第30話 新たな足音

 ――夢を見ていた。

 懐かしさを感じる現代日本にいる夢、その内容はモヒカン頭の筋肉と汗がほとばしるパンツ一枚の男たちがひたすら椅子に括り付けられ身動きが取れない俺に向かってリンボーダンスをしてくるのだ。

 俺は一体何をしてしまったんだろう。日々ひっそりと真面目に……、最近そういえば、女性に対して全力のセクハラをかましてしまったような気もするが。それでも、日々真面目に暮らしていたのにこんな地獄絵図としか思えない夢を味わい続ける事になるなんて。


 夢の中で、椅子から動くことも出来ずにせめて視界を安全なエリアに逃がそうと上を見ると上ではその熱き男達がアクロバティックな空中ブランコを、ポージングをしながら成功させつつ、こちらにいい笑顔を向けている。


 隙を生じぬ二段構え……!


 夢の中だと言うのに意識を飛ばし気がつくとそこはまた夢の中で。永遠にそのままなのでは、と号泣してしまい必死に体を動かし「助けて!」と叫び続けていた。


 意識が混濁している中、そこに灰褐色の棒のような物があり咄嗟に掴んでしまった。

 少しフワフワとしか感触の棒に全力で触り、少しでも心の拠り所が生まれる。

 その拙い、まさにお釈迦様の垂らした糸のような命綱にすがりつくように、棒を抱きしめて再度意識がなくなる。


 次に夢に出てきたのは、モヒカンマッチョ達がパンツ一枚でお互いにオイルを塗り合っているシーンだった。

 これがキツイ。

 お互いに褒めるようにサムズアップしながらも、体と体でオイルを塗り合うその様はまさに地獄絵図。


 開始数秒で意識を手放して、また意識が混濁する。


 飲む毎に、罰が厳しい、パッサンG。

 一句できてしまった。


 その時、ふわりと気持ちが楽になった。

 何か優しい香りに包まれているような……? 花の香りかな。

 夢と現実の境目が分からなくなりそうな、そんな状況で必死に抱きしめていた力を緩め棒を手放す。

 今度は少し息苦しさを感じるが、香りが強くなり何かに優しく抱きしめられている感覚を味わう。顔が柔らかいのも不思議だ。

 これは何なのだろうか? 意識が覚醒しつつあるだけに目を開ける事はできないのがもどかしい。



 しかし、このアロマ的な効果でリラックスできたのか。このまま徐々に睡魔が勝ち始め、俺はそれ以降悪夢を見る事なくゆっくりと休む事ができた。


 次に目を覚ますと、心地よい風が抜けていく時間帯だった。

 横向きで寝ていた為、目の前の壁に映り込んでいる明るさも大分強くかなりの時間寝ていたのがわかる。


「ん? なんだ……?」

 よく見ると、いつもより高い視線。

 そして床が少し柔らかいような。少し体を動かすと揺り籠のように優しく揺れる。


 痛む体を起こし、自分の周囲の状態を確認して見る。少し場所を取っているが、糸のような物で吊るされた網に寝転がっているようだ。

 これはハンモックか? でもこんな物どうやって……?


 その答えを知る人物にすぐ横から声を掛けられた。

「起きた……? もう少し休んでいた方がいい……。体、ボロボロ……」

 トレニィアと呼ばれるアラクネがどうやら面倒を見てくれていたようだ。

 ただこの状況をゴブリン達が知っているのかはわからないので、怒られたらどうしよう? 一緒に怒られてくれるのだろうか。


「うん、少し寝過ぎちゃったかな。もしかして寝惚けて迷惑かけちゃったりしたかな? 何か掴んだり、いい匂いがしたりして途中から安眠できたけど」


 彼女は少し俯いた。長い髪が前に垂れて表情は伺えないが、少し赤面しているようにも見える。あら、何か醜態を見せただろうか……?


