第12話 戦闘訓練と魔法の訓練

 パメラは食事の用意ができたので、我々に声をかけにきてくれたようだ。


 ペイトンはボロ雑巾のようにされて、今はパメラに誠心誠意の謝罪をしている。夫婦喧嘩は犬も食わぬというし、彼の犠牲を無駄にしない為にもスルーしておこう。第三者が入るだけでモメる種になるかもしれない。


 決してリア充爆発しろの精神から来るものではない。

 来るものではない!


 ペトラは両親の醜態しゅうたいからか少し恥ずかしそうに謝ってきたが、父親を助けてあげたら? と伝えたら「少し痛い目を見ておいた方がいいんです」と知らん顔を通すようだ。


 食事の前に少し用事を済ませようと、ゴブリン達と少し席を外す。先に食べてくれて構わないと言っておいたけど、待っていてくれたようだ。そこまで時間はかかっていないが、申し訳ないことをした。待っていてくれた彼らに一言謝りつつ、食事になった。

「イタダキマス!!」と大きな声で手を合わせているアリヤ。隣でベルも手を合わせ言っているようだ。勿論声には出していないがシーも手を合わせている。


「うん? 何ですかなそれは」

「あぁ、私の国の風習みたいなものですよ。食べ物や作ってくれた人や色々な人に感謝を込めて言う感じですね。前にこの子達に質問されてそれからやるようになったんですよね」


 というとゴブリンの一人アリヤが代表して「魔王サマニ、カンシャシマス!」と言っていた。いい笑顔なんだろうが、少し邪悪に見えるのはゴブリンだからか。


 ありがとうとこちらも邪悪に微笑む魔王は少し照れ臭そうだ。


「では我々も、魔王様に感謝を込めて……」

 そうペイトンが言い放ち、ゴブリン達の見様見真似で手を合わせ、頭を軽く下げて

「イタダキマス」と感謝を捧げた。


 いや、広まっていかれても少し困ってしまう。ペイトンに続いて、パメラとペトラもそれに倣って続いた。うーん。まぁ……、いいか……?

「料理を作ってくれたスライム君とパメラさんにも感謝しながらね」

 そう付け加えておき、改めて食事にしよう。今日のメニューはブリアンリザードの尻尾肉のムニエルと森の恵みのスープらしい。先程のトカゲが来ることはわかっていたが、ペトラの頑張りが実った結果のスープだ。大事に頂こう。


 食事をしながら、魔王やペイトンに先程感じたことを話してみる。

「実は、戦闘訓練とかをやっておいた方がいいかなって思ったんです。自分の身くらい自分で守れるようにならないと、足手まといのままですから……」


 ペイトンに罪はないが朝の一件があり、やはり自衛手段は必要だなと再認識するには十分だった。あのタイミングで魔王がいなかったらここにはいないわけだし、俺。


「うう、すみませんでした。冷静ではなかったとは言え……、あのような事を」

 謝罪を口にするペイトンだが、いつまでも気にされてても仕方ないのだ。朝の件があったからこそこうして思い至ってる訳だし、むしろ感謝するべきだ。


「いや、ペイトンさんのおかげで考えを改める事ができてるんです。こうして無傷ですし、気にしないでください。ただ必要だなと感じたからには少しでも何か対策をしておきたいので」


 戦闘もできない、魔法も使えない、出来るのは穴を掘り、石を潰すだけ。いやこれひどくないか……!


