第50話 弾丸ツアー

 姫巫女と呼ばれるオーガ達、出会った時に一悶着あったけど仲間入りを果たす事が出来た。気掛かりだった他種族、特に猫人族が拒絶するような事もなかったが、それは同族がやった事だからとオーガ達の代表者数名が謝罪したかららしい。


 元々彼女達はオーガの中でも話の解る相手とト・ルースが言っていたのだし、他の種族ともうまくやっていけるだろう。


 俺は現在グスタールに行く為に荷物を整理している。モンスター素材と魔石の整理だけでもかなりの量に加えて、今回は鉱石の塊よりも『目玉の商品』を一つ用意できた。量もそれなりだから、うまくすればかなりの元手になる事が予想される。

 俺が準備をしている横で、ウタノハは座り込みお茶を飲んでいる。彼女はここの映像を自分の能力で見ていたと言っていたが、普段は布で目を覆っていて視界が取れない事から単独で行動する事はほぼない。


「それではホリ様、人族の街に行かれるのですか?」

「ええ、ウタノハさん達が来た事で決心したのですが、今この拠点には武器や防具の余裕が全くないですから。出来ればそれの補充をしたいというのと、後は何か情報があればいいかなと思いまして」

 彼女とこうして話す事は割と多い。

 侍女長のラルバがト・ルースと旧知の仲というのは驚いたがそれ以上に、魚茶にハマってよく二人でお茶を啜っているらしい。

 だが彼女は魚茶があまり得意ではないのでラルバがお茶を飲みに行きたがっているのを察したらそれとなく俺かスライム君の傍に身を置いて、ラルバを自由にさせているようだ。それでいいのか、侍女長。


「私も何かお役に立てればとは思いますが……。お金になりそうなものはこの『精霊の瞳』と呼ばれる魔石くらいでしょうか」

 彼女は胸元に隠していた大きな青い石のペンダントのような物を取り出した。……む!? ウタノハさん着痩せするタイプですね!!?

「随分と大きい……ですね」

「ええ、私達の一族の宝の中でも、これだけは大事にしなさいと先代の巫女に言われました。水の魔石なのですが、一度発動させるだけで川を新たに作る事が出来ると言われる程の水量を出す石です。里から逃げる際これだけは持ち出す事が出来ました」

「いや、そっちじゃなく……。ああ何でもないです」

「? そうだ、これはホリ様に差し上げますね。私は使う事はありませんし、何かに使っても、それこそ売ってしまっても構いませんよ」


 そういって首の後ろに手をやり、首飾りを外して俺に渡してきた。ほのかに温かいのですが……。

「私に渡してしまっていいんですか? 売るという事は流石にしませんが、一族の宝のような物なのでしょう?」

 彼女は口角を上げて一つ頷いた。

「ええ、私が持っていてもその石の美しさを愛でる事も、道具として活用する事も出来ません。使って頂いて、何かのお役に立てれるのならば幸いです」

「ありがとうございます。何か使い道を考えてみますよ。……それにしても、大きい魔石ですね。普通の奴より二回りくらい大きいような」

 手の上の石を指で摘まんでみる。ビー玉くらいが精々の魔石が普通だと思っていたけど、発動する規模が大きいとそれだけ石もサイズが変わるのだろうか? 面白いな、こうして装飾品にしても違和感も感じないし。


「そうですね。言い伝えでは大きな海竜の肝とか、水の精霊が宿っているとか様々な物がありました。それだけ珍しい物なのでしょうね」

「そんな貴重な物を……。大事にします、ありがとうございます」


 それから数日、更に会議を重ねていた結果でグスタールに向かう手筈としては、俺とアナスタシア、オレグの三名のみという事に。二人の脚なら朝に出れば間違いなく夕方くらいには街にいるだろうと言っていた。

 少数での行動の方が発見されないだろうという事が第一に、そして数が多いともしもの時に被害が大きいからという理由で選ばれたのは二名。

 ペイトン達や、リザードマン達は二度目という事もありそこまで取り乱すような事もなかったのだが、やはり大多数が反対意見という中でアナスタシアが現状とこれからを考えての意見を声高に唱えるとそれらも消沈していった。ありがたい。


