3‐2.話し合い(side 晴)

 渋谷駅で待っていると黒龍のメンバーのマサルがバイクで迎えに来た。晴はマサルのバイクの後ろに乗り、黒龍が溜まり場にしている倉庫に向かう。


 暗くなっていく空を眺めながら晴は考えた。蒼汰がクスリをやるなんて絶対にありえない。

蒼汰の父親は薬物中毒になって精神病院に入院している。離婚して蒼汰は母親に引き取られたが、たまに父親に会いに病院に行っている。

しかし父親はもう蒼汰の顔も、彼が自分の息子であることも認識できない状態だそうだ。誰よりも違法薬物を憎む蒼汰がクスリに手を出すとは思えない。


 バイクが倉庫の前に停まり、晴は躊躇なく倉庫に入る。嗅ぎ慣れた懐かしい匂いだ。

コンクリート剥き出しの灰色の室内にいたのは、黒龍現リーダーの洸と、晴に連絡してきたNo.3の拓、そして黒龍創設者で初代リーダーの氷室龍牙ひむろ りゅうがが待っていた。


『龍牙さん、お久しぶりです』

『おう、晴。拓が呼んじまったみてぇだな』


龍牙の仕立てのいいスーツの胸元に光る弁護士バッジ。昔は金髪だった頭も今は落ち着いた黒髪になり、スーツを着こなす彼はすっかり弁護士の風格だ。


(ヤンキー座りで煙草吸ってなければの話だけどな。その服でヤンキー座りはミスマッチっすよ、龍牙さーん……)


『蒼汰が捕まったって言うのは……』

『まだ捕まったわけじゃねぇよ。参考人として事情を聞かれてるだけだ。容疑が晴れればすぐに出てこれる』

『参考人ってどうして蒼汰が』

『晴。とにかく座れ。順を追って説明する』


 金髪に全身黒で統一した服装の洸がパイプ椅子を指差して座れと促す。洸は晴のひとつ年上、黒龍の掟通りに定時制高校を卒業した洸はれっきとした大学一年生、しかも美大生だ。


(洸も相変わらず美大生には見えねぇ)


 晴は洸の隣のパイプ椅子に、龍牙はソファーに座り直し、拓とマサル、他のメンバーは部屋に散らばって立っている。

洸が話の口火を切った。


『4月くらいから関東のいくつかのグループの間でクスリが出回るようになってさ、薬物所持や使用で逮捕者も出てる。もちろん黒龍にはクスリご法度の掟があるから俺達はクスリに手を出してないぜ』

『じゃあなんで蒼汰とクスリが関係してくる? もし掟がなくても蒼汰は絶対クスリはやらねぇよ』

『龍牙さんとも話していたんだが、蒼汰はハメられたかもしれない』


洸が龍牙と目を合わせた。晴はまだ話が見えず困惑する。


『ハメられた?』

『新宿にエスケープってクラブがあって、そのクラブはクスリの売人が取引でよく使うらしい。蒼汰はサツのガサ入れの日にそこに居合わせちまったんだ』


 先月に賭け事件の協力を黒龍に頼んだ際、蒼汰は最近クラブに遊びに行っていると言っていた。未成年だから警察にバレたらマズイと止めたのだが、こんなことならあの時もっと強く止めておけばよかった。


『当然、クラブにいた蒼汰もサツに事情を聞かれる。身体検査を受けたけど蒼汰はクスリを持っていなかったし尿検査でも反応はなかった。だけど俺らはサツからすれば不良の塊だろ? 黒龍にクスリご法度の掟があっても族のNo.2がクスリの売買のあるクラブに出入りしていたんだから疑われても仕方ないんだ』

『そこでサツに俺が呼ばれたってこと。俺は黒龍の顧問弁護士でもありお前らの保護者代わりのようなものだからな』


 龍牙は灰皿に煙草を捨てて長い脚を組んだ。まだ28歳ながら堂々とした佇まい。龍牙がそこにいてくれるだけで安心感が生まれる。


『蒼汰がクスリをやった証拠がない以上、証拠不十分で俺からもサツに蒼汰の釈放要求をしているんだが、これがなかなか難しくてな。ただでさえ未成年が酒を出す店に出入りしていたことで心証が悪い上に……』


