第14話 夢がモリモリ
虫討伐を経た少し後の事。ペイトンらに、森にいっても大丈夫なのではないかと言われた。まだまだ訓練もやっとだし、キビシイのでは? とついつい言葉を返してしまった。
「いや、
ペイトンは目を瞑って何かを思い出すようにしながら、顔を横に振ってそう答えてきた。どうやら意見は変わらない様子。アリヤ達にも同じように聞いてみたが……。
「アリヤ、まだ難しいよね?」
「イヤ、イッテモイイトオモウ」
「ベルも?」
「ウン」
シーは……と視線を送ると凄い速さで頷いている。首おかしくなっちゃうよ? どうやら彼らの意見は一致しているようだ。何がそこまで言わせる要因になっているのか定かではないが、それならそれでいい。行きたかったというのは正直あったのだし。
「うーん、みんながそう言ってくれるなら行ってみようかな……、そこまで危ない事をするつもりもないし」
少し考えてみたが、特に反対する理由も反対する意見もないのだから行ってみよう。何か見つける事が出来れば御の字だ。
「あなた、ホリ様大丈夫なの?」
「お父さん、私も心配だよ」
「お前たちはあの方の狂気の沙汰を見ていないからそんな事を言えるのだよ……」
パメラやペトラ、ペイトン達が何かぼそぼそと会話をしている。寒いのだろうか? ペイトンが体を抱きしめるようにして震えているのが印象的だった。あんなにふんわりとした見た目なのに。
色々とあったが、準備を整えいざ出発! という朝を迎えた。俺用にパメラが胸当てを新しく作っておいてくれたし、少しは何とかなるだろう。その森への道中にペイトンと今日の計画の話をしておこう。
「いつもですと、アリヤ殿達の罠を見ながら行動範囲を決めるのですが、もし何か獲れていればそちらを優先しますか?」
「うーん、できれば森の状況なども見たいんですよね。あそこの森入ったことありませんし、そこまでモンスターがいないのなら少し調べてみたいんですが……」
俺としては、普段あまり行かないだろうという場所を探す事。いつも行かない場所にこそ、何か新しい発見があるかもしれないという素人判断だが。それを話すと、ペイトンは顔を顰めて首を捻って難色を示してきた。
「ホリ様一人で、ですか? それにあまり行かない場所にというのは……」
「勿論単独行動はしないつもりです。できれば、ですよ。身の安全が最優先ですしね。私も初めていくので怖いですから」
こちらも注意だけはしていくつもりだ、怪我はしたくない。その考えを伝えると安心したように頷いて笑うペイトン。
「そうですね、貴方の身に何かあっては魔王様に顔向けできなくなります。注意して、しすぎるということはないでしょう」
ペイトンやアリヤ達と談笑をしていると見えてきた森の出入口。この辺りまではよく来るが、いざ森の中に入るとなると怖い。何より虫が怖い。いざ入ると決めると聞こえてくるよくわからない動物の鳴き声や、何の音か不明な大きな音が恐怖を煽って二の足を踏ませてきた。
一つ、深呼吸をして「じゃあ、行きましょうか」と言うと、みんなが頷き返してきた。森の中は
じわじわと独特な蒸し暑さの中をアリヤとベルを先頭に獣道を行く。飛び出している木の枝が、たまに体を引っ掻き傷を作るが気にしていられない。
「こりゃ大変だなぁ……」
額の汗を拭い、ポツリと無意識のうちに口から言葉を呟いてしまう。いつもアリヤ達にはこんな大変な目に合わせてたのかと少し申し訳なくなる。今日は彼らを労う為に風呂を入れよう……。
「ホリ様! 罠! ワナ! カカッテル!」
「オオモノ! オオモノダヨ!」
先頭の二人が興奮しながら確認から戻ってきている。会話の内容が原住民なんだよなぁ……それらしい生活だし仕方ないか。
