3‐1.地獄の1週間、開幕(side 晴)
杉澤学院高校、3年6組。このクラスに在籍する緒方晴の席を囲んで木村隼人と高園悠真は頭を悩ませていた。
『常々、お前はバカだと思っていたがここまでバカだとは思わなかった』
悠真が溜息をついた。彼の視界に入るのは晴の机に並ぶ期末テストの答案用紙。
数学28点、物理25点、古文20点、英語14点。
『晴にはテスト前に賭け事件の一件で動いてもらったからな。勉強時間がとれなかったのは仕方ない』
数学の答案用紙を持ち上げてまた悠真は頭を抱える。晴は面目なくうなだれた。
杉澤学院高校の生徒達が行ったテストの賭け事件。賭けに関与した不良グループ、アルファルドとレグルス、シルバージャガーの情報を集めるために晴は以前所属していた暴走族グループ
黒龍の仲間の協力のおかげでアルファルドとレグルスを解散させ、事件の黒幕を追い詰めたのは期末テストが始まる直前のことだ。
忙しさにかまけて勉強を怠った晴は、見ての通り赤点が四教科。
赤点の者は追試で70点以上とらなければ夏休みの補習が待っている。高校生活最後の夏休みを満喫する気でいた晴には夏休みが補習で潰れる事態は死活問題だ。
『晴がうちの学校入れたのってある意味すげーよな』
『だよな! 俺も奇跡だと思う』
隼人の呟きに晴は大いに同意した。東京都の偏差値トップレベルの杉澤学院高校の入試をダメ元で受けたら受かってしまった、そんなミラクルもこの世にはある。
『それでもなんで授業出てるのに赤点なんだよ……』
また悠真が溜息をついた。そんな悠真と隼人は今回の期末テストの順位も当たり前な顔で同率学年1位だった。
晴は賭け事件を言い訳にはしたくなかった。賭け事件の調査で勉強時間がとれなかったのは二人も同じ。しかし悠真も隼人も、一緒に動いていた渡辺亮も、ちゃんと期末テストをクリアしている。自分だけテスト勉強が出来なかった言い訳にはならない。
『ははっ。いやー、あのですね、授業は真面目に出てたんだけどこう、授業の内容が右から左にスー……っと流れていくと言いますか……
『右から左に流すんじゃねぇ。中央の脳ミソに貯めなきゃ意味ねぇだろバカ』
丸めた教科書で隼人が晴の頭を叩き、晴は顔をしかめて頭を押さえた。その様子を遠巻きに眺めていた晴の担任の山田教諭(数学担当、推定年齢50歳)が笑っている。
『高園ー、木村ー。緒方はなんとかなりそうか?』
『なんとか……するしかないですよね……』
悠真は晴の点数によっぽど絶望しているようで、珍しく歯切れが悪い。隼人も苦笑いしていた。
『あははっ。後はお前達に任せるよ。緒方、学年トップの二人が友達で良かったなぁ。追試は来週の金曜だからよろしくなー』
豪快に笑って山田教諭が教室を去った。困った時の友達頼み。悠真と隼人は晴の追試勉強を見てやってくれと山田教諭直々に頼まれていた。
『理系はまだいいとして問題は文系か。どうやったら英語で14点なんかになるんだ』
晴の英語の答案用紙を見た隼人は正解数の少なさに愕然としていた。悠真がルーズリーフに定規を当てて几帳面に線を引き、来週木曜日までの日付を書き込んだ。
『文系は隼人に任せる』
『OK。晴、今から俺らが追試までのカリキュラム組むからそれに従って勉強やれよ』
『おう。悠真様! 隼人様! ワタクシ一生ついていきます!』
『追試終わるまでドラム禁止な』
カリキュラムの表を作る悠真がさらりと言った。晴は口を開けて数秒間、まばたきを繰り返す。
『まじかよっ? ムリムリムリ! 俺ドラム叩けなくなったら死ぬ!』
