3‐7.片山法律事務所(side 龍牙)

 午後6時。龍牙の恩師、片山良幸かたやま よしゆきが代表を務める片山法律事務所。ここが氷室龍牙の職場だ。

今日も手掛けている案件で依頼人との打ち合わせや裁判所への書類申請など忙しかった。

家に帰れば最愛の妻と可愛い娘が待っている。龍牙にとって家族が何よりの癒しと活力だった。


 デスクに飾った家族写真を眺めながら熱いコーヒーを飲んでいると携帯が鳴った。着信表示はアキこと、香道秋彦。


『お疲れさーん』

{リュウ、やられたよ}


香道の声は覇気がなく沈んでいる。何かが起きたと龍牙は察した。


『何があった?』

{永井が殺された}

『永井って……お前が追ってたクスリの売人だろ?』

{そうだ。さっき池袋のビジネスホテルで発見された。心臓をナイフでひと突き、プロの犯行だ}

『永井を殺ったのは口封じか』

{だろうな。密売グループの上層部が永井が捕まる前に消したんだ。先手打たれた。こっちはやられっぱなしだ}


 パソコンでネットニュースを閲覧するが、まだ永井の死体発見のニュースらしき記事はどこにもない。


『上層部のネタは入ってるのか?』

{これと言って目ぼしいネタはねぇけど、ただ新宿界隈で最近妙に羽振りのいい若い男がいるって噂がある。この前ガサ入れしたエスケープも新宿のクラブ、民間人にクスリが出回っているのも新宿を拠点としている。男と薬物密売グループが繋がってるかはわからないが何か匂う}

『その男なら例のエリカ捜してる時に俺の方にも情報入ってきた。俺が聞いたネタだとそいつは大企業の跡取り息子で美人の婚約者を連れ歩いて見せびらかしてるって』

{まじかよ。大企業の跡取り息子……ネタが本物なら相手にするには都合が悪いな}


電話の向こうで香道の溜息が聞こえた。


『金持ちの坊っちゃんがクスリの密売に関わってるとしたら警察としても自由に動けなくなるよな』

{残念ながらね。警察は金持ちと政治家に弱い。嫌になるほどにな}


龍牙は携帯を片耳に当てたまま車のキーを掴んだ。


『お前が動けないならその男も俺が調べてなるよ。どうせ今からエリカ捜しで新宿向かうから』

{悪いな。頼む}


 通話を終えて事務所の外に出た龍牙を待ち構えていたのは日の入り前の赤い太陽。夏夜のプロローグだ。


『すべての鍵が新宿に集まってるってことか』


 まず気になるのはガサ入れ直前に消えたエリカ。彼女はあの日に警察のガサ入れが行われることを知っていたと思われる。

ガサ入れの日時を知れるのは警察関係者のみ。警察から情報が漏れていた?だとすれば警察組織にいる香道の動きは今後かなり制限されるだろう。

エリカを捜し出せばエリカの背後にいる人間の存在もわかる。


 妻の美空に今日は帰りが遅くなるとメールを送り、龍牙は新宿に向けて車を走らせた。

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