第5話 ステキなモンスター
ゴブリン。
それはその獰猛な性質と猟奇的な行動から近年では大きい少年達にキレイな美女の様々なサービスシーンを提供してくれる素敵モンスター。
スライム。
その名が一躍有名になったのは某国民的ゲームの影響であり、その作品の顔的なポジションになり、その後もコンスタントにパッケージを飾るほど愛されている種族の総称。他にも世界的配管工のキノコおじさんとツーショットを飾ったりとスライムは特に話題性に事欠かない。
そんな愛されるモンスター達、特に上記二種のモンスター達の大多数はこんぼうやたけのやりで数回叩かれたり、ロングソードで斬られると消えてしまう儚い
彼らのカゲロウのような命により、初心者は戦いを学んでいく。
そう、常に求められる彼ら最大の仕事は初心者にこれからの冒険の
そんなモンスター界の大スター達との食事で、しかも調理してくれたのは大スター本人だというのに。このような気持ちになってしまうのは、やはり先程から目の前でまるで初めて付き合った恋人同士がそうするかのように目を瞑り、こちらに無防備な唇を突き出しているキス顔の鹿のおかげであろう。
少しプルッと感が弱まり、その自慢の料理に難色を示してしまった俺の言葉に多少なりともショックを受けているのかスライムは心無しか元気がないように見える。
「む? 一頭から一箇所しか取れない貴重な部位なのですがそうですか……。では普通にこちらのステーキなら大丈夫ですかな?」
助け船を出してくれた魔王には感謝の念に堪えない。
コクコクと頷き肯定を示し、こちらの意思を伝えると。
「ではそちらの料理はスライム君のステーキと交換しましょう。調理をしてくれた彼に感謝の気持ちを込めて、一番いい部位を差し上げるべきですしな?」
彼の功労に応える対応をしてくれた。ありがとう、顔怖いとかおもってごめんね魔王、でも怖い。
「ありがとうございます」と礼を言い、スライム君にキス鹿を渡し代わりにステーキの乗った器を受け取った。
一悶着あったが、食事である。スライムに渡したキス鹿は今、その体内でじわりじわりと消化されている。鹿の頭がまるでホルマリン漬けに入ってるかのようだった。
料理の方に目を戻す。以前に興味本位で都内のとあるジビエ店の料理を食べた時は、独特の臭みに少し苦戦したことを覚えている。なのでまともな調理機材も調味料もなさそうだということを考えたら、この美味しそうな香りを放っているステーキもそこまででは……と少し不安だった。
そうして自分以外の全員がスライム君の料理に舌鼓をうち、笑顔でステーキとパンを頬張っている空気の中で意を決してそのステーキ肉を備えられていたナイフとフォークを使い、口に運んでみた。
俺がそれを口に運びどう反応するかを見守っていたムスメ以外の一同。
「なにこれうまっ!!」
口から飛び出た無意識な言葉、というか俺の叫びでこの料理が口に合ったことが分かったのか。安堵の息を漏らしていた。
「口に合ったようで何よりです! シェフも喜んでおりますよ!」
確かにスライムを見るとプルプルが激しい。激しいプルプルと共に彼の体内のキス鹿もその動きにつられ踊っている。
「すごい……、前に食べた鹿肉は香辛料とかで無理矢理臭みを消して味付けも濃かったんですが、このステーキはそんなこともなく純粋な肉の旨味が口の中に広がってきました!」
どうしてこの環境でこんな美味しい料理が作り出せるんだろう? 素直な感想を口にしていると魔王が説明してくれた。
「このスライム君は少し味にうるさくてですな、魔王城に住み着きだし厨房でコック達の動きを見て覚え、盗み食いをし味を覚え、さらにはその素敵なワガママボディに調味料やソースを蓄えているのですよ」
スライム……、恐ろしい子……!