「それに、私も森に入ってみたいんですがゴブリン君達の反対が強くて行かせてもらえないんですよね。いつも森の入り口付近にいるもので、少し強くなれたり魔法が使えれば彼らも許してくれるかな? と思いまして……」


 ふむ、と魔王は少し考えているがすぐに何かを思いつき、ゴブリン達を見た。

「彼らに少し教えてもらえばいいのではないですかな?」

 指名されるように言われたゴブリン達は少し慌てている。ペイトンも一つ頷いてそれに倣うようにしてこちらに告げてくる。

「ホリ様が今使われているのは剣ですよね。アリヤ殿達は剣の腕なら私より上だと思いますし、ちょうどいいのではないですか?」


 ペイトンは槍を主に使っているようだし、確かに剣を使うならアリヤ達の方がいいだろう。さらに魔王が続けて話す。

「魔法は、私やムスメはあまり力にはなれないでしょうな。我々とホリ殿では少し勝手が違うと思いますしね」

「魔法なら、シー殿やペトラに教えてもらってみてはどうでしょう? 基本的なことならむしろペトラ達の方がホリ様にはわかりやすいかと思われます」


 あとは教わる時間か……、自由になる時は朝に少し、寝る前とそれくらいだからなぁ。

「ゴブリン君達、ペトラさんもどうですかね? 少し教えていただけますか? あまり時間は取れないかもしれないですが……」

 ゴブリン達は快く請け負ってくれた。あとはペトラだが……。俺がちらりと見ると笑顔で頷いて答えてくれる。

「私も構いません。むしろ少しでもお役に立てるのなら光栄です」


 よし、これで少しは最弱から前進するだろう。食事を続けながら、魔王に今後の事で相談をされる。

「ホリ殿、申し訳ないのですが私はまた少しこちらに来ることができません。なので、本拠点を作るという計画も少し遅れてしまうかもしれないのですが……」


 ああ、空を飛ぶことができるのは魔王くらいだもんな。いい場所を見つけるのはほぼ不可能だと見切りをつけているので、こちらはこちらでやり方を考えているからまぁ、なんとかなるかな?


「ええ、大丈夫です。こちらもいくつかやってみたいことを考えたので、あとやることが何か増えるとしたらあの掘り返した土のところくらいですかね。時間を置かないと結果もわかりませんし。こちらのことは気にしないで下さい」


 魔王はそれを聞くと頷き、安心したのかスープを口にしている。仮拠点も少し数を増やしておきたいんだよな…、ペイトン一家が一つ使うからまたいい場所をいくつか目星をつけておこう。


 ゴブリン君達もいくつか見つけた場所があると以前に言っていたし、また探索をやるのもいいかもしれない。食料的な問題も今日のトカゲで少しは余裕もできたようだし、問題らしい問題もなさそうだ。食事も終わり、辺りは夜の帳に包まれるように暗くなってきた。


「それでは、我らはそろそろ城に戻ります。ホリ殿、色々とご面倒おかけしてばかりですが、よろしく頼みましたぞ。他の者も息災でな」と言い残し、魔王達は帰っていった。


 さーて、昨日も入ったから当分入らないようにと思っていたけど、今日はペイトン達が来たのだし特別。

「さぁて、風呂にしようか。さっきゴブリン君達に手伝っていれておいてもらったし。少しお湯加減見て入っておこう」

「風呂……、ですか? こんなところにそんなものが?」

 ペイトンが表情を曇らせて疑問を口にする。まぁ……、当然か。他に優先するものあるだろ! といわれたらそれまでだし。


「いやぁ、どうしても入りたくなってしまって。こんなところでも風呂は風呂ですし、まずはペイトンさん達からどうぞ。ゴブリン君達は後でいいと言ってくれたので」

「えっ? 我々が入っていいのですか? ホリ様は……」

 ペトラが俺の言葉に驚いて聞き返してきたのだが、彼らの為に入れたようなもんだし。疲れている体の為にも是非入っておいてほしい。


「ああ、俺は昨日入って先程も軽く水で洗ったりしましたから、大丈夫です。今日はゆっくり家族水入らずで入ってきちゃってください」

 そういって、遠慮していた彼ら一家を纏めて送り出した。ちなみに父と混浴だが、ペトラに構わない? と聞いたところそれよりも風呂の方に興味を持っていた。風呂の入り方はスライム君と、アリヤが同伴して教えてくれるようだ。ちなみに少しだけ浴槽の周りにプレートで風よけの壁を立てておいた。


