3‐6.追試当日(side 悠真)
7月19日、金曜日。今日は終業式だ。明日から夏休みが始まる。
終業式が終わり生徒が帰宅を始めた頃、悠真と隼人は旧校舎三階の生徒会室で会長と副会長としての実務を片付けていた。
『晴、追試ちゃんと出来てるかな』
生徒会室の窓から隼人は向かいの校舎を見ている。向かいの三年生の校舎では晴が追試の真っ最中だ。悠真は資料をホッチキスで止めている。これを職員室に運べば仕事は終わりだ。
『ドラムのためならあいつは本気出すさ』
『なぁ、悠真は最近の晴どう思う? 火曜に勉強会中断した時からあいつ何かおかしいだろ』
窓枠にもたれる隼人と目が合った。悠真は資料の束を揃え、ホッチキスを静かに置く。
『俺達にも言えないことだとすると黒龍絡みかもな』
『あまり無茶なことしないといいけど』
『……そうだな』
この数日間の晴の様子がおかしいことには悠真も隼人も気付いている。晴がなんでもないように明るく振る舞っている以上、悠真も隼人も何も言わない。
誰にだって人に言えないことはある。悠真もそうだ。中学からの付き合いの晴は知っていても、高校から知り合った隼人や亮にはまだ話していないことがある。
――命日まであと2週間。燃え盛る炎、泣き叫ぶ人々、暑い夏に起きた悲劇……
『悠真? どうした?』
追憶の扉のドアノブを回しかけた悠真は隼人の声で我に返った。額に冷や汗を感じて彼は前髪を掻き上げる。
『お前には珍しく深刻そうな顔してたぞ』
『……ああ。なんでもねぇよ』
素早く作り笑いをして誤魔化してもこの作り笑いも勘の鋭い隼人には見抜かれている。
『そっか。……この後どうする? 晴待ってるか、先にスタジオ行くか』
悠真の動揺を見抜いていても隼人は気付かぬフリをして話題を変えた。隼人のこういった瞬時の判断を悠真は人として尊敬している。
『先にスタジオ行ってよう。今日は海斗達も終業式で早い。晴と亮が揃ったら打ち上げライブやるぞ』
『それは楽しみだ』
職員室に資料を運び、追試中の晴と部活中の亮には新宿のいつものスタジオで待ってるとメールを入れて裏門から学校を出た。
『……悠真、後ろ』
『わかってる。つけられてるな』
二人が裏門を出てすぐに男達が後ろをついて来た。尾行が下手な男達がカーブミラーに映り込んでいる。
『次の角曲がったら走る』
『りょーかい』
悠真は隼人に小声で合図を送り、隼人が頷く。二人は歩く速度を一定に保って次の曲がり角を目指した。
その角を曲がれば最寄りの高円寺駅が目の前だ。
目的の角を曲がった彼らは目を合わせ、駅を目指して全速力で走った。
『……ハァ……ハァ……あっつ……』
炎天下のアスファルトを全力疾走して駅に駆け込む。駅構内には同じ学校の生徒やお年寄り、サラリーマンなどがまばらに散っていて息切れする二人を怪訝に見ていた。
改札機を抜けてホームへ。ホームの自販機でコーラを買ってベンチに座り込んだ彼らは互いに冷たいコーラを一気に喉に流す。
『はぁー。久々にこんなに走った』
『まじバテる。なんなんだあいつら』
悠真も隼人も汗だくだった。半分残るコーラのペットボトルを額に当て、悠真は深く息をつく。
隼人は片手に持つ携帯電話を操作して画面を悠真に見せた。
『走りながらだったからブレてるけど追ってきた奴らの写真撮っておいた』
『さすが抜かりねぇな。……三人か。喧嘩で囲むにしては少ない気もするが』
『喧嘩が目的なら俺達が学校出てすぐに囲んでそうだ。今は……いないな』
ホームにいるのは杉澤学院高校の生徒が大半だ。尾行してきた三人組の男は全員黒っぽい服装の簡単に言えばガラの悪い不良。
カーブミラー越しやブレた携帯の写真で見ても見覚えのない顔だった。
『隼人、心当たりは? またどっかの男から女盗ったりしてねぇよな?』
『言っとくけど俺は女を盗ったことはねぇぞ。女が勝手に乗り換えてくるだけ』
『男の方はそうは思ってないかも。お前に女盗られたと思い込んで逆恨みしてるとか』
『えー。俺は悪くねぇし。つーか悠真はどうなんだよ? お前も女関係キレイとは言えねぇだろ。人妻に手を出してるんだし』
『俺か……』
蛇のように長い列車がホームに流れてくる。二人は涼しい列車内に乗り込んだ。
悠真は最近の女性関係を整理した。女関係で恨みを買うとすれば、離婚したばかりのユカ……は円満離婚だったと聞く。
チエミや、バツイチのアキコも元カレや元旦那との決着はついている。あとは……
『ダメだ。見当がつかない。そもそもどこで恨み買ってるかわからねぇよな』
『アルファルドとレグルスの残党って線は?』
アルファルドとレグルスはテストの賭け事件に関与していた不良グループ。先月に晴が黒龍の力を使って解散させた。
『ありえるな。それにシルバージャガーも怪しい。狙いが俺達全員なら、奴らが学校に引き返して晴や亮を狙う可能性もある』
『この写真添付して帰りは気を付けろって二人にメールしておくか』
電車に揺られながら立ち話をする悠真と隼人の側で中年女性が顔をしかめて二人を見ている。恨みを買うだの、狙われてるだの、健全な高校生男子の会話ではない。
二人を乗せた列車は新大久保駅を発車して間もなく新宿駅に到着しようとしていた。
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