2‐15
「私がわざと手を抜いてやってるのに何も知らないあんたは2位になったぁ! って馬鹿みたいに喜んで。あんたが2位になった時の私の気持ちわかる? なんであんたが2位……」
桃子ちゃんの言葉の途中で物凄い音を立てて木村先輩が椅子を蹴飛ばした。ええっ? 木村先輩……?
『まずいな。隼人がキレた』
私の肩を支える渡辺先輩が呟いた。彼がキレたと表現した木村先輩は私にもわかるくらいに殺気立っていた。
『さっきから何なんだよお前。手を抜いてやってる? 笑わせんな。じゃあ、あんたが手を抜かなければ1位になれんのか?』
どす黒いオーラを放つ木村先輩が桃子ちゃんとの距離を詰める。先輩の迫力に負かされた桃子ちゃんが後退する。彼女の脚が机の脚に当たった。
「あ、当たり前じゃないっ! 私が本気出せば普通に学年で1位とれるんだから!」
『へぇ。じゃあやってみろよ。実力で1位とってみろよ。でもな、もしあんたがテストで学年1位になったとしても人間として最低なことに変わりはない』
桃子ちゃんが持っていたハサミの刃先を木村先輩に向けるが、木村先輩はかまわず桃子ちゃんに近付いていく。桃子ちゃんは前を木村先輩に、後ろを高園先輩に挟みうちされた。
「あんたのように女にだらしない男に最低呼ばわりされたくないっ」
『確かに俺は女にだらしねぇよ。そこは否定しない。だけど俺は友達のフリして近付いて、信じてくれた友達を裏切る真似は一度もしたことないね。人としてあんたは最低だ。増田さんはあんたを信じてたんだよ。彼女がどれだけ傷付いたか、わかるか?』
桃子ちゃんが持つハサミが震えている。木村先輩が桃子ちゃんの腕を掴んで引き寄せた。
『せっかくあんたが援交してることは黙っててやろうと思ったのにな?』
木村先輩が桃子ちゃんの耳元で囁いたセリフは私にも聞こえてきた。援交……って援助交際のことだよね?
桃子ちゃんが声にならない小さな悲鳴をあげた。
「援交って援助交際のことですよね?」
『うん。兵藤桃子は援交して身体を売ってた。隼人もこれは増田さんが知るにはショックな事実だから黙っていようとしていたんだよ。だけどこの切り札持ち出さないとダメだったみたいだ』
渡辺先輩が耳打ちして教えてくれた。私には黙っていようとしてくれた木村先輩の気遣いが嬉しかった。
木村先輩が桃子ちゃんの後ろの高園先輩と目を合わせる。
『悠真、お前の携帯も繋がってる?』
『もちろん。兵藤さん悪いね。俺達四人分の携帯、実は職員室の電話に繋がっているんだ。俺達が教室に入ってからずっとね。職員室で先生達がこの会話を聞いてるよ』
木村先輩と高園先輩の追い討ちは桃子ちゃんにも私にも衝撃的だった。携帯が職員室の電話に繋がってる……先輩達の用意周到さは凄い……
力が抜けた桃子ちゃんから木村先輩がハサミを抜き取る。桃子ちゃんがまた笑い出した。壊れたロボットみたいな狂った笑い声に鳥肌が立つ。
「やっぱりあんた達が生徒会になったのは誤算だった。杉澤のトップ4とか言われて騒がれて、だいぶ目障りだったけど。ここまで邪魔者になるなら最初からあんた達を潰せばよかったなー」
ビリビリに切り裂いたノートを掴んだ彼女が私めがけてノートを投げつけた。渡辺先輩が腕を引いて避けてくれたおかげでノートは私には当たらず床に落ちる。散ったノートの切れ端を木村先輩が拾い集めてくれた。
『俺達のことはどう思ってもらってもいいが、増田さんには何か言うことはないのか?』
「別に。悪いことしたとは思ってないもの。あんた達の携帯が職員室に繋がってるなら、どうせ私の処分は決定でしょ? 今日のところは帰らせてよね」
カバンを肩にかけた桃子ちゃんが教室を横切って入り口に向かう。私は彼女の背中に向けて叫んだ。
「桃子ちゃん! 私、桃子ちゃんのこと友達だと思ってたよ。今だって……友達だと思ってる」
私の言葉に桃子ちゃんは足を止めたけど彼女が私を見ない。それでも言わずにはいられない。
「馬鹿でもお人好しと思われてもいい。私は桃子ちゃんが大好きだよ! 桃子ちゃんは最初から私を友達だと思っていなかったかもしれないけど、私は桃子ちゃんと一緒にいて楽しかったから……だから……」
流れる涙を拭うこともせずに気持ちを叫んだ。桃子ちゃんは一度も私を見ることなく何も言わずに教室を出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます