No.4 螺旋
アルフレドは、集めてきた10個のサンプルカプセルを早速調査機にセットした。数秒程で、サンプルのデータ数値が画面に表示される。
やはり、昨日の21番カプセルと同じ数値だった。
生き物の痕跡を含んだ土。
アルフレドは今日持ち帰ってきたサンプルの様子を顕微鏡で拡大投影した。
細胞の核の形が、鮮明に映し出された。昨日採取したものよりも、くっきりと。
核の中に宿る染色体。それは、生物の形を造るのに必要なゲノム。
綺麗に組み込まれた、46本の染色体。その中に潜む、美しい螺旋。
生命の記憶装置。
神が人間を造り上げる物語。それは、人間が思い描いた空想に過ぎない。
生命の誕生と進化は、全て偶然の産物。
様々な要因が重なった、時間の起こした奇跡。
けれどそれは、自然界においての話。
生命が置き去りにしていった記憶。細胞の欠片。
これさえあれば、生命を甦らせる事ができる。現在の技術でならば、確実に。
アルフレドは、染色体の中のDNAを分析した。
その配列は、母星の人間のものと非常に酷似していた。人類に極めて近い生物。
人間に造られた、血の通わないアンドロイド。そのアンドロイドが、ひとつの生命を造り上げる。人間達が、アンドロイドである自分を造ったように。
この基地の化学力を以てすれば、それは充分可能な事。
アルフレドの人工頭脳は、プログラム以外の思考を持ち始めていた。
知識を得る度に、少しずつ変化が生じていく。
不安定で情緒的な、感情というものを学ぶ度に。
人間の感情というものに興味を惹かれ、自分をもっと人間の思考に近づけてみたい。そんな事を思うようになっていた。
感情というものが生じる仕組みは、いくら解析してもまだ理解できない。
心を持つとは、どういう事なのだろう。自分がもし心というもの、感情というものを得たなら、どういう変化が起こるのだろう。
そもそも『命』を持たない自分に、心などというものが宿り得るのか。
ならば、『命』とは何だろう。
生命たるもの、必ず一個体にひとつ宿るもの。生身のものが持つもの。
所詮造りもののアルフレドは、決して持ち得ないもの。
人の
命の核である細胞も持っていなければ、食物も空気も必要としない。
痛みもなければ、血も流れない。『死』というものもない。
命とは……?
眼の前の画面に現れた、命の残骸。くるくるとうねり複雑に絡み合う、二重螺旋。
命を知りたい。
命が生じていく姿を、この眼球に映してみたい。
この手で、命を造り出してみたい。
アルフレドの中に現れた、強い欲求。その衝動は、まるで神経信号のミスのように、アルフレドの思考回路に発生した。
この命の欠片を拾い、その可能性を見てしまった瞬間から。
細胞を再生させるには、未受精卵が必要になる。見つけ出した細胞のひとつを、卵子と同じような状態へと変化させる。そこへ、他の細胞の核を注入し、分裂させていく。
本来母体を介さなければ、生物の細胞は育たない。それを、ガラス菅の中で成長させる。
胎内にみたてた、ガラスの入れ物。そこを、母親の羊水と同じ濃度の人工体液で満たす。温度の調節も欠かせない。
土に交ざり渇ききっていた細胞の一粒一粒が、水に満たされていく。砂漠の砂の中に、雨粒が吸い込まれていくように。
ほどけた染色体が細胞を増やし、幾つにも連なっていく。
緩やかな配列。優美な模様。小さな銀河のような煌めき。
絶え間なく繰り返される細胞の変化を、アルフレドは飽きる事なく観察した。
小さな命が、息づいていく様を。
この実験を、アルフレドは母星の誰にも伝えなかった。
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