第13話 愛と別れ

 家に帰り、ベッドに倒れ込む。時計を見ると、8時を回った頃だった。頭の中で、帰り際の村田の会話が脳裏をよぎる。「戸成さんのこと好きなの?」傍から見るとそう見えるのだろうか。今まで生きてきた十七年間の中で、特定の誰かに好意を寄せたことなんて一度だってなかった。だからかもしれないが、今、俺の中で渦巻く気持ちを言葉で言い表せないのかもしれない。

 そんなことを考えいると、ポケットの中のスマホが小刻みに振動した。ポケットから取りだし、見てみると、戸成から、明日会えるかという連絡があった。もちろん、会えると伝え、こないだと同じファミレスに集合することにした。

 翌朝、妙に早く目が覚めた。俺自身、戸成に会うことを心のどこかで楽しみにしていると思うと、少し恥ずかしくなる。

 ファミレスに行くと、既に戸成は到着していた。

「おはよう、戸成。どうしたんだ? 急に呼び出して」

「うん。夏休みの宿題やろうと思って」

 深い意味はなく、ただただ夏休みの宿題をやりたかっただけらしい。何かを期待していたのが今になってすごく恥ずかしくなる。

 俺は夏休みの宿題は、とっくに終わっているので、戸成の宿題を手伝った。

 日暮れまでに、何とか全ての宿題を終わらせることができた。

 これをきっかけにかは分からないが、俺達は、夏休み中に頻繁に合って出かけるようになった。

 夏休みも終わり、新学期が始まった。

 昼休みに、村田と昼食を食べていると、村田は急に尋ねてきた。

「市埜くんと、戸成さんってさ、付き合ってるわけじゃないんだよね?」

 急にそう聞かれ、飲んでいたお茶を吹き出しそうになるのを堪え、首を縦に何回も振る。

「なんかね、市埜くんと戸成さんが付き合ってる みたいな噂が流れててさ」

「はぁ? 何だそれ」

 しかし、その噂に心当たりが無いわけではなかった。恐らく、夏休み中に、二人で出かけた所を誰かに見られたのだろう。

「だから、今日はやたらと視線を感じるのか」

 俺は別に嫌ではないが、誤解されたままだと、戸成の方が嫌だろうな。

 こんな事を考えるということは、俺はやはり、戸成のことが好きなのか? 自問自答を脳内で繰り返していた。

 そんな噂も、一ヶ月と経たないうちに、噂なんて無かったかのように消えた。

 それから数ヶ月が経った。

 季節はすっかり冬になり、クリスマスが近づいていた。街を歩けばどこもイルミネーションやら、クリスマスケーキの予約だのクリスマスムード一色になっていた。

 クリスマスイブの夜に、俺は戸成と出かける約束をした。そこで、戸成に告白をしようと思っている。遊園地に行ったあの日から、ずっと考えていた。俺は戸成のことが好きなのかを。そして、冬休みに入っても数回遊びに行くうちに、ようやく、俺は戸成のことが好きだという結論に至った。

 そして、クリスマスイブ当日。

 イルミネーションにライトアップされた、街を、寒空の下戸成と二人で歩く。

 ちょうど良く、人気の少ない通りに出た。

「なぁ戸成、ちょっといいか?」

「なに?」

 俺は、緊張を押し殺すために小さく深呼吸をひとつする。

「えっと……俺さ、戸成のことが好きだ。俺と付き合ってくれ」

 戸成は、少し驚いたような表情をするも、すぐに表情を曇らせる。

「それはできない」

 戸成はぼぞっと呟いた。

「え、どうして」

 戸成は、一度俺に背中を向け、深呼吸をして言った。

「私ね、もう長くないの」

「それ、どういう……」

「今、私が君の前にいられるのは奇跡なの。私ね、数年前に死んだはずだった。いじめにあって、一人になって、耐えきれずに自殺した。でも、何故か生きていた――と言うより、生かされた」

 淡々と話を続けるが、俺には理解が及ばなかった。その時の戸成は、友達とか、そういうのでは無く、どこか遠い存在に感じた。

「だからね、この生かされた命、誰かのために使おうと――私と同じ、孤独というしがらみに囚われた人を助けるために使おうとした」

 ここまで来てようやく全てが繋がった。

「だからあの時、俺に……」

「そう。でもね、少しやりすぎた。本来いない、死んだはずの人間が普通の人に干渉しすぎるのは良くなかったみたい」

 話しをするうちに、戸成の体が、仄かに暖かな光の粒を空へと登らせていることに気づいた。

「戸成、体が……」

 そう言われ、戸成は自分体を見ると、全てを悟り、目に涙を貯めた。

「もう、時間みたい」

「おい!」

 急いで、戸成の肩を掴み、抱き寄せる。

「行かないでくれよ。お前がいないと俺は……」

 すると、戸成は優しく言った。

「もう、君は私がいなくても大丈夫。だって、みんながいる。君はしがらみから抜け出したの」

「違う! 俺はずっとお前といたいんだ 。だから……俺の前からいなくならないでくれ」

「ごめんね……」

 そう言うと、戸成は俺の唇を自らの唇で塞いだ。生まれて初めてキスをした。頬を熱い何かが伝うのを感じた。

 戸成はキスを終え、俺から離れる。

「市埜くん……さようなら」

 今まで見た中の一番笑顔で戸成は言った。

「行くな! 戸成!」

『大丈夫。君には、みんながいるから』

 最後に 脳内で戸成の声が聞こえ、俺の視界は暗転した。


 耳元で、うるさくアラームが鳴る。手探りでそれを止め、時間を見る。

「一月十五日……登校日か」

 どこか違和感を感じた。

「たしか、昨日が十二月二五日だったはず……」

 そこで全てを思い出した。俺が戸成に告白したこと。戸成はもう死んでいたこと。戸成が消えたこと。思い出すと、虚無感が俺を襲った。もしかすると。淡い期待を抱き、学校へ行く。

 教室へ入ると、村田がいた。

「おはよう。市埜くん」

 教室を見渡すと、戸成の姿はどこにもない。

「なぁ、戸成まだきてないのか?」

「戸成? そんな人いたっけ?」

 村田は戸成という人物を知らないと言わんばかりに言った。

「何言ってんだ? 戸成っていただろ?」

 さっきから何かがおかしい。日にちが飛んでいたり、戸成の存在が無かったことになっている。そこまで考えてようやく全てを悟った。あれは夢ではなく現実だということ。

 そこでもう一度声が聞こえた。

『大丈夫。君には、みんながいるから』

 驚いて周りを見渡すも声の主の姿はどこにもない。

「そうだな、ありがとう戸成」

 そう呟いた。

「どうしたの? 市埜くん」

「ううん。なんでもない」











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

檻の中の孤狼 しな @asuno_kyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