第三話
翌日の昼過ぎ、ダベンポートは騎士団に
いつも静かな魔法院と異なり、騎士団の団舎はわさわさとした騒がしい場所だった。練兵場では若い騎士達が木刀を振り回し、遠くの射撃練習場からはマスケット銃を撃つ乾いた音が聞こえてくる。団舎には常に人が出入りし、
団舎の片隅には中隊長以上の上級騎士達の部屋が並んでいた。八人の中隊長、二人の大隊長、そして一人の連隊長。
ダベンポートはその中からグラムの部屋を探し当てると六回ほどノックした。
だが、返事がない。
もう一度ノック。
「どうぞ」
ようやく、中から
「入るよ」
ダベンポートはドアを開けると中に入った。
グラムの部屋の中は猛烈に酒臭かった。結局あの後グラムは、ダベンポートが止めるのも聞かず手酌でさらに二杯ブランデーを飲んだのだ。
ワイン二本、ブランデーをグラスになみなみ三杯。
二日酔いにならない方がどうかしている。
始めたのはダベンポートだが、最後の方は自爆だと言っていい。
「……ああ、ダベンポートか。レポートはできてる。そこに置いてあるから勝手に読んでくれ」
それでも、昨日お願いした『この件が魔法絡みだと騎士団が考える理由』はちゃんとまとめてくれたらしい。
「いいかね?」
ダベンポートは勝手に椅子に腰掛けると、レポートを手に取った。
「……昨日はやりすぎた。俺はもう酒は飲まん」
「お好きにどうぞ」
ダベンポートが肩を竦める。
結局、グラムが証拠だと挙げているのは以下の三点だった。
●被害者全員が眼球を失っている事。眼球を集めているその事実が事件が単なる強盗や殺人ではないことを示している。猟奇殺人の可能性は否めないが否定的。この件が単なる猟奇殺人事件であると仮定した場合、生存者がいることはその仮定に矛盾する。
●生存している被害者が二名とも、呪文の詠唱を聞いたと主張している事。但し、これらについてはいずれも眼球を失った重傷者の発言であるため、慎重に扱う必要がある。
●上述生存している被害者のうち一名が魔法陣の記された羊皮紙を持っていた事。これはもみ合いになった際に加害者から奪ったものだという。但しその真偽については不明。
「……なるほどね。面白い」
ダベンポートは薄いレポートを読み終わるとまるで生気のないグラムに言った。
面白い。特に三番目が。なんだ、酒蒸しにしなくてもちゃんと話してくれるじゃないか。
「この三つ目の魔法陣な、見せてくれるかい?」
「ああ。これだ」
とグラムが引き出しから羊皮紙を差し出す。
ダベンポートは羊皮紙を受け取ると、魔法陣を詳しく調べてみた。
単純魔法陣に四角形が書かれている。
「……これは、肉体強化呪文だな」
調べながらダベンポートはグラムに言った。
「肉体強化呪文?」
グラムが不思議そうにする。
「ああ。古い呪文だ。危険なんでね、もう使う者のいなくなった呪文だ。今どき魔法を自分自身にかけるバカはいない。治癒系の呪文ですらコンパクト化して護符にするくらいだからね」
ダベンポートは内ポケットからペンを取り出すと、グラムの机に置いてあった紙に書きながら説明した。
術者;自分
対象:自分
エレメント:任意
「こうやってみると判るだろう? このままでは魔法陣が
と、先の記述を書き換える。
術者;自分
対象:手袋
エレメント:鉄塊
「…………」
「これなら無理なく鉄塊の性質を自分に付与する事ができる。しかもこの魔法陣、間違ってるぞ。なんで多角芒星を四角にしているんだ? 跳ね返りが起きるほどではなさそうだが、これだと術の行使が不安定だ」
「……俺に言うなよ。それに何を言っているのか全然判らん」
グラムが呻いた。
「アツツッ……、頭に響くなその話は」
「この魔法陣をその加害者が持っていたのは確かなのかね?」
「いや、確かじゃない」
グラムは力なく首を振った。
「だが、そう考えるしかないのも事実だ。娼婦が魔法陣を持っている理由がないからな」
「なるほど……」
ダベンポートがしばらく考え込む。
と、ダベンポートは不意に立ち上がった。
「じゃあ、行こうかグラム」
「行こうかって、どこに?」
憂鬱の塊のようなグラムが顔を上げる。
「その、生きている被害者に会いにだよ。直接話が聞きたい」
…………
ダベンポートは嫌がるグラムを引きずるようにして団舎から連れ出すと、魔法院の厩舎で馬車を借りた。御者付き、行き先はセントラル。
「……ダベンポート、勘弁してくれ。俺は二日酔いで死にそうなんだ。これ以上馬車に揺られたら本当に死んでしまうかも知れん」
ダベンポートの隣でグラムが蒼い顔をしながら口元を押さえる。
「グラム、これも仕事だよ。我慢したまえ」
ダベンポートは涼しい顔だ。
「……お前は本当に人の心が足りん」
「良く言われる」
一時間馬車で揺られた後、ダベンポート達はセントラルに入った。
込み入った道を抜け、一路王立病院へ向かう。
「二人とも病院にいるのかい?」
ダベンポートは少し元気になってきたグラムに訊ねた。
「ああ。二人とも入院している。王立病院なら清潔だしな。証言者を守ると言う名目で騎士団が二人を入院させたんだ」
グラムが答えて言う。
「しかし、娼婦が入院しているとなっては他の上流の人たちが黙ってはいないんじゃないかね? そもそもそういう病院ではないだろう?」
ダベンポートはあくまでシニカルだ。
「まあね」
とグラムは肩を竦めた。
「だが、これも騎士道精神だよ。ノブレス・オブリージュさ」
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