第3話(9)

「ほいっと」


 教室の扉を開けると、見知った面子に、見慣れた教室に、うんざりする匂いが飛び込んでくる。誰かの制汗剤。誰かの噛んでるガム。木の匂い。少しカビ臭い。


 これで知らない女の子が僕の席にでも座っていたら、かなり意味深だが、別にそんなこともなく。つまらない授業と、つまらない休憩時間と、トイレと、昼食と、つまりはいつも通りの日常が淡々と流れていた。


 途中、何度も睡魔に負けたが、あの女の子は現れなかった。


 なんだ、つまらん……。

 つまらん? 会いたいのか、僕は。


「それじゃ、気を付けて帰れよ。夢なんか見るんじゃねーぞ」


 との気が利いてるんだか、ないんだか、よく分からない挨拶で僕たちは三々五々、散り散りになっていく。あるものは部活に、あるものは家に。あるものは何だかよく分からないところに。


 僕はと言えば、縁にも朽原にも会わなかったので、一人寂しく家に帰ることにした。別に一緒に帰る約束なんかしてないし、そもそもすることが稀だ。大抵、面倒を押し付けるか、押し付けられる時ぐらいだ、約束なんかするのは。


「夢、夢ねぇ」


 取り敢えず今のところは、早く家に帰りたい。じゃあ、その後は、と考えると頭が痛くなる。野球選手や宇宙飛行士の例えを出しておいて、なんだけど、働きたくない。だからって別に死にたくもない。働かずに生きていけるだけの金が欲しい。そうか、これが夢かもしれない。


 夢その一、お金が欲しい。


「サマにならんなぁ」


 もっと発展して考えねばなるまい。どうせ家に行くまで退屈なんだ。考えてみようじゃないか。あ、家に言っても暇か。まあ、いいや。


「金を手に入れたものとして……」


 家……は別にいいか。なんか面倒だし……。

 旅行……も別に……興味ないかな。


「……おいおい」


 僕ってこんなに、つまらない人間だったっけか。夢が無いってつまらないことなのか。そりゃ皆して必死になるわけだ。なるほど。これが学びか。


 金を得る。得た後でどうするか。縁なら? 朽原なら?

 ……分からん。朽原は多分、ハーレムかなんかだろう。絶対そう。間違いない。縁はどうなんだ? 何で特に興味ない朽原の方は容易く浮かぶのに、毎日のようにアホみたいな話をしている縁は思い浮かばないんだ。

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