「うなされてて傍に寄ったら足を掴まれたから……、あと地面だと硬いから糸を使って寝床作って……、前に姉様にしてもらったよく寝れる方法……した。そしたらうなされなくなったから……、良かった……」


 うーん、深く聞かない方がいいなこれは。

 でもお礼だけは伝えておこう。善意には礼儀を持って返さねば。

「ありがとうございます、おかげで悪夢から救われました。いやホントに」

 彼女はそれを聞くと、少し安心したように息を吐き笑顔を見せてくれると、そのまま外へと歩いて行った。

 でもどちらにしろ体は動かせそうにないな、体を起こすだけで痛みが全身を駆け巡る感じだ。筋肉が悲鳴を上げるようにぎしぎしと軋む。

 この感覚が嫌なんだよなあ。それにあまり気づきたくないけど、何故あんなところに水筒が三本も置いてあるんだ。

 どの水筒からも凄いプレッシャーを感じるぞ、不思議と水筒の背景が歪んで見える。


 ペトラ仕事早すぎでしょ……。っていうか最近薬草汁の作成ペースが頻繁になってきてるけど、なんでだろう? 森へもそんなに行っている訳でもないのに。


「うぉ、何ですかこれは! ホリ様! 無事ですか!!」

 ペイトンの声が聞こえる。それに続いてゴブリン達の声も。


 ああ、これは俺一人が怒られるパターンかな……?


 寝床を勝手に弄ってしまった為、ゴブリン達は多少怒ってはいたがそこまで何かを言われる事はなかった、ただハンモックで揺れている俺が面白かったのか? まずベルが俺の体を軽く押した。

 プラプラと左右へ規則的に揺れている様にアリヤとシーが反応して反対側から押すという悲しみの連鎖が始まった。


 彼らは一定時間俺を揺らし続け、満足したようで。

 やり切った感を出すように汗を拭う。やられている方はというと、いつ糸が切れるのか気が気でないが、それでも千切れるような目には合わず、今も尚俺の体を揺らがせている。


「コレ、楽シイ……!」とベルが呟いた。

 体調が戻ったら代わってやろう。そして全力でクルックル回してやろう。

 静かに心に誓っておいた。


 そうだ、アラクネの住居はどうなったかな?

「ペイトン、パッサンGの結果どう? 彼女達は住んでるの?」

 ペイトンは俺の傍に歩み寄って話を聞かせてくれた。

「ええ、やはりアレの力は絶大だったようで、あのレリーアと言う挑発的だった娘もあまりの出来栄えに文句一つ言う事なく入っていきましたよ、安心して下さい」


 それを聞いて安堵する。

「なら良かったよ。この痛みも無駄になる事はなさそうだね。……少しお腹減ったから何か食べる物をスライム君に貰おうかな? 何か用意できるなら」


 そういうと、ペイトンが俺を抱きかかえハンモックから降ろす。

 降ろされたところにスライム君がトレーにいくつかの料理を乗せて待っていたようだ。流石スライムさん、今日もありがとうございます。


 そして前回と同じ様にゴブリン達に介護されながら食事を頂く。

 今日はお肉を長時間煮込んだと思われるスープ……どちらかと言えばシチューに近い物と、この前購入してきた野菜のキッシュのような物。


 シチューのような物を数杯おかわりする程度には回復したし、少し休めば大丈夫そうだな。

 さっさと寝てしまおう。


 そうだ、早く寝ないと。


「よし、お腹もいっぱいになったからもう一度休ませて……」

「ホリ様」


 ガッシリ肩を掴まれる。

 振り返っちゃダメだ、あの子がいい笑顔をしているに決まっている。


「ホリ様?」


 チラリと見るとやはり、ペトラがコップを持っている。今日も太陽の如く輝いている笑顔。


「さぁ、いつものです。大丈夫です! 今日のも新作ですから!」

「大丈夫な要素が何一つないじゃ――」


 いつものように、そうこれはまさに様式美。

 口を開いたところに詰め込まれるゲル状の何か。今日のは喉に引っ掛かる感じがまた厳しい。

 その感覚を味わったところで、意識を無くした。

 これでまた健康になれるぞー(棒)



 後日、しっかりと健康になった俺はまずアラクネの巣に行こうと思ったがそれ程友好的にしたくない相手に家の中をうろつかれたら嫌だなと自分でも思ったので、それはやめておいた。