因みに、罠は落とし穴でした。
罠を確認すると、以前に
うぅう……、直に見るのは厳しいな。
「肉ダ! 肉!」
「今日モ獲レテテヨカッタ!」
アリヤとベルは体全体で表現するように喜んで、まるで躍っているようだ。シーはそれを見て邪悪に微笑んでいるが……。
「ペイトンさん、アレ……持っていけますかね?」
「うーん、二人から三人くらい掛ければ大丈夫でしょう。血の臭いで他の動物が寄ってくる場合もありますので、運ぶなら急いだ方がいいかもしれませんね」
そういうと、ペイトンとアリヤが代表して落とし穴の中に入っていった。猪の体にロープを巻き付け、その先をこちらに投げてくる。ベル、シー、俺が上から引っ張り、下からアリヤとペイトンが押し上げる。
その重量から、かなりの苦戦を強いられたが何とか引き上げられた。改めて穴から出して見るとデカい。アリヤが手際よく首元に剣を差し込むと傷からどばどばと赤い液体が滴り、その様子からまだ死んでそれ程時間は経っていないようだ。
ベルとシーはこの大物の為に手頃な木を剣で切り落とし、木の
「ホリ様、次に備えて我らは罠の準備をしておきましょう。餌になるものも持ってきてますし」
「は、はい! やりましょう!」
そこから俺、血抜きを済ませたアリヤ、ペイトンの三人で罠を張り直し、ベルとシーの担架も完成した。
「しかし、これどうしましょうね。森での探索をしたいので二手に分かれますか? 私はもう少し探索したいのですが……」
「そうしたいのは山々なんですが……、ホリ様の護衛が減ってしまいます。それは危険だと思いますのでやめておいた方がよろしいかと……」
そうなんだよなぁ。戦闘のできない人間が自由に行動できるほど、甘い場所じゃないだろうここ……。でも、少しでも何かを見つけたいのもある。何とか説得して、ペイトン、ベル、シーが荷物を持って帰るようだ。
「細心の注意を払いますよ。大丈夫だとは言い切れませんが、荷物を置いてすぐ戻ってきてくれると助かります」
「ホリ様! 気ヲツケテ下サイ!!」
「こちらも急ぎます、充分に警戒してくださいね」
彼等はそう言って担架を持ち上げて大きな猪を運び出していった。その背中が見えなくなった頃合いに隣に残ってくれたゴブリンに声をかける。
「さて、アリヤ。頼んだよ」
「ハイ!」
元気に応えてくれる彼とあれこれと話をしながら、森の中を探索をしている。流石に探索に慣れている彼の動きに負けないように頑張らねば。
「そうだ、アリヤ、この辺に川とかはあるのかな? 魚とかがあればまたご飯のおかずが増えるよ」
「川デスカ、チイサイ川ナラアリマス、コッチデス!」
アリヤに手を引かれ案内してもらう。歩きながら周りを見渡していると、あちらこちらに見たこともない特徴の色をした木の実? のようなものがあったりする。日本と同じようなモノがあればいいんだけどなぁ。この様子じゃ期待できそうにない、かな?
「ツキマシタ! ココデス!」
そこは緑の苔に覆われた岩場の中から水が湧き出ていて、音を立てて流れていきどこかへ繋がっているようだ。木漏れ日と涼やかな水の音、その湧き出る水を触ってみるとひんやりと冷たい。
「いい場所だね、湧き水は……飲まない方がいいかな。この状況なら」
恐らく動物達の給水場のようなものだろうが、リスク度外視で生水を飲むのは危ない。そこまで喉が渇いてる訳でもないし。
「ココシッテルノ、アリヤダケデス!」
「そうなの? 秘密の場所を教えてもらっちゃってよかったのかな?」
「ホリ様ナラ、イイデスヨ!」
ええ子や。
あまりの可愛さについ抱きしめたくなったので抱き上げてしまう。体重は軽いのに、力はあるんだよなぁズルい!