 グスタールに向かう日、日が昇る前に出発という早朝なのにも関わらず、見送りの人数がかなりいた事に感謝を告げ、オレグの背に跨って彼に抱き着くとまた尋常じゃない速度で走り始めた。

 ケンタウロス達が鞍を、アラクネ達とハーピー達からクッションを貰っていた為、それ程辛いという事もなかったが、やはり振動や速度による風切り音、怖いものは変わらず怖かった。


 前回も立ち寄った森にやってきたのでアナスタシアとオレグの両名と別れを済ませる。朝から重苦しい空気を纏い、ここに来るまでの道中も全くといって言い程喋らなかった彼女がようやく口を開いた。

「ホリ、私達は最初の計画通り明後日にここに来る。時間も今日と同じくらいになるか、少し早くなると思うがそれでいいな?」

「うん、ごめんね二人共。ここまで送ってくれてありがとう、それじゃあ行ってくるよ。帰り道気を付けてね」

 そう言いながら歩き始めたところで、後ろから包まれるようにして抱き締められた。


「ホリ、気を付けろよ。危ない目に遭いそうになったら逃げるんだぞ? 無理をしては絶対駄目だからな。あとは……、あとは……」

「うん、ありがとうターシャ。大丈夫だよ、無事に戻るからね。それにこの辺りは人間の領域なんだから、帰り道とか充分に警戒してね」


 回された腕に手を当てポンポン叩いて返事をしたが、色々言いたい事を我慢してくれたのだろう。急にこんな事になってしまって本当に申し訳ない。


「約束の日時、遅れるなよ? 少しでも遅れたら人族の里に殴りこんでやるからな」

「そりゃ大変だ。それなら明後日、絶対にここに辿り着いていないと。それじゃあそろそろ行くから、二人も気を付けてね」


 腕が解かれ、二人にいってきますと伝えて手を振りながら再度歩き始めた。

 今回は勝手知ったる事が多いし前回よりは余裕もある。ただ油断は禁物だ、この世界の人間の常識をまだまだ知らないのだし、カモにされるような事だけは避けないと。


 一度後ろを見たら、彼女達はまだ見守っていたので大きく手を振っておこう。

 うーん、のんびりと歩いていたら彼女達がいつまでも見守っているかもしれない。早く戻らせる為に全力疾走しよう。


 グスタールの城門の前まで走ってこられた。

 おお……、体力ついてきたな。息は切れるが、ペースも速く走れている。成長するもんだなこの歳でも……。呼吸が落ち着いたら行くか。


「お、お前確か田舎モンの行商人だったか? 久々だな」

「あ、覚えていてくれたんですね。また商売させてもらいにきました」

 俺に声をかけてきた守衛は以前にも応対してくれた髭の男性。

 彼に以前作成した入国審査の証明書と銀貨を渡し、以前に戦った狩人と自称する集団の持っていたお金もこのタイミングで換金しておく。


 鞄の中身を検める為に中身を出す。今回もモンスター素材ばかりなので、チェックもかなりあっさり。


 怪しい奴には以前見せられた嘘発見器の水晶を使えば、悪さをしてもバレる、それにこの街自体怪しい事をやると街全体で監視しているような物だから犯罪も少ないだろう。危ない商品は街の外側じゃないと扱わないだろうし、今回もそこにいく予定はない。


 まずは宿探しだが、前回来た時と同じ宿でいいかな? 店員さんも可愛らしい元気な感じだったし。部屋が空いてればいいけど……。

 そんな事を考えていた折に守衛が声を掛けてくる。


「おし、荷物の確認も終わった。今回もいい取引ができるといいな」

「ええ、頑張りますよ。ありがとうございます」


 軽く頭を下げて街に入る。

 街を練り歩くと、日が沈みかけている時間帯だけあって夕日が映える。この街はやっぱり美しいな。前回も時間がなくて、今回も時間がない。観光を出来る時は来るだろうか? 一か月くらいかけてじっくりと観光したいけど、無理だろうなぁ。


