第13話 蠢く闇 

 ペイトン一家が加わり、人員が増えたこともありそれぞれの作業に多少の余裕が出てきた。森林探索でトラウマを抱えかけていたペトラも、森に拒否反応を示すことなくたまにおもむいている。


 主にゴブリン君達からアリヤ、ベル。オーク一家からペイトン、そしてたまにペトラとスライム君が同行するのが森林探索のメンバーだ。

 食料調達にも戦闘の面においても、人数が増えたということは有効に働いているようで、それは探索の成果にも見て取れる。

 スライム君とパメラの料理班は食材がある程度満足できる量・質が確保できている為、安心しているようだ。

 そして、スライム君と行動することの多いパメラは、以前に何かに使えないかという実験で作っておいた金属板と、持っていた革、麻縄、ブリアンリザードの皮などを使用し、胸当てのような防具を製作してくれたのだ。あくまで一時的なものとして、とペトラは言っていたが、ゴブリン達始め探索班は喜んでいた。


 探索班にこの重量は軽く、それでも尚、圧倒的な強度を誇る金属板を使用している胸当てが少しは助けになるかもしれない。


 それが役立つことがない状況が続いてくれた方が喜ばしいのだが。

 そして掘削作業だが小さい簡易拠点をいくつか増設した。入り組んだ傾斜が続く谷間のような場所をゴブリン君達が見つけていたので、そこを中心に二か所ほどだが、少し数を増やしすぎているか? 当分は増設するのはやめておいてもよさそうだ。


 簡易拠点、食料ともにあまり問題はないので、本拠点への足掛かりにまず比較的角度の緩やかな壁面を見つけ、そこを階段のように段を作り、頂上へのルートを作成した。

 ゴブリン君達の歩幅に合わせるような形に、少し奥行きのある階段で、高すぎないようにしてあるから大丈夫だと思ったが、頂上付近で別の問題が発生した。


 シーが高所恐怖症のようなのだ。

 階段作成の際、頂上付近辺りまでいくと様子がおかしかったのは感じていたのだが、階段が完成し頂上から下を覗いた時には完全に怯えていた。

 その日の頂上での作業はなかったのでそこで切り上げたのだが、シーはずっと俺の背中に張り付いて、おんぶ状態から解除されなかったので相当な恐怖だったのだろう。抱っこのようにして一緒に階段を降り、その間ずっと背中を擦って宥めておいた。


 悪いことをしてしまったなぁ。

 怖いのなら仕方ないので、高所での作業は一人でやるよと言ったのだが、彼は譲らず手伝いをしてくれるようだ。無理をしなくてもいいのに……。


 穴を掘る感覚で、山をくり抜く作業が始まった。場所は作った階段から直線距離で数百メートル以上離れた場所に決めてしまった。魔王もいないし、どうせ大きくなるんだからどこでもいいや! という半ばヤケを起こして決めかけたが、雨水が抜けていく谷のように緩やかな傾斜の場所を中心にした。


 最初はスコップでやっていたのだが、つるはしの力が此処に来て爆発している。

 ある程度大きな岩塊を作るのにはスコップよりもこちらの方が圧倒的に早く、さらに頂上で行っている為、ハンマーを使う際に砕いてしまっても地下程粉塵の粉に困らされることもなくなった。ただ、広大な山の捨てる程余っていると言っていいほど豊富な鉱石とはいえ、有限な資源なのは確かだ。


 使い道がまだ明確に見つかっているわけでもないが、無駄遣いをするのはよくないという貧乏性と過去の貧乏生活がそれを許さなかった。


 そのため、大きく削り出したブロックをハンマーで形をある程度整え、屋根のある簡易の休憩所を作った。強度もあるから、モンスターなどに空から襲われた際にこれで避難できるようにもなる。


 あと、山の天候はやはり変わりやすいようで、何度か作業中にも雨が降ってきたりしているのでそれを避けるのにも役立ってくれている。


 この休憩所を製作する際に、スライム君とパメラ以外の全員に協力をしてもらったのだが、全員が高所作業を苦手としていたのは、これほど高い位置に来たことはあまりないと未知の体験から来るものだった。


 どうやら高所恐怖症はシーだけの問題ではなく、文化の違いからのものだったようだ。経験のない恐怖は、経験したことのある恐怖よりも段違いで怖い。そこは種族も関係ないんだなぁといつも頼りになる彼らが怯えているのを見て少し安心してしまい、腹を抱えて笑ってしまった。


 その日の戦闘訓練がいつもの倍きつかったのは何故だろう。戦闘訓練と魔法訓練はあれから毎日続けている。訓練といっても、素振りくらいしかまだやれていないのだが。

 アリヤ曰く、無駄に力を使って剣を振るっている内は他の戦闘訓練をしても怪我をするだけらしい。今は素振りをしている時に、アリヤとベルがたまに木の棒を振ってくるのでそれを避けるという反復練習をしている。


 魔法の方はというと、シーとペトラに練習を続けてもらい、ついには魔力を飛ばすことができるようになった。つまり、魔石を使えるようになったのだ!!

