第3話 魔王軍と腕輪

 ――魔王というものが描かれる物語には絶対になくてはならないものがいくつもある。

 そのうちの一つに魔王という象徴をより崇高なものにする配下、魔王の軍勢というものは必要不可欠で、その軍勢が強ければ強い程、残忍であればあるほど魔王の評価、魔王という存在への価値が上がっていく。

 それは四天王や魔王軍総司令と呼ばれる軍筆頭のもの、勇者サイドからの裏切り者や操られた元勇者の一行の一人、実は大魔王の体を保管し守り抜いている忠義の者など様々なケースがあり、一癖も二癖もある連中を纏めているからこそ、魔王の強さとカリスマ性が際立つのだと彼、堀井進ホリイススムは思っていた―― 



 いつまでも目の前の現実から逃避をしているわけにもいかず、改めてこの軍勢を紹介してくれた魔王本人に質問を投げかける。


「ちょっと……、少ないですね?」

 正直に言えば、ちょっとどころではない。

 ゴブリンが三匹とスライムが一匹という手勢で、もしかしたら明日にも攻められることもあるのではないかという状況下で。これなら戦車相手に竹槍の方がまだ勝算はあるのではないだろうかとすら思えてしまう。


「そうですな、先の大戦での生き残りですから」

 確かに頬に十字の傷があったり、隻眼だったりと古傷のようなものや、体に見られる痛々しい生傷、その風貌はまさに歴戦の猛者ゴブリンと納得がいく。

 一人は右の頬に十字の傷、そして割とボロボロの革の胸当てと腰に剣を差している。二人目は左目を斬られたような痕があり、やはり装備はボロボロ。三人目は見た所怪我らしい怪我はないが、防具はこちらもボロボロ。

 彼らに共通するのは、鎧下という奴だったか? 革の胸当ての下に布の服と、下には短パンを履いている点だろうか。服はあまり傷んでいる様子はないけど……。


 しかしゴブリンとスライムって。

 スライムは先ほどからムスメにポンポンと弾力を確かめるように弄ばれていてとても楽しそうだ。魔王は一匹のゴブリンを撫でながら続けて言った。


「私達の敗色が濃厚となり、種族の代表者との話し合いで若い子達は逃がそうという決断をしたのです。この子達もまだ若いので逃がそうと思っていたのですが、少し頑固だったようでしてね。私が逃げるまで付き合ってくれた戦友ですよ」


 重ッ! 関係性が重いよッ!

 でも戦力としては弱いのかもしれないが辛い時に支えてくれる者がいるかどうかで、どれだけ気持ちに余裕が生まれるのだろう。

 魔王とゴブリン達の尊い関係が眩しく見えて、心がほっこりと優しい気持ちになっていたのだが。


「ホントは逃がす時に、ゴブリンの顔で年齢判断難しいから間違えちゃったんだよね」


 スライムを弄びながら発せられたムスメの言葉で彼らの表情が凍る。そしてこの場の空気も。

 何より、「えっ!?」という表情を浮かべていたゴブリン達が不憫でならない。ゴブリン達の視線から逃げるように顔を伏せた魔王の体は少し震えているように見える。

 魔王は暫しの間沈黙を続けていた。顔も伏せている為こちらからその表情は伺えない。

 そしてその新事実を知り、驚愕しているゴブリン達に魔王がとうとう沈黙を破り、真実を口にした。

「すまぬ! ゴブリンの種族は進化をしてホブゴブリン等になると身体的特徴が出てきたりしてわかりやすいのだが、逃がす者も残る者も何ら変わらぬ普通のゴブリンで! 同じような顔を数百以上見て混乱してしまった結果間違えてしまったのだ!!」

「私知ってる! ケアレスミスってやつだね!」


 ゴブリン達にとっても、ある意味では魔王にとっても悲劇だ。只、その被害を被ったゴブリン達のうちの一匹が魔王を見つめながら口を開いた。


「魔王様、ダイジョウブ。オレ達、キニシナイ」「ウン」


 三匹目は声にはしなかったが、頷きその発言を肯定をしていた。

 喋ったことにも驚いたがいいゴブリン達だ、ゴブリンのイメージはもっと野性的で欲求に忠実な乱暴者的なものだと思っていたが、この世界だと違うのだろうか?

 そのゴブリン達の優しさに触れ、罪悪感から魔王の表情は既に泣きそうである。

「すまん……、すまん! 同じ肌の色に顔にシワが数本多いとか少ないとか、判断に困ったのだすまん! そしてありがとう!」


 三匹のゴブリンを抱きしめながら号泣している魔王。そしてムスメはその光景を見ながら「えぇ話や……!」と呟きながら赤いハンカチで目頭を拭っている。いやこうなった原因君だけどね?


