2‐14

 一階と二階の間の階段の踊り場で渡辺先輩と緒方先輩が私達を待っている。


『ナイスタイミング。今日放課後に増田さんが残っていて良かったのかも』


緒方先輩が木村先輩と高園先輩に挟まれている私に視線を向けた。木村先輩がひとつ息を吐き、全員の顔を見回す。


『じゃ、行くか』

『いざ出陣ー!』

『晴、声でかい』

『晴は普通の声量でもバカでかいからな』

『おい亮っ! バカでかいとは何だ!』


状況についていけないのは私ひとり。四人の先輩達は何も説明してくれない。


 二年生の教室のある二階に到着した。先を行く先輩達が2年2組、私の教室の前で立ち止まる。閉められた教室の扉を木村先輩が勢いよく開けた。皆が帰った後の放課後の教室にいたのは……。


「……桃子ちゃん?」


 教室で桃子ちゃんが立ち尽くしていた。彼女が立っているのは私の席がある辺り。


「先輩、これって……」

『増田さんの教科書やノートが盗まれ始めたのは中間テストの順位が貼り出された翌日だったよな?』


木村先輩が小さな溜息をついて私を見た。私は彼に頷き返す。


『増田さんの話を聞いた時からおかしいとは思った。これまでも順位の変動で賭けが成立しなかった奴らが変動の原因となった生徒に嫌がらせをすることはあった。だが俺達が知る限りは嫌がらせはほとんどが金を要求する恐喝だった。増田さんのように持ち物が盗まれるケースはなかったんだ』


木村先輩、高園先輩が教室の中央に進む。渡辺先輩と緒方先輩は教室の前と後ろの二つの出入口を塞ぐようにして立っていた。


 私は教室の隅に呆然と立ったまま、耳は木村先輩の話を、目は桃子ちゃんを見ていた。桃子ちゃんはハサミを握っている。私の机の上には切り刻まれたノートが散らばっていた。


「桃子ちゃんが嫌がらせの犯人……?」


目の前の光景が信じられず、誰に問うでもなく独り言を呟く。桃子ちゃんは無言で私を睨み付けていた。


『増田さんへの嫌がらせもテストの賭けも黒幕は兵藤桃子、お前だ』


木村先輩に名指しされた桃子ちゃんは舌打ちをしてから笑い出した。


「厄介な奴らが生徒会長と副会長になっちゃったなぁとは思ってたけどホントあんた達、邪魔」


 木村先輩と高園先輩を威嚇する桃子ちゃんは私が知る彼女とは口調も表情も別人だった。


「どうしてこんなこと……? 本当に桃子ちゃんが私の教科書盗んだり嫌がらせしてたの?」


震える足で一歩前に進み出た。桃子ちゃんはまた舌打ちして声を荒くする。


「あーあーあーっ! あんたのそういうところ苛つく。ちゃっかり生徒会まで味方につけて。まじにうざい」


 桃子ちゃんの声に肩がビクッと震えた。彼女に近付こうとした私を木村先輩が背中に隠した。先輩の背中越しに桃子ちゃんの睨みの視線が刺さる。


『増田さん、兵藤桃子がすべての主犯なんだ。順位で賭けをしていたアルファルドとレグルス、二つのグループの裏にはシルバージャガーと呼ばれるグループがついていた。こっちの説明は晴が専門だな?』


高園先輩が入り口に立つ緒方先輩に顔を向けた。緒方先輩が高園先輩の言葉を引き継ぐ。


『シルバージャガーは俺がいた黒龍こくりゅうよりは規模は小さいが質の悪い連中が集まってることで有名なグループだ。シルバージャガーのかしら兵藤清孝ひょうどう きよたか。兵藤桃子、あんたの兄貴だ。今は元頭って言った方がいいか? 今のシルバージャガーの実質的な頭はあんたになってんだろ?』

「さすが黒龍元No.3の緒方先輩。黒龍を動かしたなら、アルファルドとレグルスを潰しただけで終わるわけないと思ってたけど。私のことに気づくとはね」


 シルバージャガー? 兵藤清孝? 頭? 私には縁遠い話で意味がわからない。だけど桃子ちゃんの感情のない冷めた声が怖かった。


『兵藤清孝は4年前、三年の時に傷害事件を起こして杉澤学院を退学になっている。退学になる前に清孝が作ったグループがアルファルドとレグルス、そしてシルバージャガー。兵藤のヒョウと動物の豹をかけてシルバージャガーか。もっとセンスのいい名前つけろよ』


木村先輩が鼻でせせら笑う。そんな挑発するみたいに言ったら桃子ちゃんが余計に怒っちゃいますよ! 桃子ちゃんがめちゃくちゃ木村先輩を睨んでる……


『アルファルドとレグルスが賭けで儲けた金の一部はシルバージャガーに流れていた。上納金のようなものだな。アルファルドとレグルスを仕切っていたトップ二人の通帳から調べさせてもらったよ』


高園先輩が事も無げにさらっと言ったけど通帳からそんなことがわかるの? 振込先とか? 私の理解力では思考が追い付かない。


木村先輩が桃子ちゃんに詰め寄った。


『兵藤桃子。あんたはアルファルドとレグルスには属していないが、シルバージャガーの影の頭として賭けに関与していた。あんたの兄貴が全部話してくれたぜ』

「こんな奴らに脅されたくらいで簡単に口を割るなんてお兄ちゃんも情けないなぁ」

『俺らは別に兄貴を脅したつもりはねぇよ。兄貴が自分からお前を止めてやってくれって俺達に頼んだんだ。兄貴の方がまだ人としての良心があるよな?』


 木村先輩と桃子ちゃんの距離が机三つ分の距離まで縮まっていた。彼は切り刻まれた私のノートの切れ端を拾う。


『あんたが影のリーダーとして賭けを仕切っていたことはわかった。しかしわからないのはあんたが増田さんに嫌がらせをした理由だ。どうして増田さんだけにこんな嫌がらせをする?』

「決まってるじゃない。そこにいるあの子が気に入らないからよ」


 桃子ちゃんが顎で私を指した。桃子ちゃんの視線が怖くて足が震える私を後方にいた渡辺先輩が肩を抱いて支えてくれる。その様子が桃子ちゃんの気に障ったみたいで、彼女はまた大きく舌打ちした。


「いいよねぇ。そうやってか弱くしておけば男が寄ってきて守ってくれて。あんたのような弱虫でひとりじゃ何もできない人間が一番ムカつくのよ」

「桃子ちゃん……私達……友達じゃなかったの?」


足と同じように口から出る言葉も震えていた。桃子ちゃんが甲高い笑い声をあげる。


「友達? まさかぁ。あんたみたいな気の弱い子なら私の思い通りになってくれると思ったのよ。あんたを友達だと思ったことは一度もない」


桃子ちゃんの言葉が胸に突き刺さる。


「気が弱くてひとりじゃ何もできない臆病者のくせに勉強だけはできるイイ子。あー。うざったい。なんであんたが2位なの? 私はね、テストの賭けを知ってるからわざと上位にならないように手を抜いてきたの。アルファルドとレグルスの連中は私がシルバージャガーのかしらの妹だって知らないからね。私が実力出して1位になっちゃえば色々と面倒なのよ。わかる?」


わからない。わからないよ。どうして?

友達だったのに……信じていたのに……。

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