「ありがとうアリヤ、じゃあ二人だけの秘密にしようね」
「ハイ!」
ええ子や……! 抱きしめてついついこねくり回すように撫でてしまったがアリヤも嫌がっていないし、大丈夫だろう。
「でも、あれだな。こういう水飲み場はモンスター達も使うみたいだし、十分に注意しようね」
「ハイ、気ヲツケマス!」
どうやら分かっているようだから安心した、というか俺よりも心構えも経験も戦闘の腕も上なんだから要らない心配だったな。とりあえず、楽し気にしている彼と水の流れに沿って歩いてみるか。
――その頃・拠点では――
「パメラペトラいるか? 戻ったよ」
「あらアナタ、早いのね。ホリ様は……見えないようだけど?」
「お父さん、お帰り! あれ? アリヤさんもいないね」
夫、ペイトンが朝出発をしてからそれ程の時間が経っていないという事や見回してもベルやシーしかいないという事を見て、首を傾げているパメラ達。
「うむ。少々大物がいたのでね、先にこれを持ってきてしまったんだ。ホリ様はアリヤ殿とまだ森にいるよ」
二人の疑問に頷いて答えると、視線をちらりと横に移し目的の物を披露するペイトンとその視線の先にある物を見て驚愕するパメラとペトラ。ゴブリン達も少し自慢げに披露をするようにポーズを取っている。
「うわ、お母さんすっごい大きいシューツボアだよ! これだと今晩はご馳走だよね! すごいすごい!」
「あら、ホントに凄いわ! スライムさん、悪くしてしまっては勿体ないわ。すぐに解体をしてしまいましょう」
スライム君は飛び跳ね早速と刃物を取り出し、パメラやペトラの二人も振って湧いたような大物に服の袖を捲り上げて笑顔を浮かべてあれこれと話をしている。
「私達は直ぐに森に戻るよ、ホリ様とアリヤ殿だけでは心配だしね」
「ええ、そうね。少し雲行きも怪しいし」
「一雨きちゃいそうだね」
彼女達や、スライム君の様子を微笑ましく見ていたペイトンはホリの事を思い出し、こうしてはいられないと早々に身支度を整えて彼女達に再度森へ行く旨を伝え、帰ってきた言葉に頷いた。
「うむ、ではまたいってくる」
「気をつけてねー」
大きくはしゃぐように手を振っているペトラに手を振り返し、早々に準備を終えた二名のゴブリン達に目配せをするペイトン。
「ベル殿、シー殿、お待たせしました。急ぎましょう」
「ウン」
雨か、何事もなければいいが……。とペイトンは空を見上げて、森を探索しているであろう二人の身を案じて魔王に祈って歩み始めた――
「アリヤ、魚のいそうなところはなさそうだね。残念だけど」
「残念デス」
二人で湧き水の横を歩いて、少しでも大きい清流にでも当たればよかったんだけどなぁ。そううまくはいかないか。
「そろそろ戻ろうか、みんなも戻ってくると思うし、雨に降られでもしたら面倒だしね」
「ハイ!」
探索の収穫自体は殆ど皆無だ。秘密の場所を教えてもらったくらいだろう。元気に木の棒を振り回したりしているアリヤとあれこれとやれてリフレッシュできたけど、収穫が無いのは悲しいなぁ。
久々に自然溢れる緑の中にいるという感覚と、これまで問題もなく大丈夫だったという慢心とが折り重なり、少し、いやかなり油断をしていたのだ。
「ん……? なんだあれ……?」
遠くに何か、黒い蠢くような何かが見える。あの虫か? と思っていたけど、少し様相が違うし、うーん?
「ドウシマシタカ?」
「いや、あそこに何か……いないかな?」
隣にいるアリヤが訊ねてきたのだが、正確な事はわからない。そして俺が指さした方向には先程の湧き水が通っている道のすぐ傍に喉の渇きを癒しにきたようにして蹲っているナニかがいる。
「なんだろうあれ……? 人? じゃないよな……?」
「ホリ様、危ナイカラ、隠レマショウ」
「う、うん」
瞬時に目つきとそれまでの様子を切り替えたアリヤに多少気圧されてしまいそうになるが、どうやら既に俺とアリヤの二人は敵に補足されていたのだ。
突如、アリヤの方向から金属の激突音が響き渡った。何が起きたのかと慌てて振り向いた先を見ると、そこにはよく見知った物と似て非なる物がこちらに対して攻撃を繰り出していたのだ。
「ご、ゴブリン……!?」
アリヤと姿形のあまり変わらない、RPGのイロハを叩き込むゴブリン……! そんなゴブリンがアリヤに向かって棍棒を振り下ろし、アリヤもまたそれを剣で受け止め鍔迫り合いのようになっていた。
ただ姿形が変わらないといっても、その様相は対照的だ。アリヤも顔は邪悪だが理知的で、可愛げがあるが俺が見ているアレは全く別。
アリヤと相対しているアイツは何処か狂っている様子が見て取れる。目は充血し、涎が口の横から漏れ、鼻息が荒い。よく見ると肌の色もアリヤのダークグリーンの肌と少し違う。アイツはもっと明るく薄い緑という感じだ。
「ホリ様! コイツ野生ノゴブリン! 気ヲツケテ!」
「わ、わかった!」
アリヤの叫びに急ぎ、剣を抜く。ただ慌ててしまったのがいけなかった。
何かに足をとられ態勢を崩してしまった俺を見て、
「大丈夫デスカ? ホリ様」
その飛び上がった瞬間にアリヤに首を落とされ絶命していた。
あまりにも一瞬の出来事で、目の
俺だわ……!
