第6話 展望と名前と仲間入り

 スライムの実態は謎に包まれているらしい。

 それは生態、好み、色、感触と何から何まで個体差があり、特徴が違うが見た目に関してだけで言えば色くらいしか違いがないことが大きいと魔王は簡単に説明をしてくれた。


 だから今ムスメの足元で跳ねているあの子も、どこから来てどこへ行くのか? それはあのスライム次第らしい。ただスライムの大多数は様々な種族の元で、多種多様な使われ方をしており主に汚水、生活排水などを処理するエキスパートであったり、農業や酪農に従事していたりと幅広く活躍しているとか。


「まぁ、あの子は料理以外あまりやらないみたいなのですが」

 そう言いながらくだんのスライムを指差し、魔王は笑った。


 そろそろ食事前に思いついたことを話してみようか。

 テーブルには食事の時と同じように座ってもらった。ゴブリン達やスライムにも聞いてもらい意見があれば聞きたいし、彼らにしかわからない習性によるものがあるかもしれないからだ。


「ええとですね、先ほど軽く掘ってみて無事掘れるということがわかったので、私はこれから少し場所を見た後に簡易的な拠点を作っていこうと思うんです」


 それに当たってまず重要になってくるのは場所だ。どこでもというわけにはもちろんいかない。視線の通りにくく出入口が隠しやすい場所が理想だ。その条件を少しでも叶えるような場所を出来る事なら複数個は目星をつけておきたいのだ。


 後の為に繋がるので、その条件に高さをつけたものも数箇所見つけておきたいと付け加える。その説明に一同が頷いた。


 魔王は腕を組み頷き、ムスメはそれをマネている。ゴブリン達はこちらから視線を外すことなく、スライムはテーブルの上でプルッている。


 次にこれから作る簡易拠点の内容だ。

 まず条件を満たした場所から、ある程度の大きさの穴を直線に掘り進めていき、そこへ自分が入れるくらいの横穴を作ろうという説明した際に、魔王とムスメに聞いてみたかった質問をする。


「魔王様とムスメさんはここで寝泊まりをしてませんよね?」

 すかさず魔王が頷きこちらに返してくる。


「えぇ。私達は都度都度、転移の魔法で魔界に戻ります。私自身あちらの方が回復が早いですし、ムスメもツマのところの方が安心です。どうしてです?」

 

 あるのか魔界……!? とかそりゃそれだけ身綺麗なんだから野宿はしてないだろうとか色々と返したい言葉はあるが、「ハハハ」と渇いた笑いでお茶を濁しておくとしよう。


「まぁ、それはまた後で…続けますね」

 話を仕切り直し、簡易拠点の話を続ける。脳内でシミュレートしているのはカプセルホテルのようなものだ。急場しのぎという側面はあるがメリットもある。


「夜がやってきて、寝るとなると野営ということもあり、見張りが必要になります。そして私は彼らの戦力になるどころか足手まといです」

 自身の情けなさ全開でお届けしていきますこの会合。


 そして重要なのは、とゴブリン君達とスライム君を眺める。


「ゴブリン君達とスライム君、そして私と。当面はこの五人で様々なことを乗り切ることを前提としてます。しかし私は殆ど戦闘では役に立たない。彼らの力に頼りきりですので何かがあった際に人数が減ってしまう、若しくは誰かが病気になったりして動けなくなってしまうと、元々少ない人数によりさらに首が回らなくなります。それは避けるべきでしょう」


 そこで大事になってくるのは健康管理だ。

 野営を続け、体力をそこまで回復させられないくらいならいっそ寝るだけの設備を作って、そこに至る侵入経路を絞ってしまおうということだ。それに……。と視線をムスメに向ける。それに気づいた彼女は自分と目が合い指で自らの顔を差し首を傾げている。


