第80話 お守りの剣と甘い物

「ほーう、それで? 野営で役立つ何か良い物はないかってか」

「ええ、いつも迎えに来てくれる者がいたんですが今回はどうしても厳しいので、道中私一人なんですよね。色々と不安でして」


 セバートの武器屋、俺はその店のカウンターを挟んで向こう側にいるハゲに事情を軽く話し、何かいい道具がないかと尋ねていた。

 セバートは輝く頭を撫でて少し視線を上に、何かを思い出すようにして考え込んでいる。

「そうだなぁ、やっぱり灯りと水の魔石は重要だよな。あと金のある連中は防護石ってモンを使ってたりしてるな」

「もしかしてソレって結界を張るような奴ですか? 名前から察するに……」


 セバートが出してきた不思議なワード、未知のアイテムだがわざわざ『金のある』って言っているくらいだし、相当お高いんでしょう?


「おう、野営地に囲むように置くと確か魔物や魔族が寄って来なくなったりするらしい。すげえ高いぞ? 四つ一組で白金貨が五枚とかだったかな……。しかも何度か使うと石が砕けるみたいでよ。王族や貴族なんかが使ってるって話だ」


 想像を超える値段の上に使い切り!? そんなの使えないな、というか今回の為だけにそれを購入するとか、もったいないオバケに顔面殴打されるな。


「やっぱり、安全はお金が掛かりますね。ハァ、何とかなるかなぁ」

「俺としてはオススメは『虫よけの鈴』だな。これも鈴の中の石の効力が無くなっちまうんだが、比較的安い上に虫が寄って来なくなるって代物だ。野外だとどうしてもイラつく事もあるしな」


 お、それはいいな。金額によっては是非とも欲しい効力をしている。

「それはお幾らぐらいなんでしょう?」

「大体金貨三枚だ、ここの魔道具通りにも並んでる人気の商品だからな。後はやべえところを行くなら魔除けの護符くらいか……? アンデットが嫌って来なくなる。これは金貨五枚だ」


 それでも高いなおい……。魔道具って貴重な品なのか? このマントもブーツもバッグも全部魔道具なんだけど、もしかして俺って身包み剥がれても仕方ないような装備をしているのかな。


「高い……ですけど、それだけの効果は期待できるって事ですよね。少し考えて購入も検討しておきます」

「おう。有って困るもんじゃねえからな、野営に必要な物は個人によって大分違う。虫が嫌って奴もいれば夜風が厳しいってのもいる。こればっかりは経験だからな」


 その通りだ、拠点でも屋外で寝るとやはり違和感のような物は感じていたし、あまり寝る事も出来ない事が多い。ポッド達が色々してくれていてもそうなのだから、今回の帰還は大変な事になりそうだな……。


「それにな、夜一人ってのは中々怖いぞ。視界も利かねえ警戒もできねえ、何より小さい音一つ聞き逃したら死ぬかもしれないって恐怖が襲ってくるからな」

「そうですね、完全に真っ暗な空間でしょうし。何とかならないかなとは思っているんですがね……」


 何より一人旅。これがネックだなー、歩いて数日はかかるかもしれない道のりを無事に乗り切れるかどうか……。

「目的地の途中まで馬車で行くとかしたら、お前の行きたい場所が何処かは知らんが割と早く済むんじゃねえか?」

「それも考えたんですけど、その知り合いが嘆きの山の近くの森で武者修行をしているのでそこに行きたいんですよね」


 渋い顔で頭を撫でている彼、黙ってしばらく何かを考えこんでいるとぽんと一つ手を叩いた。

「おお、丁度いい奴がいるかもしんねえぞ。確かそいつ、あの山に割と近い森の横を掠めるように別の街と行き来してた筈だ。頼んでみるか?」

「ホントですか!? あ、でも見ず知らずの人間がいきなりそんな事頼んでも大丈夫でしょうか?」


 何があるかはわからない、知らない人間と旅をしていきなりナイフでつんつんされても困っちゃうからなぁ。どういう人物なのか知りたい。


「おう、そいつは確か嫁さんと息子の三人でこの街といくつかの国との流通やっててよ。色んな国の上物を卸してくれるからよく話すんだわ。この街でも結構世話になってる店は多いぜ? 確か……、そろそろ聖王国へ戻る頃合いだったと思うから、そいつが来たら声かけてやろうか?」