「お恥ずかしいところをお見せしてしまいまして、申し訳ございませんな。話を戻しますと、お頼みしたい住処すみかというのを我が魔王軍のアジトのようなものにし、先の戦争で逃がした配下や、今も尚敵の手から逃げ続けているであろう魔族の民、戦えなくなったものや、助けを求めてやってくるかもしれない様々な種族の者達の安住の地を作り上げたい」


 ――そして、そこで配下達に普通に生活を営んでほしいのです。

 立ち直った魔王が話を戻し、そう続けた。


 それを聞いてむしろたかが人間の手を借りずとも、「魔王自身でどうとでもできそう」という気はするが、話の流れから察するにまだ何か他に要因があるのだろう。


 まずはこの地に拠点兼住居兼避難所を作り上げたいと。

 拠点ならば防衛設備も肝心になる、常に戦闘が起きるという事態を想定して、この荒野広がる大地にアジトを作り上げねばならないということだ。


「難しいですね。避難所自体、あることがわかればそこを狙われるかもしれません。相手からすれば戦闘のできない者達を人質のようにして、こちらが不利になるようにしてくることも当然のように考えられます。それにこの物資も何もない荒野にそんな城塞のような設備が立てられるとはとても思えませんが……」


 話を聞き、浮かび上がってきた疑問をそのまま口にする。その疑問に答えるように魔王は歩きだし、をコツンと軽く叩いた。


 鈍色に輝くは先ほどまでいた山の切り立った壁面。


「素材ならこのなげきの山にあるのです。この山は少し特殊でしてね。その片鱗を見て頂ければこの山の真価をお分かり頂けるかと思います」


 魔王はそういうと右の掌を輝かせ、光の中からを取り出した。

 魔王の手に収まっているそれは白い刀身から淡い光を放っているように見え、シンプルな装飾とは裏腹に確かな存在感を醸し出している。


 そしてその剣をムスメに握らせると、壁と向かい合うように誘導した。


「こうみえてもムスメはそれなりに力がありましてな、この人族の剣でも難なく振るうことができます。ムスメよ、この壁に思い切り斬りかかるのです」

「ハーイ」

 言うが早いかムスメは一気に壁に迫ると剣を振り上げ、即座に振り下ろす。


 その瞬間辺りに鈍い音が響き渡り、ムスメの手にあった剣が見るも無残に折れて、見事に砕けている。壁面をみると当たったと思われる個所に傷一つ見つけることができなかった。

 そしてその折れた剣先を拾い上げ、ドヤ顔で誇示するかのようにこちらに見せつけてくる。やだ怖い顔。


「私のムスメ……、すごくないですか?」

「そっちかい」


 いや内心では凄く驚いている。

 彼女はかなり小柄で、どうみてもそのような荒事に向いているように見えない。その細腕のどこからそんな馬鹿力が出てくるのか、改めて魔族の恐ろしさに身の毛がよだつ思いだが当の本人はというと「手が、手が痺れた!」と手首を抑え、蹲っている。


「このようにですね、この山は硬度が高く、生半可なものでは傷をつけることはできません。この剣も先の戦争で、相手側の勇者と呼ばれる人間が持っていた剣ですので、それなりの物だとは思いますがご覧の通り。普通の岩などですと、壁に大穴が開いているところですが、ムスメもそこそこの力はありますので、剣が耐えられず折れてしまったというわけです」


 そこで魔王がチラリ、とこちらのとある一点を見つめた。

 なるほど。全ての合点がいった。魔王自身がたかが人間の俺に頼らざるを得ず、拠点であり住居でありかつ避難所を作り上げたいが、安住の地でなくてはならない為防衛設備などの問題もクリアしなければならないというこの条件に。