 ゴブリン君達には少し労力を割いてもらったが、彼らもペイトン一家が入浴した後に入るようなので構わないとの事。そうして、穴倉の前でランタンの火を頼りに今ベルという通訳を介して、シーから魔法のことを教わっている。


「大事ナノハ、魔力ノイメージ、デス」

 ベルがシーの意思を伝えてくる。なんで言葉がわかるの? シンクロ率高すぎじゃない? 俺もシーとダンスを練習すれば意思疎通できるかな?


 彼らが言うにはまず、体のの魔力を感じること。体の中の魔力を使い、外の魔力を練り込むようなイメージが大事。簡単な魔法なら体内の魔力だけで行えるが、大きい魔法になると体内の魔力だけだとすぐに魔力が空っぽになってしまう。なので体の外の魔力を使うようにして、不足分を補うというのが大事らしい。


 勿論これが全てではなくて、個人の力量で体内の魔力の大きさは異なるから、あくまで初歩の初歩とのこと。


 これが全く意味がわからない。

 初めてスマホを使う老人ばりに困惑しているだろう自分に、教えてくれている彼らに申し訳なくなる。そうしていると、シーが俺の手を取り握ってきた。

「目ヲ瞑ッテクダサイ、ッテイッテマス」


 言われるがまま、目を瞑ると少し手に何か独特な温かさを感じる。

 シーの体温とはまた違う、渦巻く血流のような温かさというか……。手の中で流れるようにしているこれが魔力なのだろうか。その流れを意識し、追うようにしてみる。手の中で縦横無尽に動くようなそれを追い続けると、そこでパッと手を離された。


 目を開くと、邪悪な笑顔のシーが頷いていた。

「今感ジタモノガ、魔力デス。ッテイッテマス」

「ありがとう、シーはいい先生だね」


 そうか、今のが魔力…。感じることができたのはシーが何かをしてくれたからだろう。この感覚を忘れないように訓練してみよう。


「ソノ練習ガウマクイッタラ、魔法ヲ使ウ練習ヲシマショウ。ッテ」

「わかった、このトレーニングを続けてみるよ。ありがとうシー。ベルもありがとうね」

 二人はお礼を言われ、照れている。

 魔法かー、やっぱり使いたいよなぁ。魔王クラスは無理でもせめて普通くらいには。あとは今でも魔石を使う時はゴブリン達やスライム君にお世話になっているからなぁ。せめて魔石のオンオフくらいはできるようになりたい……。


 三人で魔力のイメージについて話していたりするとスライム君とアリヤが戻ってきた。そしてそれから魔力のトレーニングにスライム君がやる気を出しそうになったが、シーが全力で止めていた。


 どうやらスライム君自体はほぼ魔力がなく、普通の魔力の使い方とは違いの魔力で賄い、それを貯め込み行使するらしい。

 魔王も似たようなもので、彼の場合はスライム君と真逆で、全ての魔力をで賄うから全く参考にならないんだとか。


 魔王が言ってた「勝手が違う」とはそういう事だったのか。それを知ったスライム君が少しガッカリしている。地味に魔王と同じムスメもすげえ……。


「シーはよく勉強をしているね。助かるよ。ありがとう」

 言いながら撫でくり回した。改めて触るとぷにぷにしてるな、頭部。そんなことを話していたりして、少し時間が経つとペイトンが戻ってきた。少し鼻のところの血色がよく見える。満喫できただろうか。


