第42話 暗い+速い=怖い

「ふーん、なるほど。それじゃあゴブリンにとって苦手な種族や嫌いな種族ってあんまりいないんだね」

「ハイ、皆ト何カシテルノ楽シイデスヨ! ソレデ、ホリ様……」


 様々な種族の元で話を聞かせてもらい、最後にゴブリン達と食事をしながら彼らにも同じ質問をしてみた。

 ゴブリン達三人は各種族とも連携を取れているし、信頼も勝ち取っている。確かにこの三名が誰かと喧嘩をしているというのも見た事はなく、どちらかといえば仲を取り持っている方だろうか。

「アリヤはアナスタシアと剣の事で仲良いし、ベルはラヴィーニアと仲良いし、シーは全種族から頼られるし……。皆有能すぎじゃないの? スライム君は……、今日もいい弾力だね」

「シー、今ケンタウロスニ、弓ヲ習ッテイルミタイデス。アノ、ホリ様……?」


 ポンポン弾むスライム君。彼に逆らえる奴はここにはいない。何せこの拠点に住んでいる者で、トレント以外ほぼ全ての種族は胃袋を掴まれているからだ。

 元々お手伝いとしてパメラ、リザードマンのラ・フリュクを中心としていた料理班も数を増やし、ケンタウロスも追加されている。

「そういえば、ハーピーにも料理を学びたいって言ってる子がいるよ。その内でいいから話をしてあげてね」

 ポンと一つ跳ねたスライム君。

 料理をしている時に様々な種族、それも周りは全て大きな生物の中心でこのスライム君が指揮を執っているのが面白く、眺めていて飽きない。


「ホリ様、アノ……」

「ある意味では一番平和にやってるのはゴブリン君達なんだねえ。諍いもなさそうだし。さて、風呂にでも入ってこよう」

「ホリ様、ナンデ殴ラレタ痕ガアルンデスカ?」

「触れないでくれたまえ!」


 ラヴィーニアの寝床……、ハンモックを襲撃をして、寝起きドッキリをしてやろうウッシッシ! とか考えていたのだが、アラクネの巣の暗さを考慮しておらず、苦労して辿り着いた結果、間違えてレリーアのハンモックに入ってしまった俺。

 更に、パメラとの用事を済ませたレリーアが夜に備えて仮眠を取っていたのが運の尽きで、外骨格平手打ちをされて意識が飛んだ。悪い事はしてはいけない。お天道様が見てるのだ。

 殴られた痕を指を差して大笑いしているラヴィーニアに説明を受けているゴブリン達から逃げるように風呂場へ急いだ。


「うーん、大浴場計画どうしようかな。体格の差が大きいから難しいなあ」

 風呂から出て、道中歩いていると上空からイェルムが飛んできた。それに合わせるように、蹄の音と共にオレグが走ってこちらに向かってきている。

「ホリ様! 大変です! 先程イェルム殿と確認したところ、森に人間がおりました!」


 不運は続くなぁ。今日はついてない……。


 オレグとイェルムの両名に事情を説明してもらっている。

 イェルムが森の奥地で焚き火の光が見えたのをキッカケに、オレグとそれを確認しにいったところ人間が五名、更にまずいのが……。

「亜人が捕まってた? どういう事だろうそれは?」

「人間達は見た所、冒険者か傭兵のように見えましたわ。捕まっている亜人は八名。捕えている理由は恐らくですが、人身売買目的でしょうね。この近くに来たという事は何か別の目的があり、その道中で亜人達を見つけた為、捕らえたのだと思いますよ」

