1‐3

 試合開始から3分が過ぎた。ひとつのボールを追いかけて二人の男が翼と朝陽の目の前を颯爽と横切る。


『ヤバイ。兄貴と亮くんの1on1なんて鳥肌ものだ』

『翼くんの兄ちゃんもバスケやってるの?』


 翼の興奮を理解できていない朝陽は首を傾げてコートを走る隼人と亮を目で追っていた。


『ううん。兄貴はバスケじゃなくてサッカー……をやってた』

『じゃあ翼くんの兄ちゃん負けちゃうんじゃない? 相手はあの渡辺さんだよ』

『それはどうかな。ま、見てみなよ。退屈な試合にはならないから』


 内心の興奮を押さえ付けようとしても翼の口元はにやけていた。こんなに楽しい試合は部活でもそうそう観られない。中学の地区大会の時よりもワクワクしている。


亮からボールを奪った隼人がシュートを放った時、翼はガッツポーズをし、朝陽は歓声を上げた。真剣勝負のピリッとした空気の中でハイレベルな試合が展開する。


『すげぇ……! 翼くんの兄ちゃんすげぇよ!』


 試合を食い入るように見つめる朝陽。気づけばコートの周りを囲うフェンス越しには公園で遊んでいた子供達やその保護者が集まり、通行人も立ち止まって隼人達の試合の観客になっていた。

どちらかがシュートを決めるたびに声援と拍手が沸く。


『兄貴はさぁ、見た目あんなチャラチャラしてるけどなんでも出来るんだ。大抵のスポーツは余裕でこなす。あ、またやりやがった。クソッ! なんであんなに絵になるんだよ。やっぱりスポーツしてる時の兄貴は最高にかっこいいな』


 隼人がダンクシュートを決めた。隼人と亮の力はほぼ互角。隼人はダンクやスリーポイントのシュートを軽々と決め、カットインもスムーズ。

バスケ部の亮と互角に渡り合える隼人の能力は素人とは思えない。亮が手加減しないはずだ。


『悔しいけど毎日バスケやってる俺でさえ、1on1で一度も兄貴に勝てたことないんだ』

『翼くんも勝てないって……翼くんの兄ちゃん凄い人なんだね』


 ルールとして決めた得点の最後の一点を隼人が入れた。周囲に集まる観客がフェンス越しに隼人と亮にねぎらいの言葉をかけている。

ちょっとしたバスケ対決のつもりがなかなか本格的な試合になっていた。


『兄貴、亮くん、お疲れー』


 試合を終えた二人と翼と朝陽がハイタッチを交わした。隼人と親しげにハイタッチをする朝陽はすっかり隼人のファンになっていた。

隼人は財布から千円札を抜いて翼に渡す。


『翼、これで俺と亮の飲み物買ってきて。お前とそいつの分も買ってきていいから』

『オッケー! 朝陽、行こうぜ』

『うん』


 翼と朝陽が公園を出ていく。コートに残った隼人と亮はベンチに腰掛けた。


『隼人ってまじに何者? うちのバスケ部の連中相手にするより手強いんだけど』

『本気でいくって言ったのはお前だぞ』


ベンチの背にもたれて空を仰ぐ。空は茜色に色付き始め、汗の滲む額に当たる風が気持ちいい。


『……亮』

『んー?』

『サンキュー』

『……何が?』


言葉少なげなやりとりをして二人で笑い合う。


『いろいろ。少し気が晴れた。やっぱりスポーツで汗流すのも悪くないよな』


 亮が何かを言いたそうにしていることは気配でわかる。彼が口を開きかけたと同時にフェンスの扉が開いた。


「あの……」


青い花柄のワンピースを着たポニーテールの少女がコートの入り口に立っていた。少女は朝陽と同じくらいの年齢に見える。


『どうしたの?』


亮が少女に話しかける。少女はキョロキョロとコートを見回していた。


「えっと……ここに小学生の男の子がいませんでした? 私よりちょっと背が高くて、バスケをしてて……」

『それって朝陽のこと?』

「はい! そうです!」

『朝陽ならジュース買いに行ってるだけだからすぐに戻ってくるよ』

「ありがとうございます」


 亮が状況を教えてやると少女は安堵して亮に頭を下げた。彼女はそのまま二人とは少し離れたベンチに座り、朝陽を待っている。


『可愛いな。朝陽の彼女かな?』

『さぁな』


少女に無関心な隼人はその存在を気にもせず、すぐに彼女から目をそらした。


 数分してペットボトルの飲料水を抱えた翼と朝陽がコートに戻って来た。


美月みつき?』

「やっと来た。待ちくたびれました」


戻って来た朝陽は相当驚いていた。彼は裏返った声で少女の名前を呼んだ。


『お前こんなとこで何してるんだ?』

「はぁ? 朝陽がなかなか帰って来ないから朝陽のお母さんに頼まれて迎えに来てあげたの。今日は皆でご飯食べに行くから5時までに帰って来てって言われたの忘れたの? もう5時半だよ?」

『ああ! ごめん忘れてた』


 朝陽と少女のやりとりはまるで隼人と亮、幼なじみの麻衣子とのやりとりに似ていて、亮も隼人も微笑ましくなる。


「お母さん達待ってるんだから帰るよ」

『わかったよ。ちょっと待って。翼くん、渡辺さん、隼人さん、俺先に帰りますね。うるさいのが迎えに来ちゃったんで……』


買ってきたジュースを隼人と亮に手渡す朝陽は言葉とは裏腹に少女の迎えが嬉しく、笑顔だった。


『おお。お疲れ。あの子彼女か?』

『まさか! 幼なじみですよ。誰がこんなガサツで口の悪い女……』

「ガサツで口が悪くてごめんね! ほら、行くよ。皆さんお騒がせしました」


 少女が朝陽の背中を叩いて引きずるように彼をコートから連れ出す。コートを出る時に一瞬、少女と隼人の目が合った。少女は隼人に会釈して、隼人も目礼した。


 ――ここから5年後。彼と彼女は再び出会い、彼は本気の恋を知ることになる。

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