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隼人は小学二年から関東地方でも有力のサッカークラブに所属していた。同い年で同じ時期にクラブに入った彦坂京介とは小学生時代からチームメイトでありライバルだった。
隼人と京介は最強のコンビで最高のライバル。京介にだけは負けたくない、隼人はずっとそう思っていた。
それは高校二年に進級してすぐの4月15日。隼人と京介の運命を決める試合があった。
日本サッカー協会の海外留学制度。日本の各地区のサッカークラブから優秀な選手を協会が選び、海外のサッカークラブへ留学させる。
留学に選ばれる選手は各クラブからひとりだけ。選ばれた者は二年から四年の海外留学、留学を終えるとJリーグのチーム入団が約束されている。
留学希望者は事前に協会側に申請、隼人達のクラブでは隼人と京介を入れて四人が留学希望を申請した。
留学を決めるのはもちろん試合。ちょうど関東地区予選の試合が隼人達の留学を決める試合となった。
隼人と京介は希望者の中でも有力候補と名指しされた。隼人達もこの試合でのライバルは敵チームでも他の留学希望のチームメイトでもなく、隼人は京介、京介は隼人、互いにライバルはひとりだけだと思っていた。
どちらが選ばれるかどちらが勝つか。これは隼人と京介の一騎討ちの試合。
『隼人。誰が選ばれても文句は無しだからな』
試合前のロッカールームで京介が隼人に言った言葉に隼人は頷く。
『わかってる。正々堂々とやってやる』
『ああ。お互い全力を出そう』
二人は拳を突き合わせてコートに向かった。
隼人はフォワードのストライカー、京介は攻撃的ミッドフィルダー。隼人と京介のコンビネーションは抜群だったが相手チームも粘って試合はPK戦に。
隼人も京介もPKのキッカーに選ばれ、二人ともシュートを決めて試合は隼人達のチームが勝った。
チームが勝利したことと、今日の自分の動きに満足していた隼人は協会から選ばれるのは自分だと自信があった。
そして運命の試合から1週間後、サッカー協会から選ばれた留学生として名前を呼ばれたのは木村隼人ではなく……彦坂京介。
悔しいなんてものではなかった。どうして自分じゃなくて京介なんだと、何度も思った。
誰が選ばれても文句は無し。わかっている。京介と約束したから。だけどもし、選ばれたのが京介ではなく別のチームメイトだったらもしかしたらめちゃくちゃ文句を言っていたかもしれない。
負けたのが京介なら文句はない。でも京介だからこそ悔しかった。
小学二年からずっと一緒にサッカーをやって来て、毎年夏休みにあるサッカー合宿ではいつも夜に抜け出してコンビニで買い食いしたり、二人でバカなことをして遊んでいた。
学校は違ってもサッカーで繋がっている京介とは学校の友達や幼なじみの渡辺亮とはまた違った絆があった。
親友でチームメイトでライバル。だからこそ一番負けたくない。一番負けたくない奴に一番負けたくないもので隼人は負けた。
京介には笑って『おめでとう』と言えたのはせめてもの強がり。だけど、どうしても自分と京介の違いが知りたくて、留学に自分ではなく京介が選ばれた理由が知りたくて、隼人はサッカークラブの監督にどうしようもない思いをぶつけた。
小学生の頃から隼人と京介を指導している監督の見解が聞きたかった。監督は黙って隼人の話を聞き、彼の気持ちを受け止めた。
『隼人……お前はな……』
隼人の話を聞き終えた監督が悲痛な表情で口を開く。監督から何を言われるのか内心ビクついていた隼人の耳に聞こえてきた言葉は予想外の言葉だった。
『完璧過ぎるんだ』
完璧過ぎると言われて拍子抜けした隼人にさらに監督は言う。
『お前のサッカーは完璧なんだ。動きや判断がまったくブレない。完璧で綺麗としか言いようがない』
『じゃあ……どうして俺じゃなかったんですか?』
監督の言葉の意味がわからない。
『完璧過ぎるからだ。だからお前は選ばれなかった』
『そんなの意味がわかりません!』
『何故、海外留学制度があるか考えてみろ。可能性のある選手を海外でプレーさせてその可能性を広げるためだろ? でもな、完璧で既に完成されたものはどんなに頑張ってもそれ以上は伸びない。そこ止まりなんだ』
『俺には可能性がないってことですか?』
握り締めた拳が震えていた。
『協会がそう判断したんだ。ここだけの話だが協会は隼人か京介かどちらを選ぶかでかなり揉めたらしい。でも協会は京介を選んだ。京介のプレーはまだいびつで未熟な分、可能性がある。そこがお前と京介の違いだ。俺はお前の無駄のない完璧なサッカーが好きだ。だからこそ言うがお前のサッカーはこれ以上伸びない』
――お前のサッカーはこれ以上伸びない――
京介が選ばれた理由や京介に負けたことよりも、自分にはこれ以上の可能性がないと言われたことが何よりもショックだった。
この先サッカーを続けていてもきっと“優等生”の枠組みから抜け出せない。監督の言葉の意味がわかった。
試合では隼人は安全策しかとらない。確実に点を取れるように、無茶をする時はまず頭で理想プレーを描いて確実だと思えば実行に移す。脚を動かしながら頭を動かす、それが隼人のやり方だった。
でも京介は隼人とは正反対。京介はその場の成り行きで考え無しのプレーをして、いつもそのプレーが得点に繋がっている。
監督は頭で考えて全体を見ることのできるプレーヤーも必要だと語った。隼人は司令塔となる指導者に向いているとも監督は言っていた。
だけど隼人がなりたいのは指導者ではなく、一流のフィールドでプレーをする一流の選手。
しかし協会側が求めていたのはいざと言うとき無限の力を発揮できる京介のような選手だった。最初から勝敗は決まっていたようなものだ。
監督に話を聞いた夜、何年振りかで隼人は大泣きした。男が泣くのは情けないしカッコ悪い……自分でもそう思う。それでも彼はひとりで涙を流した。
そして隼人はサッカーを捨てた。
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