 人身売買ね……、それも問題だけどこの辺に現れた理由も気になる。

「如何されますか?」

 オレグに視線を向け、してほしい事を伝える。

「よし、各種族の代表者は全員集合で。場所は……、ペイトンの家の前でいいな。それと、それぞれの種族にこの事を伝えて警戒態勢取らせておいてくれる?」

「ではオレグさん、私がそちらを受け持ちますので、貴方はホリさんに詳細な情報を教えておいてくれますか?」

「承った。イェルム殿、よろしく頼みます」

 イェルムは夜の闇に溶けるように空へと消えていった。

「じゃあこちらも一度拠点に戻って、その後ペイトンの家に向かおうか」

「では急ぎましょう、ホリ様、私の背に乗ってくだされ」

 ケンタウロスって背に乗せるのは主従関係の相手のみじゃないの? いいのかなそれ。オレグが俺を乗せる為にその場に伏せるように座ったけど。

「いいのかな? 他人を乗せるのはケンタウロスにとって凄く大事な事だってケンタウロス達に聞きましたけど」


「ええ、構いません。こちらの方が早いですし、それに……」

「それに?」

 オレグがこちらを見据え、そして軽く笑いを浮かべていた。どうしたのだろうか。


「いえ、お気になさらず。さぁどうぞ」


 失礼します、と一言添えながら跨ってみる。

 乗馬なんて日本で、それも子供の時にファザー牧場で乗って以来したことないぞ! 高い!! 暗いから尚の事怖い!!


「捕まっていてください。少し飛ばしますよ」

 その発言でタマヒュンし、がっしりとした彼の背中にしっかりと抱き着き、それを確認した彼は駆けだした。その速度を証明するような風を切る音と後ろへ吹き飛ばされそうなほどのGがかかる。


「は、は、速すぎぃ!!」


 拠点の前にはあっという間についた。

 バクバクと高鳴る心臓を落ち着かせ、拠点にいる皆に緊急事態だからペイトンの家に集合と告げ、またジェットコースターに揺られた。


 そして、オレグに余った時間で場所などの詳細を聞いているが、心拍数を下げる為に必死なのであまり頭に入っている気もしない。

 すまん。チキンですまん。


「ホリ様、如何されました? オレグ殿も……」

「ペイトンごめん、緊急事態なんだ。拠点の中心だからって理由でここを集合場所にしちゃったんだけど、まず水をくれ」


 ペイトンは少しポカンとした顔で「は、はぁ……」と水を出してくれた。


 そこから僅かな時間で各種族代表者が集まってきた、ペイトンの家の前にも松明の数からかなりの人数がいる事がわかる。

 今この場にいるのは、俺、ゴブリン達、オーク一家、リザードマンからゼルシュ、ト・ルース、ロ・リューシィ。ラヴィーニア、ケンタウロス達からはアナスタシアとオレグ、ハーピーからはイェルムとルゥシアだ。


 ハーピーのエンツォが、今も森の方を警戒しているという報告を受け、話し合いが開かれた。


「それじゃあイェルム、改めて説明してもらえる? オレグはその説明に何か補足する事があれば頼んだよ」

「わかりました」とオレグが頷き、一歩下がった。

 そして、イェルムが一歩前に出て改めて説明を始める。

「いつものように私達で空から周囲の警戒をしていた時、森に灯りが見えました。最初は遠目からですが、人影を発見したので一度拠点に戻り、オレグさんに同行をお願いして、空から私が、陸からオレグさんが偵察をしてその集団を確認しました」


 かなり暗い中だった筈なのに彼らの目は夜でも結構見えているのか? そういえばオレグは先程暗い中でもかなりの勢いで走っていたなー。夜目が利くのはありがたいな。


「そして、私達が見た時は人族が五人、亜人族、恐らく猫人族が八人捕らえられていました。捕まっている者には怪我人も多く、あまりいい状態ではありませんでしたね?」

 イェルムは視線でオレグに問いかけ、それに彼は一つ頷いて返した。

「ええ、足枷も付けられていましたから逃げる事はまず困難。それに逃げれる余力があるようにも見えませんでした。その者達の場所はここより一番近い森を少し入った所です。武装は剣と槍が二人ずつ、弓が一人でした」


 それを聞き、幾人かが声を上げた。

「助けましょうよ! 人族に捕まってるなら、どうせ奴隷にされる! ここにいる者達でまとめてかかれば五人くらい楽勝だわ!」とリューシィが発言したのをキッカケに、「ヤロウヤロウ!」「殲滅ダァー!」「ぶちのめすぞー!」とアリヤ、ベル、ルゥシアが順に気合を見せる。

