第49話 日頃のおこない

 何故こんな事になっているのか……。

 俺はゼルシュの「最近よく魚が獲れる。ホリもたまには来てみるか?」という発言に乗り、意気揚々と森を歩いていた。水に入る事から、メンバーがほぼ男性だけという事もあり、道中で変な事を話していたら修羅場のような場所に遭遇してしまい気づけば片側に助力する形で加勢していた。

 少し薄い色合いの赤い肌と、青さを含ませる白髪のような髪が特徴的な女性が涙ながらに助けを求めてきたら格好つけたい男の子は応えない訳にはいかないのだ。更には、彼女達は装束のようなちょっと独特な服を着ていた。ポイント高い。


 それよりも、相手をしていた黒い肌に茶色のショートカットの女性に薬草汁を与えた事がゼルシュを始め仲間内からブーイングが起きた。

 曰く、敵に施しを与えるな! とのこと。

 相手も独特な衣装を身に纏っていたのだ。ポイント高かったから仕方ない。


「じゃあ、君達にも施そう」と俺が言うと皆静かになった。ペトラの薬草汁は常に二本はキープしてある。猫人族の金髪長身の女性フリーデリケ・シェレン、長いのでシェレンと呼んでいるが、彼女は番台をしながらも狩猟班にも参加しているのだが、恐ろしい事に、ペトラすら知らない薬草の知識をいくつか持っていた事で最近作られる健康飲料がメキメキとパワーアップしている。効果は身をもって保証してある。

 それに、相手も魔族だ。どんな事情があるのか知らないが重傷を負っているのなら最低限の手助けをしてやってもいいだろう、多分。


「もう一本あるからな、誰か怪我している人いない?」

「な、ならそれはオラトリに、彼女に施して頂けませんか!?」

 チャレンジャーが現れた。

 俺達が助力した後倒れてしまったが、いくつか斬られた傷がある。それに、その倒れた女性を抱えるようにしている目を強く瞑り続けている女性も怪我をしているようだ。

「貴方も怪我をしていますが、よろしいんですか?」

 俺がそう聞くと彼女はそれに何度も頷いて返してくる。

「オラトリはずっと私の為に無理を重ねて来ました! 彼女を優先してあげたいんです! どうか、どうかお願いします!」

 こちらを向いている彼女と彼女の周りにいる女性達に注意しておこう。

「では貴方達、何人かでいいのでその女性を押さえておいてください。何があっても離してはいけない。いいですね?」

「はい! 皆、お願い!」


 言われるがままに周りの女性達がオラトリと呼ばれる女性の四肢に手を伸ばし、俺の言うままに軽く押さえつけている。

 こちらの陣営から「ヒェッ」という声が聞こえたが、気のせいだろう。

 そして、俺が水筒の中身を彼女に飲ませようとした時、パチリと目が開いた。

 構わず水筒を傾けると、彼女は更に大きく目を見開き、大きな双眸がぎょろぎょろと動き回っている。抵抗の力もかなり強く、数人の女性が振り回すようにされていた。そして俺の事を血走る眼で涙ながらに睨みながら白目を向き再度失神した。


 うーん、ペトラさんの健康飲料は今日も強烈やでぇ。

 俺以外皆言葉を吞むように空気が張りつめて呆然としているが、気にしてはいけない。これは人命救助なのだ。


「少し余ったか、すいません。足を怪我しているようですが、よろしければその患部を見せてもらえませんか?」

 俺の言葉に抱きかかえていた女性の身を案じていた彼女が少し茫然としながらも反応を返してきた。

「……、ハッ!? は、はい!」

 女性は我に返り、大きく返事をして裾をたくし上げた。おっとこれはサービスショット。足綺麗だなぁ、肌赤いけど。

 手当の為だろう布が巻き付けられているが、かなりの深手に見える。出血もかなりの量をしているようだ。もしかしたら彼女がこの中で一番危険な状態かもしれない。

「かなり染みますよ、堪える準備をしておいてください」

「は、はい!」


 一思いに全部傷口にかけると、彼女が掴んでいた裾を握りしめ、唇を噛みしめて堪えているが、瞑っていた目から涙が浮かんでいた。染みるんだよねこれ……。


 飲んでよし、かけてよし、ペトラの薬草汁売れるんじゃないかな。


「これでよし! 皆、魚獲りは中止! 彼女達をポッドの所へ連れて行くぞ。荷車を準備してくれ。あと数人のケンタウロスは先に拠点に戻ってポッドやスライム君達にこの事を報告ね、リザードマン達は周囲の警戒をしつつ護衛を頼むよ」


