第31話 一輪の花(食用)

 現在、大変追い詰められている。

 それもこれも隣をカッポカッポと小気味よい音を出しながら歩いている女性が問題である。

 横目で覗き見る、目につくとすればまず顔。

 高いところにあるからか、体が大きいからそう見えるのか、それはわからないが小さい顔に冷たい印象を与えるまでの切れ長の目が特徴的だ。

 そして、宝石を埋め込んだと言われても納得がいく程青く透ける瞳。

 その瞳の青さと同じ宝石で作られたと言われても納得がいく耳飾り……、先端にあるのは何かの花を象った物だろうか? 青い宝石のような花が、歩調に合わせて美しく揺れている。


 髪はやはり編み込んであるので、解いたら長そうだ。


 美人だし、何だろう? 女王様というより女医。そう女医!

 白衣が似合いそうだ! どうでもいいな!


 そして次に目がいくのが馬体。

 銀の髪に負けない程の艶のある芦毛の馬体は芸術品のようだ。ただ、その大きい馬体に合わせるような履物をしており、後気になるものは長い槍、美しい見た目とは裏腹に先程垣間見た圧倒的な戦闘力。


 このまま拠点に行くのは流石に……まずいよなぁ。


「観察は終わったか?」


 不意にそう声を掛けられ、鼓動が強くなる。ここは素直に謝っておこう。

「すいません、失礼でしたね」


 彼女は表情を一切変える事なく、こちらに顔を向け俺を見る。

「別に構わん。見られて困る物はないからな。ただ女性の体を不躾に眺めるのはよくないな。他の者だったら刃を向けてきていたやもしれんぞ」


 それは気を付けよう。いきなり戦闘になられても困る。


 少し彼女に話を聞いてみよう、拠点まであまり距離もないのだし。

「あの、凄く言い難いのですが……、貴方が敵か味方かもわからない状態で拠点に案内するのは少し抵抗があるんです。なので、できればこれから先何があっても戦闘は行わないと誓ってもらえませんか? 無茶を言っているのはわかるんですが」