「うーん、これはそんな簡単な問題じゃないよ。四人共」と俺が発言したら、彼らは首を傾げている。


「人族、その冒険者か傭兵かはわからん連中の目的も大事だ。この周辺に現れた理由が奴隷売買その他ならば即座に殺せばいいが、例えば国から斡旋され、斥候として調査に来ている連中だとしたらまずい。殲滅してしまうと、この辺りにそいつらを殺せるだけの脅威があると知られ、次はもっと大多数の人族が来る、下手をすれば軍が来るな」


 アナスタシアが俺の考えを代弁してくれる。そう、まずそこが問題だと思う。

 今の状況、軽い集団戦程度ならまだしも、軍を相手にというのは話にならない。ゴブリンの王の時と違って相手は人間だ。相手の規模にもよるが、敗北は目に見えている。それだけは避けないといけない。


「ヒッヒッヒ、それに捕らえられているっちゅう亜人がいるのも問題でねぇ。攻め込んだはいいが、盾にされちまったらこちらは手が出し辛い。人族ごと殺しちまったら意味もないだろう?」

 ト・ルースも続けて説明してきた。それを聞いて、息巻いていた連中は拳を下ろしたり、尾を力なく下げたり、元気がなくなってしまった。


「じゃあ、猫人族は見捨ててしまわれるんですか?」と多少声を震わせながら発言したのはペトラだ。彼女に寄り添うようにパメラが頭を撫でて宥めている。


 軽く床を尾で叩くようにして音を出したゼルシュ。どことなく悔しそうだ。

「出来る事なら助けてやりたいが、大局を見るなら見て見ぬフリをするしかないのか。何とかしたいところだが……」


 その言葉を皮切りに沈黙が場を包み、空気が重くなる。

 誰も彼もが気持ちは同じだが、様々な要因でどうしたものかと頭を悩ます。



「ホリィ? 何とかしてあげたらァ?」

 ラヴィーニアはアリヤとベルを元気づける為に頭を撫でながら、こちらにそう切り出してきた。

「ううーん、正直方法がない訳ではないから、それでやってみようか?」

 えっ? と誰かが漏らした声が響き、次に言葉を出してきたのはアナスタシアだ。

「ホリ、方法があるのか?」

「あるにはあるよ、思いついたやり方が一つ。それに絶対に亜人を助けられるっていう保証もない案だけどね」

 息を吞む一同。

 俺の方法を聞くために待っているのか? わからないけど、あまりいいやり方とも思えないんだよなぁ。何せ確実性が全くない。


 大きく息を吐いて、呼吸を整えておく。心拍数がまた上がってきてしまった。

「まず俺がその人間達に接触する」

 それを聞いて、がたりと数名が前掛かりになるが、手で制止をして発言はさせない。

「そして彼らから事情を聞き出し、どこぞの斥候なら見捨てる。その他の目的なら捕らえられている人達を解放。付近で待機してる奴が亜人を保護、そして同時進行で殲滅っていう感じかな」


 アナスタシアが再度口を開いた。

「しかしホリ、それだと……」

「そう、もし斥候として来ているのだとしたら手は出せないから捕まっている人は救えない。それに接触した時に疑われるかもしれないから最悪俺も死ぬ。あまりいい方法じゃないでしょ? でもこれくらいじゃないかな、戦争を回避しつつ助ける方法」


 困惑している為か、誰も何も言わないが……。

「この状況で助けたいと思うなら、それくらいはやらなきゃ。俺達には力がないからね。身を削ってでも助ける覚悟がいるんじゃないかな」

 以前にアリヤがゴブリンの凶刃から身を張って俺を助けてくれた事を思い返す。彼があの時、どんな気持ちでそうしてくれたかはわからないが、それと似た様な物だろう。多分!


「いや、なりません。ホリ様、私は反対です! 貴方にもしもがあったら、我々はどうすれば、魔王様に何と言えばいいのです! 冷酷かもしれないですが、今回は見捨てて然るべきです!」

 ペイトンがテーブルを強く叩きつけて声を荒げる。

 久々にペイトンに睨まれている気もするけど、心配してくれているのは嬉しいな。


「それはまあね。俺自身は痛い思いも、辛い思いもしたくないけどさ。ペイトンが俺に槍を向けてきたあの時とか、他の人達もそう、今捕まっている亜人の人達と被っちゃうんだよねえ」