 唯一話をしてくれるトレニィアに家の感想を聞いたところ。

「いい……、特にあの歩いていると気づいたら元の位置に戻されるところが最高……! あの正解のないループ迷路が好き……」

 それ住みにくいのでは。

 とても高評価を頂けたのはいいんだけど、それ後々潰す予定なんだがな……、なんだか勿体ないな。

 草葉の陰でパッサン泣いちゃうかもしれない。その内皆で話し合ってどうするか決めるか……? 要検討だな。長い事住んでいたら愛着も湧いてくるだろうし。


 HCパッサンGは一通りこちらの望む物を造り上げると、あとはひたすら嘆きの山を更地にしてくれるようだ。

 うーん、愚直なまでにナイスガイなパッサン。

 きっと旅の武闘家で大工で、せいけんづきが趣味の人なんだろうな。


 そして彼が更地にしたところを拡張するように広げ、いよいよ家を建てれるようなスペースが出来始めてきた。

 建築部材としては近隣の森から切ってきた木を使った木材。これはもちろん干して乾燥させてある。そして家の外壁になるのはやはり山の鉱石を大きく削った物。

 つるはしで大きく削り出し、ハンマーで形を整え大きさを揃える。

 まずは試しにとペイトン一家の住む住居を作り、ポッドの所へ行きやすいルートを一本作っておく。

 内装も木材で凝った作りにしてある。その際一番目を光らせていたのがパメラ。

 ペイトンとペトラが毎日へとへとになりながらも、パメラ自身が内装作成で誰よりも働き、作り上げた空間は素晴らしいものだった。

 まさか現状で2LDKを造り上げるとは……。そして普段の淑女としての彼女はどこかへ消え、頭に布を巻き木材を削り上げる様は『棟梁』と呼ばざるをえなかった。


 試しに作っただけなのに……。どうするのこの完成度? いざ壊すって言ったら数人から本気で殺されるんじゃないかと不安になる。


 モデルハウス的な意味合いで、そこで皆集まり食事会のような物をしたが、やはり木の質感はいい。いざ俺の家を建てる時も是非棟梁に頼もう。


 そして家が建ってから数日程経過したが、ペイトン一家の住居はかなり良いみたいだ。やはり洞窟よりは木の家が落ち着くみたいで、ペイトンを始め、パメラ、ペトラもかなり気に入っている。

 使ってしまった木材はリザードマン達に頼み、木材収集を中心に行動してもらっている。

 以前街で買ってきた車輪と車軸を使い、リヤカーを作ったところ輸送の手間と輸送量の爆発的な伸びを実感し、流石文明の利器と言ったところだ。



 木材と言えば、以前に計画した植樹計画も進めていきたいな。ポッドに意見を聞こうと思っていたが、ついつい忘れていた。思い立ったが吉日、今行こう。



「おーい、ポッドー」

「お、ホリどうした? 実なら今日の分はさっき回収していったぞ」


 言われて視線を向けた先には広い区画に咲き誇るように花が咲いている。

 あまり草花の生態自体詳しい訳じゃないが、これから実をつけるのか? よくわからないが今日はそれじゃない。

「いや、少し聞きたい事があってね。実はここの周囲一帯に木を植えようと思ってるんだ。前にポッドがやったみたいに、一気に芽を生やして増やすって事は可能なのかな?」

 ポッドの葉が今日も賑やかに唄う。

「いや、草花ならまだしも木は無理じゃな。樹の魔法で促進させても大して成長せん。あれは長い時間をかけて育てる物じゃからな。方法がない訳じゃないんじゃが……」

「? 可能ならできる限り何とかしたいんだけど……」


 ポッドはそこで話を区切る。

 珍しく歯切れの悪い感じだ、そんなに難しいのだろうか?


「いや、やめとこう。出来るとは思うが、アレに頼るのはワシのプライドが許せん。は独善的というか自分勝手というか……。話を聞かんのが多いしなぁ。扱いが兎に角面倒なんじゃ。それでもいいなら教えるが」

 ってことは人物なのか、ここまで言われる程面倒って……。

 残念だけど、ポッドが乗り気じゃないならこの話はなしだ。相当厄介なのは彼の態度が如実に物語っている。


「それならいいや。そうだ、ポッドの仲間って連れてこなくていいの? この辺に木が一本っていうのも寂しいんじゃないの?」

「んや、ワシらはそんなに集まる習性が有る訳でもないしの。たまに大地から情報が伝わってくるからそれで充分なんじゃ。若いトレントならまだ構わんが、昔馴染みの奴らが集まったらうるさいからの」


