第5話踏み出す一歩

 あれからどのくらい経っただろうか。夕日もとっくに落ち、辺りには夜のとばりが訪れていた。俺はとにかく悩んでいた――と言うより、踏み出すべき一歩が踏み出せないでいた。何のことを言っているのかというと、あれは数時間前のことだった。学校から帰宅した俺は、戸成となりに遊園地に遊びに行かないかと誘われていた。しかも、大勢で。

その計画を立てるためのグループに招待されていたのだ。これは、俺の考え過ぎかもしれないのたが、彼女は俺を、断ち切ろうとしてくれているのかもしれない。長い間囚われ続けてきたしがらみから。そんなことを考えながらグループに参加という欄に手を伸ばす。だが、すんでのところで手が止まる。さっきから、これの繰り返しだ。頭では分かっている。あと数センチ手を伸ばすだけだと。だが、そんな思考とは反して手の動きが止まる。

「はぁ……」

 自然と溜め息が出る。最早俺だけの力ではどうしようもないのかもしれない。どうすればいいかと考える。取り敢えず戸成に連絡してみることにした。しかし、こっちから連絡したことなど今までに無いわけで、こんな時に、なんて言って会話を始めるべきかまるで分からなかった。人と関わることをやめた弊害がこんなにも早く顕著に現れるとは思いもしなかった。まぁ、それも仕方ない。変わるということは、そういうことなのだから。そう自分に言い聞かせ、戸成に連絡した。すると、数分後に彼女から電話がかかってきた。電話に応答し、電話した経緯を簡潔に説明すると、

市埜いちのくん大丈夫!?』

 戸成のかなり焦った様子が電話越しでも伝わってきた。

「大丈夫じゃないかもしれない」

 そう返すと、戸成はさらに焦った様子で

『病院には行ったの?』

 と、言った。ここまで来てようやく会話が成立していないことに気付いた。取り敢えず戸成を落ち着かせようと試みる。

「取り敢えず落ち着いて」

 すると、電話越しに、深呼吸する音が聞えた。

『落ち着いたよ』

「それは良かった。それよりも何でそんなに焦ってたんだ?」

『だって……市埜くん手が……動かないって……』

 それを聞いた瞬間、やってしまったと心の中で呟いた。数分前戸成に、グループに参加のボタンを押そうとしても手が止まるので、どうすればいいかと相談するために連絡しようとしたのだが、どう話を切り出すべきか分からず、取り敢えず今の現状だけを端的に伝えるべきだと思い、と送ったのだ。それを戸成は、俺の手が動かなくなってしまったと勘違いしてしまったらしい。

「あーそれは、ぇと、ごめん。俺が言いたかったのは、グループに参加のボタンを押そうとしても手が止まるって言いたかった。なんて言えばいいか分からなくて……ほんとにごめん」

 すると戸成は、『よかったー』と、安堵した様子で言った。分ってもらえて良かったとこちらも安堵しつつ、この現状を解決してくれるのか、無茶振りなんじゃないかと今更ながら気付いてしまった。すると戸成は、

『それは、今はどうにもならないんじゃない?』

 そう言うと彼女は『じゃあ、おやすみ』と言い電話を切った。

「まぁ、確かにそうだけど……身も蓋もないな」

 あまりの正論にそう呟くしかなかった。彼女が言うなら仕方が無いかと自分に言い聞かせ、その日はグループに参加しなかった。翌日、教室に入ると戸成の姿がそこにあった。戸成は俺に向かって手を差し出した。

「……なに?」

「携帯貸して」

 言われるがまま携帯を差し出すと、彼女は、少し携帯を操作すると、「はい」と言い携帯を返した。画面を見ると、特に変わったところは無さそうだった。しかし、よく見ると、連絡先に遊園地のグループが増えていた。

「昨日言ってたでしょ?押せなくて困ってるって。だから、私が押したらいいのかなって思って」

 そう言うと、彼女は悪戯な笑みを浮かべた。――なんと言うか、とても彼女らしかった。でも、お陰でグループに参加出来たのは事実だし取り敢えず感謝しとこう。ありがとう、心の中でそう呟いた。ふと思い立ち、グループのメンバーを確認してみると、俺を入れて八人いた。詳細を見ると、男子四人、女子四人の半々で構成されており、戸成以外顔と名前が一致しない人達ばかりだった。恐らく俺以外は、青春エンジョイみたいな感じの方達なのだろうと、独断と偏見が早くも頭の中を駆け回っていた。

「この中に混ざれんのかな……」

と、一抹の不安を抱えながらも、心のどこかで少しワクワクしているのを感じた。





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