第五話

 変人のウィラードウィラード・ザ・ウィアード

「それはどんな人物なんだね?」

 ダベンポートはクラウ老人に訊ねた。

「とにかく身体を鍛えるのが大好きな変人さね」

 老婆は答えて言った。

「港湾で働いているのも、身体を鍛える為だって話だ。デカい男でねえ、筋肉もものすごい。でも、変な男だよ」

「そいつは娼婦も良く買うのかい?」

「若い頃は良く来たねえ」

 と老婆が答える。

「だが、最近はあまり来なくなったね」

「何才くらいの奴なんだ?」

 とグラム。

「……ウィラードがひよっこの頃、わたしはまだ現役だったよ」

 老婆は遠い目をした。

「もう三十年くらい前、ってことはウィラードももう四十過ぎだね。……時が流れるのははやいねえ」

「その男の家がどこにあるかは知っているかね?」

 ダベンポートは訊ねた。

「いや」

 老婆は首を振った。

「お客さんに深入りするって、それは野暮ってもんだ。それに、ウィラードに家があるかもどうかも判らない。港に寝泊まりしているって昔本人から聞いたよ」 

「どんな容姿なんだね?」

「……容姿って言ったって、ただのデカい男だよ」

 老婆が困った顔をする。ダベンポートとグラムは、それでも根掘り葉掘りウィラードの容姿を聞き出した。

 髪の色、目の色、肌の色。体重、体格、背の高さ、その他なんでも気づく事……

「そうか、いやありがとう」

 これ以上聞きだせることは何もない。二人は老婆に礼を言うと、その場を辞去した。


「さて、どうするダベンポート?」

 馬車に戻りながら、グラムはダベンポートに訊ねた。

「どうするって君」

 ダベンポートが呆れたように言う。

「探すんだよ、ウィラード君を。君だって容疑者から話は聞きたいんじゃないかね?」

…………


「グラム、君の頼りになる部下君達は何人くらい使えるんだい?」

 魔法院への帰り道、馬車の中でダベンポートはグラムに訊ねた。

「一個騎士中隊三十二人、全員使えるぞ」

 と、グラムが胸を張る。

「それはいい」

 ダベンポートは笑顔を見せた。

「それなら一つ、人海戦術と行こうじゃないか。全員をセントラルに投入しよう。港を中心にしてシラミ潰しに聞き込み調査してウィラードを探すんだ」


 翌日から、ダベンポートとグラムは三十二人の騎士と共にセントラルに滞在する事にした。

 しばらくリリィを一人で置いておく事になるが仕方がない。セントラルにはリリィも遊びに行く。とっとと掃除してセントラルを安心な場所にしないといけない。

 グラムは騎士団を通じて港の近くの宿屋を一つ徴募した。簡易詰所だ。

 宿の主人は厳つい騎士達が大挙して押し寄せる事に大層迷惑そうだったが、断るだけの度胸もない様だった。食事の世話もしてくれるという。グラムはありがたくそのご好意を頂戴する事にすると、早速小隊編成に合わせて部屋割りをした。

 騎士団の馬車に分乗し、朝の八時に全員で宿屋に到着。事前に打ち合わせした通り、すぐに青い制服の騎士達が街へと散らばっていく。

 ダベンポートとグラムはその様子に満足すると、自分達も準備するために宿屋の細い階段を登って行った。


 騎士達は良く働いた。港湾に出かけ、一人一人の容姿をチェック。荷役労働者をつかまえ、話を聞く。

「ウィラードという男を知らないか?」

「デカい、筋肉の塊のような男だそうだ」

「居場所を知りたい、なんでも教えてくれ」

 日中は港と街を探し回り、日が暮れてからは通りの娼婦に話を聞く。

 だが、三日経ってもウィラードの行方は杳として知れなかった。

 ウィラードを知っている者はすぐに見つかった。だが、その行方となると、皆一様に曖昧になってしまう。

「そうね、一ヶ月位前に通りストリートで見かけたわ」

「この通りには良く女を買いに来ていたんだけど、最近は見かけないわねえ」

「家? 知らない。お客の家でなんて仕事したくないもの」

 部下達に聞き込みを続けさせながら、一方のダベンポートとグラムは毎日地図を前に検討を続けていた。

 地図の上、事件のあった十二箇所には赤く×印でマークが記されていた。横には日付。

「こういう輩は同じ場所で狩りをするんだ」

 ダベンポートはグラムに言った。広げた地図の上に人差し指で同心円を描いて見せる。

「ほら、こうやって円を描くと綺麗に収まるだろう? ここのどこかにウィラードがいる」

「なるほど」

 グラムが顎を撫でる。

「だが、家の傍で狩りをするものかな?」

「違うかも知れんね」

 ダベンポートは頷いた。

「だが、君の親愛なる部下君達の報告では、この辺りに街娼が多く立っている様じゃないか。ひょっとしたら家は離れているかも知れないが、必ずウィラードはこの辺りに出没しているはずだ」


 さらに二日後。

 グラムは痺れを切らせていた。

「なぜ見つからんのだッ!」

 部屋に集めた小隊長達に檄を飛ばす。

「見た者はいるのです」

 小隊長の一人が弁解した。

「ですが、如何せん情報が古い。最近の情報が集まらんのです」

「俺は見つけて来いと言ったんだ。弁解は聞いていないッ!」

「…………」

 四人の小隊長が押し黙る。皆一様に『理不尽だ』と言わんばかりの表情だ。

「だいたい、なぜ誰もウィラードの家を知らんのだ」

「家なぞ、ないのかも知れません」

 と別の小隊長。

「これだけ聞き込んで、誰もウィラードの家を知らんのです。三十年近くこの街に暮らしていて流石にそれは妙です。いくらセントラルが都会とはいえ、少しは人の交流もあるでしょう」

「知らんわッ! それを探り出してくるのが貴様達の役目だろう」

 グラムは頭から湯気を吹きそうだ。

 短いトウモロコシ色の髪の毛が逆立っている。

「グラム、部下を苛めても仕方がないよ」

 とそれまで腕組みをして考え込んでいたダベンポートが口を開いた。

「作戦を変えよう」

 そう言いながら地図に描かれた同心円の中心を指し示す。

「もしウィラードが狩り場を変えていないのであれば、ここが狩り場の中心だ。ここに入ってくる通りは全部で七本。ここと、ここ」──と、ダベンポートは地図の上に○印を書き込んで行った──「……それにここ。この七箇所を押さえれば、この地区への出入りは完全に掌握できる。ここに騎士団を配置したらどうだ?」

「なるほど」

 グラムが頷く。

「しかし、七箇所を二十四時間見張るには少々人員が足りないぞ。増援を呼ばないと」

 と、困った顔をする。

「いや、それには及ばない」

 ダベンポートはグラムに言った。

「見張るのは夜だけでいいんだ。夕方から出ている街娼もいる様だが、日があるうちに襲われるとは思えない。それなら、無理はないだろう? しばらく待っても襲われないなら、それはそれで僥倖だ」

「それはどういう……」

 グラムが混乱した顔をする。

 その顔を面白そうに眺めながら、ダベンポートは冷たい笑みを浮かべた。

「街娼には申し訳ないが、ここは一つ餌になってもらおうじゃないか。ウィラードが街娼を襲うのをここで待つんだ。なに、もう最後の事件から二週間以上経っている。僕の考えが正しければ、いずれ堪えきれなくなって街娼を襲うはずだよ」

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