 彼女はやはり表情を変えることはなかった。

 ただ少し、眉間に力が入るようにシワが出来ているようにも見える。

「誓うことはできない、その理由としては多々あるが、もしそちらが戦意を見せるか、危害を加えられると判断した場合、私はそれを力で破る」


 いい人だ、キレやすい奴なら俺の発言で「調子に乗るなしね!」といって槍でツンツンされている。

『そちらが敵意を見せなければ私からは攻撃しませんよ』という解釈で間違ってないだろう。


「ええ、こちらから貴方に危害を加える事は絶対しませんし、させません」


 歩みを少し緩めて彼女は言い放つ。

「どういう事情があるのかは知らんが、この山周辺は大概の人族が忌避する場所だ。そこに平然といるお前も普通ではないのは明白、多少の事で動じる事もない」

 それを聞いて一先ず安心する。


 それから数分もしない内に拠点の前の坂道まで来てしまった。どう話をしたらいいか判断できずに、考えていたらもうこんなところまで……。


「この上か、随分と面白い位置にあるな。攻め込まれた時を考えているのか? 上から視界はとれそうだし、何かあるのなら仕掛けてきそうだな?」


 彼女は少し意地の悪い言葉を口にする。

 渇いた笑いをもって返すが、ここまで来るとどうしようもないので、坂道を先導するように歩き始めた。


 何を置いてもまず戦闘だけはしてはならない。

 彼女の高いと思われる武力もそうだが、敵対する事は極力避けたい。


 祈るような思いで坂道を上り、拠点につく。

「誰かいるかな……?」とみてみると、穴倉の中にはスライム君だけだった。

 スライム君はどうやらご飯の下準備を進めていたようで、あちらこちらに具材が並べられている。


「スライム君、ただいま。みんなはまだ狩りとかかな? 姿が見えないけど」

 肯定するようにポンポンと弾む。

 そうだ、とスライム君を呼びケンタウロスの前に連れて行く。


「ウォックさん、こちら仲間の一人のスライム君です」と紹介しておく。


 彼女は眉間に少しシワを寄せ、冷たい視線をぶつけてくる。

「ふざけているのか……? それとも狂っているのか? わからんが、スライムが仲間なのか? お前の?」

 頭上に『?』マークが飛び出るような勢いで、そう彼女は聞いてきた。


「ええ、彼も仲間の一人です。主に料理担当してくれる名コックですよ」

 そう紹介すると、スライム君はプニプニと拠点の穴の中へと戻っていった。


 それを見送る俺と横目で眺めているウォック。

 彼女はスライム君の姿が見えなくなると、こちらに視線を戻し、一つ息を吐いた後に口を開く。

「お前の仲間とやらは、スライムを仲間とすることに違和感はないのか」

「ええっとですね……。言い難いのですが、私の仲間に人間はいません。殆ど魔族のみです。ですので違和感というのなら私の存在の方がソレに当たるでしょう」


 彼女はそれを聞き、怪訝な様子で視線をこちらに向けた。


「魔族のみだと……? それにスライムに料理をさせるとは……、まず料理なぞ出来るのか? 溶かしてしまって終わりだろう? スライムなぞ」

 言葉を途中で区切った彼女の視線の先には、ポンポンと穴から出てきたスライム君。


 触手で持っているカップに人参のスティックを入れ彼女に差し出した。彼女は眉間に先程よりも強くシワが寄り、どうしたものかとこちらに視線を移す。


 手で食べるように促し「どうぞ」と言葉をつけると彼女は恐る恐るという具合に口にしている。まぁ大丈夫だろう。


 またスライム君がコップとボウル型の皿を持ってきた。今度は何だろう?

 水と……何かのおひたし? 新作か? ここにぶつけてくるとは自信作か!


「新作かな? 頂きます」と頭を下げたら、ポンと一つ跳ねた。


 フォークが二つ皿に並んでいたので、片方を使い一口分を取る。

 おぉ? いくつかの野菜を使っているのか。でも一番多く使われている野菜はなんだろう? 見た覚えがあるような……? 思い切って口に放り込んでみる。


 甘さとほろ苦さが際立ち、野菜の食感も楽しく相まっておいしい。


 ああ、野菜が少ない生活だからなぁ。たまに食べるとホント美味しく感じる。体が欲しがっているのかもしれないなー。


 隣でフォークを使い野菜を睨む女性を観察する。

 眉間にシワが寄るのは勿論の事、口を真一文字に結び表情には出さないが葛藤していることは察せられた。


 その葛藤も理解できる。


 俺も最初にトカゲ肉とか、かなりの抵抗を感じたものだし……、以前にペトラが、初めて見たという料理を少しの躊躇だけで口にしていたが、あれがどれ程勇気のいる行動かは体験してみないとわからない。


 未知の体験、知らないという事から経験をするというのは少なからず恐怖がある物。


 目の前で俺が食べたのだから、毒はないとわかっている筈。だが野菜を睨み、手を進めない。「おいしいですよ?」というと少し唸るようにして俺を睨みつける。


 いやまぁ、睨まれましても……。


 彼女は覚悟を決めたのか、小さな声で「よしっ」と呟き口を開いた。

 出会った時から殆ど表情が変わらない彼女が、表情を崩すように強く目を瞑りそれを口にした。

 俺の足元のスライム君も少し震えるように揺れている。不安なのか?


