第7話 名付け親はあの子
全く纏まる気配のなかった名前案を解決したのは、意外にも膝の上で俺と一緒に白熱している彼らを眺めていたスライム君だった。
彼は思い立ったようにこちらの手から離れていき、ヒートアップを続ける一同の前で少し揺れると彼らの状況が一変した。
全員が目を押さえ叫び出したのだ。
そして、某有名映画の名シーンを彷彿させるように「目が、目がぁああ!」と何が起きてるかの断片がわかる言葉が聞こえてきた。
どうやらスライム君は盛り上がっていた彼らに、その魅惑のボディに蓄えられているという調味料を噴射したらしい。
しっかりと目に当てているところにスライム君の怒りを感じる。
目の痛みから回復し復活を遂げた者達に、自身の触手? のようなもので石を拾い地面に文字を描いていった。
そして、彼の鶴の一声ならぬスライムの一噴射で迷走していた名前会議に終止符を打った。
異世界の言語なのか、「ホリ」とだけ書かれているらしいそのシンプルさはとてもありがたく、反論しようものなら即座に目潰しを行い、触手で強調するようにその文字を再度指し示す。
残念なのは、もう少し異世界チックな方がよかったかな?と思ったのだが。
その独裁的な行動に今は感謝の念を送っておくとしよう。
流石に長々とした名前にされたりするのは面倒だと思っていたし、偽名とは言え日常的に使うのだから使いやすい方がいいのは明白だ。
「ではホリ様、まずはここの近辺の拠点を作る条件に相応しい場所を探しますか」
魔王は切り出してくる。命名というものに際し、先程まで続いていた賑やかな喧噪も落ち着きこれから行動を起こそうという空気を全体が
「そうですね、日も傾き始めるでしょうし。急ぎましょう」
そう
高校に通っていた時、友人と野宿をする羽目になってしまい橋の高架下で一晩を明かす経験をしたが秋口だったこともあり、とにかく寒さを
この季節も気候も不明の異世界で、夜風の吹きすさぶ中で休むというのは不可能だ。急がねばならない。
そうして、三つのチームに分かれる。
俺・ゴブリンのチームA、ムスメ・スライムのチームB、魔王単独という組み合わせだ。組み合わせはまず山に沿って別方向に歩いて見つけるチームAとB。
そして魔王は飛んで空から目星をつけるというもので、この構成になったのは「嫁入り前のムスメが男と二人でお散歩デートなど、相手がホリ様でも許しがたいですな」と凄みのあるいい笑顔でサムズアップする魔王のよくわからない発言。
更には、ムスメを制御するのはこちらには不可能なので、スライム君にお任せした方がいいというゴブリンの助言があったからだ。
自由人すぎやしないか、ムスメ。
場所の目星をつけたら、目印を置いてくれという旨を伝え移動を開始する。集合の時は魔王が合図を出すとのことで、こちらも了承した。
「っていってもなぁ……」
土地勘も何もないところで早々見つけられるというほど甘い話はないだろう。それにそういった場所を率先して見つけようなんていうのは、子供の時に秘密基地を友人と作ろうとした時くらいのものかもしれない。あとはかくれんぼとか……?
前を歩いているゴブリン君をチラとみる。
見れば見るほど不思議だ、肌の色はダークグリーンという感じで、背丈はよくて俺の腰くらい。腰に差している曲刀が大きく見えるほどに小柄だが、先程稽古していたことからソレが振るえるくらいには、そして巨大な鹿を持ってこられるくらいには力もある。
前に二人、すぐ後ろに一人と自分を囲むようにしているゴブリン君達は思い思いの場所を向いて、少しでも条件に合った場所を探してくれている。
負けてられないな、と対抗心を少なからず燃やし周囲を見やる。
暫く歩いているがやはり、探索は難航していた。切り立った場所だけに視界が通りやすいためだ。
もう少し簡単に見つかるかな?と楽観視していたが、そうもいかないなと頭を掻いていた時にハッとした。そういえば、あまり疲れていないなと。
神様が体を作ってくれたときに「少し若くしておいた」と言っていたっけ。思えば、近くのコンビニに歩いていくくらいで通勤の時は自転車と電車、遠出する時には車を、といった具合に運動不足から来る体力の低下を駅の階段とかで感じていたなー。
そうして考え込んでいたのが悪かったのか、地面に開いた小さな穴に足を取られた。あっ、と声を漏らしたがそのまま倒れることもなく、傾いた体を下から支えてくれる小さい手。その手はすぐ後ろを歩いていたゴブリンの物で、彼はしっかりと支えるようにしてこちらの方を見ていた。
「ありがとう」といいつつ姿勢を戻し、彼の頭に手を置いた。
彼は常に物言わぬゴブリンだが、ペコリとこちらに頷くようにしてみせ後方に戻っていった。うーむ、クールだ。
こちらを向き、視線で大丈夫か? と訴えてくる前方の二匹のゴブリン達に笑顔で手を振り、大丈夫というアピールをし探索に戻る。
