第3話(6)

 僕は怒るのが苦手だ。いや、怒りに限らず、笑うことも、泣くことも、楽しむことも、何もかも苦手だ。感情がないとか、そういう中二的な話ではない。僕だって、頭にくることはあるし、こいつだけはもう許さんと思うこともある。今日が人生で最上の日なんじゃないかと思うことすらある。


「ねーぇ、んねぇーえ」


 だけど、そんな自分を、冷静に見てるもうひとりの自分がいるのだ。


 何怒ってんの? 

 何笑ってんの?

 それ、本当の気持ち?


 そうするのが自然だからやってるだけじゃないの?


「んんんねぇえええ! んんぇええええ!」


「だぁあああ! うるさい!」


 気が付いたら隣の奴がヤギみたいな声を出してた。


 反射的に大声を出してしまい、慌てて回りを見るが、特に人はいない。

 よーく目凝らせば、遠くの方に一人いるような気もするが、電柱か木の陰かもしれない。あまり視力には自信がない。


「急に黙るから、本当に怒ったのかと思った」


 ちょっと俯いて呟く縁。

 いや、そんな仲じゃないし、そもそも僕、急に黙ったりするじゃん。


「今ちょっと怒ってる。うるさくて」


「んねぇええええ!」


「分かったから。怒ってないから、それやめて」


「はーい」


 満面の笑みをたたえてピースなんかしている。

 やっぱ気にしてないじゃん。


「そういえばさっき思い出したんだけど、私も今朝は夢を見たの」


「へーえ」


 もう一度砂利を蹴ろうとしたが、そんなになくて、ただ足を地面にこすりつけたみたいになる。僕が言うのもなんだけど、他人の夢の話って、どうしても退屈だ。


「あれは病院かな? 大学病院だったかは知らないんだけど」


 気にしていない様子で話を続ける。それでいい。これでこそいつも通りってやつだ。


「ベッドの上に私と同じか、一つか二つぐらい? 年下の女の子がただ寝てた」


 ふーん。


「知らない女の子じゃん」


「あ、確かに。気付かなかった」


 まあ、ありふれてるしね。


「じゃあ、どっちかは偽物だね。私の女の子は年下で、君のは年上だから」


「声だけだったけどね」


「うん。話を戻すけど、その女の子が誰だか知ってるような、知らないような、なんだよね。顔もよく見えないのに、何でそう思ったのか知らないけど」


「夢だからね」


 言いながら、さっき人影を見たところにたどり着いた。

 あ、さっきの人影っぽいの、やっぱり人だった。


 というか何人かいるな、まとめて全員遅刻じゃないか?

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