龍牙が眉間にシワを刻む。洸も同じく険しい表情をしている。晴は思考をフル回転させた。


『蒼汰がハメられたってことは蒼汰がクラブに行ったのにも裏があるんですか?』

『蒼汰と一緒にクラブにいた女が逃げたんだ』


晴の問いかけには洸が答えた。


『女?』

『今月初めに蒼汰にできた女だ。俺達も女のことはエリカって名前しか知らねぇけど、クラブに居たときに逆ナンされたらしい。今回ガサ入れされたエスケープもエリカに誘われて一緒に行ったと蒼汰は話してる』

『そのエリカが蒼汰をハメたってことか?』


今度は龍牙が話を引き継いだ。


『サツのガサ入れの日、蒼汰はエリカに誘われてエスケープに行った。だが、ガサ入れ直前にエリカはクスリの入るバッグを蒼汰の隣に置いて店から消えたんだ。連れの女はガサ入れ前に消え、女の荷物から違法薬物が見つかった。蒼汰がクスリをやってないとどれだけ主張しても警察は蒼汰を疑う。アイツにとってはまずい状況なんだ』


 エリカは蒼汰を薬物取引のあるクラブにわざと連れて行った。そうだとすれば絶対に許せない。


『エリカの素性はわからないんですか?』

『エリカの残したバッグからはクスリ以外は財布も携帯も身元を示すものは何も入っていなかったそうだ。最初からクラブに置いていくために用意したんだろう。蒼汰に名乗っていたエリカって名前も偽名かもな。蒼汰の携帯に登録されたエリカの連絡先も繋がらないようになってる。サツもクスリを所持していたエリカを捜し回ってるが……。お、噂をすれば。……おう』


 龍牙の携帯が着信を鳴らし、彼は電話に出た。沈黙する晴達は龍牙の電話が終わるのを待つ。3分程度の短いやりとりで龍牙は電話を終え、口元を上げた。


『お前ら喜べ。蒼汰が釈放されるぞ』

『マジですかっ? よかった……』


 気の抜けた拓はその場にへたり込み、晴と洸も安堵して拳を突き合わせた。


『んじゃ、俺は蒼汰を迎えに行ってくる。晴も一緒に行くか?』

『はいっ!』


晴は跳ねるように椅子から立ち上がる。蒼汰は相棒だ。早く蒼汰の顔を見て話がしたい。

龍牙が洸を手招きする。


『洸、お前にはまた連絡入れる』

『はい。お気をつけて』


 洸達に見送られた龍牙と晴は蒼汰のいる新宿西警察署に向かった。


 運転席でハンドルを握る龍牙の左手薬指には結婚指輪がある。高校時代からの彼女と結婚した龍牙は今では一児の父親だ。


『学校はどうだ?』

『楽しいっすよ。期末テストで赤点まみれで、追試に受からないと夏休みがなくなるピンチに直面していますけど……』

『まぁ赤点も青春のうちだな。俺も高校の頃は授業サボってばかりだった。アキに無理やり学校まで引っ張ってかれたよ』


 アキは龍牙と共に黒龍創設メンバーで黒龍初代No.2。晴はアキとは面識がないが、倉庫の壁には黒龍初代メンバーのスナップ写真が飾られていて、アキの顔は写真でのみ知っている。


『俺もすっげー頭のいい友達がいて、さっきまでそいつに勉強教わっていました』

『そいつは勉強の邪魔しちまったな。本当はお前に蒼汰の件を知らせるべきか迷ったんだ。晴は黒龍を抜けて普通に学生やってるからな』

『逆に知らされないままの方が嫌です。蒼汰は俺の相棒なんで。蒼汰の危機は俺の危機です』


 相棒、それは悠真達バンドメンバーや黒龍のメンバー、隼人達とも意味合いが違う。

バンドに集中するために黒龍を抜けることを晴は真っ先に蒼汰に相談した。絶交を覚悟で打ち明けた晴の夢を蒼汰は真剣に聞き、応援すると言ってくれた。


バンドメンバーや黒龍のメンバーは仲間、隼人達は友達。

蒼汰と晴は二人でひとつ、晴と蒼汰を合わせて最強になる唯一無二の相棒だ。

そう、かつての龍牙とアキのような。

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