初めての戦闘

第9話 新アイテム!

 魔王達と別れてから、しばらく経った。

 日数を数えていないのは、彼らが帰った次の日から限界を超えて体を動かし、アレコレと生活に必要なものを用意しながら終わりの見えない作業をしている為、横になるとすぐに眠りに落ちてしまうのだ。


 そのおかげで、最低限の道具は揃えられた。


 一番苦労したのは、近くにあるという森林スペース。これが案の定距離が遠く、ゴブリン達の健脚っぷりと自身の体力の低さを再認識できた。森林に赴いた理由としては木材収集が主だった。やはり、建築部材として少しはキープしておきたい。


 その旨をゴブリン達に伝えたところ、最初は自分達だけでやると胸を叩いたゴブリン達であったが、流石に三人では厳しいと思われたので森のすぐ傍のところまではついていき運搬を手伝おうとしたのだが……。


 結果は彼らの足を引っ張る始末でいたたまれなくなってしまった。

 彼らは三人で大木たいぼくを担ぎ上げるが、俺が入るとバランスが悪くなってしまい、却って時間がかかるようになってしまう。

 なので、バックパックとショルダーバック、あとは手で持てる範囲で抱きかかえるようにして木材を持ち帰った。


 その木材を使い、必要なものを最低限揃えられるように少しずつ使っていった。

 当面の目標としては、木材を貯めて車輪を作り荷車のようなものを作り上げること。技術はまるでないんだけど……。


 日々の中で腕輪の道具を使い続けていると、腕輪のハンマーの効果に新たな発見に至った。鉱石が邪魔で潰していた時に、それとなくハンマーを置いた下に鉱石があったのだが、これがプレスされたように伸びていたのだ!


 これに気づいたのはアリヤ達ゴブリンで、ゆっくりとハンマーを下ろすと鉱石が伸びていき一枚のプレートのようになったりと使い勝手が一つ増やす事が出来た。更に強度もあるようなので、これで拠点の洞穴のバリケードが瞬時に終わるという事で彼らと分かち合った喜びもひとしお。


 肝心の掘削くっさく作業はというと……。『チリも積もれば山となる』というがまさにそれを実践しているようなその作業は果てのない旅のように思え、あまりの重労働で疲れ果て、何度かスコップに向かって神の悪口を言ってやった。


「クソ! イケメンがよぉ!!」

 半ばヤケになって悪態をつきながらイラつきを壁にぶつける姿はさぞ滑稽こっけいだろう。

 その甲斐もあってか、スライム君に案内されムスメ・スライムチームが以前に目星をつけた数ヶ所、魔王が見つけて目印のあった作業の可能な場所を一ヶ所簡易拠点を作っておいた。

 魔王が見つけた他の場所は少し高い位置などなので、彼が来た際に協力して掘ろう。あとはメモを待つだけになる。


 そして以外なことに、スライム君は魔法が使えたのだ。それが発覚したのは二人で行動をしている時に、空を飛んでいた鳥に雷を直撃させ気絶させたのだ。そして、俺がもっていた剣を触手で掴み即座に血抜きをする。


「あれ?今のって雷魔法だよね…? スライム君ってもしかしてできるスライム…!? スライムさん…!?」

 こちらの言に、ポンポンと跳ね反応している彼は可愛い。


 戦うコックさんかぁ……、しかも鳥を締めるまでの動きも俊敏でかなり強い。セガールと心の中で命名しておこうとしたが、スライムはその不穏な空気を察して放電しているように見えたのでやめておいた。


 行動は基本的に三人と二人に分かれている。二人チームには俺と誰かもう一人、その一人はゴブリン達とスライム君がサイクルで、俺と一緒に動いて護衛をしてくれているのでまだ危機的状況に陥っていない。


 一番やばいと思ったのは、いくつか掘った拠点の内部に一メートルくらいのイノシシのような動物が一匹いた時だろう。

 その時共に動いていたベルとその場は逃げ、その後集合した彼らがチームワークで仕留めていた。よくいるというそのイノシシのような動物は『シューツボア』というらしく、これはまだ小振りらしい。

 日本でもイノシシを見たことはなかったが、牙も大きく、額に角が二本あるところにここが異世界だなと思える。毛皮は黒く、ゴワゴワとしているが何かに使えるかもしれないと思ったので集めている。