このパンも普段食べていたパンとは風味などが多少違っているが初めて感じる味が少し癖になってくる。ムスメがパンをちぎりながらそれについて話してきた。
「このパンはママが持たせてくれたんだよ。タンシンフニンしてるパパに食べさせなさいって」
「照れますな」
おいおい良妻かよ。そういえばちょこちょこ奥さんの話も出てきているが、ムスメがこれほど美少女なら、奥さんもさぞや美人なのだろうと容易に想像がつく。
父親の遺伝子を一切感じさせないものなぁ。
魔王リア充かぁ……、こんなに顔怖くてもリア充とかやっぱり魔王は格が違うなぁ。と食事を続けながら考えていた。
「奥さんは今日どうされてるんです?」
その流れに乗り軽い気持ちでそう聞いた刹那、魔王が動きを止め唸るようにして表情をしかめていく。あれ? 凄く仲睦まじい夫婦だと思っていたんだけど……。魔王に暗雲が立ち込める。
「ツマとは現在とある
そう呟く魔王。先程までの威風堂々とした様相も、少し小さく見える。目もどこか虚ろげだ。
しまった地雷踏んだ。と思ったが話をいきなり変えるのもアレなので、少し踏み込む。決して、リア充爆発しろの精神からくる興味本位の質問ではない。決して。
「あー……、その、
戦争が続いていたりして、もしかしたら家に帰れていないのが問題だったりするのならそれはそれで魔王も不憫だ。
そう問いかけると、モゴモゴと何かを言いながらも明確な回答が出てくることはなかった。うーむ、食事をしながらする会話ではなかったか。
「私知ってる! 前の勇者パーティーが城にカチコミしてきた時に、ぱふぱふぅされてボコボコにされたのが原因なんだよねパパ!」
それはもう輝くような笑顔でムスメは言い放った。
「ところでぱふぱふぅってなんだろ?」
ゴブリン達と顔を合わせ腕を組み首を傾げている。ゴブリン達も首を傾げ、困っている。ただ、喋らないゴブリンは手で目を隠すように当て、若干照れの色が見える。
この子は理解したようだ。
その告げられた言葉を理解するのに、時間を要したのは言うまでもない。この魔王にぱふぱふぅをする勇者パーティーも勇者パーティーだが、引っかかってしまった魔王も魔王である。なのだが……。
「魔王様……!」
彼の肩に手を置く。自身の失態を知られ、羞恥からなのか両手で顔を隠し、塞ぎこんでいた魔王はそのかけられた声と置かれた手に反応しこちらに向き直す。
その視線に合わせるように、左手で親指を立ててグッと見せる。
「大丈夫、わかってますよ」という親愛をこめたその手と微笑みを見た魔王は目に涙を貯めつつ、自分の気持ちを吐露し始めた。
「相手は、ダークブロンドの映える麗しい修道女の僧侶でした……。魔王相手だというのに顔を真っ赤にして遂行された技と修道女なのに
つい、うんうんと理解を示してしまったがムスメの前でいう事ではない。ムスメはその魔王の恥ずかしい事態にはあまり興味がなく、むしろその後の話の方が好きなようで続きを聞かせてくれた。
「ぱふぱふぅコンボでボコボコにされてたパパを、助けにきたママが見て怒ったんだよ! そして魔王城ごと勇者パーティーを消し飛ばしたんだ! ママスゲー!」
浮気現場のようなものを見て、ブチギレて城諸共勇者を仕留めたのだろう内容をムスメは嬉々として話してくれる。同じ男として同情を禁じ得ないその内容は、涙を誘うものだった。
むしろそれを一緒に喰らったであろう魔王が、ここでピンピンしてることも凄いのだが。そこから暫くの間は魔王とムスメのツマ・ママ自慢が食卓に色を添えていた。
しかし、最後になったパンの欠片を見つめて思う。この世界に来て初めて食べた食事がこんなにまともなものとは恵まれている。もっと凄惨なものが出てくるものだという先入観があり、覚悟もそれなりにしていた。パンの欠片を頬張りながらチラリと横目で、消化され骨が浮き彫りになってきたキス鹿を見つめてそれも思い直す。
