2‐12

 期末テスト勉強に追われて水曜日、木曜日が過ぎていった。月曜日にスカートが切られてからは物が盗まれることも他の嫌がらせも何も起きなくて、ホッとした気持ちで金曜日の最後の授業を終えた。


 放課後、私は花壇の手入れをする至福の時間を楽しんでいた。梅雨時は雨でなかなか手入れができないけど雨上がりの花壇は土もお花も喜んでいる気がする。

ひとりで夢中になって花壇の手入れをしていた私は周囲の状況に気を配ることを忘れていた。


「……きゃっ!」


バシャバシャと聞こえる水の音。濡れた前髪からポタポタと水滴が落ちる。


「え……なに?」


ずぶ濡れになった体操着と自分の頭。何が起きたかわからず呆然と立ち尽くした。


「あははっ! ビショビショじゃん」

「どんくさいねぇ。水かけられる前に気付けよ」

「反射神経無さすぎっ!」


耳障りな笑い声。後ろを振り向くと私を恐喝してきたあの三人組がいた。ショートヘアーの子がバケツを持っている。


「あなた達……どうしてこんなことするの?」


彼女達を睨み付けた。彼女達も負けじと私を睨んでいて、その睨みに少し怖気おじけづく。


「うざいんだよ。あんた高園先輩達に私達のことチクったでしょ?」

「あんたのせいで私達も停学になったの」

「賭けは負けるし停学はくらうし、こうなったのは全部あんたのせい」


 チクったって何よ……私は先輩達に話を聞いてもらっただけ。私のせいって、賭け事をする方が悪いじゃない。


「目障りなんだよねー。ちまちまと花なんかいじっちゃってさぁ。あんたって根暗ちゃん?」

「根暗ちゃん! その名前ウケるー」

「地味で根暗のブスなくせに。あんたみたいな奴がテストで2位ってムカつく。生徒会にまで取り入って」

「でも根暗のブスは木村先輩達も相手にしないよねぇ」

「だからさぁ、根暗ちゃん、私達の前から消えてくれない?」


巻き髪にショートヘアーに黒髪ロング……三人が口々に好き勝手に言いたい放題。


 そりゃあ私は社交的ではない。運動オンチで取り柄は勉強しかない。顔は……自分でも可愛くないのはわかってるから言わないで欲しい。木村先輩に相手にされないのもわかってる。だけど……

 ――自分を守れるのは自分だけ。


生徒会室で木村先輩が言ってくれた言葉を思い出した。前髪から落ちた滴が頬を濡らす。

私は拳を握り締めて思い切り息を吸った。


「いい加減にしてよ! 私が何したって言うの? 私は勉強を頑張っただけ。あんた達が勝手に賭けをして勝手に負けたんでしょ? 停学になったのもあんた達が悪いことしたからじゃない。私のせいにして逆恨みして八つ当たりしないでよっ!」


私に言い返されると思っていなかった三人は唖然としていた。言い返した私も大きな声を出して息が上がっている。


「な、なによコイツ……!」

「ムカつくっ!」


 ショートヘアーの子がバケツを振り上げて私にぶつけようとした。とっさにしゃがみこんで手で頭を覆う。

バケツがガンッと当たる音が……あれ? 身体が痛くない……。地面に転がるバケツが視界に入った。


『はい、そこまで』


 男の人の声にハッとして視線を上げると、木村先輩がショートヘアーの子の腕を掴んでいた。


『俺はなるべく女の子には手荒なことしたくないんだよね。でも君達には容赦しなくてもいいかもな』


ショートヘアーの子の腕を掴んだまま木村先輩が他の二人の子を目で威嚇する。

増田奈緒の実況によると今の木村先輩はとてつもなく恐ろしい顔をしています……。


「あ……その……」


先輩に腕を掴まれているショートヘアーの子がガクガクと肩を震わせている。巻き髪と黒髪ロングの二人も殺気立った木村先輩が怖くて言葉が出ない様子。

実を言うと私もめちゃくちゃ今の木村先輩が怖い。


『2年4組吉井麻耶さん、5組の山本由加里さん、石本実花さん。君達は停学じゃ物足りないようだな。自分達が増田さんに何をしたかわかってるのか?』


私も知らない彼女達のクラスと名前を淀みなく呼んでいく木村先輩は雰囲気は怖いのに正義のヒーローみたいでかっこいい。


「すみません……」


今にも泣き出しそうな顔で巻き髪の子が先輩に謝った。でも木村先輩は怒りの表情を崩さない。


『君達が謝らないといけないのは俺じゃないだろ』


私を見る木村先輩と思い切り目が合って、こんなびしょ濡れな姿を見られて恥ずかしくて私は目をそらした。


「……ごめんなさい」


 黒髪ロングの子がまず先に私に頭を下げた。続いて巻き髪の子も、木村先輩の拘束が解けたショートヘアーの子も私に謝ってくる。

謝っても許されないこともある。あるけど……

しゃがみこんだまま、彼女達を見上げた。


「もう……こんなことしないって約束してくれるならそれでいいです」

「約束します……」


 巻き髪の子が小さく呟いた。彼女は今にも泣きそうだ。彼女が泣きたい理由はわかる気がする。

たぶん巻き髪の子は木村先輩のことが好きなんだ。好きな人にあんなに怖い顔で睨まれたら泣きたくなるよね。


『今回のことは先生には黙っておくが、もし次に問題行動が発覚すればその時は停学よりも重い処分が下ることになるからそのつもりでいろ』


木村先輩が冷めた声で彼女達に告げる。三人の女の子は逃げるようにその場を立ち去った。

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