 モンスターなどを倒すと魔石が取れるわけだが、この動物たちは殆どが森から来ているか森で獲れているのでその殆どが樹か無、土属性らしい。

 使い道が殆どないようだが、ゴブリン君達はそれを食べたりして成長するようだ。

 いらないわけではない。


 この世界、レベルがあるのか?と最初は思っていたが、あるにはあるがそれを確認するための道具が必要なようだ。いつかは確認できるようになるかもしれないなーとか、少しだけ神様に体を調整されたのだから、何か秘めたる能力が……! とかニヤけていたら、ゴブリンの一匹に「カオコワイ、デス」と言われた。


 打ち解けられている。泣いてなんかない。


 そも彼らはレベルアップを遂げ、進化をしてホブゴブリンになるようだが魔石よりも、実際に戦う方が成長は早いのだとマンガ肉を握り締めていたアリヤが笑顔で説明をしてくれた。実数値よりも経験が大事なのだろう、シューツボアはおいしくいただきました。


 そうして、いくつかの拠点を造り上げたので人数を複数収容できるような大きめの仮拠点作成にも着手を始めている。


 この腕輪の効果なのか、スライム君の料理の成果なのか。連日の体の疲労で動けなくなるようなことにはならず、今日も穴倉にゴブリン君と来ている。


 採掘を始めるようになり、その日一緒に動いてくれる子がゴブリンの内の誰かとなっている。主にシーと呼ばれる喋らない子だが。

 スライム君では運搬ができないし、荒事はアリヤとベルの方が剣の扱いがうまい事から任せることが多いみたいだ。


 こちらが掘削を、シーが運搬を担当しているが、運搬がどうしても追い付かない為にこちらの掘削を中断し、運搬も兼ねながら作業をしている。


 ぎちり、と音がしてきそうな程、魔王からもらったバックパックに石を詰め込んでいる彼と、それより明らかに小さいサイズの肩掛け鞄でもその重さに四苦八苦している自分を比べてはならない。泣いてはいけない。


 ゴブリンが非力? 絶対嘘だ!

 しかしやはり、あまり詰め込みすぎて道具が傷んではいけないので程々の量で運んでもらっている。素直に頷いて従ってくれる彼は良い子。


 もしここにくる者が人数にもよるが寝食をしても閉塞感を感じることのないように少しずつ広げていた。一時的にでも、やはり閉所が怖い人は怖いものだろう。


 ここは我々が滞在している拠点から程よく近く、歩いて数分もかからない都合のいい場所なので決定された。


 そうして十メートルほどの部屋が完成した時には、喜びのあまりシーに抱き着き飛び跳ねてしまった。彼は顔を赤くしていたが、何故だろう? 臭かったか……!


 そうして、さらに数日が過ぎていく。


「ホリ様、ナニシテル?」

「あぁ、これ? ハンマーで伸ばしたプレートをなんとか使えないかなと思ってさ。強度は凄いし、割と軽いから戦闘になりやすい森にいくチームが盾として使えないかなーって思ってさ」


 ハンマーで伸ばした板と木材でなんとかならないかと思っていたけど、難しい。やはり素人には無理かな。せめて掘る、削る、潰す以外の選択肢が欲しい。少し小さめのプレートにピッケルで穴をあけて、その穴に余った毛皮を通して持ち手に…と思ったけど、固定できないしなぁ。


 せめて鉱石の成形手段が何かあればよかったのに。


「くそう、ふわふわパーマのあのイケメンが!」

「イケメン?」

「あ、こっちの話」


 次に会えたらイケメンに文句を言ってやる。やはり使い勝手悪いな、この腕輪。心無しか初めて見た時に比べて輝きがくすんだように鈍っているように思える。


「あっ」

「?」

 そうだ、こっちにきてまだ作っていないものがあった。それもかなり大事なものだ。色々頑張ってもらってる彼らに少しでも労ってあげたいし、少し作ってみよう。


 何度か試行錯誤をしてシーにも手伝ってもらい浴槽を作ってみた。水で体を拭き、髪を洗うのもいいんだけどやっぱりたまにはお湯に浸かりたい。


 肉体労働ばかりしてるし、衛生的にもいいだろう。ロの字にくり抜いた鉱石の壁面をハンマーで薄く伸ばし、底面は更に薄くするように叩き、内側に木の板を多少使ってしまった。無駄遣い……!