いかんいかん、集中しておかないと。ここは舗装された道でもないのだから足元にも注意が必要だということを再度頭に入れ、また周囲に目をやる。体が若くなったといっても、知らず知らずのうちに疲労も溜まっているのかもしれないし。
その時に、前方のゴブリンの一匹が声を上げた。
「アソコナラ、イインジャナイカ!」と指を差し示された場所は、丘のような傾斜を少し持っており、下から見た感じだと
そこへ向かってみようとなり歩き出す。目的地に向かって緩やかな傾斜が続いていて、歩いている内に少し高い位置に来ている。
少し歩きにくい為、意外と時間がかかったが目的地に到着した。じわりと掻いた汗に風が心地よく吹き抜ける。
先程下から見た時にはあまり見えなかった岩壁の根元の部分も、少し小高いことから
「ゴブリン君達、ちょっといいかな」
ハイ! といい返事をして彼らはこちらに集まってくるので、ここに洞窟を掘ることを伝え彼らにしてもらいたいことを話していく。
「これからここに大きさの
そう言いながら岩壁にスコップを軽く差し込み掘り返す。ザクザクと掘れるのは快感だが、あまり大きく掘りすぎるとその重さがズシリと手に圧し掛かる。少し時間を貰って、大体の高さと広さの
ふう、体力が戻ったといっても慣れない作業はやはり疲れるな。と服の袖で汗を拭うと喋らないゴブリンの一人が水の入った木のコップをこちらに渡してくる。飲めということだろう。ありがとうと伝え、喉の渇きを癒す。
ぷはと息を出しながら「ごちそうさま」と言葉と共にコップを返すとゴブリンは頷き、コップを振り水気を払った後腰のポーチのようなものの中にそれを戻した。
いったいポーチの中には他にどんなものが入っているのだろう? 彼らは皆そのポーチをつけているから少し気になる。
「大体これくらいの大きさなんだけど、さっき言ったこと頼めるかな?」と聞くと「ハイ!」と元気よく返事をし、走り出していったゴブリン君とそれに続いていくもう一人のゴブリン。
喋らないゴブリンがここに残ってくれるよう、見張りも兼ねてくれているのだろう。
「よろしくね」
一言告げると彼は首肯しそこから走っていったゴブリン達を見守っている。さて、こちらは少しペースを上げてやらねば。日も大分傾きかけている。
そしてスコップを握りしめ、掘り進めていく。ある程度掘り進めていても感触や壁の強度が変わるようなこともなく、一定の間隔で鉱石が生まれては転がっていく。
最初は横に転がし、進むにつれて後ろに放るようにしていたがそれがまずかった。数メートル程いったところで後ろの出入口を見ると、道が埋まっている。アチャーと頭を抱え、どうしたものかと考えていると無言ゴブリン君ががらりとその瓦礫を崩し顔を見せた。
どうやら鉱石片で道を塞ぎ始めていた辺りで気付いたようで、瓦礫を運び出してくれていたようだ。気遣いのできる人ってステキ。
自分の能天気加減と喋らないゴブリン君のイケメンっぷりに失笑する。通り抜けられるようになったので、今度は自らで瓦礫を運び出す。ゴブリン君にお礼を伝え、偵察に出た彼らを再度見守ってもらうとしよう。
少しそのサイクルを繰り返すとおおよその形になってきた。
「あっ」
そういえば、つるはしもあったな。ずっとスコップでやっていたから忘れていたが、試せるときに試しておこう。
スコップと違ってまだそこまで使い慣れないのでまずは試すように振りかぶって壁に向かって振りぬく。腕輪の道具はどれも重さは感じないので普通の道具のソレとは違い、疲労も少ない。まだまだ体は動く。
壁に円を描くように一回、二回と繰り返し振り、それを行うと異変が起きた。ポコリという音でもつきそうな軽い感じで割と大きい鉱石片が取れたのだが、大きさに伴って重量が見るからに凄いことに。
落ちてきたところに足があり、潰されそうになったことに冷や汗がタラリと垂れる。無事避けることはできたので、問題はないが危ない。というよりこういう事になりえるのかという勉強にはなった。
ただ、病院もないであろう世界で大きい怪我をするのはまさに致命的だ。これからは気をつけよう、経験を積まないとわからないことの方が多いが、勿論怪我もしたくない。
さらに問題は続く。今しがた自分の足を襲撃したこの石、重すぎるのだ。
持ち上げてみようとした時、昔ぎっくりと腰をやってしまった時のトラウマが頭を
手を石に添え、うーんと顔を真っ赤に息んでみても少し横に動くくらいで歯が立たない。これはまいった……。転がしてしまって足を挟んだりしたら参事になる、かといってこの大きさの物をここに放置するのは邪魔だ。
どうしようかなぁ……。と思い悩んでいたが、特に解決策も思い至らず、一度外に出て新鮮な空気を吸おうと眩しさが光る出入口に向かう。
うーん…と考えながら外に出ると、そこは茜色の空と周囲を夕日が染める。その柔らかな赤さに包まれるようにゴブリン君達が集結していた。
「異世界でも夕焼けは地球と変わらないんだな……」
現実離れした荒野と沈もうとする太陽が織り成す光景に心奪われる。とても美しい
「偵察任務お疲れ様です。どうだった?」
