3‐5.追試まであと2日(side 晴)
『おう、待たせたな。これ飲め』
車に戻ってきた龍牙がペットボトルのサイダーを晴と蒼汰に渡した。
晴と蒼汰は龍牙に礼を言い、二人同時にペットボトルの蓋を開ける。二人共かなり喉が渇いていたのか、サイダーをイッキ飲みした。冷たい炭酸が喉に染みて気持ちいい。
そんな晴達を龍牙が温かな眼差しで見守っている。
『さっきの刑事は龍牙さんの知り合いですか?』
晴は気になっていたことを龍牙に尋ねてみた。運転席で携帯電話を操作していた龍牙は顔だけを後方に向ける。
『知り合いっつーか、アイツは黒龍初代No.2のアキ。お前らも名前だけは知ってるだろ?』
『……ああ! 思い出した。あの刑事の顔どこかで見たと思ったんだけど、倉庫の壁に貼ってある写真だ。高校時代の龍牙さんとアキさんの……』
晴はようやく思い出した。黒龍が溜まり場にしている倉庫の壁に貼られた初代黒龍メンバーの写真。あの写真に写るアキと先ほど見た刑事の顔が一致した。
『元暴走族が刑事って凄いっすね。そっか……あの人がアキさんだったのか』
蒼汰は自分の無実を信じてくれた刑事がアキと知って嬉しそうだ。龍牙が車のエンジンをつけ、冷房の冷気が車内に流れてきた。
『それを言うなら俺もだけどな』
『そうですよ! 黒龍初代リーダーが弁護士で初代No.2が刑事って凄すぎますって!』
興奮する晴と蒼汰を乗せた車が新宿西警察署の駐車場を滑らかに出発する。
『蒼汰。アキも俺も、晴や洸もお前がクスリをやってないと信じてる。他の連中が信じなくても仲間に信じてもらえるだけで充分だろ。だからそんなにヘコむな』
『……はい……ありがとうございます……』
龍牙の言葉に蒼汰は涙ぐみ鼻をすする。晴も鼻の奥がツンとした。
『晴は明日も学校だよな。家まで送ってやるから、帰ったらちゃんと勉強して遅刻せずに学校行けよー』
ミラー越しに龍牙が晴に微笑んだ。年齢は10歳しか違わないのに龍牙は晴達にとって父親のような存在だ。
彼が居てくれて本当によかった。
龍牙に家まで送り届けられた晴は隼人に渡された英語のノートで今日のノルマをこなし、眠る頃には日付が変わっていた。
翌日、17日水曜日。今日の放課後は悠真との勉強会だ。
帰りのHRが終わると、晴のクラスに悠真と一緒に隼人も入ってきた。隼人には昼休みに昨日の勉強会の中断を詫びてある。
隼人は中断したことにも怒らず、急用について詮索することもなかった。
教室の一番後ろの晴の席を悠真と隼人が囲む。
『晴、大丈夫か? 疲れた顔してるけど』
『平気平気! 慣れない勉強して頭パンクしてるだけだから!』
隼人は怒るどころか体調を気遣ってくれる。悠真も昨日の勉強会中断の件を知っているのに何も言わない。彼らのそんなところが有り難かった。
これは黒龍の問題だ。隼人にも悠真にも余計な心配はかけたくない。
『じゃ、俺は先に帰るな。今日撮影入ってんだ』
『おお! 撮影頑張れよ!』
『お前も数学頑張れよー』
隼人はメンズファッション誌soul streetの読者モデルをしている。高校生や大学生に人気のsoul streetは晴も愛読の一冊だ。
教室を出る隼人に手を振り、晴は気合いを入れ直す。
『ヨッシャ。悠真やるぜ! どっからでもかかってこいっ』
『……晴』
気合いのガッツポーズをする晴とは精神的な温度差が20℃はあるのではないかと思うような落ち着いた悠真の声が晴の名を呼んだ。
『なんだよ。相変わらずテンション低いなぁ』
『何かあるなら言えよ。お前、普段は鬱陶しいくらいに騒がしいけどひとりで抱え込む癖があるからな』
隼人にも悠真にも本当は全て見抜かれている。見抜いてはいても、彼らは晴が言い出すまでは知らないフリをしてくれる。
『……サンキュー。でもごめん。今はまだ言えねぇ』
『言いたくないなら言わなくていい。俺も隼人も無理には聞かない。追試は明後日だ。今日は徹底的にしごくぞ』
にこりと穏やかに微笑む悠真の背後に黒い翼が見えるのはきっと晴の気のせい……?
『お手柔らかにお願いします……』
追試まであと2日。今の晴にはまず追試をクリアすることが最優先の目標だった。
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