 目的の宿にやってくると、あの看板娘がカウンターに座っていた。

「あ! 前にうちに泊まってくれたお兄さん! いらっしゃい! また行商に来たの? 部屋なら空いてるよ、どうする?」

 俺に気付いて以前のようにはきはきした挨拶をくれる、しかも覚えてくれているとは嬉しい事で。前回と同じようにまたお世話になろう、彼女の情報もありがたかったしな。

「うん、今回は前よりも短い期間だけど二泊でお願いします。これ代金とお世話になりますっていう気持ちを込めて余った分は貰っておいて」

 銀貨五枚をカウンターに置いておく。

「いいの!? 返さないからねッ!」

「フフ、お願いします」

 満面の笑みで接客してもらい、しかも「ご飯の時にお酒一杯サービスするね!」と言われたのでお礼を言っておいた。

 元気たっぷりな小動物のように案内されたのは前回と同じ部屋。


 荷物もある訳ではないし、早速色々と売りに行こう。今回の物も幾らになるかは未知数だけど、鉱石よりも自信がある。

 あの婦人、確かゾフィーアって言ったな。急に行くのは失礼だけど、他に心当たりもないのだし、挨拶も兼ねて行っておこう。


 街灯の灯りが目立ち始める夕方だと言うのに、やはりこの街は盛況だな。飲食系の通りには屋台も多いし、商会の通りだと遠くからでも値段交渉の声がする。

 楽し気にしている人もいれば、損をしたのだろうか悔し気な顔をしている人もいる。


 ゴダール商会の店の前まで来たが、やはりデカい。

 前回の時と同じように店の前で気合を入れて、深呼吸をしていたら肩を叩かれた。

「やはりホリ様でしたね。お久しぶりでございます」

 声をかけてきたのは以前にも面識のあった執事然とした男性。

「セバスさん、お久しぶりです。また商品を見てもらいに来ました。ご迷惑じゃありませんでしたか?」

 セバスは胸に手を当てるようにして、にこりとした表情で俺に頭を軽く下げてきた。

「ええ、以前の取引も我が主は満足しておりました。ゾフィーア様にお取次ぎしますので、暫くお待ちいただいても?」

「はい、よろしくお願いします。今回は前回と違って鉱石ではなく、また別の、かなり面白い物をお持ちしたと伝えておいて頂ければ幸いです」

 かしこまりました。と俺を待合のソファーまで誘導し、少し待つように言うとその足で彼女のいるであろう個室に移動したセバス。

 うーん、やはりかっこいい。ピシッと指先まで気を配るような佇まいは男の俺でも見惚れる。ダンディーだし、ファンクラブがありそうなくらいだ。


 ほどなくしてセバスがやってきて声を掛けられる。

 そして前回と同じ部屋の前まで、セバスが重圧感のある扉を開け俺を中にエスコートしてくれる。

「お久しぶりですねホリさん。また来て頂けて嬉しいわ。今日はどんな物で私は魅了されてしまうのかしらね?」

 フフフ、と口元を隠しながら笑って応接用のソファーに腰掛けている貴婦人、ここの主のゾフィーアが声をかけてきた。今日もドレス姿が綺麗だ、年齢不詳なミステリアスさと細い金縁の眼鏡がまた魅力値を上げていくな。諭すように叱られたい。