 そして魔石を使い水を溜めている時にスライム君に見つかった。彼はこちらが何をしているのかを訪ねるような素振りを見せたので説明した。


「これはお風呂……、五右衛門風呂っていうんだけど、温かいお湯に浸かる水浴びみたいなものかな?」

 跳ねる彼にあれこれと使用方法を説明しながら、今日試しに使ってみようと準備を始める。とはいっても、ゴブリン君達と木材を拾いにいくだけだが。


 ついでに森の罠にフォッグフロッグというでかいカエルが捕まっていたようで、晩御飯が一品増えることに彼らは喜んでいた。うーむ、カエル……。スライム君、いやスライムさんあとは頼みます。


 以前に切った木材は拠点に置いてあるし、あちらを薪にしてしまおう。そうして拠点についたので、フォッグフロッグをスライム君に渡しておく。


「おーいアリヤー」

 声を掛けて駆け寄ってきた彼にその剣技を披露してもらうとしよう。


「この木材を薪にしたいから、少し小さくできるかな?」と聞くと「ワカッタ!」と元気に応え剣を抜いた。


 木材を居合の時に使う巻き藁のように立て、そのまま剣を振るう。まるで通信販売の宣伝のように木材がスパスパと刻まれていく。この曲刀が今なら……、とアリヤが話し出したら電話してしまいそうだ。


 どうでもいいな。


「コノ、ケンガ、イマナラナント……」

「言うのかよ」


 お礼を言って、アリヤを見送る。ゴブリン達は食料確保と、それが終わると簡易拠点を回り異常がないかとパトロールのように朝と夕方に警戒をしている。彼らがいない間は、危険がないようにとスライム君のお手伝いや鉱石の加工、拠点の整備などをこなしている。


 今日はこの時間でお風呂の準備を進めておこう。といっても、薪もあるし水も十分……、うーん少し早いかもしれないが、お湯を沸かしてみるか。慣れない作業だから時間がかかるだろうし。


「スライム君、調理してる火を少し貰うね」

 跳ねる彼に許可をとり魔石の炎に薪を一つくべて火をつけてもらう。そういえば……。


「スライム君、魔石の力って有限だって聞いたけど、結構使ってるよね?大丈夫なの?」

 以前より疑問だった事を質問をしてみた。結構な日数が経ったが魔石の力に陰りが見えるようなことはない。今日も激しく燃え上がり、周囲を赤々とした光で包む。

 大丈夫だと言わんばかりにポンポンプルプルしている。そうだった、ゴブリン達がいないんだから何言ってるかわからん。


 戦うコックさんだしな。レンジで爆弾とか尽きない魔石とかできるよな。と納得し火の移った薪を風呂場までもっていく。たき火のちゃんとしたやり方もわからないので、最初は苦戦したがなんとか炎も大きくなり、いい具合になっている。


 あとは定期的に薪をくべ続けながら様子を見よう。

 しばらくして、先に飯の時間になったようだ。パトロールから帰ってきたゴブリン達が迎えにきてくれた。今日の晩御飯にカエルの痕跡はなかったが、食べた際に聞いてみたところしっかりと使われていたようだ。美味しいうえに見た目もなんとでもできる。

 スライムさんは万能なのだ。


 食後にお風呂の様子を見に行ってみると、浴槽の中から湯気が出ていた。「お?」と思い、少し手を入れてみるとちょっと熱いくらいだった。風呂はちょっと熱いくらいの方が好きなので入り頃だろう。昔からエライ人が言っていた、酒はぬるめの燗でいい。お風呂は少し熱い方がいいと。違うか? 違うな。


 ゴブリン達とスライム君に「お風呂できたよー」といい、同行してもらい風呂場の近くで服を脱ぎ、布一枚腰に巻く。後ろでゴブリン達がそっぽを向いたり騒いだりしているが何だろう……? あっ、もしかしてまた太ってしまったのか……!? また醜い体にっ!? 最近かなり運動はしているんだけどなぁ……。