「先ほどムスメさんが見事な剣さばきを見せてくれましたが、この山は強度だけなら素晴らしいものです。あの剣の威力を出せる敵がそうはいないですよね魔王様?」

 もしその前提が崩れるようなら、却って出入口の数を膨大にしようと思っていた。

 だがそれも魔王の返答で杞憂だったことがわかる。


「ええ、ムスメの膂力りょりょく、あの剣の質共に相当なものです。攻撃力としてアレ以上はそうそう出せるものではないでしょうな」

 前提が崩れることがないことを確認し、安堵あんどする。


「もしかして……、ワタシ凄い……?」

 スライム君に問いかけているムスメを放置し、多少笑みを零しながら会話を戻す。


「その言葉で安心しました。その簡易拠点の出入口を寝る時はいっそ蓋をして封鎖し、安全な寝床にしてみんなで寝れれば体調管理もしやすいでしょう」


 睡眠は大事だ。

 そしてあの強度のバリケードなら、そうそう侵入されるようにはならないだろう。


「出入口を隠したいのは極力見つかることを避けたいからですね。煙や毒などで一掃されることも考えられますし、そうなるとおそらくスライム君以外全滅でしょう」

 スライム君空気なくても生きていけそうだし、案外宇宙空間でもスライム君やっていけるんじゃないか? 『スライム君、月に立つ!』とかアニメにできるわ。


「それと……、この拠点を離れた場所に数箇所作ることも念頭に入れておいてもらいたいというのと、魔王様かムスメさんにいくつか聞きたいことがあるのですが」

 二人を再度見る。それぞれが返事をしたので、その聞きたいことを話す。


「この山の大きさを教えていただけますか? 大体でも構いません」

 この質問は重要だ。草案ではあるけども、この山の大きさ次第では計画を変えようと思っているし。俺の質問に、まず手を上げムスメが即答した。

「めっちゃデカイ」

 真顔で話しをしてきたがまるで要領を得ない。わかるかーい! と頭の中で突っ込んでいると……。


「そうですな、この山は太古この星に落ちてきた巨大な岩塊というのは神に聞いたことがあります。その正確な大きさはわかりませんが、空を飛んで横断したときに一日くらいかかったような気がします」

 魔王が実体験を踏まえて教えてくれた。飛んでいる時の速度がわからないから正確に数値を出すのは難しいな。でもこの山がそれほどまでに巨大ならばいける筈だ。


 ありがとうございます。と二人に頭を軽く下げ、続けて質問する。


「それと魔族にしかわからない言葉とか暗号とかありますかね?」

 俺のその言葉に、どうなの? という意味合いを込めてムスメはチラリと魔王を見て、魔王は頷き流れるように返してくる。


「そうですな、古い魔族の言語ならば人族にもわかるものは少ないでしょう」

 そういった時に、思い出したようにムスメはポンと手を叩いた。納得がいったようだ。


「ならばそれを各簡易拠点に掘るか、紙に書いて置いておくなりして伝言のようにしましょう。そこに逃げ込み隠れた魔族がこちらを探すキッカケになるやもしれませんしね」

 敵に追われている可能性もあるのだから、少しでも身を隠す為に簡易拠点を設置するような場所を探し、拠点を見つければそこに留まるかもしれない。その時にスマホなどの連絡手段のないこの世界でもこちらの意図が伝わるように、そういった手段でこちらの形跡を残しておきたい。


「デモさー」

 意外なことにムスメが手を挙げながらこちらに自身の考えを伝えてきた。なんだろうか?

「それやっちゃうと、そこからジョーホーがローエーしちゃう可能性もあると思うよ。もしかしたら古代魔族言語もカイドクされちゃうかもだし」

「そうですね、正直それが怖いから魔族限定の何かがあればと思ったんですが、正直パッと思いつかなくて……」

 頭を掻きながら苦笑いをしてしまう。

 

「ただ、敵から逃げていたり怪我をしていたりしてもそこで一時的に身を隠したり休める場合もあり、こちらの情報を与えることができるというのは大きいメリットです」


 オーと理解したのか、そう声を出しているムスメ。それを聞いてその横に鎮座していた魔王がそのムスメと俺のやりとりに一つの案のようなものを提示した。


「先ほどの実験で取れた鉱石を使ってみましょう。同じ強度なら掘削は無理でも岩を削ることができるかもしれませんし、それがわかれば後のことは私にお任せを。少し考えがあります」

 不敵に笑う魔王。怖い。


「その際には鉱石を少し頂きたいので、ご協力を」

「わかりました」


 これまでの案はあくまで一時しのぎにすぎない。ただ思いつくことをしておこうという短絡的なものだが、やっておいても損はない……と思う。

「そして……、」

 ここまでのような短期のものではない、中・長期的な案を提案する。これが本当に実現するかは自分次第なところもあるので、どちらかというと決意表明のようなものであるが……。


 流石にこういった場で、それを言ってしまうと後に引けなくなるので、多少の戸惑いを出してしまう。その空気を察してか周囲は固唾を飲み、心配をするようにスライムが目の前にやってくる。