 そんなもんなのか、寿命が果てしないからこその考えなのかもしれないからよくわからないけども。

「そうか、山を少し削る事が出来てきたからそろそろ土を敷き詰めて木を植えたいけど……まだまだ先は長いなぁ」

 ポッドは少し楽し気に木の葉を揺らしている。

「何事も焦るといい結果にはならんぞ。地道にやるのが一番じゃ。土を敷き詰める時はワシが口だけ出してやる。安心せえ」


 手も貸せよ! と言いながら大木をポンと叩く。

 まぁ地道なのが一番か、チャンスがあればなんとかしたいくらいに考えておこう。

「まぁ難しいのはわかったよ、ありがとう!」といってポッドと別れる。

 帰り際に薬草汁をぶっかけておいたから少しは元気になるだろう。おじいちゃん少し大きい声を出していたが気のせいだ。



 そういえば、まず植樹の土台にする土をどこから持ってくるかも大事なんだよな。

 近場、近場から持ってこようとするとこの辺穴だらけになっちゃう……。


 ん? 穴か、穴ね……。


 少し考えて歩いていたら、結構歩きすぎてしまったらしい。

 この辺だと戻るまで十分くらいか? まあ、気分転換の散歩と思えばいいか。


「んー……?」


 大分遠いところで何やら土煙が上がっているような。

 つむじ風でも起きてるのかな? 距離もあるし、影響はないだろう。


 はー、いい天気。こんな日は酒が飲みたい。

 ダメ人間の典型として、真っ昼間から酒が飲みたくなる。

 この世界でエールやワインは飲んだけど、やっぱり日本のビールが飲みたい。

 シャッポロ黒星リャベルが飲みたい。


 そういえば、この世界にも麦があったしワインがあるならブドウもあるな。

 ていう事は米もあるかもしれないか? その内に探してみたいな。諸国漫遊の旅……は難しいか。



 ん……? 土煙近づいてきてんな。

 

 植樹か植えるなら桜の木とかいいよなぁ、風流で。

 あとは梅とか。あとは果実のなる木もいいけど、知ってるのは多分品種改良された木だろうから親しみのある日本の味になることはないだろうな。



「いや、なんだろうあれ」

 気にしないようにしていたが、土煙がどんどん近づいてきている。

 流石にここまでの物だと自然現象ではなさそうだ。


 それに土煙が近づくにつれ聞き覚えのこのある音。


 そうあれは、年末の忙しい時期の事。競馬場に無理矢理上司に連れて行かれたサブチャンブラックのラストレースを見に行った時の音だ!


 何故そんな音が……。


 目を凝らし、土煙の根元をよーく見てみる。

 うーん……? 人?


 どちらにしろここにいるのはやばい! 隠れておかないと!

 といっても、周りに広がっているのは荒野だし……。

 あ、ファッサァマント……もない! 暑くて脱いでいたんだった!!


 やばいやばい、どんどん近くにきている!

 とりあえず走って逃げるか!


 何故だろう、あの集団こっちに向かってきているような!? ロックオンされてる!? 洒落にならない! 早く山までいかないと!




 それから後ろを振り向く事なく必死に走った。だが耳に入ってくる足音がすぐ傍まで来ている事を教えてくれる。

 もうすぐ、もうすぐなんだ。

 焦りで足が絡まりそうになる、必死に口から空気を取り込もうとしても苦しさが治まる事はない。

 それでも、あと少しで拠点の近くに――。


 その少しの希望を打ち砕くように、俺の目の前を掠めるようにして、足元に槍が突き刺さる。空気が切り取られたように止まった気がした。


「動くな。それ以上逃げるのなら次は確実に足を潰す」


 止まらない呼吸、全力で走ったからか、それとも恐怖からなのかわからないが強く響く鼓動のリズムが痛い、膝もそれに合わせるように揺れている。喉に何かが絡むようにして呼吸を阻害する。


「おい、腰の剣を捨てて手を上げろ。そしてそこに膝をつけ」


 一気に体が冷たく、底冷えする感覚に陥る。おかしいな全力疾走して暑い筈なのに。それでも声の主はこちらの事などお構いなしに淡々と告げていく。


「もう一度言う、腰の剣を捨て手を上げろ。次はない」

 ゆっくりと手を下ろし、腰の剣を足元に投げ捨てたその瞬間、背中に激しい衝撃を喰らいその場に膝をつく。


「膝をつけとも言っただろう? 忘れたのか?」

 くそ、すげえ腹立つな。最近こんな事ばかりだが、なんか悪い事したかな……? したかもしれない。


 くだらない事を考えていたら、首根っこを掴まれ山の壁面の前に転がされる。



 疲労もあってか、少し体がきつい。

 ここの所毎日のように体を痛めつけられているから、ペトラの薬草やポッドの回復がなかったらとっくに死んでいるな。


 顔を上げ、この仕打ちをしてくれる相手を見た。馬蹄の音、人の腕と思われる部位、大体の予想はついているが。

 長距離を走ってきた筈なのに息一つ切らすことのない正面の連中。


 人の顔、上半身に下半身は馬。数は十くらい。


「ケンタウロスか……」


 つい口から思っていた事が出てしまった。

 その言葉に真正面からこちらを見据えている美しいが、どちらかと言えば怖い印象を抱かせる女性が前に出て来ながら口を開いた。

「人間、一人か? ここで何をしている」


 胸当てと手甲しか防具は着けていないが腰に細長い剣を携えており、銀髪をシニヨンのようにしている、恐らく解いたら長髪なんだろう。それに片耳の青く輝く耳飾りが特徴的だ。馬体は白に近い芦毛の毛並み。彼女は地面に突き刺さった槍を抜き、部下に預けた。