 うーん、気にしてもしょうがない。入り方だけ教えてしまおう。説明を踏まえて、風呂場の横に作っておいたスペースで軽く実践しながら軽く済ませて、お湯に浸かる。


 口から長めの声が漏れ少し恥ずかしいが、条件的に出てしまうものは仕方ない。久しく入ってなかったがやはり風呂は偉大だ。風呂の心地よさと空の星々、露天風呂としては上出来だろう。そして、気づくと隣にいたスライム君も心地よいのか、喜んで浮いている。

 スライムって浮くんだ……、と新たな発見をしていたが、ゴブリン達は入る気配がない。まだスペース的に余裕はあると思うけど……。


「君達は入らないの?」

「ダ、ダイジョウブデス」「ホリ様ノ後ニ、入リマス!」とだけ告げ、拠点に三人が戻っていってしまった。気を遣ってくれたようだ。ホントにいいゴブリン達だなぁ。


 今はこの贅沢空間をスライム君と楽しもう。


 ほかほかと言わんばかりに体が温まり、スライム君も溶けるんじゃないかというほど浸かった風呂から出る。体を拭き、服を着るとさっぱりとした爽快感が夜風を伴ってやってくる。

 少し冷たい風も今は最高の気分にしてくれる。


「牛乳とかビールとかが飲みたくなるなぁ」と呟き、スライム君と帰路を行く。

「気持ちよかった?」

 彼に問いかけてみると、彼は上機嫌なようにポンポンと跳んでいた。気に入ってくれたようで、少し安心する。


「ゴブリン君達も気に入ってくれるといいなー」と考えながら拠点についた。中を覗けばゴブリン達は毛布を敷いていたので、寝る準備を先にしていたのだろう。


「お風呂空いたから、入っておいで。あ、それと水の魔石と薪で温度調整気を付けてね。終わったら火を消しておいてくれると助かるよ」

「ワカリマシタ!」


 そう言いながら彼らは道具を一通り持ち、いそいそと出ていった。光の魔石が枕元に置いてあり、明るさは確保されている。そうしてお風呂上りの余韻でのんびりとしていたら、洞窟を覗き込んでいる顔が一つ。


「ホリさ「ウワァアアアアアア!!!」ま……」


 魔王だった。少し懐かしさを覚えるその顔はやっぱり怖い。魔石の光の差し具合で完全にホラーと化したその映像を見て、ムスメが叫び声を上げたのも頷ける。時間が時間だったら、完全に漏らすレベル。


 そこから少し騒がしくなった。まず俺の叫び声を聞いてゴブリン達が引き返してきたのだ。ゴブリン達は魔王を見ると、理解したのか一言「焦ルカラ、ヤメテホシイ」とこちらに釘を刺してきた。


「ごめんなさい」と魔王はむしろ被害者なのだが、一緒に謝ってくれた。すまない、本当にすまない魔王様、そしてゴブリン達。


 そうして、再度彼らを見送り魔王と会話を始めた。

「魔王様、回復されたんですね。まずはよかったです」

「えぇ、時間はかかりましたし、まだ体に力も入らないので全快というわけではないですがおかげさまで……。こちらの方も順調のようですな」


 魔王は拠点を見回しながら一つ頷いてそう言った。

「ええ、ゴブリン君達とスライム君におんぶにだっこで助けてもらってますが……、なんとか形には出来てますね」

「ふむ、そういえばゴブリン君達は何処どこへ? もう夜だというのに」


 ちらりと視線を外へ移し、夜の闇の中へと消えていったゴブリン達の行動を不思議に思っているようだ。


「あぁ、お風呂を作ってみたんですよ。疲労にいいかなって思いまして」

「おぉ風呂ですか、たまに浴びるといいものですからな」



 ――この時、魔王はホリとゴブリン達とが別々に風呂に入ってることで『彼は既にゴブリン達の性別を知っているのだな』という勘違いをしてしまう。ホリはゴブリン達が実は女性だというその事実を勿論知らない。知らないまま、これからもゴブリン達に無自覚のセクハラを繰り返していく。そんなことは露知らず、ホリは気にせずに話を進めていく――


「それで魔王様、今日はどうしたんです?それもこんな夜に」

「おぉ、そうでした。少し見せたいものがありましてな!これです!」


 効果音でもつきそうな勢いで彼が手を大きく広げて見せてきたのは……? 

