第8話 準備

 ふと時計に目を移すと、時間は既に一二時を回っていた。ペンを置き、机上に広げられたプリントや教科書を見て深呼吸をひとつ。

 座りっぱなしだったせいか、首筋や腰にだるさを感じ、気分転換に立ち上がり、伸びをしながら部屋をグルグル徘徊する。

 ズボンのポケットから、短い振動を感じ、取り出す。

「……誰?」

 携帯の画面には村田という人からの着信履歴があった。こんな人を追加した覚えはないし、だいたい村田という人は、俺の脳内の名簿リストに無かった――いや、よく思い出してみればあった。戸成に連れられて皆で集まった時にいた人畜無害なやつだ。

 携帯を開くと、「村田です。よろしく!」ときていたので、同じように「市埜です。よろしく」と、返信する。すると、即座に返信がくる。

「え……明日か。まぁ、行ってみるか」

村田に言われた通りに、定刻通りに目的地のファミレスまで来たのだが、緊張して中々店内へ入れない。すると、背中をトントンと叩かれる。後ろを振り返るとそこには、戸成の姿があった。

「入らないの?」

「あぁ、こういうの初めてだからちょっと緊張して――」

 急に、勢いよく戸成に手を引かれ強制的に入店する。

 既に、先日顔合わせをした池端、楠田、高部、降旗、戸部、村田の七人は到着していた。村田以外は来ることを知らなかったが、恐らく村田が呼んだのだろう。

「あ、市埜くんおはよう」

「お、おはよう」

 村田の明るい挨拶にいかにもコミュ障らしいどもりを含んだ挨拶を返してしまう。この中の戸成を含んだ数人は同じクラスだが、他は違うクラスだから、できれば、あまり俺が閉鎖的だったということ知られたくない。このことを知っているのは戸成だけでいい。

「なぁ村田、なんで皆を呼び出したんだ?」

「あぁ、えっとね、僕あまり勉強できなくて、来週テストあるでしょ? あれで点数悪かったら遊園地行けなくなるかもしれないから、教えてもらおうかと……もしかして迷惑だった?」

「いや、全然大丈夫」

 申し訳なさそうに聞いてくる村田にまたしもても素っ気ない返事をしてしまう。戸成と喋るようになったからといって、簡単には変われないことを痛感する。

「村田は分かったとして他のみんなは?」

 他のみんなに聞いても、村田と同じような理由で、俺に教えて欲しいという。しかし、一人だけ違うやつがいた。言うまでもなく戸成だった。彼女に理由を聞くと、「みんながくるから」という理由だった。まぁ、なんとなく想像はついていたような気がする。

 しかし、戸成が勉強できるのは知っていたが、他のやつがあまり勉強できないのは少し意外だった。

 こうして俺達の勉強会は始まった――


「ねぇ、市埜くんこの問題分かる?」

「あぁ、この問題はこの公式を当てはめてここをこうすると……」

「お、ほんとだできた!」

 こんな感じに聞かれた問題を片っ端から教えていく内に、俺は頭のいいキャラとして定着しており、みんなから頼られる存在になっていた。こうやって周りのヤツから頼られるのは、久しぶりでどこか心地よかった。


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