 これは飛び跳ねるくらい嬉しくなり、つい先生二人に抱き着き泣きそうになってしまった。二人とも顔を赤くしていたのだが……ハッ、これセクハラ!?と思ったがそれ以上は気にしないことにした。


 戦闘訓練よりも魔法訓練の方が順調かもしれない。

 最初は素振りを少しやるだけで生まれたての仔鹿のような腕の痙攣けいれんも今ではあまりないと思う。それにこういう鍛錬は地道に続けていかないといけないのだろうと朝晩に頑張っている。


 魔法については、今はまだ体外の魔力を練り込むという意味がわからないので訓練を続け、魔石を使う時のように体内の魔力を外に出すという行為に慣れることを練習していこうという運びになっている。戦闘力自体に変わりはないものの、少しずつだがやれる内容も増えてきた。


 変わりがないといえば、掘り返した土。

 以前に魔王が掘り返した区画を、色々と試しつつやってはいるが特に目立った変化はない。種子を植えてはいるものの芽吹く気配もなく、ペトラが定期的に水を撒いているくらいなものだが、やはり気の遠くなる計画だな。


 ペイトンとペトラは土を毎日のように見て、定期的に水を撒き、たまに肥料のようなものを与えたりと頑張っている。急に事態が好転するとも思ってないので気長にやってほしいとは伝えてあるが、それでも残念そうに土を眺めていた。


 せめてその手の専門家でもいればいいんだけどなぁ。ペイトンも元は農業をやっていたらしいが、流石にこういったケースの経験はないと言っていたし。小麦を主に生産していた人にいきなり野草を育てろと言っても勝手も大分違って当然だろう。


 兎にも角にも今は掘削作業だ。毎日限界まで何かを握り、それを振っているので手の皮がずるりと剥けて痛みを出している。マメがいくつか潰れていて、たまに血で道具が滑る。

 剣を素振りしている時は布を巻き滑り止めにしているが、腕輪の道具は手から離れると自動で消えてくれるので事故になることはないだろう。

 それでもシーが近くにいるときは気をつけているが。


 回復手段がない今は、怪我をすることを最優先に避けとにかく安全に過ごすべきだろうと心掛けている。ペトラが森からとってきた薬草を、傷にいいからと試しに掌に塗ってみると、とても野性的なそれは激痛で声が出そうになったくらいだ。

「飲む方もありますよ」

「……っ!? いや、それはいいよ。ありがとう」


 取り出された謎物質は体が拒絶していたので遠慮しておいた。


 スコップで穴を掘り、つるはしを振りながら出来た鉱石の塊を定期的にハンマーで形を整え、シーがそれを整理している。

 掘削作業はシーの負担が大きくなってしまっているがペイトンも頂上から下を見なければいいので、掘削作業を手伝えるようにはなった。なので、シーと時間がある時にペイトンという二人体制でサポートをしてくれている。


 ペイトンは毎日という訳ではないが、それでもいないよりいてくれる方がありがたい。怖いもの見たさなのか、たまに山際に行き悲鳴を上げ、遊んでいるように見える。慣れたのだろう、その状態の時に一度背中をポンと軽く押したら暫くの間頂上に姿を見せなくなってしまった。


 そんなこんなで作業を続けていると少しずつ作業をした後の形が明確に分かりやすくなっていく。大きな円を描くようにして窪みが出来てきたのだ。まだ深さはそこまでではないが、頂上に上った時にある程度遠くからでもはっきりとわかるくらいにはなっている。


 そして、雨水が抜けていくこの場所に決めてよかったと本当に思ったのが、一定の深さまで掘り進めた時である。どれだけ長い時間、まさに悠久の時をこの嘆きの山が過ごしてきたかはわからないが、掘り進めた先に空洞ができていて、川のような状態になっている。