 視線を彼女に戻すと、彼女は少し咀嚼してから、全身をプルプルとさせている。

「ん……うっ……ん……まぃっ……!」


 官能的にすら聞こえる、まさに絞りだすように言葉を発した後、次はフォークで突き刺せる限界までおひたしを取り、口いっぱいに頬張る。


 そしてそれを改めて咀嚼し、今度は大きい声で感想を口にした。


「んまぁいッ!!!!」


 冷たい印象を抱いていたところにその反応が面白く感じてしまい、少し笑みが零れる。スライム君と「やったね」とハイタッチをしたところで冷静に戻った彼女が声をかけてきた。


「す、すまん。新鮮さもそうだが、初めて食べた野菜に少し興奮してしまった。これは一体何が使われているんだ? 色々な野菜が入っているのはわかる。だがこの青菜がわからない。教えてもらえるか?」


 彼女は少し顔を赤らめているが、表情はさして変わっていない。

 だが、この食材の事を聞きたいのか? 馬体の尾が右へ左へと揺れている。


「スライム君、これ何なの? 前に買ってきた奴にこんな物なかったよね」

 とスライム君に聞いてみたところ、穴に戻ってしまった。


 そして再度彼が穴から出てくると、まるでスライム君の頭? と思われる場所に突き刺さった生け花のようにして一輪の花が目に入った。体を張ったギャグの頭上にあるそれは……?


「ソマの実の花……? これを使ったの?」

 ポンポン跳ねている。肯定しているのだろう、さすが戦う名コックさんだ。


 彼女はその一輪の花を手に取り、愛でるように眺めている。

「これが先程のサラダになるのか……? 不思議なものだ。スライムが作ったと思えない程美味だった。先程の発言は撤回しよう」


 彼女はサラダを口にしつつ、スライム君の技量に舌を巻いていた。


「我ら一族は野菜や山菜など、大地の実りが食の中心だ。このサラダはここ最近で食べた中で一番新鮮でうまい。この花も見た事はあるが、これを食料にしようという発想はなかった」


 そういえば、草食動物は肉食の動物よりも、味に対する感覚が強いんだっけ。

 このサラダも調味料をあまり使ってないようだし、多分その味蕾みらいの事を知っていて、あえてこれを出してきたんだな。


 スライム君の料理に外れなし!


 花弁の部分も何かに使えるかな? 畑の肥料になればいいけど、一度燃やして灰にしてみたりと試してみよう。


 料理がすっかり彼女の胃袋に収まると会話が戻る。

「それで、魔族が仲間だと言ったな。ならば何故、私をここに連れてくることを渋っていたのだ? ケンタウロスの一族で、人族に味方をしている奴らなど聞いたことはないが」


「ああ、もしかしたら人族に味方する者がいるかもと考えたもので。すみません常識に疎いものですから」


 彼女はそれを聞き、なるほどな。と一つ頷いた。合点が行き、口角を少し動かし頬が持ち上がって笑っているようにも見えるが表情に殆ど変わりはない。


 表情筋に仕事させて?


 こちらからも少し質問をしよう。

「ウォックさん達は人族と敵対しているという事でいいんですね」

「ああその通りだ、それと覚えておくといい。人族にくみしている人族以外の種族は、主にドワーフとエルフだ。それ以外で人族に使われているのは殆どが奴隷や捕虜。我が一族にも、奴隷として捕まっている仲間がいる。その倍は殺されているがな」

 あー、奴隷制度有りか。まぁ労働力として考えたら仕方ないのかな。


 エルフという気になるワードもあるが……。それよりも気になるのは彼女。

 料理でゴキゲンになったように見えたが、今は少し怒りを露わにしている……といっても眉間にシワが寄るだけだが。


「そうなんですか、教えて下さりありがとうございます。ウォックさんの一族というか、仲間達は先程の方々だけなのですか?」


 彼女は目を瞑り、首を横に振る。

「いや、今はいくつかの部族が纏まって行動している。非戦闘員もいるからな。我々は、移動を続けながら仲間を探し、いい土地があればそこに拠点を築こうと思っていた。先程の者達は、この辺りの土地に詳しい者が数名と私の部下だ」