「ええ、是非お願いします。どちらにせよまだこの街にいる事になると思いますし、宿の場所も教えておきますね」

 彼に俺が滞在している宿の名前は知らないから宿の象徴的な受付の看板娘の事を話しておいた。

 彼もその宿の事は知っていたので大丈夫だろう。その男性とは早ければ明日、遅くとも数日中には会えるという話だったので、準備を急がねばならない。


 彼は腕を組んで力強く頷いて、歯を見せて笑う。

「フン、これで心置きなく買い物が出来るって話だな! バーニーから聞いたぜ? 相当いい稼ぎしてるみたいじゃねえか。お前を紹介した事を感謝されたくらいだからな!」

「いえいえ、運が良かったんです。今回はちょっと多めに購入させて貰ってもいいですかね? 種類も前回より多くして欲しいです。色々見せて貰えますか?」

「その言葉を待ってたぜ! ちょっと待ってな!」


 彼は意気揚々とカウンターの裏へと行くと様々な刀剣、ナイフ、短刀、槍を並べていく。やはりここの品は良い物が多いんだろうな、どれも迫力が違うような気がする。


 一つ一つ説明を受けながら、購入する品と量を決めていくと気づけば白金貨二枚分も購入していた。やってしまった……。


 弓のおじさんのところで同じ位の金額を使って、ここで大体白金貨四枚分。バーニーの店を合わせたら都合白金貨五枚強は使っているので、これで武器に関しては相当潤った。食料の方もどんどん自給率が伸びていくだろうし、どれも初期投資として必要なんだけどやっぱりどこか惜しい。


「しっかしすげえな、あの田舎者が白金貨出してくる事なんてあの時は想像出来なかったわ。冷やかしで来てくれた事に感謝しといた方がいいのかこれ?」


 セバートは揶揄からかうように笑い、武器を纏め上げている。俺も代金を支払って彼が纏めた剣や槍を鞄に収納していくが、武器を入れていくと少し重量が感じられるように思う。大分中身が詰まってきているからなぁ。


「いえ、先程も言いましたけど運が良いだけです。あとは頑張ってくれた仲間達に感謝ですかね」

「その剣も仲間から貰ったもんか? 前に使ってた奴はもっと短い奴だったろ?」


 彼は俺の腰にある細剣を指差してそう言ってきた。流石武器屋の店主、そこは気にするんだな。


「ええ、前に使っていた物よりは断然良い物らしいですが、剣については素人なのでお守りとしての意味合いが大きいですけどね」

「ふーん? まぁお前さんも最初見た時よりかなりいいガタイと腕周りになってるけど、まだまだだな。その剣、ちょっと見せてみ」


 備えていた腰の剣を渡しながら彼の言葉にちょっと照れる。結構頑張って訓練してるもんなぁ、剣の腕はまだまだだけど……。


 彼は剣を受け取るとまず持ち手の部分を弄り、次に鞘から剣を抜き放つ。アナスタシアがこまめに手入れをしている武器は刃こぼれなどもなく、すらりとした刀身が輝いている。

「こいつは良いモンだなぁ……。なるほど、本来の持ち主はお前じゃねえってのはわかる。コレを使ってる奴、とんでもねえ凄腕だろ?」

「ええ、それはもう。わかるんですか?」


 彼は頷き、撫でるように光る刀身に指を這わせて何かを確かめている。


「おう、どんな使い方してるとか、持ち主の腕ってのは刃の状態を見れば一発でわかるぞ。しかもかなりいい手入れの仕方だ。剣が喜んで使われてるって感じがするな」

「そうですか。それならその剣の為にも早く持ち主に返してあげたいですね。私が使うには腕が足りなくて、武器に申し訳なくなってしまいますし」


 彼は大きく笑って剣を鞘に収める。そして俺に剣を返してくると腕を曲げて力こぶを作り出した。


「そうだな、お前も頑張っているみてえだがまだまだ腕にハリが足りねえ! もっとこう! こうな! コレが足りねえのよ!!」


 色々なポーズをしながら力強く自分の力こぶを指差すと叫ぶハゲ。これでも頑張ってるのになぁ、まだまだ全然足りないようだ。


「ただお前も肉のつき方は悪くねえ。今そいつに剣を習ってんのか?」

「ええ、その子ともう一人の凄腕の子に。その剣の持ち主も、実は槍を使っている事の方が多いですしね。本人も槍の方が得意と言ってました」


 最近はこの剣を使っているところを滅多に見ないような……。それだけあの槍を気に入ってくれているのかもしれないのだが、この剣が不憫に思えてくる。見た目やフォルムもかっこいいのになぁ……、もったいない。