 透明度もそれほど高くないので、飲料水にしようとは思わなかった。山の規模に比例してか空洞のそれ自体、川の幅も相当なものだ。

 せめて地上まで高さを合わせたいと思っていたので、この空洞を使って一気に空間を稼げた。問題があるとすれば川の周りは足元が滑ることと、寒いことだ。


 外は日が高く作業をしているとむしろ暑いくらいなのだが、現状の軽装で作業を続けられるほどでもないので、その日は切り上げた。

 次の日から、その場所で以前魔王からもらった水筒を冷やし、シーと二人で凍えるような冷たさの水を暑い頂上で作業しながら飲むという贅沢をしている。

 その話を食事の時にしたら主にアリヤに「ズルイズルイ!」と言われたのだが、頂上で作業してる者の特権だとドヤ顔で説明してやった。


 食後の訓練の素振りがいつもの数倍の数になっていたのは何故だろう。

 心無しか、振られてくる木の棒の速度も殺人的だった。


 ペイトンやパメラ曰く、それほど寒いところならばもしかしたら魔石があるかもしれないとのことだったので、それらしいものを見つけられたらいいがまだ発見には至っていない。


 作業はある程度順調だとは思う。細かい問題に目を瞑っている点もあるが、まだ許容範囲だろう。そんな日のある朝に、ベルがパトロールから戻ってきた。慌ててアリヤとシーに報告をしている。只事ではない空気を察したので、走って彼らのところに行った。


 ペイトン一家も合流して、留守番にスライム君、パメラ、ペトラ。残り全員で以前掘った他の簡易拠点よりも広い拠点に急ぐ。

 最初は新たな仲間か!と思ったのだが、その期待と緊張はすぐに裏切られた。


 ペイトンが洞窟の中から少し地面を調べるようにして何かを手に取っている。

「これは……、もし私の想像通りならですね」

「虫……、ですか?」

「ええ、近くの森から流れてきたのかもしれないですが産卵の為にここを選んだとしたら少し不味いですね。森の嫌われ者ですから」

 そう言いながら、ペイトンは中に歩みを進めていった。


「どんな虫なんですか?」

 シッと指を口に当て、静かにしろという仕草を見せるペイトン。そして、指で方向を示すように以前にシーと頑張って掘った横穴の中をチラリとみる。

 静かに……、だけど確かに、その空間にいるの音がする。虫嫌いな自分としては、この音を聞いてるだけでも背筋が凍るが……。


 ペイトンは自身の腰につけておいたランタンを構え、その空間に光を灯した。

 そしてそのの原因を見て後悔した。反射的に声を押し殺せた自分を褒めてやらねばならない。


 から出ていた音は彼らの足音。遠目からでもこの僅かな光源からでも分かるあの独特なテカリ。そして、恐らく一生受け入れられるようにはならないあのフォルム。みんなの嫌われ者、通称『G』と呼ばれるヤツラが恐らく死んでいるであろう同じ姿をしたGに食らいついていた。

 それも十や二十で利かない……。およそ部屋の中だけで三桁に届くだろう。そして知っているモノよりかなりデカい。人の頭くらいはありそうだ……。


 身の毛もよだつその光景に先程食べたものを吐き出しそうになるが、ペイトンに誘導されるように外に出て持ち直す。


「やはりゴキローチですね、あいつらはどこにでも出てきますなぁ」


 彼は笑いながらそう言うが、こっちとしては即刻なんとかしたい。

 部屋に一匹いるだけでも恐怖でそれまでの人生を後悔したくなるのに、苦労して広げた空間におぞましい量のヤツラを見たらもうそれしか思い浮かばない。


りましょう」

「えっ?」

りましょう」


 それ以上の言葉はいらないのだ。たまに飼っていた猫が持ってきたりしていたが、ヒィイイ!と叫びながら処理していたことを思い出す。

 どんな形であれ、あの姿を見る度に家にヤツラ対策の道具を買い直し、置き直すという、これはそう『聖戦』なのだ。


「ペイトンさん、こちらではあれどうやって処理してるんです?」

「うーむ、人数をかけて一匹一匹潰すとかですかね…、産卵するメスを潰せば増えませんしね。少し面倒ですが……」


 アカン、無理。

「デモ、チョット数オオカッタネ」

「ウン」


 ゴブリン達が言うには少し規模が大きいものだったようだ。

 俺以外みんな平時と変わらないが、こっちはまだ心拍数が跳ね上がった状態なのだ。少し落ち着いて考えねば……。


 ――その時、ホリの頭に電流が走った――


「あいつらって今は外に出てこないんですか?」

「ええ、あれらは日光というか光を嫌いますからね。昼間は出てこないと思います」

 よし、とつい拳を握ってしまった。俺の態度に首を傾げている俺以外のメンバー。


「少し試したいことあるんですが、やってみてもいいですかね?」

 笑顔を浮かべて彼らに問うが、たとえお許しが出なくても単独でやる気になっている。負けられない戦いはここにあるのだ。


「え、ええ……」

「ホリ様コワイデス……」

「カオコワイ……」


 少し力が入っているだろうか、いかん落ち着かねば。ペイトンとアリヤ、ベルには森へ行って必要なものを持ってきてもらう。シーと二人でこの拠点の入り口に少し仕掛けをし、彼らが来るのを待つ。


 そして待ち侘びた時がきた!