 そう言うと、彼の纏う空気に困惑の色が加わった気がする。


「んーと、どう言えばいいのかな。ペイトン達や他の種族もそうだけど、逃げてきた先で俺を見つけたのと、亜人達は逃げてきたけど人に捕まってる。たったそれだけの、少しの違いだよ。でも、その少しの運がなかっただけで彼らはこれから不幸の道を辿らされる。それは少し可哀想かな。頑張ってすぐそこまで来たのに、無意味な物にはさせたくないし」


 それに、と言いながら窓に視線を移してみると凄い人数が窓から覗きこんでいるのにびっくりだ。

笑いそうになるが、真面目な話の最中だ。堪えろ自分。


「さっき『俺達には力がない』って言ったけど、それは戦争をする力がないって事だよ。彼らを助けるくらいの力はあるんだし、出来る事はしてみてもいいんじゃない? それでもペイトンや他にも反対の人がいるなら言って欲しい。そしてこの話はもうやめて忘れた方がいい。次にこういう事があった時には助けられるように準備をするだけの話だしね」


 どうする? と代表者達に聞いてみる。そして視線を窓枠の外の顔にも向ける。

 誰も何も言わないが、どうしたものかなぁ。

 その時、服の裾が引っ張られた。シーがこちらを見つめていて、俺と目が合うと彼は愛用しているナイフを握りしめ、意思を表明してきた。

「フフフ、シーは助ける気満々みたいだね?」

「チョーット待ッター!」「ホリ様! 僕達モヤルヨ!!」と次に元気な声を出してきたアリヤとベル。

「私も賛成に回ろう。ホリが嫌と言わないのなら、この作戦しかないだろうしな」

 アナスタシアが続いた。そしてリザードマン達やイェルムもそれを聞き、強く頷いている。

 あとは……。

「ペイトン? どうする?」


 彼は握りこぶしをテーブルに押し付けたまま顔を伏せている。

 そして、次に顔を上げた時には彼の顔から迷いは消えていた。

「ホリ様、やりましょう。せめて手を差し伸べるくらいはしてやらねば、ですよね。ですが、どうか自身の命を最優先してくれる事を約束してください。無理だけはしないと」

「うん、ありがとうペイトン。大丈夫、逃げ足は速いと思うよ俺」


「よーし、やったるぞー!」

 俺が体を伸ばすように両手を上げてそう叫ぶと、一斉に弾むような声が上がった。

 やる気満々なのはいいんですが、それはる気なんじゃ……!?


 準備を各々が始める為に一時解散となった。

 ラヴィーニアがしかめっ面を隠す事なく近寄ってきた、何だろうか?

「ホリィ、どうして私達に命令しないのォ? 糸を使って会話を盗み聞きすれば貴方が危険を冒す事も無いのよォ?」

「ああ、その事か。いやあ……思いついてたんだけどねえ」

「じゃあどうしてェ?」

 ラヴィーニアはしかめっ面から少し怒るような顔に変わった。珍しいな、ころころ表情を変えていく彼女もレアだ。

「ラヴィーニア達と最初に約束したじゃない? 好きにしてくれていいって。手伝ってくれるなら頼んでいたかもしれないけど、勝手に決めて命令する、ってやるのはまた違うしね」

 ぶすっとした表情でパーカーのポケットに手を突っ込んでいるが、最近その手の場所が気に入ってるのかな。

「そうだけどさァ。死ぬかもしれないんだからァ甘えてもいいのよォ?」

「まあ、死ぬかもっていうのは皆一緒だよ。アラクネの皆が信頼してくれるまでは、少なくとも今は何かを命令したり、強制をするつもりはないよ。何においてもね。お願いはいっぱいしてるけど」