 この辺りは様々な種族が住んでいたって魔王も言っていたし、魔族の故郷とも言っていたっけ。それならここに移住を考えてもらってもいいか。


 彼女は、「それにしても」とこちらを見下ろすようにしながら口を開く。体が大きいだけに迫力があり、そんなつもりはないのだろうけど威圧感溢れる。

「君はここに住んでいると言ったな。この穴倉もそうだが、この山をどうしようというのだ? 仲間というのも、先程のスライム以外いないようだが?」


「ああ、それなら多分最近できた家の方にいると思いますよ。行ってみましょうか」

 腰を上げ、彼女に手を差し出す。

 差し出してから、失礼だったか? と少し後悔したが、出してしまった物は仕方がない。彼女は少し鼻で笑うようにし、その手を取り立ち上がった。


 鍛えられてきた俺でも、彼女は重かった。


 いくつかアクセスできるルートを作ったので、ペイトン邸に行くまではかなり利便性が高まった。その内の一本を使っていこう。

「あ、そうだ。途中、少し道が低く狭く感じると思うんですが、すぐ終わりますので申し訳ないんですが我慢して頂けますか?」

「ん? それは構わないが……。一体どこに行こうとしているのだ? 先程の場所が拠点なのだろう?」


 うーん、どう言えばいい物か。

 頭を掻いて考えてみたが、百聞は一見に……というし、見てもらった方が早い。罠ではないから安心して欲しい旨を伝えて歩みを進める。


 手近な通路の前に辿り着いた。

「この中を通っていきますので」と一声かけたら、彼女のまた眉間にシワが……。

 かなり疑心暗鬼な状態だろうけど、中を見てしまった方が手っ取り早く理解してもらえるだろう。


 先を歩き、中に入る。

「ホリ、騙そうとしているのか? このような洞穴に家なぞ有る訳がないだろう?」

「もう少ししたら、理解してもらえると思うんです。もうすぐですよ」

 彼女は細剣の束に手を当てている。何時でも戦闘態勢に入れると言わんばかりだ。


 もう出口の光が見えている。

 そこそこ長いこの穴は鉱石100%な上にハンマーでしっかりと固めてあるから、崩落の心配は一切ない。日本と違い地震もほぼない地域らしいから、不安要素は暗い道という事だけだ。Gが出たらどうしよう……。


 そして、出口の光に包まれる。穴の中は不思議といつ通っても涼しいので、日差しによって感じる温度が温かく心地よい。今日もいい天気だ。昼寝がしたくなる陽気。


「ここは……!」

 彼女は目の前に広がる空間に見惚れ少し震えている。

 尾もかなり激しく揺れているので、かなりの衝撃を受けているようだ。


 それもそうだろう、山にぽっかりと穴が開いていて大きく空が見える。しかもそこには、ゴブリン、オーク、リザードマンが一緒になって家を作っているのだから。


 しかも遠くの壁面にはアラクネ……、あれはレリーアだな。レリーアが壁面を闊歩している。手には虫……? それは見なかった事にして、あの壁を歩いている様が個人的には好きだ。蜘蛛が壁面を登っているのを見ると少し可愛く思える。


 レリーアは壁に開いた穴に入り、帰宅していった。

 抵抗なく住んでいるようだから気に入ってくれていると思いたい。


「ホリ様ー!!」と手を大きく振り、ベルがこちらに走り寄っている。

「ウォックさん、あの子達が仲間です」と言いながら、手を振り返す。


 ベルがこちらに来て、ウォックに視線を移している。

「ソイツハ? ドウサレタンデスカ?」

「うん、さっき出会ってね。話のついでに連れてきたんだ。ベルは家の工事かな?」

「ハイ! 次ノ家ハ保管庫ニスルラシイデス! 僕ハソノ手伝イデス!」


 頭にねじり鉢巻きのように布を巻いて木を切っているペイトン。パメラはそれを監視しながらも、服を直している。ペイトン……! 幾人かのリザードマンも、彼女のプレッシャーにより手を止める事はない。


 棟梁かよ……!