「ほ、ホリ様、持ってきました。ですがこの大量のの道具やこれだけの薪をどうするんですか? というかここの出入口を封鎖してどうしてしまうんですか?」

 ペイトンの言葉を聞きながら、わなわなと中にいる虫に俺達の努力の結晶を踏みにじりやがってと苛立ちが募り、もはや限界なので話は後にさせてもらおう。


「さぁ、ここにその木を置いて! シーあとはさっき教えた通りやってみて!」

 煙で燻ってやる!〇ルサン作戦だ!そして、設置された狼煙用の木と大量の薪に火が投入された。

 煙を纏めて洞窟内に入れる為に鉱石を使いまず出入り口をほぼ封鎖し、通気口のように開けておいた場所をプレートで筒のようにして煙が入るようになっている。


 この簡易ダクトの呼気口からシーの風魔法により、上がる煙全てが洞窟内に入っていく。もちろん煙の入るところは虫共が出てこれないように格子のようにしてある。


 フハハ! 苦しめ!! あの夏あの冬苦しめられた恨みを晴らす時!

 煙をしばらく入れ続け、日が大分高くなってきた。みんなには申し訳ないので戻ってもらったが、シーには一緒に頑張ってもらっている。


 あまり無理をさせたくはないので後半は殆ど魔法を使ってもらってはいなかったが、うまい具合に煙が入っていってくれてるので満足だ。まだまだ木はあるので、もう少し続けておこう。ヤツラはしぶとい。死んだと思ったところで逃がすのだけは許さない。


 その日の日中は殆ど拠点の前で過ごした。一度森林に足を運び、狼煙用の木を再度確保して追加の燻しをしておいたが……、まだ不安だな。


 夕日が差し込む頃に、そろそろいいんじゃないですかとペイトンに言われた。

 え? 一日が終わろうとしている!? 


「え、こんな時間でしたか。気づきませんでした」

 ペイトンは少し引きるような笑顔をしている。どうしたのだろう?


「中を見てみませんか?木もちょうど切れていたようですし。何かあっても我々で対処しますから……」

 うーん、相手の耐久性もわからないからまだ嫌なんだけどなぁ……。

「そうですね、もしこれでダメでも次に生かせますもんね」


 ペイトンは少し呆気にとられたような顔をして「は、はい」と言いながら、頷いた。そしてゴブリン達を呼んできてもらっている間に、出入口を通れるようにしておこうと道具を退かしていると中が見えて通路にヤツラが横たわっている。


 死んでるか? いや、ヤツラのことだ死んだフリかもしれない。油断をするな……。警戒心と神経を研ぎ澄ませ、アイツラが動きを見せたらすぐに反応出来るように俺はじっと洞窟の中を見続けた。


 そして、全員が集まり、シーに今日何度目かわからないくらいの風魔法を中に撃ち込んでもらった。そこからはペイトンの後ろに基本的に待ちの姿勢だ。何かあったら、すぐに逃げれるようにしてある。大丈夫だ!


 入り口方面に転がってたおぞましい数の死体を確認し、既に精神を崩壊させそうだが、まだこれからが本番である。そこから数歩、あの横穴の中だ……。


 中を覗いた瞬間、むせるような臭いがする。その光景を見て、俺は拳を高く上げた。そこからの行動は我ながら一段と早かった。

 ヤツラの亡骸を埋める用に掘っておいた穴にペイトンから借り受けた槍にヤツラを数匹刺し、穴に埋め燃やす。


「汚いたき火はなびだ…!」

 たき火が終わる頃、消えゆく火を見ながら俺は勝利の余韻に浸っていた。


「フッフッフッフ……」

 この戦いには勝った。だが、この勝利は今日だけのものだろう。しかし次も俺が勝つ……! 勝利の笑いが止まらない。

「ハァーハッハッハッハ!!」


 ――その様子を眺めていたペイトンら一行は。

「皆さん、私はホリ様がよくわかりませんよ」

「ホリ様、コワイ」「キョウキノサタ」

 シーも頷いている。ペイトンは、ゴブリン達に視線を合わせ、こう決意を表明した。


「次ヤツラを見つけたら、我々だけで対処しましょう」

「サンセイ」「ウン」

 シーももちろん肯定した。


 この日ホリを除いた面々は、彼に初めての恐怖を覚えた――

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