第二話

「生体を媒介に?」

 ダベンポートは少し考えた。

 できない話ではない。対象に取れば何かできるだろうし、エレメントとして具象化する現象の元とすることもできる。だが、如何せん生体では状態が不安定だ。

「できない話ではないだろうね。だが、もって三日、下手すればもっと早くに術は解けてしまうだろうな。そうしたら、最悪跳ね返りバックファイヤーだ。魔法に使ったオブジェクトが姿を変えてしまうわけだから、魔法陣破壊ほどではないにしてもあまりよろしくはない」

「ずっともたせることはできないのかい?」

 とグラム。

「無理だろうね」

 ダベンポートはニベもない。

「媒介とした生体が腐敗すれば、魔法も不安定になってしまう。対象に取ればあるいは違う結果にできるだろうが、干すのでもないかぎりどのみち腐敗する。あまり良い考えには思えない」

「そうか、そうだよなあ……」

「だいたい、用途を思いつかん。せいぜい自身の肉体強化だが、目玉で何ができるって言うんだい? それよりはただ目玉を偏愛している変質者を想定した方が話は自然だ」

「気味悪い事言うなよ」

 グラムが眉をひそめる。

「魔法だって十分気味が悪いだろ?」

 ダベンポートはしれっとグラムに言った。

…………


 その後一時間経ってもグラムは帰る様子を見せなかった。

 さてはこいつ、また食事していくつもりだな。

 確かに、リリィの作る食事と騎士団の兵舎の飯とでは雲泥の差だが……。

 別段不愉快ではない。

 不愉快ではないのだが、ダベンポートはついグラムに別の意図があるのではと考えてしまう。

 こいつ、少しでも長くリリィと一緒に居たいのではないだろうか。

 だとしたらそれは問題だ。

 リリィの雇用主、そして庇護者として手を打つ必要がある。

「ちょっと失礼」

 ダベンポートは一言グラムに声をかけるとダイニングに出た。

「リリィ」

「はい、旦那様」

 すぐにリリィが地下のキッチンから上がってくる。

「リリィ、今日の夕食の献立は何かな?」

「今日はマッシュルームソースのステーキです」

「うむ」

 ちょっと考える。グラムに食わせるには過ぎた食事だ。

 だがまあ、仕方がない。

「それを三人分にはできるかい?」

「はい……」

 リリィが少し考える。

「お肉の量が足りないかも知れません。三人分に切り分けると旦那様のお肉がいつもよりもだいぶん小さくなってしまいます。わたしは適当に食べますので、今日のお食事はグラム様とお召し上がりください」

 とリリィは提案した。

 だが、即時に却下。

 リリィに食事の世話をさせたら、ますますグラムを喜ばせるだけだ。それにお預けを食らっているようでリリィがかわいそうでもある。

「いや、それはいかん。グラムと二人で食っても楽しくない」

 ダベンポートは言った。

「うーん」

 再びリリィが考え込む。

「……明日のために羊を買ってあります。では、これも一緒にしてミックスグリルは如何でしょう。付け合わせに人参を付け足せば形にはなります」

 良い考えに思える。

「じゃあリリィ、そうしてくれるかい? あと食事には赤ワインをつけてくれ。確かセラーにまだ備蓄があったはずだ。二瓶ほど、樽から移してくれるかな? グラムの野郎を潰してしまおう」


 三人で食べる食事は楽しかった。

 リリィが甲斐甲斐しくテーブルを回り、グラムのグラスにどんどんワインを注ぐ。その度、グラムは律儀にグラスを空にした。空になったらリリィのお酌でもう一杯。

 最後の一口を食べた時、グラムの顔はだいぶん赤くなっていた。

 一方のダベンポートはワインには口をつける程度でほとんど飲んでいない。

 食事している間、グラムは騎士団内で起きた面白い話を色々披露してくれた。若い騎士が貴族のメイドに恋をして面倒になった話、兵舎の美味しくない食事の話、銃士マスケッティアと騎士の密かな競争の話。

 両手で頬杖をついてグラムの話に聞き入るリリィは楽しそうだった。その様子を見て、グラムの話にさらに熱がこもる。

「しかし、銃士隊マスケッティアーズは君ら騎士団の一部隊だろう? 仲間じゃないか」

 ダベンポートが指摘する。

「それは確かにそうだ」

 グラムは認めた。

「だが、騎士と銃士マスケッティアには決定的な違いがある」

「違い、ですか?」

 とリリィ。

「そうだ」

 グラムは胸を張った。

「騎士は基本、単独で戦う。騎士は騎士道精神キャバルリーを重んじるからな。それに対して銃士隊は常に集団行動だ。部隊全員が同時にマスケット銃を発射する。弾幕って奴だ。あれは卑怯だよ」

「卑怯って君、それが銃士隊マスケッティアーズの基本戦術だろう?」

「そういうのはいかん。俺は好かん」

「いかんと言っても、戦争に負けたらもっといかんだろう」

 呆れたようにダベンポートが言う。

 食後、グラムとリリィの二人を誘いダベンポートはリビングに移動した。

 食後のお茶をリリィに淹れてもらい、再びグラムの話に耳を傾ける。

「グラム」

 リリィがお茶を淹れに地下のキッチンに行っている間にダベンポートはグラムに話しかけた。

「ん?」

「明日、昼過ぎに君のオフィスに出頭しよう。今後の捜査の進め方を相談したい」

「わかった」

 赤い顔をしたグラムが頷く。

「しかし、なぜ騎士団はそこまで魔法にこだわるんだい? さっきも言ったが、変質者として捜査した方がやりやすいだろう? 目玉を集めている以外にも理由があるのか?」

 リリィの事も心配だったが、ダベンポートがグラムを酒蒸しにしたもう一つの理由がこれだった。

 目玉云々だけではない。おそらく騎士団はこの件が魔法絡みだと信じるに足るだけのもっと決定的な理由を持っている。

 それを洗いざらい聞き出すためには酒蒸しにしてしまうのが一番早い。

「そもそも決定的な証拠があるんだよ、しかも二つ」

 思った通り、グラムは白状した。

「被害者十二人のうち生存者が二人って言っただろう? この二人が揃って、『魔法使いにやられた』って言っているんだ。二人とも別の場所、別の時間にやられたのにこれは妙だ。それが一つ」

「もう一つは?」

「うん、もう一つは……んむ?」

 不意にグラムが考え込む。

「もう一つ。なんだっけかな? ど忘れしてしまった」

 しまった。飲ませすぎたか。

「うーん、すまん。忘れた」

 グラムが腕を組んで考え込む。

「判った」

 とダベンポートは両手を振った。

「じゃあそれは、明日僕が行くまでにまとめておいてくれ。この件が魔法絡みだと騎士団が考える、その理由をね」

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