「あ、あぁ。ありがとうアリヤ助かったよ。かっこよかったね、あまりちゃんと見れてないけど」
アリヤが照れるように剣を
これまでの油断からか、敵が死んだという安堵からか。これで終わったと勝手に緊張の糸を緩めてしまったからか。次に起こる事象に反応をすることなど不可能だった。
――ガサッ
茂みの中からナニかが出てきた事、そしてその影が俺の頭目掛けて何かを振り下ろしていた事に俺がまるで反応できずにいると突如強い衝撃が体に走り、俺はそのまま体を地面に転がした。
――アリヤに、彼に突き飛ばされたのだ。
そう認識できたのは、頭から血を流し力無く倒れている彼とその近くで血がついている棍棒を手に笑う茂みから出てきた物を視界に収めたからだ。
茂みの中から出てきたのは先程川の傍にいた
そのゴブリンはこちらを
「やめろ……」
一度、二度。勢いよく振り下ろされる棍棒と、それに伴って生まれる鈍い音。
「やめろよ……!」
三度。一度こちらを見て更に牙を見せるようにして笑い続けるそのゴブリン。そして再度棍棒を振り下ろす為に、目の前で倒れているアリヤに向き直り勢いよく手を上げた。
「やめろォ!!」
気付けば俺は剣を握りしめて、ゴブリンに向かって走り出していた。ゴブリンは、待っていたと言わんばかりにこちらを迎撃する態勢だ。それでも構う事なく剣を力の限り振り下ろす。だが、そう来ると見越していたのだろうゴブリンには当たらない。
縦に、横にと力の許す限り振り回すがこの敵に当てることができない。剣の重さに体が振り回されているのがわかる。代わりに全身に棍棒を叩きつけられ、何度も繰り返していると息が切れて、目もちかちかする。
くそ、くそ、くそ! 何故当たらないんだ! 体のあらゆる場所が鈍い痛みを訴えてくる。鉄の味が広がる口内、切れる息を整えるように敵を睨んでいると後ろから声が聞こえてきた。
強くなっていた雨の音で騒がしいが、確かにその声が耳に届いた。
「ホリ様……、ホリ様ニゲテ……」
そんなになってまで、心配なんてしなくていい。もう覚悟は出来ている。俺達が生き残るには、コイツを殺すしかないんだ。前に立ち、こちらをニタニタと
「ウォオオオオオオオ!!!」
奴に向かって走りながら声を出す、泣きそうな自分を鼓舞するように。剣を大きく振り下ろす。当然の事だが、身を逸らすようにして俺を殴りつけてきた目の前の敵。
避けられるのはわかっている。当たらない剣に期待は出来ない。ここだ! と俺は剣を離し、奴に思い切り拳を叩きつける。相手も剣に意識を取られていたからか、避けることはできなかったみたいだ。
相手が仰け反った! と思った次の瞬間には俺は相手に向かってタックルをして、雨でぬかるんだ土の中を転げまわりながらも、そいつの首を抑えつけた。相手の抵抗が激しく、爪を立てられたりした皮膚から熱い物が流れている。
俺とコイツのすぐ傍にコイツが持っていた棍棒が落ちている。それが目に入った時には無意識に手を伸ばしていた。そして、俺がそれを握り締めたのを確認した抵抗するゴブリンが怯えた目をしてこちらを見ている。
俺はその怯えた目を離すことなく、力の限り棍棒を振り下ろした。
一回、二回。先程、アリヤがされたように。殴る度に奇声を上げているがこちらは構う事もなく続けていく。
三回、四回と振り下ろす。手に伝わってくるのは鈍い感覚、耳に入ってくるのは鈍い音。最悪の気分だ、それでも構う事なく俺は続けた。
続けるうちにコイツの頭と顔から鮮血が飛び出てくる。
