーア様」

 彼女達は視線で会話すると、いくつか頷き笑顔で俺を視界に捉える。

「良かったです。お二方に見てもらうのは光栄ですが、この緊張感は田舎者には些か耐えられない重圧ですよ」

 俺の言葉に二人が小さく笑いを零し、和やかに進む商談に俺が少し心を緩めるとその商会当主が俺の心をぶち壊しにかかった。

「金貨九百と十枚。この金額で如何かしら?」

「ふぁぁっ?」


 ついつい出てしまった情けない声に耐えきれないとばかりに笑う二人。仕方ないのだ、この世界に来てからお金の価値がどれ程かはまだちゃんと認識している訳ではないが、このお金だけでどれだけ贅沢できるのかは想像がつく。


 ゾフィーアはまたも悪戯を成功させたようにして楽し気に笑っている。


「ごめんなさい、ホリさんの反応が可愛くて。先程のモンスター素材と合わせて金貨千枚です。ただこちらの事情で申し訳ないのですが、この店にある金貨の枚数が足りません。ですので白金貨五枚と金貨五百枚で代金を支払いますわ」

「そ、そんなに頂いてしまっていいんですか? 量としては今まで取引してきた物より少し増やしてはありますがそれでも……」


 心臓が高鳴り続け、止まった呼吸を再開させ、何とか捻り出した俺の言葉に彼女は力強く頷いた。

「フフフ、私こう見えてこの街でも結構な『オカネモチ』ですのよ? こうして店としても取引をさせてもらっておりますが、どちらかと言えば私個人が貴方の持ち込む物の虜にされています。それに……」

「それに?」

 セバスがいつの間にか用意していたお茶を手に取り、微笑むような表情を浮かべながら口をつける。

「この街で私以上にこの品々を高く売れる人間はいないわ。頂いたこのドレスと同じ物だけでどれだけの利益が出たか、お聞きになる? フフフ……」

 きらりと光る眼鏡の縁、そして妖しさを見せる笑顔。お茶を飲んでいるだけなのにエロいなぁ。


「そうでしたね、この街で一番という商会の長に対して不要な心配でした。それではその金額、受けさせて頂きます。今回もありがとうございます」

 俺と彼女はそうして握手を交わし、商談が成立した。今回もドエライ事になってしまったが、半分以上は彼女の存在と手腕が作り上げた物だしな。無駄遣いは控えてしっかりと拠点に還元できるような物を探していこう。


 セバスが代金を用意してくれるとの事で席を外し、今は彼女と二人でお茶を頂いて世間話のような物をしている。


「それにしても、言葉から察するに相当力を入れて頂いているみたいですね。これらの商品に。有難い事です」

「ええ、最近では寝る事を忘れてしまっていてね。元々あまり寝付きが良くないのですが、横になって目を瞑るとこうしようああしようと、頭の中が寝かせてくれないの」

 どうしましょうね、とまた笑顔で言っている彼女はその卓越した能力や手腕とは打って変わって子供のような一面を見せてくる。


「それなら、今回のサービスでゾフィーアさんにだけのプレゼントを差し上げますよ。ちょっと目を瞑ってて貰えますか?」

「あら? また何か楽しませて貰えるのかしら?」


 楽しめるかどうかはわからないけど、今のところ使用者全員がもうこれなしでは生きてはいられない体になっている。言葉だけで考えるとヤバイ代物だが、やっている事はむしろ健康への近道だ。


「下心はありませんが、少々無礼な振る舞いをしてしまいます。ご容赦下さいね」

「ええ、貴方の事は信頼しています。楽しみだわ」


 彼女が着けていた眼鏡を外し、テーブルに置く。こうしてみると最高級の西洋人形のように見える程美しい、それが無防備に目を瞑っているだけで心臓が高鳴ってしまう。

 冷静に、自分を落ち着かせながら鞄から拠点の皆が用意してくれた物を取り出す。


「力を抜いて下さい、失礼しますね」

「はい、あらあら?」

 彼女の頭を抱きしめて、まず鞄から出した枕に彼女の頭をゆっくりと乗せていく。


「これは私の友人達が作り上げた寝具なんですが、使い心地が最高なんです。あ、もちろん新品ですのでご安心を」

「これは、いいですね……。使われているのはあの布かしら?」


 うっとりとした目でそうこちらへと話しかけてくる彼女、枕も問題はなさそうだが本番はこれからなのだ。

「ええ、そうです。そしてそれと組み合わせて使って頂きたいのがこちらの毛布になりますね。失礼します」

 スリットの隙間から見える長く美しい脚が毛布に隠れてしまうが、残念だが心の片隅にはしっかりと記憶した。大丈夫だ! 彼女の体を包むように羽毛布団をかけた。


「これは……、凄い……。あら……? やだ……」

「セバスさんが来るまでの僅かな時間でしょうが、お休み下さい。私はこちらのお茶を頂いておきますね」


 彼女もやはりこの寝具に抗えず、静かに寝息を立てて休み始めた。


 それからセバスが来るまでのほんの僅かな時間だが、美女の安らかな寝顔を見ながらおいしいお茶を頂き、拠点から続いていた心のダメージを回復させてもらった。


 この寝具、世界狙えるんじゃないかな……。


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