「ほぉー、まさに化け物だな。槍の方も相当凄えんだろうし、戦ってるところを見てみてえなあ。ソイツ連れてこの街に来たら声かけろよ!?」

「いえ、人里が嫌いなので多分それは叶いませんよ。残念ですが」


 ちくしょー! と言いながら悔しがる彼の後ろからいつか見たパツキンの美人さんがお茶を持って現れ、俺とハゲの前にそれを置いていく。これで夫婦か……、美女と野獣かな?

「おう、ありがとな!」

「いいのよ、お客さんもどうぞ。熱いので注意してくださいね」

「すみません、ありがとうございます。頂きます」


 熱いお茶を頂きながら、彼女も交えて三人で今度紹介してくれるという男性とその家族の話を聞いてみたが、悪い噂のような物もなく、店自体は構えていないがかなりのやり手で、彼の目利きした商品は人気が高いらしい。

 そこまで言われる人物がつまらない危険を冒して、どこの馬の骨ともわからない奴から金を巻き上げる訳もないか。

 信用して良さそうだが、それでもそれなりの準備はしておいて損はない。道中に何が起きてもいいようにしておこう。


 その日何故かセバートとその奥さん、そしてバーニーとバーニーの奥さん、俺という謎のメンバー構成で俺の滞在している宿の食堂で晩飯を食おうという話になった。初めて見たバーニーの奥さんは翠眼茶髪のセミロング、これまた笑顔の素敵な美人さん。


「俺以外既婚者か。肩身狭いなぁ……、ん? これ前にも何処かで言ったような」

「なんだなんだ! お前独り身かよ! 若いうちに身固めておいた方がいいぞ!」


 俺がぽつりと呟いた言葉を聞き逃さず、バンと勢いよく肩を叩いてきたのは上機嫌なハゲ。腹の立つ事を……。まぁ日本でも散々言われてきた事だから慣れているけども。

「おいセバート、失礼だぞ。すまんな兄さん、多分酒の匂いで酔ったんだ」

「アナタ、少し水飲んでね」

「おう! ありがとよ!」


 酒の匂いで酔うとかどんだけだよ、と思いながらも拠点で宴会をするといつも開幕にぶっ倒れるリザードマンを思い出して笑ってしまった。

「いいんですよバーニーさん、その通りでしょうしね。いいお相手がいればよかったんですが、生憎その手の話には余り恵まれなかったので」

「まぁ巡り合いってのは運だしな、俺もコイツと結婚するって思っても見なかったがどっかの酒に弱い友人が気を回してな。今じゃ感謝もしているさ」


 その酒に弱い友人は今奥さんに支えられながら水をぐびぐびと飲みこんでいる。酒の匂いだけで酔えるって、ゼルシュとどっちが弱いんだろうか。匂いだけで酔う分セバートの方が弱いかもしれないが、両者とも飲めないのだから微妙なところだな。


「それよりも、俺は兄さんの村の事が聞いてみたいよ。何か面白い話はないのか?」

「そうですねえ……。色々ありますけど、どれから話した物か……」

「まだまだ時間はありますし、その色々を聞かせてもらえますか? 私も聞いてみたいです」


 バーニー夫妻に話をしていると、回復して正気に戻ったセバートとその奥さん、そして丁度宿泊客なども居らず、手持ち無沙汰になった受付の子もやってきて俺の話す拠点での出来事を聞いている。とはいっても魔族が関わっている話だし、あまり詳しい事も言ってはいないのだが。


 男性陣に一番ウケたのは、ゴブリンの大群から荷車に肉を乗せて焼きながら逃げたエピソード。女性陣はどちらかと言うと拠点にある風呂や気まぐれに作った滝、そして料理の事に興味があるようで詳しく聞いてきた。


「それにしても色々やってんだなぁ。いつもバーニーのところで大量に食料を、割と頻繁に買っていくって話を聞いてたからよ。そりゃそんだけ色々やってたら腹も減るよな!」

「それに魚を自分達で増やすって発想とそれを運用できるように造り上げた技術も凄いな、うまくいけば相当な物だぞ。俺ももう少し若かったら兄さんについていって手伝いたかったよ」