五回、六回。不思議と湧いてくる涙と、コイツの返り血で視界が滲んでくる。その後も、二度と目覚めないように祈りながら狂ったようにコイツ目掛けて棍棒を振り下ろし続けた。
何度コレを振り下ろしただろう。敵の抵抗も、出していた悲鳴もなくなったので、手を離す。相手はピクリともしない。その相手の状態を確認しつつ頭を潰したことで浴びた血と、何故か出てきた涙を拭う。
「ごめんな……」
何故かは自分でもわからないが、不思議と言葉が出てしまった。
雨に混じって涙が溢れてくる。それは拭っても拭っても止まらなかった。 覚悟はしていた筈なのに、出来たと思い込んでいただけだった。
「畜生……!」
甘えていたのだ自分は、仲間に。ただ守られていただけの自分じゃダメだ。強くならなければならない、心だけでも。そうしないとこれから、この世界でやっていく事なんて出来ないだろう。
アリヤは!?
雨に打たれて頭が冷えた事で我に返って視線を移すと、先程までと同じで彼は動かずその場に横たわっていた。ばちゃばちゃと急いで駆け寄り声を掛ける。
「アリヤ! アリヤ!! 大丈夫か!?」
「ホリ様、泥ダラケ……オ風呂、入ラナイト……」
あまり、体を動かすのは良くないかもしれないが、ついその彼の声を聞き抱きしめてしまった。そして彼の言葉に俺自身、緊張の糸が切れてしまったのかはわからないが、先程拭った涙がまた出てくる。
「そうだな、早く戻って風呂入ろうか」
「ウン……、モドロウ……」
アリヤは笑顔で頷いて俺にそう告げるとまたがくりと力が抜けて意識を手放してしまった。雨の音が強く、激しくなっている。ここにいては体温を奪われて体力を消耗してしまう。
抱きしめたアリヤをそのまま横抱きに抱え上げ、雨を避けつつ移動をしていると森の中で不思議とそこだけ開けている空間の中心にある、他の木々よりも一際大きく立派な木を見つけた。雨も当たらない、木の幹も立派で風除けになるな。ここで雨宿りするとしよう。
「寒くならないようにしとかないと……」
その日、着てきたもので先程の戦闘でも割と汚れていない中に着込んでいた服を選びそれを使いアリヤを包んでおいた。少しはマシだろう。
だが、このままでは……。森の土地勘もないし、ここが何処かもわからないのに、これからどうすればいいんだろう。アリヤの事もある。あれこれと考えて、その結果焦りと
「いたいんじゃけど」
「ハッ、とうとう空耳まで聞こえてくるとか……。どんだけだよ……」
雨が降り注ぐ音の中で、幻聴が聞こえるという自分の情けなさに我ながら悲しくなるなぁと失笑をしていると、目の前の幹が動いたような気がした。
「空耳じゃないぞい」
「えっ?」
雨の音が激しい中、確かに俺の言葉にそう返してきた声がする。幻聴なんかじゃないがここには俺とアリヤだけしかいない筈なのに……?
「こっちじゃ人間こっちこい」
そう言って俺に話しかけてくる声がする方に、回り込んでみる。
「おう人間、木に当たる時は柔らかいもんで当たれ。痛いじゃろ」
「ええええええ……!?」
俺が行った行為にそう釘を刺してくる木、だがその木はただの木とは大きく異なる点が一つ、俺の視界の先そこには太い木の幹に人の顔、そうそれは。
「じ、じんめんじゅ……!」
「トレントって言わんかい。これじゃから人間は……」
他に群生している木などと少し違って背が高く、葉がしっかりしていて雨宿りの場所に選んだけど、まさかこれってまずいんじゃないのか……?