「お久しぶりですゾフィーアさん。ええ、かなりの数のモンスター素材があるので、まずはそちらをまとめて先に見て頂いて、本命はその後に出したいのですが如何ですか?」

「あら、焦らしてくるなんて意地悪なお方だったのね。わかりました、前回の素材も好評でしたよ。今回も期待させてもらいます」


 かなりの量があると言ったら、セバスが大き目なカートを持ってきた。部屋の前にも、もう一人いるようだ。

 そのカートに一つ一つ、大事に乗せていくと、出した傍から隣の貴婦人の眼鏡が光る。

「これは……」とか「ふむ……」と小さく呟きながら手に取り、大体の検分を済ませているが調べ終るのがとにかく早く、一つ終わる度に紙に何かを書いている。

 そして粗方のモンスター素材を出し終わると、彼女はその紙をセバスに渡したので、値段の方も決まったのだろう。

 商品の金額が金貨四十枚だと聞き、既に心拍数が酷い事になった。まぁかなりの量があったしなぁ。

「目玉になるモンスター素材は余りなかったと思うのですが……?」

「フフフ、そうでもないですよ? 状態も良く素材として人気な物が何点かあります。爪や牙、皮、これだけの量というのも含めてこの金額ですね」


 俺と彼女は一段落ついた所でお茶を飲んでいる。

「さて、と……。ホリさん? そろそろ見せて頂いてもいいんじゃないかしら? 私が先程から胸の高鳴りを抑えるのにどれだけ必死か教えて差し上げたいわ」

 くすくすと笑い、カップをテーブルに置く彼女。この場にはもう俺達とセバスしかいない。商品も運ばれていったことだし、頃合いだろう。


「ええ、私が今回お見せしたいのは……こちらになります」

「まぁ……」

「これは……」


 ゾフィーアとセバス両名が感嘆の息を漏らすように俺の手元を見ている。

 俺の手にあるのはパメラとラヴィーニア達が合同で作り上げた一つの布。それは見るものを魅了するように輝きを放ち、なめらかな質感を伴い、見方によって表情を変えるような無垢な生地。圧倒的な存在感のまさに珠玉の逸品に、目の肥えているであろう両名が見惚れている。


「純白の布……、それもこれはまさか……」

「ええ、以前に見て頂いたあの鉱石を使っています。私の友人が色々と試行錯誤を繰り返し、この布を織ってくれました」


 どうぞ、と布を彼女に持たせる。俺はその間に鞄の中の布地を全部出し、セバスにも一つ手渡して見てもらう。

 二人共、手を這わせるようにして布の感触を確かめたりしている。好感触だ。

「ごめんなさい、言葉を失ってしまったわ……。でも本当に素晴らしい物ねこれは」

「いえ、お気になさらず。私もこれは自信があったんです、私の知っている限りでこれ以上に上質の布を見た事がありませんでしたから」

 現代の日本でもこれだけの生地はない、シルクとかよりも質の良い物だと思う。専門家じゃないからアテにはならない意見だけど、彼女達の反応を見るに正しかったようだ。

 それに……。

「この生地の素晴らしいところはその見た目だけじゃないんです」

「というと? 何か秘密があるのかしら……?」

 頷き、セバスに目を移す。彼も俺の方を見ていたようで視線が交差した。

「セバスさん、何かナイフとか刃物はありませんか? 私の持っている物よりそちらの方がわかりやすいので」

「? ええございますよ。……どうぞ」

 右手を振るうようにした後にこちらに手を差し出してきた。その手には切っ先鋭いナイフが握られている。

 仕込みの暗器とかホントに執事然としててかっこよすぎるだろう。

「ありがとうございます。少しお借りしますね」

 見ててください、といいながら俺はテーブルに布をかけナイフを振り下ろした。

 こつんと音が鳴りナイフを上げると、本来穴が開くのが当然の事象の筈なのに、振り下ろす前となんら変化のない無垢な布。

 唖然としているゾフィーアとセバス、このナイフが折れるような勢いで突き刺しても貫くのはほぼ不可能だろう。

 この布が突き破れた条件が、以前にアナスタシアと作った槍で思い切り突く事で風穴が開いたが、普通の槍でやると剣先が潰れるように折れてしまったし。

「少し解り難いかもしれませんが、この布はこの通り並みの武器では貫けません。華美な見た目とは裏腹にこの絶対的な強度、面白いでしょう?」


 俺がナイフを刺しても傷一つついていない布を彼女に見せる為に手渡し、ナイフをセバスに返却した。二人ともその布を注視し、手を当ててもほつれの一つもないそれに彼女が戦慄くように震えている。

