第3話(8)

「お前も、とは失礼だな。僕は朽原と違って、なるべく時間には間に合わせるようにしているんだよ」


「結果、遅刻してるなら変わらねーだろ。俺だって別に遅刻したいわけじゃねぇ。世界が俺に合わせてくれないんだよ」


 ううむ。朝からこの傲岸不遜っぷり。朽原のこういうところが好きなんだよな。謙虚を美徳でなく恥と思っているらしいからな。


 二人して並んで歩き、廊下の道幅のほぼ半分を埋める。

 そうだ、ついでに聞いてみるか。


「なぁ、朽原、最近夢見てるか」


「なんだそのメルヘンな質問。気持ちわりい。こちとら意識低いもんで、ビジネスにも宗教にも興味ねーよ。お生憎様」


 まあ、そうくるよな。僕の質問の仕方も悪い。


「そうじゃないって。寝て見るやつだよ。ほら、『知らない女の子』とかさ」


「あー」


 お、知ってるのか。意外。

 何だそれ、知らねー、夢がみたけりゃ帰って寝てろ、とか言われると思ったのに。顔に似合わずメルヘンなのはこいつの方じゃないか。


 朽原は右手にぶら下げていた鞄を左手に持ち帰ると、ぐるっと腕を回して鞄を肩にかける。右手でずっと持っていて疲れたというよりは、何かを振り払うような動作に見えた。心当たりでもあるのか?


「くだらねー。いや、詳しく知ってるわけじゃないけど」


「ふーん」


「何でお前から聞いといて興味なさそうなんだよ。いや、俺もないけど、知らない女の子とか」


 まあ、そうだろう。噂程度でも知ってたことが意外だからな。


「会ってみたいとは?」


「あーあー。ぜひ会ってみたいね。絶賛彼女募集中だからな」


 おっと。


「また、別れたのか」


 これで何度目だ?

 数えるのも面倒なぐらいだ。


「別れたんじゃねー。俺が見限っただけだ。俺にふさわしくなかったんでな」


 ううむ。朽原節炸裂。


「それはそれは。朽原様の今後のご活躍をお祈りしています」


「殴るぞ」


「殴らないで」


 左手を振りかざした朽原を制する。こいつに殴られたらたまったもんじゃない。僕みたいなひ弱な人間は、全身の骨を折られて絶命してしまう。


 おっと、そろそろ教室だな。

 朽原は三つ隣。


「じゃあな。今日は何時まで居るんだ?」


「知らねー。昼は食っていくけど、後は寝てるか、帰ってるか」


「ほーん」


 朽原の反応を待たずに教室に入る。どうせまた「興味ないなら聞くな」と思ってるに違いない。

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