「モンスター……?」
「アホウ、ワシほど教養高ぶるモンをモンスター呼ばわりするでない」
俺の言葉に呆れるように表情を変えてきた木の幹の顔、確かにさっきのゴブリンと違って悪意や敵意のような物は見られないが……。
「ま、魔族なんですか……?」
「まぁ、そういう認識でいいぞ。
なんか……ムカつくなコイツ。
とりあえず、今はどうにもならないから謝っておくとしよう。腹立つけど。
「は、はぁ……、すいませんでした。仲間が敵にやられてしまって、少し冷静じゃありませんでした」
「おうおう、見とったよ。不細工な闘いじゃったの」
フォッフォと笑うこの木、燃やしてくれようか。人が必死になってやった結果を笑いやがって……。いや間違いなく不細工な戦いですけどね。
「森のもんが、人間と魔族が仲良く歩いてるって教えてきてな、興味本位で見とったんじゃい。随分と変わった一団じゃの。人に、ゴブリンに、オークと」
ペイトン達と一緒のところから知ってるとか、だいぶ前から見てたって訳だ。森の入り口からどうやら俺達の行動を見て観察していたって感じかな?
「あのゴブリン達は最近森に来るようになった流れモノじゃ。木をへし折るわ、燃やすわ、糞尿を木にぶちまけるわで困っておってな。助かったわい」
「は、はあ……」
こちらとしては、あのゴブリン達が何者なんて知らないし、どうでもいい。それでも目の前の木は少し表情を変えて、にやりと笑いながらこちらを見ている。
「少し、礼をしちゃる。そこのゴブリンちとこっちに連れてこい」
少し不安だが言われるがまま、俺の服に包まれているアリヤを抱きかかえ木の顔の前に連れてくるとあれこれと見ているようだ。
「ふむ。何度か殴られておったが、胸の板に当たっておったようじゃ。骨はやられとらんが頭を殴られたのがよくないの。ちょっと待っちょれ」
そういうと、ぽこぽこといった具合に地中から木の根がゆっくりと頭を出す。そして、その根がアリヤ目掛けてぐんぐんと伸びてきている。
「ちょ、これは……!?」
「動くな、そのままでいろ大丈夫じゃい」
俺が抱いている体の高さに到達した木の根が、今度はアリヤを包み込むように覆っていく。そして、アリヤがその根達に覆われると木の根の内側から柔らかな光が漏れてきた。
「少しこのままで休ませろ。雨が止むまでには回復しとるじゃろ」
「か、回復? おい木、アリヤを回復してんのか!?」
アリヤを包む根の隙間から暖かみのある光が漏れて、心なしか木の根の中から聞こえるアリヤの声も気持ちよさそうな……? 俺の言葉にめきめきとした音を立てているじんめんじゅ。
「トレントじゃ、人間。全くこれだから野蛮な種族はいかん。ワシのような教養が溢れ出る種族を見習ってじゃな……」
どうでも良い事をぶつくさと言っている相手に多少イラッとしたので、そっと体の横の鞄から真っ赤に光る火の魔石を取り出し、喋る木の根っこの部分にそっと近づける。
「さて、俺もアリヤも体冷やしちゃいけない。たき火するとしようかな」
「おいやめろ、そんな物騒なもん近づけるな!!」
「質問に答えろ、アリヤを回復してるんだな!?」
「そうじゃ! 少ししたら全快するわ人間!!」
その言葉を聞いて安心からか息が漏れ、足から力が抜けていき体も支えてられず膝をついてしまった。
「よかったぁ……」
「変わった人間じゃな。魔族を回復してもらって安心するなぞ。見た事ないわ」
鼻で笑うような音を出してこちらを訝しげに見る木、どこか楽し気で腹立たしいが今は怒るような元気は出ない。ただただ良かったという気持ちが体から力を奪っていく。
「アリヤは仲間だからな、大事な。仲間を心配するのは当然だろ?」
「ふーむ、何やら事情がありそうじゃな。雨が止むまで暇じゃろ。少し話してみ」
雨が降り続ける中、そのトレントにこれまでの事情や経緯を話していた。嘆きの山辺りにはこのトレントの身内もいたようで、先の戦いで燃やされてしまった事を悲しんでいた。
「ふぅむ。ではお主、あの辺りの土地を色々やっているんじゃな」