「これは羽根ペン……ですか?」

「フフフ……、これはただの羽根ペンではございませんぞ、持ち帰った鉱石を使いこしらえた逸品!このペンに魔界の細工師達の意地が込められています!」


 話を聞くと、どうやらあの鉱石は加工が難しいらしい。その難しさがむしろ細工師魂に火をつけたようで、ありとあらゆる手段で最適な加工の術を見つけ出し、この短期間で魔王の要求に応える働きをしていたようだ。


「いやぁ、これを見せたいがために失礼かとは思ったんですがつい飛んできてしまいましたよ」

 ハッハッハ! と高笑いをしながら言う魔王だが、その結果叫ばれたのだから報われない。本当に申し訳ない事をしてしまった……。


 彼から受け取った羽根ペンを改めて見てみる。羽根ペンというよりは、万年筆に羽根がついてるような感じだ。鮮やかな群青の軸に、煌めきを放つような金色の羽根。様々な金細工がそれとない主張をする品だ。高そうというのが素直な感想。


 ペン先に使われているのが鉱石なのだろうか?普段目にするような鈍色にびいろではなくむしろ無垢と言わんばかりの白さである。


「キレイですね、こういった趣のあるものにはあまり縁がありませんが、凄く精巧な作りをしているのはよくわかります」

「そうでしょう、そうでしょう。それの注文をしてから先程受け取るまでの間、無休でやらせましたからな!」

 ブラックな発言をする魔王。その見た目と発言の内容でまさに悪魔的だなぁ……、と渇いた笑いで返すと、魔王はペンを指差した。


「これはまだ使えませんが、後日にインクを持ってきます。そうすれば伝言を残せるようになるでしょう!」

「わざわざこれを教えてくれる為に来ていただけるなんて……」


 彼の思いや心配りに感動を口にしていると、彼は頭を掻いて苦笑いを浮かべている。どうやらそれだけの目的ではなかったようだ。


「いえ実はムスメに言われ、にきたのですが……、いらぬ心配だったようです!!」


 ――魔王はゴブリン達の事を教えにホリに会いに来ていたのだが、先程の風呂のことがあり、既にホリがゴブリン達がメスだということを知っているものだと思っている。もちろんホリはそんなことは知らない。今ここで起きている悲しいすれ違いは、まだまだ続く――


「……? ならよかったです。それより先程も軽く触れられてましたが、体調の方は大丈夫ですか? あまり無理しなくともよかったのに」

「フフ、これでも魔王と呼ばれる身ですからな。そこらの魔族とは鍛え方が違いますよ」


 魔王と二人、あれこれと最近の事象を報告しているとそれなりに時間が経過していたようだ。


「お、みんなお帰り。どうだった?」

 魔王の行動の速さに感謝を告げ、しばらく談笑を続けているとゴブリン達が帰ってきた。お風呂の感想を聞くとほかほかとした彼らは興奮と満足感を示すように大きく頷いた。


「最高ダッタ」

「毎日ハイロウ」


 三人目は力強く何度も勢いよく頷いている。魔王はそんな彼らとホリを眺め、恐怖の微笑みを浮かべていた。

「打ち解けているようで安心しましたよ。しかし、そんなにいい風呂ならば今度は私もご相伴させていただきますかな?」

「え、でも魔王様なら城の豪華な浴場とかあるんじゃ……?」


 俺の出した言葉に魔王は首を振り、返す。

「いやいやそういうものはどこで、より誰と、が重要でしょう。友と入る風呂なぞ経験に乏しいですからな。今から楽しみです」


 さりげなく告げられた友という言葉に少し心が弾み、ついつい冗談混じりの言葉と笑いが漏れてしまった。

「ふふ、それならお酒もついでにあると最高ですね」

「おぉ、ホリ様はいけるクチですかな! それは楽しみも広がるというもの! 近々やりましょう!」


 是非に、と笑顔で応えると魔王は満足そうに頷き立ち上がり、ゴブリン達を見据えた。

「では、長居してもアレですので戻りますよ。お前たち、今度来るときはムスメも連れてくるので引き続き頼みましたよ」


 ムスメが来るということで少し賑やかになった空気を残し魔王は帰還した。その日は寝る時まで体の芯が温かく、魔王の『友』という発言により心も温かくなった俺が、寝汗を掻いたのは言うまでもない。