出てるわ凄惨なもの。
それでもそれは価値観の違いから来たものだ。相手からすれば客人に対しておいしい部位を振舞おうとしてくれたのだから先程とった無礼な態度を反省し、水でパンを流し込みスライム君に声をかける。
「おいしかったよ、ありがとうね」
少しの勇気と多大な好奇心からしゃがみ込み、同じくらいの高さからスライム君を撫でてみる。触れた手から冷たさを少し感じる、それよりも柔らかく跳ね返してくる反動が心地よい。癖になりそうだなぁ、これ。
スライム君はポンポンとその場で感情を表しているが、彼の体内のキス鹿の骨が気になって喜んでいるのかはわからなかった。
「そういえば彼らを見ながら思ったんですが」
視線の先には食事を終え、食後の運動なのかゴブリン達が腰に差していた曲刀を一心不乱に振り下ろし、素振りをしている。
「私が知っているゴブリンやスライムとはだいぶ違いますね。もっとモンスターと言えるような野蛮さや獰猛さの強い生き物だと思っていました」
そう、彼らはこちらが抱いていたイメージとは少し違う。
今この手の中にある木のコップ一つとっても、彼らの心遣いからきたものだ。スライムにしても、料理をし美味しいものを振る舞い相手を喜ばそうという感情からキス鹿を用意してくれたわけだし。
チラリとスライムを見ると、ムスメから渡される食器を体内に入れ洗っているようだ。
「ふむ……」
魔王は少し考えるようにして、先ほど預かった琥珀色の魔石を出してテーブルの上にコトリと置いた。まだ返していなかったのか。
「それを説明するには少し、この世界の種族のことを説明しなければなりませんな」
魔王はゴブリン達のうちの一人を手招きで呼び、彼の事を説明し始めた。
「彼の種族はゴブリンと言われる者、これはご存知のようですね。そして彼らにはまず二種類のタイプがいます」と指を二本立てながら話を始める。
「純粋なゴブリンか混血か、です」
どういうことか、と少し間を置いて魔王がつらつらと語り続ける。
「ゴブリン達というのは繁殖力というか生殖が旺盛で、獰猛。とても野蛮だが力は弱く、道具を使うが難しいものは使いこなせない間抜け。というのが堀井様の認識ですかな?」
頷くと、魔王が微笑みを浮かべるようにこちらに語り続けてくる。怖い。
「その認識はこの世界の人族も概ね同じです。それは間違っていませんが、正解かと言われると少し違います。彼らの親は純粋なゴブリン達で、そこに人間の血は入っておりません。そして、まずそこにゴブリン達の習性が分かれる大きな分岐点のようなものがあります」
「他種族を親に持つゴブリンと純粋なゴブリンとでは同じゴブリン種でも違う、そういうことですか?」
こちらが出した見解に「えぇ」と首肯し続けた。
「もちろん例外もあるでしょう。ただ他種族を母に持つゴブリンの大多数は
魔王はコツリ、とテーブル上の魔石を指先で弄ぶようにしている。
「フォレストディアーなど、この世界でどこからか生まれる
そのテーブルの上の魔石をゴブリンに返し、ゴブリンの頭を撫でながら稽古に戻るように伝える。
「ですが純血のゴブリンは知性を有し言葉を使い、向上心があり、ちゃんと教え込めば道具を使いこなし、他人を思いやり、戦友達の為に涙を流す
混血のゴブリンがよく見聞きしたイメージにあるゴブリンで、純血のゴブリンはまた違うということだろうか。しかしそれだと……。
「でもそれだと、狂暴なゴブリンはそれほど数が増えないのでは?繁殖力が強くとも弱いというイメージがあるのですがそれは間違っていないようですし」
「そうですね、ですが弱いといっても彼らはずる賢いですから厄介ですよ。ただその狡猾さと経験を踏んだゴブリンでも、おっしゃる通り簡単にやられることも多々あります。それではそこまで増えないのではと思うのも当然。そこでさらに別の道があるのです」
ピッと指を立てた魔王、別の道とはいったい……?