 俺がそう指示を出すと数名のリザードマン達が囲うように広がり周囲を警戒して、二人のケンタウロスが拠点に向かい走り出した。残った俺達は荷車を出し彼女達を乗せていく。

 一人の背中の丸まった老婆が荷車に乗りこむ際に俺に声をかけてきた。

「貴方が代表者ですかな? 私は姫巫女の侍女の長ラルバと申します。此度は我らの窮地をお救い頂き、感謝の念に堪えません」 

 背丈の関係で荷車に乗り込むのも辛そうだから、抱きかかえて乗せてしまったが老婆は荷台に座り込み大きく息を吐いている。ゼルシュに促されたので、俺も荷台に一緒に乗り込んで座る。

 老婆は座った俺を見据えている。彼女もあちらこちらに生傷がある、厳しい道のりだったのだろうな。色々と説明を受けているが、先程薬草汁を喰らい、眼を隠すように布で覆っているのが姫巫女か。そして気絶している彼女がオラトリ、白目向いてるけど目を覚ましたら俺殴られないよね……? 近づかないようにしておこう。


「我々は短期間ではありましたが、強行軍でここまで来れました。こうして……その、処置をして頂いて休んでいるオラトリが今日まで休む間もなく働き続けていたおかげです。許されるのなら、彼女に少し休む時間を与えたいのですが……」

「ええ、こちらも放り出すような事はしませんよ。ゆっくりと体を休ませてあげてください。ああ、そうだ。お腹も減っているでしょう。仲間が私達のお昼にと、持たせてくれたものがありますので少しでもお腹を満たしておいてください」


 老婆は静かに頭を下げながら感謝の気持ちを伝えてきたが、それよりもケースに入ったサンドイッチと水を置いて彼女達に食べるように勧めた。

 スライム君の料理だし大丈夫だろう。スープとかあればいいんだけど、出先で火を起こさないといけないから今は用意できないんだよな。

 にこやかな笑顔と、パンが一つ、また一つと無くなっていくので大丈夫のようだが、姫様と呼ばれている目を隠している女性がパンを一切れ掴んだままぐったりとしている。


「大丈夫ですか? 貴方はそれよりも……、あったあった。こっちを食べておいた方が良さそうだ。どうぞ」

 俺は今朝貰ったポッドの実を取り出し、彼女の眼前に差し出した。すると果実の香りがするのだろう、匂いを嗅いでいる。

「それは……?」

「栄養のある果実ですよ。あ、ちょっと待ってくださいね」

 持っていた短刀で食べやすいようにカットしてカップに乗せておいた。同乗している他の女性達が不思議そうにこちらの行動を見つめているが……。どうしたのだろうか。それよりも彼女だ、少しでも何かお腹に入れておいた方がいいだろう。多分。


 どうぞと彼女の手を取りカップを渡すと彼女は器の中から一切れを摘まみ、小さく啄むように口にいれた。

 息を止め時間が止まったように動かなくなった彼女は、再起動するようにもう一度果実を頬張ろうと、一口目よりも大きく口を開いて果実に噛り付いた。

「おいしいです……。凄くおいしいです……」

 彼女の眼を覆っている布の隙間から涙が流れていくのが見えた。彼女は皿に盛ってあった果実を平らげると、安堵を見せるようにふうと息を吐いた。

「トレントの実は口に合いましたか? おかわりはいりますかね?」

「いえ、大丈夫です。お腹も満たされました」

 彼女が器をこちらに返そうと手を伸ばしてきた時に、その言葉に反論するように彼女のお腹がおかわりを要求をしてきた。制御できないそれに、あたふたとしている彼女に、少し笑ってしまう。


「あ、こ、これは……」

「フフ、貴方は運がいいですね。実はもう一つあるので今切りますね。待っていてください」

 俯きながら小さくすみませんと呟き、カップを差し出してきた彼女。先程より赤い肌が更に赤くなり顔の血色も良く見えるが、照れているのかそれともポッドの実の効果が出たのか。

 二皿目もぺろりと完食し、満足そうに微笑んでいる。周りでパンを頬張りながら見守っていた女性達も安心したようだ。

「さてと、お腹を満たせたら少し休んでおいてください。何かあっても我々で対処しておきますから。お疲れでしょう?」

 俺がそう切り出して荷台から降りると、老婆がこちらに向き直り頭を下げて「お言葉に甘えさせてもらいます」と短く告げると、彼女達はそのまま身を寄せ合うように休み始めた。

