二倍の労力
小中高と、私の出席率は皆勤に近かった。
高校生の時は割と学校生活が楽しかったし、好きな授業をひとつも取りこぼしたくなくて自然とそうなったけれど、それ以前は休みたいと思わない日はなかった。
私が居ても居なくても。いや、居ない方が断然。
その方がクラスにとって良いんじゃないかと。ほとんどの人に疎まれていたのだし。
私が疎まれていた理由は私にある。変な子だったからだ。
小学校一年生の時から自覚していた。私はどこへ行っても他の子と馴染めず浮いてしまう。きっと他の子が持っている何かが欠けているか、もしくは他の子にはない余計なものを持っているんだろう。
だから嫌われる。
人に合わせようと細心の注意を払っているつもりなのだけれどやっぱり浮いて、やっぱり嫌われてしまう変わり者。一体何が正解だったのか、どうすれば自然に見えたのか。
教室の隅で一人ぽつんといる時のちくちくする痛みや、私をちらちら見ながら内緒話をして笑う女の子のかたまりや、机の下でこっそりつねってくる隣の席の男の子や、気の抜けなさからくる頭痛やそれが毎日続くことや、
私はそれらが苦しく苦しく、いつも学校を休みたいと願った。
どうしたら良いのかはっきり教えてもらいたかった。私の悪いところはどこですか。どうしたら普通になれますか。直します。私はいっしょうけんめい直します。
母は病気以外の欠席を許さない人で、賢さもしたたかさも持たない私は、自分の健康な体を恨みながら来る日も来る日も学校に通い続けた。
その九年間の苦しい経験は未だに私を苛み、後遺症のように自己価値観に絶大なる悪影響を与えているのだけれど、それでも私は学校に通い抜いて良かったと思っている。
まず、芯の強さを培えた。
そして「やり遂げた」という自信に繋がった。
あともうひとつある。
子供の教育システムって何かの乗り物みたいだと思う。
幼稚園から小学校へ。小学校から中学校へ。
それぞれの乗り物があって、一定の速度で動いている。ある時期が来たら別の乗り物に飛び移る。一度乗ってしまえば割と自動的に進んでいける。乗ってさえいれば。
こんなことがあった。
中学生のとき、春の体力測定で800メートルの長距離走の項目があった。
グラウンドのトラックを何周分か走って、タイムを計るあれだ。
私は長距離走は得意な方で、女子の集団の中で先頭を走っていた。ラストの周で力を振り絞りラインを超えたあと私はへたりと座り込んだ。すると、私の後に続いていた女子たちは誰一人走るのをやめず私を次々と追い越していくのだ。
瞬間、まだもう一周分の距離が残っていたのだと悟った。
追いかけなきゃ、立ち上がらなきゃ、
気持ちの上ではそう思うのだけれど、既にゴールだと思って座り込んだ私の体は不思議なほどに重かった。肩で息をしながら、届かないほど距離が開いてしまった女子たちを真っ白な頭のまま見つめていた。
あの時止まったりしなければ、きっと私は800メートルを走り切れたと思う。周りと一緒に、走っていれば。
でも私は止まってしまった。
そして座り込んでしまった。
あの出来事を思い出すにつけ、私は教育システムの乗り物のことを思う。
もし私があのつらい学校生活の時期に一度でも“ずる休み”をしていれば、それから二度と学校へ行けなくなってしまう可能性もあったのではないか。
一日休めばリフレッシュできて、翌日からは元気に登校できる人もあるかも知れない。
けれど私の場合そう出来たかどうかはあやしい。
ぬるま湯のようなひと時の逃れ場を経験したなら、二日目の登校は一日目よりきつくなる。それには二倍の労力がかかる。
あの、座り込んでどうしようもなく立ち上がれなかった長距離走みたいに、三日目も、四日目も、ずっと立ち上がれなくなってしまう。もしそうなってしまったなら、進級も進学も社会性もわずかな自尊心も、すっかり失ってしまったのかも知れない。
乗り物になんとか乗り続けようとしがみつくのは確かに大変だ。特に私のように誰からも歓迎されていない、疎まれている人物にとっては誇張ではなく本当に苦行だ。
でも、何かのきっかけでふらりと手を離して乗り物から落ちてしまったら、動き続けるそれに再び乗るのは更に大変なことなのだ。
苦しいのは確かで、けれど一日耐えれば苦しみは一日分だ。もし一日休めば次の日の負担は二日分になる。
行き続けることで生じる障害はある。心に傷も負う。それは完璧な解決策なんかではない。
でも、学校を休んだら休んだで負う傷もあるのだ。
この世の中、この社会制度で生きるにはある程度強くあらねばならない。
社会性と自尊心が欠落するというダメージは大きい。
だけど「私はこうだったからあなたもこうした方がいい」なんてとても言えない。個々の性質、取り巻く環境、その他の色々な要素によって何がいいかなんてはっきりしていないから。
ただ、願う。自分は生きていていいって思っていて。大人は生きていていいよって言ってあげて。おねがいよ。
繊細でルーズで少女 モノ カキコ @kimitsugu
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