 その後日。魔王とムスメがひょっこりという具合に顔を見せてくる。ちょうど朝の食事が終わり、さぁ行動をと話をしている時だった為すぐさまに話が進んでいき、俺は魔王に渡された小瓶を確認していた。


「これがインクですか? 無色の液体に見えるんですが……」

「ええ、これはあの時貰った鉱石の粉塵を使ったインクです。無色なのは……、使えばきっと驚きますよ」

「パパ、笑うと怖いよ。ヤメテってば」

 不敵に笑う魔王今日も顔の迫力と怖さは絶好調でムスメも平常運転である。俺達が作り上げた簡易拠点の一つに到着すると、魔王がペンとインクを取り出すように言ってきた。


「ふーむ。そうですなぁ……、ムスメよ! そのペンとインクで練習してきた古代文字を見せてみなさい!」

「チョット! ここで言わなくてもイイでしょ!!」


 少し恥ずかし気にするムスメ。魔王もムスメも肌は青いのだが、そんな肌も少し赤く染まっているようにも見える。努力を他人に知られたくないのか、ムスメは照れ臭そうに顔を歪めこちらからペンとインクを受け取りぶつくさと言いながら中へ入っていった。それから僅かな時間で、「できたよー」と中から聞こえてきた。そして、洞窟の内部から出てくるムスメ。


「ではホリ様、ゴブリン君達と中に入ってみてください!」

 魔王は手で促し、こちらもそれに従い中に入ってみる。ここはそこまで深く掘っていない為、何かあってもすぐにわかりそうだが……。


「特に何かある感じでもない……かな? ゴブリン君達、どうかな?」

 きょろきょろと見回しても何か変わった様子はないな、と思っていると右から衣服を引っ張られた。シーが何かに気づいたようだ。彼が指を指し示す場所に、何かぼんやりと浮かび上がっている文字が見える。


 ちょうど外套というかマントを着ていたので、それで光を遮断してゴブリン達と覗き込んでみるとそこには見たことがない文字が書かれていた。これが魔王が言っていた驚きの秘密か? 確かにこれなら昼間は気づかれ難いだろうけど、夜になれば普通に気づかれちゃうと思うんだがなぁ……?


 外に出て魔王に聞いてみる。

「魔王様、驚きましたよ。文字が浮かび上がってくるなんて……」

「フフフ、しかしこうも思っているでしょう? 光るだけならば、人間にも見つかるのでは? と」

 当たっている。俺が頷くと、魔王は続けざまに言い放った。

「あれは光る効果だけではなく、魔族の魔力だけに反応して光るようになっています! 魔界の誇る発明王エジッスーンの最新作のインクですからな! 伊達ではありませんぞ!」


 おお、そりゃすごい! 魔族だけに反応して浮かび上がるなら人間に見つかることも減るだろう。さっきのはゴブリン君達に反応していたのか。


「それはすごいですね! これを各簡易拠点に書いておけば…」

「えぇ、こちらの意図も伝わるはずです!」


 ムスメはゴブリン達と一通り拠点にそれを書いて回り、魔王はスライム君と一緒にどこかへ飛んで行った。俺はというと……。


「ふう……、一人で動くのも珍しいな……」

 独り言つようにして、先程の簡易拠点の寝床に少し粗いところがあったのでハンマーでならしにきていた。彼等が護衛を買って出てくれたのだが、いつもの拠点からも近いから大丈夫ですよ、と告げ彼らの護衛を断ったのだが。


 まさか、こんな事態になるとはと後悔してもしきれなかった。

 

 今俺は槍を向けられている。「動くな、少しでも動けば殺す」と告げている相手は、人間の形はしているが大きく違うところが数点。まずその全身を覆うフサフサとした黒い体毛。人間より巨躯な体を使い、後ろにいる何かを守るようにこちらを正面から力強い眼光が睨みつけている。何よりその豚に似た顔。


「オークや……!」

 やばい、これ詰んだやつ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る