「そうね、毎日駆けずり回るように働かなきゃいけないのかもしれないけど、凄く楽しそうだもの」

「それに、名コックさんの料理も頂いてみたいわね。どれだけ美味しいのかしら……」


 彼らは俺の話を聞いてワイワイと談笑をしている。横で何かジュースのような物を飲みながら俺の話を聞いていた受付の子も料理の話に興味があるようだ。


「ねえお兄さん、お客さんにこんな事いっちゃ本当はダメなんだけど、何か作ってみてくれない? 甘い物だと嬉しい!」

「お、そりゃいいな! 俺も嬉しい!」


 可愛い笑顔の横に並ぶように可愛い毛根をしている男性が同じようにキラキラと輝いた視線をぶつけてくる。

「うーん、甘い物か……。ああ、ちょっと食べたいなって思ってる物でいいなら作りますよ」

「ホントに!? やったよセバートさん!」

「やったな嬢ちゃん!!」


 彼らはハイタッチをして一通り喜び合ったところで、受付の子が俺を厨房へと案内してくれた。そしてそこには、ちょっと強面の短髪の男性が鍋の中身をかき混ぜるようにしながらこちらを睨みつけてきた。

「お兄さん! あれ私のお父さん! 愛想悪いけど、悪人ではないから安心してね! お父さん、聞いて聞いて!」

「……なんだ」

 彼女が事情を説明して、その男性が俺を睨みつけてきた。どう考えてもヤバイ人なんだけど……。

 男性はおもむろに……、いや待って何故包丁を握る、何故にじり寄って来る。


 こ、殺される……!? と冷や汗を流していると、男性はそのまま俺の立っている横にある包丁のケースにそれをしまい、どうやら場所を作ってくれたようだ。


「それじゃあお兄さん! 必要な物はお父さんに言ってね! 後よろしく!」

「えっ、あっ、はい」


 まさか客として泊っている宿で料理を作らされるとは。まぁいいか、久々に食べたい物で甘い物があったし。


 材料を伝えると出てくる食材の数々、まさか卵だけでなく牛乳やクリームもあるとは。そういえばクリームソース系の料理もここの宿の食事で出たな。盲点だった……! またバーニーの店へ行く事になりそうだな。


「親父さん、バターはない……みたいだね。わかったよ」

 聞きながら彼に話を振ってみると、首を振られた。バター自体がこの世界にないのか、それともたまたまないのか。まぁこれだけあればお手製で作ってしまおうか。

「ちょっと席を外しますね。このクリーム、少し冷やしておいてもらえますか?」

「……おう」

 急いで部屋まで戻り、鉱石を使って二つの筒を作り出し軽く合わせてみる。欲しい形に出来たので、セバートの目に触れないように鉱石の筒を厨房へと持ちこむ。

 特に考え無しに『冷やしておいて』と頼んだが、まさか氷の魔石を始めてみる機会になるとは。


 これがまた幻想的だった。

 水の中の魔石から何かがじんわりと浮かび上がり、水面に浮かんでくる頃には手ごろな大きさの氷になっている。それを摘まんでみると、ひやりと冷たい感触が。


「氷の魔石すげえ……欲しいわ」

「……高いぞ」


 それもそうか……、でもこれ欲しい。明日はあのお爺さんとリリの魔石店にまず向かって氷の魔石が無いか聞いてみよう。あったら出来る限り買っておいてもいいだろう、スライム君と作れる料理がまた広がる。


 冷えたクリームを片方の筒に入れ、もう一つの筒を使って蓋をする。

「親父さん、手伝ってもらえます? ちょっとコレ振っといて下さい」

「……おう」

 一度やり方を見せて後は頼んでおき、その間にこちらは他に色々と準備をしておく。それにしてもこの街は食材が豊かだな、平和だから色々と豊かなのかな?


 数度、筒の中の様子を見ながら固まってくれた物を綺麗な布で絞る、それをボウルの中で練り上げてバターが出来た。無塩バターがあるとも限らないし、自作して正解だったかもしれないな。

「ありがとうございます。こちらも準備は出来たので後は……ハチミツとか何かの蜜ってないですかね?」

「……ほら」

 小さな陶器に何かとろみのある液体が入っている。匂いを嗅いでみようと鼻を近づけるまでもなく、蓋を開けた途端に広がる甘い匂い。

「ありがとうございます、あとは大丈夫だと思うんで」

「……おう」


 彼は言葉は少ないが、日頃跳ねると震える事でコミュニケーションを取っているうちの名コックさんよりは意思疎通が簡単だ。何が言いたいかも大体分かる。そしてこの蜜の存在によって、バーニーの店へ行く事が確実な物となった。


「泡立て器もあるのか……、木製だけど。親父さんコレも借りますね」

 軽く頷いてこちらをみている怖い顔、だがこの世界で恐らく最強の存在の顔によって慣らされた俺に、その程度の顔の怖さでは太刀打ちできないぞ! フハハ!


