第2話陰と陽
――今日も、いつも通り自分だけの世界に入る。この時間だけは必要不可欠な時間であり、誰にも邪魔されたくない。親友が死に、父親が死んだ。大切な人が自分から離れていく。そんな現実から目を背けたかった。そう思い始めた頃だろうか、音楽に出会ったのは。
初めは、とにかく目を瞑り耳を塞いでいた。生活音や喋り声、全てを遮断するために。だが、できなかった。所詮、自分の小さな手では世界から音を消すことなど到底無理だと分かった。そして、見つけたのがひとつのイヤフォンだった。試しに装着し、音楽を再生してみると、世界が変わった――気分だった。聴覚だけでなく、自分の意識そのものが世界から遠ざかっていくような感覚を覚えた。その頃から、俺はイヤフォンを常時携帯するようになった。心の平静を求めて――
――今日何度目のチャイムが鳴っただろうか。チャイムが鳴るやいなや、カバンからイヤフォンを取り出し装着しようとした。すると、目の前に1人の女子が立っていた。
「昨日はごめんね。ちょっと喋ってみよーかなーって思ったの。悪気はないんだ」
申し訳なさそうに昨日のことを謝罪してきた。本来ならば俺の逆ギレで、俺が悪いのだが、彼女は少し周りとは違って申し訳なく思ってくれていたらしい。ここは俺も謝っておいた方がいいな……というか、謝らなければならないと思った。
「こっちこそ……ごめん」
かなりコミュ障っぽくなってしまった。長い間人とまともに会話してないのでこうなるのも無理ないだろうと自分に言い聞かせる。
「いつも音楽聴いてるよね?好きなの?音楽」
彼女は唐突に問をなげかけてきた。本来のコミュ障である俺ならば、「あ……うん……好きだよ」みたいになるだろうが、この時だけは何故か、
「好きだよ。音楽を聴いてる時だけは心を無にできる。ずっと……探してたんだ、どうしたら少しの間だけでも辛いことを忘れられるか」
この時、ふと気づいた。今まで話したことなかった自分が音楽が好きな理由、
「ごめん。こんなことどうでもいいよね……」
「ううん。何かあったんだよね? 私で良かったら聞かせてくれないかな? 話した方が少し楽になるかもよ?」
初めてだった。黙って音楽を聴いてるだけで人と馴れ合うことを潔しとしなかった奴に、わざわざ話しかけて来てくれる人なんて。特に根拠がある訳では無いが、この人になら、彼女になら話してもいい気がした。――自分の過去を。
「ここじゃ話しにくいから場所を変えたいんだけど……どこかいい所はない?」
「あるよ、私のお気に入りの場所が。付いてきて」
そう言うと彼女は、お気に入りの場所とやらに向かって歩き出した。後を付いていくと、1つの扉の前に辿り着いた。
「ここが私のお気に入りの場所だよ」
そう言うと彼女は、勢いよく扉を開け放った。あちこちが錆び、劣化した鉄製の扉は、キィキィと耳障りな音を立てながら開いた。陽の光が差し込んできた。あまりの眩しさに、目が眩んだ。彼女は、こっちこっちと言わんばかりに手を振っている。彼女の元まで行くと、
「ここに立つとね、よく見えるの」
と、呟いた。言われるがままに周りを見渡すと、彼女の言った通り外の街並みがよく見えた。2人で腰掛ける。
「じゃあそろそろ話すよ。俺の過去を」
すると、彼女は真剣な面持ちになった。
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