3‐4.父親気分(side 龍牙)

 ロビーまで蒼汰を連れて来た刑事は警視庁捜査一課刑事の香道秋彦。龍牙は昔から彼をアキと呼んでいる。


『捜査一課のお前がどうして新宿西署の生活安全課のヤマに関わってるんだ? 一課の専門は殺人だろ』

『春頃から民間人にかなりの量のクスリが出回り始めてクスリに絡んだ殺人事件が関東周辺で多発してる。それで捜査一課と組対が合同で捜査していたんだ。今回ガサ入れしたエスケープも俺らが目をつけていた売人がよく使う場所で、新宿西署の管轄だったからここに捜査本部が出来たってわけ』


 龍牙と香道はロビーのソファーに並んで座る。二人がこうして肩を並べて時を過ごすのは久しぶりだ。


『それでこのヤマにお前がいたのか。で、捕まえた売人から何か聞き出せたか?』

『エスケープで逮捕した売人は今岡って男なんだけど今岡もクスリは永井と言う売人から買ったと言ってる。下っ端の今岡が中堅クラスの永井からクスリを買い、それをクラブで売りさばいていた。今岡はクスリをさばくための駒だ。今岡の上にいる永井を追ってるが行方は掴めていない』

『売人の上にさらに売人……いたちごっこだな』


想像以上に厄介な事件の予感がする。


『一連の薬物に関連した事件の裏に組織絡みの繋がりがあるのは確かだぜ。永井のさらに上には大物の売人がいる。出回っているクスリは中東や南米で製造された日本では珍しい部類の薬物だ。それを仕入れている組織が必ずある。うちも組関係を洗ってる。大石蒼汰の連れの女も組関係の女かもしれない』

『組織っつーと……ヤクザかマフィアか。でもわからねぇな。なんで組織の奴らがたかだか不良グループの高校生をハメる?』

『さぁな。蒼汰か黒龍に個人的な恨みのある奴が蒼汰をハメろと頼んだか。俺は捜査で手一杯だからそっちの方はリュウに任せる』

『しょうがねぇなぁ。可愛い後輩のために俺が動きますか』

『頼むぜー。黒龍の


 香道がニヤリと笑った。舌打ちした龍牙も香道の言葉を否定はしない。

龍牙には2歳になる娘がいるが、黒龍の後輩達もみんな息子みたいなものだ。


『アキだって元黒龍のくせに一人前にデカの面しやがって』

『俺はリュウとは違って喧嘩はしなかったし学校もサボらずちゃんと行ってました』


 黒龍は12年前に龍牙と香道が創設した。龍牙がリーダー、香道がサブリーダー。

喧嘩っ早い龍牙と参謀タイプの香道。龍牙の拳と香道の頭脳を合わせた二人は最強だった。


『あ、でも……俺の唯一の喧嘩は拉致られた美空みくちゃんと千鶴ちずるちゃんを助けに行ったあの時くらいか……』

『あの時は珍しくアキもぶちギレてたなぁ』


 美空は高校時代から龍牙が交際している恋人、現在の妻だ。千鶴は美空の親友。

関東最強の不良、氷室龍牙の恋人ということもあり、美空は敵対グループに何かと狙われていた時期があった。

敵対グループに拉致された美空と千鶴を助けるために香道と共にグループのアジトに乗り込んで行ったのは高校二年の冬だ。


高校卒業後、美空と結婚した龍牙は弁護士の道を、香道は警察官の道を選び今に至る。


『あのリュウが今じゃ娘をベッタベタに溺愛する父親だもんなぁ。ヤンチャしてた高校時代からは考えられねぇよ』

『いや、アキにだけは溺愛って言葉は言われたくねぇな。なぎさは元気してる?』


香道には10歳下の妹のなぎさがいる。ちょうど晴や蒼汰と同い年の高校三年生だ。


『なぎさは元気だけが取り柄だからな。もうすぐ夏休みだって浮かれてる』

『たまには、なぎさの顔を見にお前の家にでも遊びに行くか』

『言っておくけどなぎさに手を出すなよ? ただでさえなぎさの初恋は龍牙なんだ。小学生の時にリュウくんと結婚するーって言ってたアイツはいまでもお前に対してはミーハーって言うかファン根性が抜けないって言うか……』

『黙れシスコン。早いとこ妹離れしねぇと、いつかなぎさが嫁にいくとき大変だぞ』


 妹のことになると香道は嬉しそうに延々と妹の話を始める。彼は重度のシスコンだと龍牙は常々思っている。

歳が離れているせいか、妹が可愛くて仕方ないらしい。

香道は暴走族に入っていた過去をなぎさには隠している。当時は小学生だったなぎさは兄の少しだけ悪ぶっていた過去を覚えてもいない。


 事件の現状報告と世間話を少しして、龍牙と香道は新宿西警察署の玄関口の前で立ち止まる。守衛の警官が香道に敬礼した。


『他の刑事達は蒼汰のことを不良だからクスリをやってるに決まってるって最初から決めつけていたけど、ひとりだけ面白い奴がいたよ』

『面白い奴?』

『新宿西署の刑事課の奴。名前は……早河って言ったかな。そいつだけが蒼汰の話を熱心に聞いて、蒼汰を釈放するよう上司に進言していた』

『警察もまだまだ捨てたものじゃないってことだな』

『蒼汰の無実を信じたのは俺と早河だけだが、そう思いたいね。早河って奴は見た目は冷めた風を装ってるけど中身は熱い。また一緒に仕事してみたいと思える刑事だったな』


 思わぬところでの良き出会いを語る香道の表情は生き生きとしていた。

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