 フライパンに軽く熱を通しておきながらホイップクリームも完成した。少し時間も掛かったがいい出来だ。電動じゃないから不安だったけどそれほど疲れなかったな。筋肉ついてきたのかな、やっぱり。


 出来上がったホイップクリームの味も確かめてみる、親父さんにも見てもらおうとスプーンで軽く掬った物を彼にも渡して一口含むと程よい甘さ。

「うん、丁度いい塩梅かな。あとは準備しておいたコレを焼き上げて終わりと」

「……美味いな」


 怖い顔を更に強張らせるようにしながら発した言葉、だが彼の様子が先程よりも柔らかい物に変わったようにも思える。案外可愛い人なのかもしれない。


 準備していた物を焼き上げホットケーキの完成。

 やはりこの甘い匂い、堪らないな。焼き上がりが不安だったけどしっかりと膨らんでくれたし、試しに作った物を親父さんと二人で試食をしてみる。


「おお、このバターだけでも充分に美味いけどクリームともいい感じ! 美味いなぁ! 親父さん、どうですか!」

「……おう」

 強面は口の横に小さな白い物をつけて軽く頷いている。大丈夫のようだ。

 それから一枚焼き上げて親父さんへのお礼とし、あとは受付の子達の分にしようと全部焼き上げた。

 ちょっと焦がしてしまったのもあるが、そこは勘弁してもらおう。


 親父さんが使った道具とかを洗いながら食器類を出してくれる、この親父さんはスライム君と気が合うだろうなぁとか考えながら皿に盛りつけていく。


「よし、それじゃあ親父さん。お邪魔しました、楽しかったです」

「……おう」

 軽く手を上げながらホットケーキを摘まんでいる強面の男性。彼にお礼を言って出来上がった物をテーブルに並べた。


「お待たせしました、少し手間取っちゃいましたけどこんな感じです」

 俺がテーブルに皿を置いていくと、五人が食い入るようにホットケーキを見つめている。甘い物好きの二名や食品を扱うバーニーが見た事ないようだから、まだこちらの世界にはないのかもしれないな、ホットケーキ。


 ただこの街でも甘食と呼ばれるお菓子やクッキーとかもあったし、世界中を探せば似たような物や同じような物も見つかりそうだ。


「お、待ってました! 嬢ちゃんが厨房覗いて、途中で今日はもう客を入れねえって慌てて扉閉めてたから何事かと思ったぜ!」

「だってセバートさん! 台所から凄い良い匂いがするんだよ!? お客さんがいたらしっかりと味わえないじゃない!」

「これを兄さんが作ったのか? 人は見かけによらないな……。料理なんて出来そうにない……、いやそれはここの旦那もそうだったか」

「アナタ、失礼よ? それにしてもいい香り、早速頂いても?」

「ええ、冷めないうちにどうぞ」


 俺がそう促すと、待ってましたと言わんばかりにまず受付の子とセバートが。そしてそれに続いて他の三人がそれを口に運ぶ。


「うめえ……。『マズイ!』ってバカにしてやろうとか思ってた自分の頭を殴りたいくらいうめえなコレ……」

「うん、私もこの街の甘い物結構食べたけど上位にくる美味しさだよこれ」

「この白い物は、何でしょう? 不思議な甘さ……」

「それはクリームをかき混ぜ続けるとそうなるんです、甘いのは親父さんが色々出してくれた中にあった物で味付けしてますよ」

「美味しいですね、何でしょう? 優しい味と言えばいいのかしら」


 彼らは感想を伝えてくれるが、俺は彼らの前に先程親父さんから受け取った小さな陶器を前に出してみた。

「ああっ! それお父さんの秘蔵の調味料! 出してくれたの!?」


 彼女は小瓶を指差して叫んだ、秘蔵の物だったのか。使っていいのかな?