 そういえば彼女達は他とは少し違う武器持ってるな。刀のような物に薙刀かこれ? 見慣れた物って言えば槍とかだけだ。

 玉鋼的な物があるのか、それともこの世界独自の素材を使った武器なのか。彼女達の中で武器に詳しい人が居たらその内聞いてみるか。

 彼女達の衣装も相まって、薙刀を構える所を想像するとまさに戦国の世になるな。


 目元を隠している女性をちらりと見ると彼女も寝てしまったようだ、やはり疲労が蓄積していたのだろう。無理もない、無事な者が一人もいない上に気を抜いたら倒れる者まで出る始末。

 相当無理をしてきたのは見て取れる。怪我が大丈夫そうだったら、風呂でも浴びて気分をリフレッシュさせてあげたいところだ。


 もうすぐ拠点というところで、先に帰り報告をしてくれたケンタウロス達が戻ってきた。どうやら向こうも受け入れる準備は出来ているようだ。走ってくれた彼らを労って、一緒に拠点に帰るとポッドの元へ急ぐ。

「やあポッド、また頼まれてくれない? 怪我人がかなりいるんだけど……」

「おうホリ、どうしたんじゃそのオーガ達は。とりあえずそこに寝かせてやれ。怪我をしておる人数も多いようじゃし、若い子達の力も借りて纏めて回復したるわい」


 ポッドの前に意識のある人は並んでもらい、意識が戻らない人達は慎重に運び出し横に寝かせておいた。それを確認したポッドとトレントの若木の前から木の根がわらわらと地中から現れ、彼女達の怪我の部位を優しく包み込んでいたり、患部の近くで光を優し気に放っていたりとしている。

 これで大丈夫だろう。

 一旦そこより移動して、改めてスライム君に彼女達のご飯を用意してもらおうと洞穴まで戻ってきた。

 既にいい匂いが立ち込めている事から準備は始まっているのだろう。流石スライムさん仕事が早い。こうしてはいられないな、俺も仕込みを手伝おう。


 うーん、やはりまたグスタールに行っておいた方がいいな。食料は問題ないけどあって困る物でもないし、何より武器や防具を少し補充しておきたい。問題はどうやって行って、何を元手に金銭を稼ぐかだな。

 モンスター素材は貯まっているけど、それだけじゃ心許ないからなー。後何か売り物にと考えたらやっぱり鉱石かな? でもこれをおいそれとは出したくないし……。何か良い物はないかな。今度あの街に行くとしてもあまり時間をかけずに帰ってこよう。一泊二日くらいがベストだろうか。


「はぁー、最近駆け足で人が増えるな。スライム君、いつも悪いね。面倒ばかりかけちゃって」

 彼は俺の言葉に応えるようにして、今日もよく弾んでいる。そういえばスライム君に調味料をお土産にと考えていたがすっかり忘れてたな。今度いけたタイミングで購入しよう。……お金があれば。


 大体の仕込みが終わり、パメラとペトラが騒ぎを聞いてきてくれたので料理を持って移動を始めた。

 ポッド達トレントの並木道には人だかりのようにして様々な種族が顔を揃えていたが、どうしようかな。

「ごめんね、ちょっと通るよ」と言うと道を開けてくれたので、いそいそと料理を準備していると姫様護衛隊の侍女の一人が駆け寄ってきた。

「わ、私も手伝わせてください! お願いします!」

「あぁ、ありがとうございます。こちらは助かりますが、体調は大丈夫ですか? 無理をされなくてもいいんですよ」

 彼女は目立った傷は治療してもらったようだが、それでも体力的に厳しい物があるだろう。手伝いなんてして貰わなくてもいいのだが……。

「いえ、大丈夫です! あっ! 先程のパンもありがとうございました!」

 そう言って深く頭を下げられたので、手伝ってもらう事にした。


 殆どの人は目を覚ましていて、薬草汁を飲ませた人も起き上がっている。

 目が合うと物凄い睨まれるんだけど……。


 準備も終わり、集まっていた人達に戻るように言う。スライム君は少し離れたところで大きな肉をこんがりと焼き続けている。料理の鉄スライムと化した彼は、出血した人がいたら肉を食わせるようにしているのだろうか? というかその大きなお肉どこにあったの……? 