「見ての通り一人です、ここには……、住んでますね。開拓をしながら」


 俺のその言葉に、彼女の後ろにいた同じく軽装の数人が大きく笑う。

「ここに住んでいるだと! 可笑しい事を言う、これは幻術の類でもかけようとしているのかもしれないな!」と大きな声で言っている。


「黙れ」と銀髪の女性が後ろで大きく笑っている数人に言うと、笑っていた顔を強張らせ直立不動のようにして固まった。


「自己紹介をしよう、私はアナスタシア=ウォック。白の馬蹄と呼ばれる族の者だ。人間、お前は? 名はあるのか?」

 彼女は表情を一切変える事なく聞いてくる。

「ホリといいます」と名乗ると、彼女は続けて問いかけてきた。


「ではホリ、ここに住んでいると言ったな。見た所荷物もないようだし、この近くに拠点を構えているのか?」

 冷ややかな瞳をしている、嘘をついたらすぐに見破られそうだ。嘘をつくつもりも毛頭ないが。


「ええ、この先を行ったところに拠点があります。そこに仲間もおりますが……」

 言った瞬間、しまった! と思ってしまった。

 もしこいつらが人間に友好的で魔族は殺すという立場の者だったら戦闘になるじゃないか! 言ってしまったからには取り消せないぞ!


 銀髪の女性は態度が変わる事なく、こちらに冷たい視線を送り続けながら俺の発言に対して口を開いてきた。

「仲間……、こんな所に人間がまだいるのか? 俄かには信じ難いな。そこを見てみたい。案内しろ」

 最悪だ、敵か味方かもわからない状態で招き入れろというのも厳しい物があるし、今の時間帯だとスライム君とパメラくらいしかいない。

 この人数で攻め入られたらアウトだ、なんとかせねば……。


「案内するのは構いません。ただ確認の為に来るというのなら出来れば一人か二人だけにしてもらえませんか? この人数で来られても、一つ間違うと戦闘になると思います。それは極力避けたいので」


 それを聞いた数人が俺を睨みつけ憤慨している。

「ふざけるな! それが罠でないと言い切れないだろう! 舐めた事を言っていると殺すぞ!」

「そうだ! 今生かされているだけでも神と我らに感謝しろ!」


 金属の擦れ合う音が微かに聞こえた刹那、後ろで叫んでいた一名の首筋を薄皮一枚切った所で、銀髪の女性の髪にも負けないくらいの銀に輝く細剣が突きつけられていた。

「黙れ、と言っておかなかったか?」


 速ッ! 剣抜いたのも動いたのも殆ど見えなかったんですけど!! 格闘マンガか!? 俺がその目にも留まらぬ超技巧に驚いていると、銀髪の女性が鞘に剣を収めながらこちらに歩み寄ってきた。

「わかった、私が一人で行こう。それなら案内をしてくれるのだろう?」


 彼女の部下達なのだろう後ろの十人近い連中から、難色の色が示される。

「ウォック様!? 危険です、何も素直に応じる事もないでしょう!!」

「そうです、もし御身に何かあったら如何するのですか!?」

「私が、私が行きます! ですのでどうか再考を!!」


 彼女は少し呆れるような表情を作り、大きく息を吐いた後騒ぐ彼らを流すように見て言い放った。

「私が行くと言ったのだ。それ以外に言葉が必要か? オレグ、私がいない間の指揮を取れ。様子がおかしいと思ったら撤退。戦力を整えた後ここに攻め入れ。」

 他の奴より少し年齢を感じさせるケンタウロスの男性が前に出てくる。

 渋い声色で一言、「了解」と呟いた彼はその場に座り込み休憩を始めているようだった。



「さぁ案内してくれ」と彼女が蹄で地面を叩くようにして歩き始めた。


 拠点に帰るまでの足取りがこんなに重くなるなんて、異世界に来て初めてだな。

 俺は彼女の横に並び歩き始めながら思っていた。

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