「うん、使っていいって。貴重な物?」

「もちろんっ! お父さんが私に隠れて甘い物を食べる時にたまに使ってるんだよ! いっつも隠す場所を変えてるから探すのも大変なんだから!」

 親子の闘いを熱く語ってくれる受付の子は、俺がその中身をホットケーキに垂らすと小さな声を漏らしている。

「はい、君の番」

「え、いいの?! やったー!」

「おい、俺の分は!」

「私もお願いしますね」

「俺は皆の反応を見てから試すかな?」

「なら私もそうしておきます」


 親父さん秘蔵の調味料、無くなっちゃうなこれは……。軽く合掌しておこう。

 しかしこの蜜のような物は香りだけでも凄いな、甘いというのがすぐに分かるほどだ。是非とも欲しい。

「バーニーさん、この料理作るに当たって欲しい物がかなり増えてしまったんですが、明日って時間あります?」

「おう? ハッハッハ! わかった、昼過ぎからなら空けておこう。兄さんの好みに合いそうなこの手の物、集めておいてやるよ」


 彼に俺の考えが伝わってしまったのか、大きく笑って応えてくれた。俺達が話す横では、親父さんの秘蔵の調味料をかけた甘い物好きの二名がそれを口にして興奮している。


「うぉっ、嬢ちゃん! この蜜かけるとまた堪んねえよこれ!」

「セバートさんこれうちの店で出したら人気出ないかな!?」


 久々にこういった甘い物を食べたな。この街にある物でも充分に満足していたし、調理できる環境がないから気にしてはいなかったけど、簡単な物でも未知の味がある分味わっていて楽しいし。

 トレント達が木の実を大量に作れる時が来たりしたらそれでジャムを作ってみたいな。クリームにジャム、そしてそれをパンで挟んだりとか……。贅沢かな? あれ貴重な物ってポッドが言ってたしな。


 それを食後のデザートとして俺達は解散となった。帰り際にセバートが明日の夕方頃に店に寄れと言っていたので、どうやら件の男性と会わせて貰えるらしい。割と早かったな、と思っていたらどうやら俺が店を後にしたタイミングで現れたらしく、俺の事も軽く説明しておいてくれたようだ。


「早ければ明後日には街から出る事になりそうだなー」

「えっ」

 俺がセバート夫妻とバーニー夫妻を見送りながら呟いた言葉に後ろから小さな声が聞こえた。受付の子が呟いた言葉を聞いていたようだ、恥ずかしい。

 そういえば彼女には少し長く滞在するかもと最初に言っていたっけ。まぁ支払いは当日払いにしているし、大丈夫だろう。

「お兄さん、今回は長くなるって言ってたのに……」

「うーん、ごめんね。でももしかしたらだから。まだまだこれからもお世話になります」


 彼女に頭を軽く下げると、少し胸を張りながら大きな声で返事をしてくれる元気な看板娘。

「口の横にクリームついてるよ」

「えっ、どこ!?」


 俺の指摘にごしごしとハンカチのような物で拭っている彼女。

 彼女のおかげで拠点の皆に少しいつもと違う甘い物を作ってあげられそうだな。生クリームや牛乳があれば、作れる物もグッと広がる。あの蜜と同じ物、定期的に拠点で手に入れられればなぁ。ハチミツに似ているからやはり養蜂か? 虫が得意な魔族っていないのかな、操るとか……。


 明日は色々と足を伸ばさないといけないな。

 まず魔石店、氷の魔石がないかあのお爺さんに聞いてみよう。リリにお菓子のお礼に何か買っていくとして、昼過ぎにはバーニーの店、夕方にはセバートの店と。

 うーん、午前中に少し宝飾品のエリアを覗けるかな? 前回もあそこで色々なお土産買えたし、ちょっと風変わりな物が露店に並んでいたりして面白いんだよなぁ。


 とりあえず、今日はもう休もう。

 枕元にウタノハへのメッセージのリザードマン像を設置して、掲げられた腕に虫の抜け殻を設置しておこう。

 リザードマン像もパンチ力が増してきたな。姫巫女よ、これを見て何を思う。


 少し騒がしい食事をしたおかげか、拠点の日常の夢を見る事が出来た。


 内容は何故か妙にリアリティがあり、俺を追い出したアノ精霊が魔王のツマにボコボコにされているのを皆が白い顔をして見守っている場面だった。


 不思議な夢もあったもんだ。

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