少し疲れたのでちょうどいい高さの石に腰掛け、彼らの報告を聞いてみよう。
そう考えた矢先のことである。耳を
彼らの兵としての練度も相当なものなのだろう。もしかしたらモンスター!? と思い警戒をするが、その答えはすぐにわかった。
「おーい」という声と共に空から魔王が降り立とうとこちらにやってきている。
ある意味では魔王という最上位の恐怖がこちらにやってきているのだから、人によればモンスターよりも悪質だろう。
恐怖の大王は満面の笑みで、更なる恐怖をこちらに与えてきている。相手がわかると、警戒していたゴブリン君達と一緒に安堵の息を漏らしてしまい、軽く笑い合う。
彼は俺達のいるところに着地をすると俺達を眺め、一つ頷いた。
「驚かせてしまいましたかな? いくつか該当の場所に目印をつけておいたので後日確認していただきたい。先程の合図でムスメも直ここにやってくるでしょう」
多分、徒歩組でも俺達よりムスメ達の方が移動が早い為こちらにきてもらおうというのだろう。もしかしたらムスメも空を飛ぶ魔法が使えるのかもしれないし。
魔王は顎に手を置き、先程開けたばかりの穴と積まれた
「ふむふむ、やはり
その発言に、ゴブリン達とサムズアップでお互いを労うと中を覗いた魔王がこちらに問いかけてくる。
「うん? あの石はどうしたのです?」
彼が通路の奥にある
そうだ、忘れていた。
「あぁ、スコップではなくつるはしで掘ってみたのですが、要領が分からないので以外と大きいものが取れてしまったんですよ。重量もあって動かせないので、少し外の空気を吸いに出てきたところに魔王さんが」
あの岩塊はもうスコップで細かくして運び出すかと考えていたくらいだ。魔王は一つ頷き、思いついたように指を立てこちらに一つの試案を立ててきた。
「そういえば、腕輪の形態にハンマーがありませんでしたかな? それで砕いてみてはどうでしょうか? まだ試されてませんよね」
「おぉ」
そうだ、そういえばまだ試していないものがあったな。ハンマー、使ってみるか!
「確かにまだ試していないです。ちょうどいいのでやってみますか」
中にぞろぞろと全員で入っていく。自分の身長よりは少し高めに作ってあるが、俺より大柄な魔王には狭く感じるかもしれないな。ムスメ達の為にゴブリンの一人を残し、それ以外のメンバーで問題の岩のところにやってきた。
では早速試してみよう、と右腕に意識を集中する。ハンマー……、ハンマー……。と
何度か様々な種類を出そうとして、失敗をしていないことから大分慣れたかなと少し自慢げになっているかもしれない。
さて、
もしこれでどうにかできなかったら、魔王とゴブリン君達と一緒に運び出そう。
「じゃあ、いきます。少し離れていてください。」
彼らはどうなるだろうと興味津々でキラキラと輝く目を向けてくる。
少し息を落ち着け、ハンマーを振りかぶる。そしてふっと息を吐きながら一気に振り下ろした。下ろされたと同時に洞窟内に響き渡る軽い地響きのような音、衝撃に備えて瞑っていた目を恐る恐るといった具合に開いてみる。
結果を見て振り返ると「成功したようですな」と笑みを浮かべている魔王と目が合い、喜びが膨らむ。ハンマーの下には跡形もなく砕かれて小さな破片や粉末状になっている岩塊だったものがあり、魔王はソレを調べるように手に取った。
「ふむ、少し試したいこともありますし外の鉱石と合わせてこれも頂いてもよろしいですかな?」
魔王が粉を摘まみながらその粉を要求して来た、むしろ使い道もなく邪魔なだけなのでどうぞどうぞと少し食い気味に答えてしまったのが恥ずかしい。
そう答えたのを聞き、魔王は右手の指先をその岩塊だったものに向けると洞窟内に風が通る音がした。魔法を使っているようで、吹き抜けるような風を感じる。その風が破片と粉末を吸われるように魔王の左手の輝きの中に運んでいく。
収納してるんだろうなー、あれ便利そう。とポカンと口を開け一部始終眺めていた。
それが終わると、魔王がこちらに向き直り視線を合わせてくる。
「今日はここで休まれるのですね。ではここに、少し必要なものを置いておきますよ」
そう言いながら物を出し入れさせる収納魔法の輝きを再び放つ魔王。
彼が生み出している光が収まるとそこに、少し大きめの革製のバッグパックと服が数点。それに少し小さめの革袋とこの中で唯一異質な、鞘に納められた剣が一振り。
「最低限にはなってしまいますが、これを使ってください」
「何から何まですみません。助かります」
「なんのなんの」
俺がそう言いながら頭を下げると、魔王も軽く返してくる。そのままお互いに目的を達したのだし、一度外に出ようとなり歩き出す。
そして、外にでた時に問題が起きた。甲高い声で悲鳴のような叫びを上げた少女が一人現れたのだ。彼女はこちらに指を差し、一言。
「バケモノだぁー!!!」
魔王のムスメはいつも僕らを傷つける。
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