No.3 残骸

 母星よりも重力抵抗の少ない地表を、アルフレドを乗せた探査機が流れるようにスムーズに進んでいく。

 ただ延々と続く、砂と塵だけの地表。広い地平線だけが、くっきりと望める。その地表に、眩しい恒星の光が射し込んでいた。大気が薄く遮るものもない光は、容赦なく強烈にこの星の表面を照りつけてくる。


 目的の地点へは、すぐに到着した。広い平野に、それ程高くはない鉱山が幾つか点々と並んでいる。

 アルフレドは探査機から降りると、すぐにその場所の土や鉱物の採取に取りかかった。まずは地表に近い処の土。そして、岩などに降り積もった塵。岩の表面も何ヵ所か削り取っていく。作業時間はほんの15分程だった。

 余計な思考を挟まないので、アンドロイドの作業効率は非常に良いのだ。


 アルフレドは採取した土や塵のサンプルが入った数十個ものカプセルを収納ボックスにしまうと、再び基地のある方向へと探査機を発進させた。



      ∞



 基地へ戻ったアルフレドは、他の地点から到着したサンプルと共に、今採取してきたばかりのサンプルカプセルを調査機にセットした。

 数秒程で、1番から順にそれぞれのサンプルに含まれた成分が数値で記され画面に並んでいく。


 カルシウム、アルミニウム、ケイ素など。

 一般的な鉱物に含まれる成分。岩石や土などにも、宇宙で極ありふれた成分からなっていた。


 アルフレドの青い人工眼球は、データを取り込むようにその情報を確認していく。今まで行った数回の地表調査と、何ら変わりのない結果。

 今回も目新しいものは、何も見つからなかったか。


 画面に並ぶ数値を確認していたアルフレドは、今日採取してきた21番目のカプセルに、他のものにはない成分が含まれているのに気付き、眼を止めた。


 タンパク質、鉄、炭素。

 それらの成分は、生物の体を構成する材料に極めて近い。

 アルフレドは、21番カプセルの中身を顕微鏡画面で拡大した。


 神秘的な痕跡が、画面に散らばった。

 だいぶ痛んではいるが、細胞の核のようなもの。確かにそれは、生き物を構していたであろう組織の成れの果て。

 何かの生き物の死骸が劣化した残骸だろうか。


 アルフレドは、それぞれのカプセルの数値データを母星へと送信した。



      ∞



 生物であったらしい残骸を発見したその日の夕刻、アルフレドの元へ母星からの無人貨物便が到着した。積まれていたのは、アルフレドの体の活動を維持する為の燃料と、数冊の本だった。

 それらは、半年に一度の頻度で送られてくるのだ。


 アルフレドは自分の体を維持する為の燃料よりも先に、一緒に積み込まれていた本を手に取った。人間の哲学者が書いた思想論一冊と、主に小説の類いだった。

 早速、手にした一冊を開く。 


 それは、宗教的な天地創造の物語。

 神が人を一人、また一人と造りながら、世界というものを築き上げていく話だった。

 アルフレドは、創造主が人間を造り出していく下りを、非常に興味深く読んだ。


 神の真似をして、人間は人を模した姿をした自分や仲間達を造り出したのだろうか。アルフレドの人工頭脳に、ふとそんな思考がよぎった。

 いつの間にか、アルフレドは自発的に様々な思考を巡らせるようになっていた。本を一冊読み終える度に、人間の思考というものが人工頭脳に刻まれていく。

 考える事を、修得していく。


 人工頭脳は次から次へと、知識を欲していた。



     ∞



 数時間の人工頭脳の休息から覚醒したアルフレドは、いつものように観測データを母星へ送信してしまうと、昨日採取してきた21番カプセルのデータと画像を再び画面に立ち上げた。


 劣化した細胞の核の形が、鮮明に映し出される。

 かつては命あるものの体の一部だったものが、歳月をかけて崩れ落ちた形。

 この極小さなものが何十億と連なり、生き物は出来上がる。

 この細胞はその生き物の、ほんの僅かな忘れ形見。


 アルフレドの人工頭脳に、突然ある考えが閃いた。


 慌ただしく外出の為の装備を始めると、ヘルメットをかぶり探査機に跨がる。

 アルフレドは、そのまま探査機を発進させた。

 昨日の鉱山の方向へと、真っ直ぐに走らせていく。


 ほどなく目的地へと到着したアルフレドは、昨日21番カプセルのサンプルを採取したのと同じ箇所の土や塵を入念にカプセルへと詰め込んだ。昨日よりも少し多めにサンプルを採取する。

 10個程のカプセルを収納ボックスへ大事にしまい込むと、アルフレドはそのまま基地へと帰還した。

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