 そう言ったら黙ってしまった彼女。あまり見ない表情だ、つまらないという感情は見て取れるが。他の者達の準備もぼちぼち出来てきているようだ、人が集まってきた。

「ラヴィーニア、心配してくれてありがとうね。気を付けるから大丈夫だよ」

「ふん、精々死なないようにしなさァい。私は寝る」

 そう言い放ち、カツカツと歩いて行ってしまった……。怒らせてしまったな、戻ったら謝ろう小泣き爺スタイルで。


 さてと、今回は全員で突撃という訳にもいかないな。それだけ敵に気付かれる可能性も上がるわけだし。

「じゃあ作戦を説明しておくよ、とは言っても殆どさっき言ったような感じなんだけど。後は少し小細工を挟んでおこうかな」


 長い夜になりそうだな。帰ったら晩酌しよ。




 ――アラクネの巣――


 ――長女のあまり見せる事のない怒りを目の当たりにして、三女トレニィアは困惑していた。それはシスコンの二女レリーアがどんなに欲に塗れた行動をしても、笑って許していた呑気な姉が滅多に見せる事のない感情で、どう対処すればいいのかわからない状況だった。


 使うとすぐ寝てしまう寝具を使っているのに休んでいる気配はなく、苛立ちを誤魔化すように地面を一定の感覚で叩くようにしてハンモックに横になっている。

 先程、ホリ達が出発したと糸で音を拾っていたので知っている。トレニィア自身はホリの役に立ちたいと思っていたが、大分前に戻ってきて様子が可笑しい姉も気掛かりな為、行動を取れずに焦りが募っている。


「ラヴィーニア姉様……、どうして怒っているの……?」

 長女がまるで反応を示すことが無い為、トレニィアは続けた。

「ホリ、行っちゃったよ……。手伝わなくて……いいのかな……?」

「ッ……。トレニィア、うるさい」

「お姉様……」


 姉の想いが理解できず、更に一言で拒絶のような反応をされ悲しんでいるトレニィア。普段の優しい姉からは想像もできない、母の代わりに二女と自分の面倒を見続けてきた姉がこんな事になるなんて。

 それと同じ様に困惑しているのがラヴィーニア自身。


 ホリとは一定以上の信頼を相互に持っていたと思っていたし、先程の会合でも自分をアテにしてくれる事を考えて彼に話を振ったのに、まるで見当が違う解答を出してきたのが意外だった。


 そしてホリに自分を頼る様に遠回しに言ってみても聞いてもらえず、様々な感情が入り混じってしまった結果が今の自分。感情の落とし所が見つけられずに塞ぎ込んでしまったのだ。


 トレニィアが意を決して再度口を開く。

「お姉様、私のお願い、聞いて欲しい……」

 ラヴィーニアは何も答えないが、トレニィアは構わず続ける。

「ホリを、助けてあげたい……。私だけじゃ不安だから、お姉様に助けて貰いたい……」

 そう口にしても反応を見せる事のない長女。


 そして長女が帰宅してきて即座に異変に気付き、纏わりついて何があったのかと叫ぶように問い質し、「煩い」と一蹴され糸によって雁字搦めに拘束されている次女を解放しながら、トレニィアは話を続けた。


「ホリは『好きにしていい』って言ってくれた……。だからゴブリンの襲撃の時も私達に頼らなかったし……、何も言わないけど……。頼られないのも、寂しい。ホリが死んだらきっと、もっと寂しい……。だから私、助けにいく」


 姉の糸に包まれ拘束されるという滅多にない経験で昇天している次女を寝床に寝かしつけ、三女は姉に決意を表明した。

「これ以上は頼みません……。だからお姉様、助けて……。お願い……!」


 泣きだしそうになる妹を眺めた姉力溢れる女性は、感情に囚われ塞ぎ込んでいた自分に呆れ、苦笑をしている。

「そうねェ、可愛い妹の頼みだしィ? ホリのバカが『好きにしていい』って言ったんだからァ、好きにやらせてもらいましょうかァ?」

 ラヴィーニアは妹を抱きしめ、あやすように頭を撫でる。


「姉様……」

「ごめんねェトレニィア。さァ、妹を泣かせた原因を作ったバカをォ、懲らしめにいきましょォ?」

 姉にいつもの空気が戻り、安堵する末妹。

「ホリは最近……、エッチな事をしてくる事が多い……。罰が必要です……!」

 妹に笑顔が戻り、姉もそれに続ける。

「そうねェ、少し痛い目に遭わせてやろうかしらねェ。それならまずその変態を連れ戻さないとねェ?」

「はい……」


 身から出た錆なのか、不運が続いているからか。

 ホリへの罰を実行する為に、二匹のアラクネが巣から飛び出していった――

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