雨と傘と彼と私

北きつね

バイト終わりの雨


 彼はもう帰ってしまったのだろうか?

 タイムカードはすでに押されている。男性従業員の更衣室からも彼の声はしない。


 バイトリーダーの彼が帰るのは最後だと思っていた。


 店舗はそれほど大きくない。バイトは私を入れて5人。男性3人の女性2人だ。

 タイムカードを見ると、どうやら私が最後みたいだから、店舗の中を全部見てから、セキュリティをセットして帰ろう。


 彼が最後だと思って待っていたのだけど、失敗したな・・・。

 閉店して暗くなっている店舗の確認を終わらせた。


 従業員の通用口に居るガードマンに鍵を預けて帰る。


「お疲れ様」

「今日は最後だったのだね」

「えぇ少し遅くなちゃった」

「そうか、雨がまた降り出したから気をつけて帰れよ」

「うん。ありがとう」


 通用口から通りを眺める。目の前に今日の日付が表示されている。


「そうか・・・今日・・・はあぁ・・・。ダメだな」


「何がダメなんだ?」


 横から、傘が差し出される。


 え?なんで?


「濡れるだろう。早く入れよ」

「え?」


 なんで?彼が居るの?


「リーダー?なんで?」

「何だよ。バイトが終わって、待っていただけだろう?それに、今はリーダーとは呼んで欲しくない」

「え?あっそうだね。江口さん」


 なんだろう。

 少し照れてしまう。


「他の人達は?」

「もう帰った。いいから、傘に入れよ」

「え?でも、私も傘あるよ?」

「そんな小さい傘じゃ2人で入れないだろう?いいから、帰るぞ!」


 彼の言っている意味がわからない。

 でも、彼に強引に連れ込まれて、肩を抱かれて居る。この状況が理解できない。


「ねぇ」

「あ?」

「ううん。なんでもない」

「あぁ・・・そうか・・・」

「なに?」

「いや、なんでもない」


 彼も黙ってしまう。

 でも、この距離感が、彼のぬくもりが、すべてが嬉しい。

 駅までの5分がもっと長ければいいのに・・・。


 駅が見えてしまった。

 この幸せな時間も終わってしまう。


「なぁ真弓?」

「なに?」

「あぁ・・・。なんでもない」


 彼は、電車を使わない。バスで帰る。でも、駅の改札前まで来てくれた。


「・・・」

「・・・」

「それじゃ帰るね」

「あぁ・・・またな」

「うん。今度、入るの来週だよ」

「そうか」

「うん」

「・・・。真弓」

「ん?」

「あのな・・真弓。誕生日おめでとう。来年も言うからな。その次も、これから毎年だ!」


 彼はそれだけ言って、バス乗り場に走っていってしまった。

 え?今、彼はなんて言ったの?え?え?

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雨と傘と彼と私 北きつね @mnabe0709

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