「それは、つまり……」

「そう、つまり……」

「ツマリ……」


 ゴクリとつばを飲み込んだ。

 そして魔王がまた両手を天に広げ、声高に言い放った。

「この山の素材を使って我ら魔王軍のアジトを作って頂きたいのです!」

「デース!」


 親のマネをしているムスメとその足元のスライムがポンポンとはしゃいでいる様子が今荒んでいく心を癒してくれる。

 ゴブリン達は、この一連の流れを固唾を飲んで見守っていた。真面目なんだなぁ。

「さぁ堀井様! その腕輪の力を試すためここまでのネタフリをしてきたのです!我らの未来の為、神の御業を今! 振るうのです!」


 その魔王の声に呼応するかのように、右手にあるブレスレットがスコップになった。神々しさを感じるまでに輝くスコップを握りしめ壁面の前に立つ。

 俺の一挙一動に周囲の緊張感が高まり無言で見守っている。そうして握りしめたスコップを構え、堅牢な壁に突き刺した。


 先程ムスメが繰り出した鈍い音はせず、金属と岩が奏でる小気味よい音が周囲に響き、その結果が手元に戻ってきたスコップの剣先に顕在する。


「できた……!」

 できるだろうという確信めいたものは薄々とだが感じていた。ただもしもと考えないようにしていたが頭の片隅を巡っていた不安もこうした結果に伴い霧散する。


 スコップには鈍色の鉱石が存在感を示し、強固な壁面には小さな、だが確かな成果として穿たれた跡が残されていた。

「やはり、できましたな」

ニヤリと笑みを浮かべ不敵に笑う魔王。怖い顔だが不敵に笑う様は似合っていた。


 彼は俺の近くにやってきて、ヒョイとスコップの上の鉱石を手に取り、様々な角度から検分を始めた。


「ふぅむ……、長い時間を経て変色をしている点を除けばミスリルに似ていますな。詳しいことは私にもわかりませんが、今はそれよりも試みが成功した事実を喜びましょう!」

「そうですね!」


 俺と魔王が二人で喜んでいると、それを傍から見ていたムスメがぽつりと呟いた。


「なんか……ジミ」

 俺達はその放たれた言葉に一瞬動きが止まり、俺は心が何かぐさりと貫かれた気持ちになったが気にせず魔王と会話を交わす。


「よかったです! これでお役に立てそうですね!」

「ええ! この山には少々事情がありましてな、神様の恩恵である腕輪の力であるいはと思っていましたがうまくいって私も安心しました! これで目的を成し遂げる手段も手に入りましたな!」


 魔王は意気揚々とそう言うが、見上げた先の山を住処にしていく作業を一人でやるのかと、途方に暮れてしまいそうだ。

 だが自分の気持ちは一先ず置いておく、それよりも今は優先的に聞きたいことも多々あるのだし。


「出来なかったらという不安もありましたしこれはこれでよかったです。でも魔王様、ここを住処にするにしても時間がかかるのは明白です。そうしているうちに、また攻め込まれてしまうのではないのですか?」


 そう、準備をしているところに攻め込まれては意味がない。この疑問については、魔王も確かなことはいえないようで首をかしげ、顎に手をやりながら自身の考察を教えてくれた。

「う~む……、すぐにはやってこれないでしょうなぁ。勇者達には致命傷を与えましたし、私の108ある必殺技の一つで敵軍にはそこそこの被害は出ている筈。なので軍を再編し、再度攻め込むという流れになるには、かなりの時間を要するはず。今日明日というような話ではありませんよ」


 え、魔王強すぎじゃないか。もうお前ひとりで殴りこんで来いよ。心の中で思った本音を口に出せる程図太くはないのでグッと堪えた。


「もうパパ一人で殴りこんでくればいいんじゃない? 今から」

 ムスメッ! ナイスゥ! 

 ついガッツボーズを心中で行ってしまうくらいストライクな発言に、期待を込めて魔王を見た。ただそのムスメの発言に難色を示している魔王は頭に手をやり、その問いに対して答える。


「そうですなぁ。そうできれば皆の手も煩わせないで済むのですが、まず神の契約の力を使われている都市に私が攻め込むのは難しいでしょう。それに先の戦争で使った必殺技、魔王ダイナマイトの後遺症で、今の戦闘力はムスメにも劣るかもしれません」

 タロウかて。


「そんなわけでして、今は療養が必要なのです。回復までに時間も必要なのは私も敵も同じこと。ならば今のうちに出来ることはしておき、後顧の憂いを絶ちたいところなのです。やりたいことも多岐に渡りますしね」


 よかった、すぐに戦いが起きるようなことになるというわけではないようだと胸をなでおろしたが、それでも課題は山積みなのに変わりはない。

 この追い詰められた状態はそう簡単に光明が差すようなものではないのだがそれでも一先ずの安心は得られるし、まだ自分自身も戦うという覚悟は当然生まれてはいない。


 時間が必要なのだ、様々な事象に準備する時間が。


「また話が逸れてしまいましたな。とりあえずアジトを作ること等の話は、少し腰を落ち着け食事でもしながら話をしましょう。ゴブリン君達、今日は何がとれましたかな?」

 そういうとゴブリン達の一匹が全身を使い、自分の体よりも大きな鹿? のような動物の死骸を引き摺っており、人間の胴周りくらいの太さがあるその首には何かに貫かれた痕が見受けられ、それが致命傷だったのだろうことはおびただしい程真紅に染まっている周囲の毛皮と剥き出しになった鹿? の肉が教えてくれた。


「ごめん、グロはちょっと……」


 食のこと、忘れてたなー。

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