「フフ、確かに伝えられた通り面白い品ね。セバス、確かめる為にも貴方も少しやってみてもらえるかしら?」

「かしこまりました。少々お待ちを」

 セバスが俺に確認をとり、返したナイフでその布に色々しているが……。

「ゾフィーア様、ホリ様の仰られる通り刃物では歯が立ちません、それに生地に傷みが入っているようにも見えない事も確認できました。素晴らしい強度です」


 キリッとした強い眼差しでセバスの動向を、そして手渡された布を再度調べる彼女は俺の方を向いて、静かに笑みを浮かべている。

「素晴らしいわ。……確かに、素晴らしい品。でもホリさん? これだけの強度だとドレスを仕立てる事すら出来ないでしょう? 愛でるだけの布なんて商品にはなりえない。そうは思わないかしら?」

 その通りだ、生半可な道具じゃこの生地には勝てない。

「勿論です。なのでコレを使います」

 俺は鞄から小さい鉱石を数個取り出して机に並べた。彼女はそれを見た事で合点がいったように何度か頷いている。

「以前に見せてもらった鉱石……。そう、そういう事ね」

「ええ、この鉱石を使った裁縫道具ならば、この生地は問題なく使えます。試しにその布を貸してもらえますか?」


 俺は鞄から小さな短剣を出した。これは鉱石をスコップで削り出し、砥石で丹念に磨き上げた物。見た目は不格好だが刃は鋭くしてある。今回の為だけに用意した物だから見た目なんてどうでもいいのだ! 決して俺のセンスによる物ではないと信じたい!

 俺が短剣を布で包み、少し力を加えると先程とは打って変わってあっさりと布に小さな穴が開いた。

「ご覧の通り、この鉱石を使った道具ならばこの生地を仕立てる事は可能となります。ただこの条件だと少し卑怯なので、こちらの鉱石は布を購入して頂けるなら差し上げましょう。道具を作るのに鉱石が必要ですし、これだけあれば十分だと思うのですが」

 抱き合わせ販売という訳ではないが、売れないというのが一番厳しいのでそこは譲歩すべきだ。彼女がこれでドレスを仕立て、それを来て街を練り歩いてくれれば宣伝にもなって生地の価値も上がるだろう。


「フフ……。それだけ振る舞われたらこちらも応えない訳には行きませんね。わかりました、こちらの品、買わせて貰います」


 心の中で叫び、ガッツボーズをしている俺は自分を落ち着かせる為にお茶を飲み込む。しかし次の瞬間、その歓喜が吹き飛ぶ事を彼女が言い放った。


「グスタール金貨三百枚。いえ、三百五十枚で如何かしら?」

「ぶふぉあ」


 カップの中に盛大に噴出してしまった。あまりの金額に理解が追い付かないが必死に息を整え彼女に向き直る。

「ゲホッオホッ、……すみません。ちょっと想像の上をいっていた物で驚いてしまいました」

「あら、いいんですよ。確かに上質な布の相場でもこれほどの金額を出す人はいないかもしれないわ。でもねホリさん、これを見てもらえるかしら?」

 彼女がソファーから立ち上がり、自分の机から持ってきたのは一振りのペーパーナイフ。デザインはシンプルながら、その研磨された輝きはよく見知った鉱石の物。だがこれはそれを更に磨き上げ、極限にまで高められたと言っても良い程のまさに名品だ。手に取らせてもらったナイフの刀身に見事に俺の顔が映り込んでいる。


「これはあの鉱石の……? ここまでの輝きになるんですね」

「ええ、それでもまだこれは試作品、それ程の量は出回らせてはいないの。王を始め、王族の方々に献上して、そして極一部の人間に販売してこういったナイフや、短剣を出回らせて口コミで宣伝をしているのよ。鼻の利く商人達からは既に取引が山のように持ち込まれています。商品化が成功したら言い値で買うとすら言う者も。それとこちらも」


 ナイフに加えてもう一つ、同じ輝きを放つブレスレットがテーブルに置かれた。

 何かのモチーフを象るようなデザインと、鉱石の持つ輝き。それを見せられた俺は『うわ……、絶対高いやつじゃんこれ』としか思い浮かばなかった。


「私の勘は当たっていたみたいね、あの鉱石を使った数々の品はどれも人を惹きこんで魅了してしまうわ。そして、この布……。ドレスを作って競売にかけてみたらどうなってしまうのかしらね」