 ふぅと一息つけ、言葉を口にする。

「ここに、この山の中に、箱庭とダンジョンを作り上げます」

 そう指差されている先には、一枚岩の山がある。


 嘆きの山と呼ばれ、魔族の故郷のようなものという情報しかないがこの山は相当に広大だ。全容は不明だが高さも広さも兼ね備えていることから、もし完成すれば警戒をするポイントを絞ることができる。


「箱庭、というには語弊があるかもしれませんね。魔族の生活を全てこの山の中で行うつもりですので、その規模的な目標としては農業はもとより酪農や木材生産なども行えるようにしたいですね」


 そこで意を決したようなゴブリンの一匹がこちらに見えるように手を上げ、質問をしてくる。

「コノヘン、木ナイ。ソレデキナイ、デス」


 そう彼が発言すると、オォと声を上げたのは隣のゴブリンとムスメ、喋らないゴブリンはパチパチと称賛するかのように拍手をし、質問をしたゴブリンを讃えている。


 頑張って質問をくれた彼に報いる為にも、明確な答えを提示してあげたい。

「ありがとうゴブリン君、そうですこの山周辺に木はありません。なのでこの山に植樹を考えてます」

 そう答えると、魔王と喋らないゴブリン以外は首を傾けた。聞き慣れない言葉だったのだろうか?

 その時に少し気になったのは喋らないゴブリン、あの子はぱふぱふぅの時もそうだが小さい子達の中でも知識派なのだろうか。理解をしていそうである。


「木を他の場所から持ってきて、特定の場所に植えていきそこで根付かせるのですよ」

 ムスメとゴブリン達に教える魔王。ただ当然の疑問を、こちらを見据えるようにしながら「しかし」と繋げて不敵に笑っている。怖い。


「この山に根付かせるといっても、この辺の土は死んでいますよ? 仮に木を植えたとしても、根付くような状態ではないのでは?」

 魔王の説明の通り、この辺の土は現在、農業などが行える肥沃な土地には見えない。ならば、その土があるところから持ってくればいいのだと説明する。


「できればこの土地を再生させたい。元の地が豊かだったというのならここの土はそれだけの可能性があると思いますし、捨てるのは勿体無いですしね。それと……」


 最初に質問をしてきたゴブリン君を見つめながら告げる。

「植えるのは山のではありません。先程申し上げた通り、文字通り山のに、です」

 一同がこちらの出した言葉に、そして次に出してくる言葉を静かに待ってくれる。

 今更ながら人間が全くいないこの状況でこんな話をしている自分に、違和感から少し笑みが零れてしまった。


「これは試行錯誤を繰り返すことになりますが、例えばこの岩山の下の土はもしかしたら戦闘の影響を受けていないかもしれませんし、この死んだように見える土も掘り返せばまた草木が芽吹くかもしれませんからね」


 完全に死んだ、というか何をしても雑草も生えないようなことはないのではないかという希望的な推測だが、爆撃の跡地にも草はしぶとく生まれてくるのだからいけるだろという楽観的考えだった。


 魔王が入れ直してくれた水を飲み、渇きを癒す。氷が溶けてなくなっていることから時間の経過を感じながら、そして…と切り出す。

「これまでの話は完全に山のだけで行うものです。どうやらこの山は相当な広さを有しているようですし、山に大穴を開けるように広げ、囲むように壁を残すことで国境線と防衛設備を兼ね備えることができるでしょう」


 雄大な自然の城壁だ、強度もある。そうすればあとは外部との出入口と空からの襲撃に備えるだけだ。ファンタジー世界でどれほどの空戦部隊があるのかはわからないが、地球のように強襲即爆破のようなものはないと信じたい。