「あれは、いいものですな……。以前にも、一度風呂というものを経験しましたが蒸気のものでした。直接湯に入るということの素晴らしさに気づかされましたよ……」


 どうやらご満足頂けたようだ。今朝までとは別人のように顔も緩み切っているし。


「パメラさんとペトラさんは?」

「あの二人より先に私だけ入らせていただいたのです。いつまでかかるかわかりませんので、一度声をおかけして私はもう一度風呂場に戻りますよ」


 あぁ、裸になるからペトラが父親と入るのを嫌がったのかもしれないな。現代日本でも娘を持つ父親が味わうらしいアレ。いや俺独身だから知らんけども、三歳の娘を持つ友人は娘と風呂に入ってていつ拒否されるのか不安を感じていると言っていたし。


「ええ、ゆっくりと入ってきてくださいと伝えてください。明日からはバリバリ動かなきゃなりませんからね」

 笑いながら風呂場に戻るペイトンを見送った。少しは他の二人もリラックスできてるだろうか。



 ――森・風呂場――

「パメラ、ペトラ、今戻ったが大丈夫か?」

「あなた、ええとてもいいお湯加減です」

「あったかくて気持ちがいいね! お母さん!」


 星空を見ながら、ペイトンは村から今日までの事を思い出す。一家で生き残っていること、それ自体が幸運だろう。

 村の者達は無事だろうか? 追われ続け、逃げ続けて満足に眠ることさえ許されなかった日々。食べるものを切り詰め、雨の中風の中歩いてきたのだ、パメラもそうだがペトラはまだまだ若い。辛い旅路だったのは言うまでもない。


 今朝、あの人間を殺していたら自分達は今こうしてはいないだろう、こんな平穏な時間を与えてくれた彼を殺そうとしたのかと胸を痛めるが、それでも家族を守ろうとした行動に後悔はしていない。だが彼には申し訳ないことをしてしまったのも事実。


 壁の向こうで妻と娘の楽し気な声を聴いていると、それまでの辛い事実を思い出したのか、ただ涙脆くなってしまったのだろうか。ペイトンは溢れ出るモノが止まられなかった。


 生きている、自身も。家族も。ただその事実に涙を止められなかったペイトンが静かに自身と格闘をして涙を抑えようとしていると、壁の向こうから何かに気付いた娘が声を上げた。


「お父さん? どうかしたの?」

「いや、なんでもないぞ」

 平静を装おうとしたのに、少し声が震えてしまったと頭を押さえたペイトン。しばらく沈黙が続くと壁の向こうから嗚咽を漏らすような声がする。

 それはパメラの物だろうか、ペトラの物だろうか。ペイトンには判らなかった。

「二人とも、明日からバリバリと働かなきゃならないんだ。今日はゆっくり休ませてもらおう」


 ペイトンはそれ以上声が震えて出せなくなってしまい、壁の向こうから来た返事も震えていた。温まった体に夜風が当たる。昨日まで火を使うことすら出来ず、満足に体を温めることもできなかった。状況が好転したわけじゃないし、安全という訳じゃない。

 ただそれでも今感じるこの感覚と込み上げる気持ちをくれたのは彼だと、明日から彼の為にも魔王様の為にも頑張らねばならないとペイトンは星空を見上げて考えていた。

 

 ――ペイトン一家の入浴は、彼らが真っ赤になるまで続いたのだが、その間、拠点の洞穴の前でホリは追い詰められていた。

「ホリ様! アト三十回! ガンバッテ!」

「ホリ様! ガンバレ!」


 ホリはアリヤに頼み込み、剣術とは! という話になった。アリヤはホリの要領を得ない反応に、急に立ち上がり「ジッセン! ジッセン!」と息巻いて以前魔王から貰った剣を持たされ、そのまま素振りを始めろと言われた。


「も、もう無理……!」

 スライムに負けないくらいの振動を腕が悲鳴としてあげている彼を見て、ペイトン一家は笑いながら一日を終えようとしている。明日から忙しくなるな。と就寝前にペイトンがポツリと言った一言に、妻のパメラも娘のペトラも笑顔で答え、彼らはこの日、村を出てから初めて熟睡した。

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