「保管庫か、頑張ってね。何か協力出来る事があったらすぐ教えて」

 そういって彼の頭に手を置く。

「ハイ!」と元気良く答えて、ベルはまた工事に戻った。


「どうでしょうウォックさん、ご理解頂けましたか?」

 彼女は信じられない物を見るような目をしている。表情自体は変わらないが、少し目を見開いているのだから驚いているのだろう。


「ああ、すごいなこれは。我が目で見ても全く信じられない。部下が言っていたように私は幻術に掛けられていると言われた方がまだ信憑性がある」


 意を決して、彼女に提案を投げかけてみる。

「どうです? ウォックさん達もここで一緒に暮らしませんか? こちらとしても戦力、人手共にまだまだ足りないので、来てくれると本当に嬉しいんですが」


 彼女は勢いよくこちらに振り返り、顔を肉薄させてくる。

 表情があまり変わる事ないまま、しかし眼の力が威圧的で力強い! 近くで見るとやっぱり美人だ、まつ毛長いなぁー。


「我らケンタウロスもこの光景に加われと? フフフ、面白い事を言うじゃないか? いいだろう、最近は族の者達の面倒を見るのが煩わしくなってたのでな。ここに押し付けさせてもらうとしよう!」


 ハハハ! とあまり表情筋の仕事をさせないまま高笑いをする彼女。


「そんなに簡単に決めていいのですか? 一族の人とも話をした方がよろしいかと思いますが……」

「問題はない、私がそう決めた。それ以上の理由はない。反対する者が多いのなら私は単独でもここに移住をするぞ」


 強い意志を感じさせる瞳、女性にモテそうだ、ヅカ的な感じで。

 彼女は楽しい声色で、子供のようにはしゃいでいる。

「こんな楽しい事、久々に味わえる! 見た所まだまだ発展途上だが、私にも一枚噛ませてもらうぞ! ホリ! 是非移住させろ!」


 そこで初めて彼女の表情が崩れるように笑顔を見せた。

 その笑顔に少し見惚れてしまったが、それどころではないと我に返り、話を進める。


「こちらとしても、来てくれるのはありがたいです。ただまだまだ問題はありますからね。しっかりと働いてもらう事になりますが」


 彼女は、しっかりとした表情で強く頷く。そしてもう変える事のない強い意志を感じさせてくれた。

「ああ、出来る事ならさせてもらおう! これは忙しくなるな。フフフ、今日という日を忘れることはないだろう、最高の一日になりそうだ」




 そして興奮冷めやらぬ彼女と共に、彼女の仲間達の元へ戻る道中。

「ん? ホリ、なぜあそこだけ木が一本立っているんだ?」と彼女が疑問を投げてきた。ポッドの事か、と理解したので、ついでに紹介もしておこう。


「ああ、あれも仲間の一人ですよ。トレントの」

「おお、トレントだったか。私の好きな御伽噺に、森の賢者と呼ばれるトレントが出てくる一節があってな! 私はその話が大好きだったんだ!」


 彼女は興奮したように教えてくれる。以前にペトラがしていた話かな?