「そうして、山の中だけで生活を行えれば、これ以上の避難所もありません」


 その時目の前のプルプルがプルッと体を変形させ、こちらに主張をしてくる。そして俺の目が向いたことがわかると、テーブルに若干伝わるくらいの振動を始めた。

 伝えたいことがあるようだが、こちらはスライム君がその柔らかさを自慢しているように揺れていることしかわからない。困った。


 それを見てムスメが顎に指を当て、代弁してくれる。

「んっと、ダンジョンっていうのはどんなものなのって」

 あぁそれを忘れていた。質問をし思い出させてくれたスライムと、代弁をしてくれたムスメに感謝を伝えその説明に移った。


「ダンジョンといっても、道が入り組む迷宮のようなものでも、謎を解き道が開けるようなものでもありません」

 果たしてそれはダンジョンなのだろうかと言いたい言葉を堪え、こちらの言葉を待っている。


「そのダンジョンは確実に侵入者を殺す為のダンジョンです」

 そう言うと聞いていた全員がその発言に、はて? という感情を沸かせるような空気を出していた。そしてその空気に押されるかのように、代表で魔王がこちらに話を切り出す。

「ダンジョンとは本来、侵入者を殺すものでは? 私もいくつか製作したことがありましたが、ダンジョン職人達の英知を集めたトラップの数々、屈強なモンスターや門番を配置しておくものでしょう?」


 ダンジョン職人いるのか……!? 気になるワードだけど、今重要なのはそこじゃない。


「勿論その通りです。魔王と勇者パーティーとの知恵勝負の場であり、冒険者とモンスターの力のぶつけあいの場にもなるのがダンジョン。ですが、ここに必要なのはそれではないんです」


 それがどういうものかは今説明してもダンジョンを作る直前でも変わらないだろう。その際には彼らにまた知恵を貰いたいので集まってもらうことになるが、その時には実験もしたいのでまた後日とした方が都合がいい。うまくいった際には魔王の協力が肝心という点も添えて伝える。

 そういった旨を話し、魔王がそれを纏めてくれた。


「ふむ、堀井様には策ありというところでしょうな。あとは先程いったように試行錯誤しながらという事の方が多いようですし、やらねばならぬ事が多いので今日はこの辺にしておきましょう。この子達も疲れてしまってはアレですしね」


 そう締めてくれた魔王様に感謝をしつつ、コップに残った水を呷る。緊張もあってか、その中の水は殆ど量が残ってはいなかったが喉に染み渡る冷たさが心地良い。


「あっ」と声がしたのでそちらを注視すると魔王が思いついたように指を立て、電球が灯るように思いついたであろう話を始める。


「堀井様、これは今のうちにしておきたいのですが貴方の名前を変えておきましょう」と切り出してきた。なぜ今いきなり改名?


「実は、この世界にはいくつか人を操る魔法がありましてな。おいそれとは使えるようなものでもないですし、成功率もそこまで高くないので脅威にはなりえませんが、貴方は異世界の人間。操られる可能性もこの世界の人間よりかなり高いでしょう」


 そういう魔法もあるのか。確かに俺の力なんて、この世界の人間の中でも下の方だろう。このメンバー内でも最弱もいいところだからそんな術簡単に引っ掛かる。


「そこで操る魔法の条件になっていることも多い名前を、この少ない人数の内に改めてしまい本名は秘匿しましょう。少ない方が漏洩もしないですしね」


「秘密のキョーユーだ、大人のテクニックだぞ」

 抱きしめられたスライムとよくわからない会話をしているムスメは放っておいて顎に手をやり、少し考えた。まぁ、魔法のことに関して言えばこの怖い顔の人の右に出る奴はそうはいないだろうと思い、「わかりました」と頷いておく。


「あとは改名後の名前ですな……」と怖い目がチラリとムスメ達集団に襲い掛かる。

 どうやら意見を求めているようだ。


 

 今、俺は椅子の上に座り込み、気づいた時には足元にいたスライムを膝の上に抱え上げその感触を楽しんでいる。結構な時間をこうしている。なぜかといえば……。

 ちら、と向けたその視線の先には、荒野に木霊する叫びがひとつ。

「ここはやっぱり、ミス〇ードリラーでしょ! スコップで穴掘るんだから!!」

 とムスメが言えば、それに反対するように魔王が、

「いや、彼は神から送られてきたいわば神の使い! ここはイー〇ックとしましょう!!」

 そんな発想で大丈夫か?

「サト〇! サ〇シ!」

 ゴブリン君それは怒られそうだ。割と本気で。

「リン〇ガイイナー」

 任〇堂押しのゴブリン。声の出せないゴブリンは地面に、何でも吸い込むピンクのマスコットキャラを描いている。絵がうまい。


 まだまだ終わらなそうな気配にふうと目の前のスライムに視線を落とす。

 そして彼のプルプルボディに手を添えてこれから起きるであろう、様々な事に思いを馳せながら言っておく。


「これから、よろしくね」

 彼のボディはプルンと揺れた。

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