 食事が始まると、やはりスライム君の料理はオーガ達にも好評のようだ。治療前に食べたのではやはり少なかったのだろうか? がっつりと料理を頬張っていく。

 出来れば代表のお姫様と話をしておきたいが、食事中だしな。元気も出てきたみたいで、お肉も平らげているしまずは一安心かな。


「俺達も頂こうか? スライム君の事だから俺達の分も用意しているでしょ?」

「そのようですよ。あちらで次のお肉を焼いてます」

 パメラの指差す方には、次のお肉に火を通しているスライム君が俺の視線に返事をするように弾んでいる。気配りの出来る人ってステキ。


 食後のお茶を啜りながら、これからどうやって話を切り出した物かと考えていたのだが、いきなり彼女達が全員跪くように頭を下げてきた。その中で代表として一番前で顔を上げ、口を開いたのは姫巫女と呼ばれる彼女だ。


「改めて御挨拶を。私はこの一族の当代の巫女ウタノハと申します。此度は我々の為にご尽力頂き、誠に感謝申し上げます。その上、これ程の施しをして貰えた事に言葉もありません」

 深々と頭下げられても困る。あと堅苦しくされてもなぁ。

「いえ、こちらとしても下心がなかった訳ではありませんからお気になさらず。それとここにはエライ人はいないので、そんな畏まられても困っちゃいますよ。なのでどうか楽にして下さい」


 ゴブリン君達は飯を食べ終わり、隣で食休みを一緒にしていた筈なのに気づいたらいないし、ペイトン一家は後ろでスライム君と皿を洗ってるし……。

 他に人もいないから俺が応対するしかない。

「こちらとしては聞きたい事は一つだけです。これからどうされますか?」

「はい、宜しければ我ら一族も貴方の配下に、末席でも構いませんのでここに居させて頂けませんでしょうか?」

 おお、それは好都合だ。戦力アップはしておいた方がいいだろう、先程の黒いオーガ達の襲撃もこれから間違いなくあるだろうし。

「こちらとしては構いません、毎日追われるように働かなくてはならないので忙しいですが。それに、ここにいる人達は別に私の配下という訳でもありませんよ」

 俺達、というよりは俺の事情を掻い摘んで説明していく。異世界から来たという所は伏せておいたが問題はないだろう。

「ではホリ様は、魔王様に頼まれてここに魔族を集めているだけに過ぎないという訳ですか? それに、部下や配下にしている訳でもないと……」

「ええ、どちらかと言えば友人のような物ですね。私は魔族の上に立てる人物でもありませんし、性分ですかね? そういう風にしている方が楽なんで」


 俺が頭を掻き、苦笑いをしながらそう言うと彼女も口元を隠すようにして笑っている。目元は先程チラリとしか見てないが、年は幾つなのだろうか? 綺麗というよりは可愛いという印象だ。


「ウタノハさん達は、それで構いませんか? 先程貴方達の仮住まいを設置するようケンタウロス達やリザードマン達に頼んでおきましたが……」

「ええ、私達は……。いえ、私達というより私は、この場所に来る事を心の拠り所にして今日までやって来れました。貴方達と共に歩む事に希望を抱いています」

 聞けば、オーガ達の中でも族により多少の意見の違いがあるらしく、彼女はその能力の事もありソレを纏める立場にあったが、戦争で負けた事や人族に追い詰められている事も要因として重なり他部族が反発。反乱のように部族毎で争うようになってしまったのだとか。

 それを口にしながら、彼女は手を強く握るようにして悔しさを滲ませている。


「私が当代の巫女としてしっかりしていればよかったのですが、結果的に狙われて……。血で血を洗うような紛争を繰り返してしまいました。ですが、ここの光景を見ていて救われたのです」


 彼女は微笑むように口角を上げて目元に指を当てている。

「素晴らしい情景でした。様々な事象に、種族問わずに協力して当たっていて、その上中心にいるのは人族。彼を取り巻く人達も笑顔で、楽し気で……」

「姫様……」

 と後ろのオラトリが心配そうに声を掛ける。彼女もそれを察して笑顔で返した。

「大丈夫よ。……ホリ様、私も色々な事を必死に勉強させて頂きますので! どうか、どうかこれから宜しくお願い致します!」


 地面にぶつけるのではないかと言う程の勢いで再度頭を下げられたので、彼女に一言かけて立たせる。

 そして、手を取り握手を交わし俺からも言っておこう。

「ウタノハさん、こちらこそよろしくお願いします。至らない点はあると思いますが……。それと、とても大事な事を一つ確認しておきたいのですが」

 彼女は俺と握手をしながら、そして更に包み込むように左手を添えてきた。そして俺の言葉を待っているようだ。


「見ていたって……。何か変な物は見ていないですよねぇ……?」

 自分の行いに自信がない。

「ふふ、私にも言ってくだされば抱き着いて下さって結構ですよ」


 俺は心の中で絶叫して神と魔王に懺悔した。


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