 ああ、あれ森の賢者ですよ。というと彼女は大きな声で「はぁ!?」と驚きの声を出した。


「おーいポッドー」

「この、ホリィ! 貴様さっきはよくも……! って誰じゃそいつは」


 ポッドの視線の先、先程から驚きを見せていた彼女は小さく声を出し狼狽えていたのだが、すぐに我に返りその場に膝をつく。


「森の賢者様でしたか! 私は白の馬蹄の戦士、アナスタシア=ウォックと申します。お会いできて光栄でございます!」


 うやうやしく、そう口にする彼女は少し緊張を見せている。

 やっぱり有名なんだなこのお爺さんは。


「彼女は、ここに新しく加わる仲間だよ。よろしくね」

「ほいほい。よろしくのぅケンタウロスの。ホリ、水くれ」

 はいはい、と水筒から水を根にかけておいた。その水を浴び、喜ぶように葉が騒めいた。俺の態度や行動が信じられないといった様子で目を見開いている彼女。


 そうだ、お土産をあげたいな。ポッドに頼もう。

「ポッド、トレントの実ってある? 欲しいんだけど」

「おお? お前な、あれは易々と渡していいもんでもないんじゃぞ? とてもありがたい代物でな……? それはもう昔から」


 俺は長くなりそうだったので、ペトラ印の健康飲料を少し根に垂らす。

 先程拠点に戻った際に、作り置きの入った水筒を持ってきておいてよかった。


 ポッドは少し呻くと、俺をじろりと睨みつける。

「ホリ……、それは脅迫というんじゃ。仕方ないのぉ」


 意趣返しといった感じに頭に二つ果実が落ちてくる。

 少し悔しいので、軽く根を叩いておいた。


「彼女を送らないといけないからそろそろ行くよ、ありがとねポッド」

「おう、またなホリ、それとアナスタシアとやらも」

「は、はい! 失礼します!」


 彼女は仰々しく頭を下げると、少し緊張した面持ちで歩み始めた。

 人によって結構違うんだよなあ、ポッドへの対応。リザードマン達は全体的にあまり緊張とかしていなかったし。ペイトン一家はペトラが一番緊張していたし。

 御伽噺、ちょっと詳しく聞いてみようかな?


 彼女は少し歩いて落ち着いたのか、こちらを向き口を開く。

「凄い経験をさせてもらった。ありがとうホリ……、周りに自慢できるぞこれは」


 ポッドに会えてそんなに喜ぶとは。

「じゃあこれもついでに自慢の種にして下さい。どうぞ」とポッドの実を差し出したのだが、彼女は少し意味を理解していないのか首を傾げている。


 彼女の手を取り、手にその青い果実を乗せる。

 理解が進んだのか手が小刻みに震えて、目はその二つの実に釘付けだ。


「い、いいのか……? 

「? ええ、トレントの実でしょう? 帰りにでも食べて下さい」


 少し赤面し、小さく息を漏らした彼女はそこから殆ど声を出す事をせず、話しかけても生返事という、正に心ここに在らずといった感じだ。


 仲間達の元につき、俺と一言二言会話をし、別れを済ませると、「帰るぞ」と仲間達に告げ彼女は走り始めた。

 彼女達が見えなくなるまで、手を振っておいたが……。

 ポッドの実は失敗だったかな? 腹いせにポッドの根に健康飲料だな。



 ――ケンタウロス一団、道中。

 アナスタシア=ウォックはポッドの実という二つの宝石に心を支配されていた。

 種族によって、ポッドの実の価値は様々だが、一つで山のような金と交換されたという逸話が残る程の貴重な品。


 そうした数多くの伝説を残し、御伽噺にも出てくる実がここにある。


 傷つき倒れた主人公を癒す実として出てくる話もあれば、また違う話では魔王が配下の四天王と共に食べ、主従の証の結晶のように扱うものもある。


 だが、彼女が好きな話はそのどれでもなかった。

 自身が焦がれたその話はケンタウロスに伝わる恋の物語。


 うら若き女性が男性と結ばれるといった内容だが、その物語の終盤、婚姻の際に、男性が女性の為に森の賢者を探し出し、賢者から貰ったその実を彼女に捧げ、生涯愛し続けるという誓いの証にした。


 ケンタウロスに伝わるこの話は、森の賢者から実を貰うという途方もない難しさ、その実の貴重さから、何時しか形を変え『男性から女性へ渡したらプロポーズ』という意味を含む物になっていた。

 ホリは勿論そんな事を知る由もない。


 アナスタシアは今日初めて会った男性にプロポーズをされ、とても冷静ではいられなかった。そして、今まさに手の中にある愛の結晶を見るたびに、顔には出ないが鼓動が強く、高く響く。


 唐突な愛の告白で火がついたような彼女は、仲間の待つ場所へと駆け続ける。

 休みなく、更にケンタウロスの中でも健脚を誇る部下達が、悲鳴を上げる程のペースで帰路を走り続けた。

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