 小悪魔のような微笑みを浮かべて布を愛でるように指を這わせる彼女、楽しそうだなぁ。


「この生地の量ならドレスを数着は優に作れるのだし、この金額でそれに道具を揃える為の鉱石を加えて売っていただけるのなら安いくらいだわ。如何かしら?」

「こちらとしてもありがたいお話です。どうかよろしくお願いします」

 契約が成立して彼女と握手をする。

 あれ? 何かとてつもない金額になっちゃってるような……。これは想像以上だった、怖くて夜道歩けないぞこれ。


 セバスがカートに布をかけて、俺の横にやってくる。

 そしてその布を捲ると中には山のように積まれた金貨が顔を見せる。おいおい、尋常じゃないぞこれ……。

 俺が生唾を飲み込み、少し戸惑っているとゾフィーアが「そうそう」と思い出したように言葉をかけてきた。

「ホリさん、私が耳にしたところでは色々と仕入れもなさるようでしたから、白金貨ではなく金貨にしておきましたわ。少し量が多くなってしまったけれど、そちらの方が都合がよろしいでしょう?」

 俺の情報が耳に入っているというのも驚きだし、白金貨というのもあるのも驚きだ、見てみたいが日常では使い辛いだろう。配慮に感謝だ。

「ええ、今日はもう遅いので明日からですが、今回は短期間で帰ろうと思ってまして、急いで仕入れに動かないといけませんので助かります。いつもありがとうございます」

「フフ、よかった。こちらこそまた素晴らしい物を売ってくださりありがとうございました。見ていて下さい? 今度来るときは素晴らしい物を披露できるようにしておきますからね」

 彼女はそれを伝えてくると、いそいそと部屋を飛び出すように出ていってしまった。

 俺は金貨を纏めるように袋に詰めたが、とてもじゃないが手持ちの袋には収まらないのでセバスが袋を持ってきた。金貨の入った袋を鞄に収納をして最後にセバスと共に退室した。


 入り口までセバスがエスコートしてくれるが、彼の立ち居振る舞いに少し余裕がない。何か焦っているような……? 

「セバスさん、どうかされましたか?」

「いえ、ゾフィーア様の様子を顧みるに、今日は忙しくなりそうだなと思いまして。以前にホリ様と取引をした際もそうだったのですよ」

 彼は苦笑いを浮かべ、口に拳を当てるようにして笑いを隠している。

 そういえば、先程急いでいたように見えたがあの人らしくない行動だったな。店内も来た時と少し空気というか、整然としていた店員達が慌ただしいような。


 長居するのも失礼になりそうだし、早々に退散しておこう。

 セバスに入り口のところで見送られ、俺は一度宿に戻った。



 ――ホリが宿屋に戻ろうと歩いている最中に、ゴダール商会内の全職員はあらゆる方面にアポを取ろうとしていた。

 まずは夜分に出歩くであろう主の為に専属の護衛、次に足の確保、そしてこれから訪れようとしているこの街の重鎮のところへ人をやり、少しでも失礼がないようにと先手を打とうとしていたのだが、一度火に油を注いでしまったかのように燃え上がった店の主のフットワークはそれ以上に早く、セバスを伴いまずは小さい鉱石を握り締めて鍛冶街の協会、そのトップである会長の部屋の扉を蹴破るまで掛かった時間は、以前よりも短縮されていた。


 そんな事を露とも知らないホリは幾ばくかの金銭を握りしめ、看板娘に多少白い目で見られながらも荷物を預け、屋台の主に聞いたオススメの娼館へ意気揚々と足を運んでいた。

 彼は忘れていたのだ。自身の仲間に新たに加わった巫女の能力を。

 心優しい姫巫女が彼の身を案じ、自身の能力でホリの安否を心配して覗き見た時、彼は酒に酔い、ほぼ全裸。後日、責めるつもりは一切なかったがウタノハがこれについて幾つか問い質すと、ホリは全力で土下座を敢行する事で情報の拡散を防いだ――


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