「まぁね、でもあまり経過が良好っていう訳じゃないんだ。まぁ草木の成長なんて殆ど知識ないから、手探りでやってるよ」
あの辺りは種を植えようとしたり、無駄に水を撒いても全く反応がない。魔王が掘り返した場所も雑草一つ生えてこないし、ペイトン達も俺もお手上げ状態なんだよなぁ。
「なるほどの、それならその地、ワシがいってやるぞ」
「えっ?」
「なんじゃ、ワシが行けば殆ど専門家のようなもんじゃ、助かると思うぞ」
突拍子もない言葉に理解が及ばず、つい声を出していた。いや、それはそうだろうけど……。木だし、これ以上ないほどの適任者だと思うけど。それに、と木が続ける。
「ワシがここにいると、他の若い草木の成長に差し支える。そろそろ場所を変えねばと思っとったしの」
あぁ、間伐的な感じか。確かに他の木より背が高いから日光遮ってるっぽいしな。
それならまぁ……いいのかな? もし本当に拠点に来れるのなら頼りにはなるだろう。木だし。
「でも、何か必要なものとかあるんじゃないの? ていうかまず移動できるの?」
「ふぉ、大丈夫じゃ。少し用意があるからすぐに行くという訳には行かんがね」
ぽつ、ぽつと雨が弱まり始め、遠くの空には晴れ間も見える為、そろそろ天気も回復しそうだ。服も少しは渇いただろうか、風邪引かなきゃいいけど……。そうして周りを眺めていると、木の根の光が収束するように弱まっていく。
スルスルとアリヤを包んでいた木の根が地中に戻っていき、中から俺の服に包まれたアリヤが出てきた。
本当に大丈夫なんだろうか、もしダメだったらこの木を使って卑猥なモニュメントをここに設立するか、盛大にキャンプファイヤーをしてアリヤを弔ってやる。心に強くそう誓って成り行きを祈るように見守る。
木の根がこちらにアリヤを渡してきた。
抱き上げるようにアリヤを受け取り、彼に声をかけてみる。
「アリヤ、アリヤ! 大丈夫か!」
「ンア……、ホリ様、オハヨウゴザイマス」
少し
「ごめんね、ごめん……ありがとう、守ってくれて」
「大丈夫、アリヤ、頑丈。アレクライ、ナントモナイデス!」
「ありがとうな木、おかげで助かったよ」
「アリガトウ木」
「トレントじゃて……、それにワシにはポッドという名前もある」
そうだ、色々とありすぎて忘れていたがそういえば自己紹介してなかったな。
「改めて、俺の名前はホリだ。よろしくな木」
「アリヤ、デス。助ケテクレテアリガトウ、木」
「おい……、ん?」
俺とアリヤの対応に大きな溜息をついた木が俺達から視線を外すと、少し考え込むように目を瞑った後にオークとゴブリン達が森に入ってきたと教えてくれた。
「そっちの方向にいけば会えるじゃろ、とっとと行け」
アリヤと視線を交わし、一つ頷き合いもう一度木に向かって二人で頭を下げておいた。こうして見ていてもアリヤに何処か痛むような素振りも何か変わったところもない、本当に良かった。
「感謝するよ木、それじゃあ準備が終わったら来てくれ」
「アリガトウ、木」
「やめんか! ポッドじゃ! まったくこれだから最近の若い奴らは……」
お年寄りの定番の台詞も頂いたし、アリヤと二人最後にもう一度頭を下げ礼を伝えて森の中を歩き始めた。
アリヤと二人で獣道を歩きながら、隣の彼に視線を移す。歩みもしっかりしていて体調の方は問題ないようだ。彼の頭にそっと触れて感謝を改めて伝える。
「アリヤ、ありがとうね助けてくれて。おかげでこうして生きてられるよ」
「ヨカッタデス!」
以前に魔王と話をしたな、魔族について。彼の今浮かべている笑顔も先程相対したゴブリン達は根本から違った。邪悪なのだが優しいアリヤの笑顔と対照的なヤツラの純粋な邪悪さのある下卑た笑い。一見似てるようだが、全然違ったなぁ。あとこうして触れているとアリヤの頭部はぷにぷにしている。アイツラはどうだったかな、もっと骨ばった感じだった気もするな。
「みんなと合流したら、色々報告しないとね」
「ハイ!」
いい笑顔だ、邪悪だけど。
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