「魔物の自然発生です」
魔王独自の見解なのか、それとも魔族全体での常識なのかはわからないが、イメージ内のゴブリンとの相違点に少し困惑しているところに今度はまた別の常識なのだろう事が説明されていく。
「この自然発生は原因となる
魔王はコップの水を飲み干し、空になった自分と俺のコップに水と氷を入れ直し話に戻った。
「そしてそういった際に発生した魔物達が人間達を襲います。ゴブリンだとキングがたまに生まれるなどして
俺は入れてもらった水を頂き、喉を潤す。
「彼らに敵味方という概念はあまりありません。欲望のままに動き、望むことをします。キングが生まれる時、その種は基本的に大量に発生しておりそれに従います。そして自分達以外の種族に戦いを挑み、果てることなく行動するのです。王が討ち取られると、野に放たれるように逃げるわけですから数が減ることはあってもなくなることはありません」
タチが悪いですねと笑いながら言う彼の笑顔は怖い。
そうしたイメージは確かにあるなぁ、大群で押し寄せてから主人公サイドにボコられるのは様式美のようなものだし。
「そうして野に放たれたゴブリン達は、徒党を組んだりして小規模に他種族を襲い、繁殖を繰り返します。生まれてくるのは不思議とオスのゴブリンだけですので相手はまた他種族。そうして連綿と続いていくのでしょうな」
視線を一度ゴブリン達に移した後に、しかしと魔王が続ける。
「あの子達のような純血のゴブリンは性別が割と均等に生まれておりますし知能もある。やはり、他種族と交配したことの弊害でオスしか生まれない、知能のあまりない
ゴブリンに対しての認識が改められて、視線をゴブリン達に移す。 そこには食器を洗い? 終えたムスメとスライムも合流、素振りをやめてムスメ指導の下、曲刀を逆手に持ち体の後ろに構えるようなポーズをしている。
あ、ア〇ンストラッ……!?
「それにですな、」と魔王が会話を続ける為視線を戻すがムスメ達の挙動が気になり、それどころではなくなっていた。
「そうして生まれてきた子供が育つのは、やはりあまりいい環境ではないですからな。攻撃的に育つのも当然でしょう? そして長い間そのサイクルを繰り返した結果が、ゴブリンというイメージに。と私は思いますよ」
くぅ、あちらも気になるしこちらも大事だし……。でも純血のゴブリンと混血のゴブリンの見た目なんてそんなに違うんだろうか。混同してしまいそうだけど。
チラリと再度、ムスメ達の方を横目で覗いてみると今度は曲刀を顔の横に構えるようにしている。
ギ、ギ〇ブレイク……!!? あの子らの年齢はいくつなのだろう。目に映る稽古の様に心が囚われかけるが、魔王が話を続けるので視線を戻す。タイミングの悪さよ。
「長くなってしまいましたな。まぁ簡単に纏めますと、知能があったりコミュニケーションが取れたりすれば魔族、逆に本能の赴く動物に近いものが魔物や
面倒なのでまとめて吹き飛ばしたりしたこともありますしね! といい笑顔でサムズアップする魔王はまさに悪魔だった。
じゃあ、それならば……。
「魔王様、スライムはどうなんですか?」
ゴブリンの生態と彼らのイメージとの相違などを聞き、魔王の最終的にはまとめて吹き飛ばしたりしたことがあったのだろう事実に理解はした。ならばスライムはどうなのだろう?
「スライムですか……」
腕を組みながら顎に手をやり、少し考え込んだ魔王がその顔を上げ、はっきりと口にした言葉は。
「謎です!」
「はい?」
「謎です!!」
いい笑顔だった。
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