『勝手に死んでろ』
『骨は拾ってやる』
晴の抗議もお構い無しに悠真と隼人はカリキュラム作りに集中していた。
七夕も過ぎて蝉の鳴き声が聴こえる7月10日。今日から追試までの1週間、夏休みを手に入れるために晴の地獄の猛勉強が始まった。
悠真と隼人の容赦ないスパルタの教えで晴の頭には英語の文法や数学の公式、物理の法則……色んな言葉がグルグルと回りパンク寸前だった。
その電話は追試3日前の7月16日の火曜日、放課後にファミレスで隼人と勉強をしている時に突然かかってきた。
『晴の携帯じゃねぇ?』
『あ……ホント。電話だ』
晴の携帯電話がバイブ音を鳴らしている。メールではなく電話の表示だった。
『少し休憩にするから出ろよ』
『悪いな』
携帯を持ってファミレスの席を立った晴はトイレの前の通路で通話ボタンを押す。
『もしもーし』
{晴さん。すみません。今からこっちに来てもらえませんか?}
電話をかけてきたのは黒龍時代の後輩の
切羽詰まった拓の様子に嫌な予感を感じた。
『何かあったのか?』
{
『蒼汰が? あいつ何かやらかしたの?』
蒼汰は黒龍のNo.2。晴の相棒だ。
{それが……蒼汰さんがクスリをやったって……}
『蒼汰がクスリ? そんなのあるわけねぇよ。黒龍には掟があるんだから}
黒龍には五ヶ条の掟がある。
①街での迷惑行為はしない。
②喧嘩上等。売られた喧嘩は買って勝つ。
③仲間と女は大切に。子供とお年寄りに優しく。何かあれば身を挺して守る。
④酒、煙草はバレないように。証拠隠滅絶対。覚醒剤などのドラッグは厳禁。
⑤高校は必ず卒業すること。
この掟を破った者は即、破門。こんな掟を定めている黒龍は暴走族の中でも異質な存在だ。掟のおかげで黒龍のメンバーはこれまで補導はされても逮捕者はゼロ。
すべては今では立派な弁護士として活躍する黒龍初代リーダー、氷室龍牙の統制あってのことだ。
{でも警察に連行されちまったんですよ}
『
{いつもの場所に。晴さんもこっち来てもらえますか?}
『わかった。今渋谷だから悪いけど誰か迎えよこしてくれない?』
{マサルさんが迎えに行くそうです}
『了解。渋谷駅で待ってる』
電話を切っても晴はまだ混乱していた。状況がまったく掴めないが、とにかく黒龍の仲間達と合流しないことには話が見えない。
晴は隼人の待つ席に戻り、隼人に頭を下げる。
『ごめん。今日の勉強はこれで終わりにしてくれ。急用ができた』
隼人は晴をじっと見つめ、アイスコーヒーのストローをくわえる。晴の真剣な眼差しに何かがあると彼は悟った。
『わかった。お前がいない間にこれまとめておいたから、ちゃんと見ておけよ』
何か言いたげな素振りをしながらも隼人は英語のノートを晴に向けて放る。晴は両手でノートを持ち上げ、また頭を下げた。
『隼人ありがとう』
『……気を付けろよ』
『ああ。行ってくる』
ファミレスを飛び出した晴を見送った隼人はその場で悠真にメールを送る。この胸騒ぎが取り越し苦労ならば良いと願いながら。
渋谷のファミレスを出た晴は渋谷駅まで全力疾走した。隼人は勉強会が中止になった理由を詮索しなかった。彼は無理に聞き出さない、詮索しない。黙って送り出してくれた。
木村隼人とはそういう男だ。
(隼人のそういうところが好きなんだよな。って、別にホモではないんだけどさ!)
7月の夕方。空はピンクとラベンダー、アイスブルーのグラデーション。夏の闇夜がすぐそこまで迫っていた。
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