第3話(2)

 一体、何のルールなんだ。

 法律とか、校則とか。あと条例? なんてのも有ったっけ? いまいち覚えていない。テストに出たらまずいな。


 とにかく、そんな有れば有るだけ窮屈な物、思い出す必要もない。

 顔に付いた水滴を拭き取り、せいぜい朝食を取ることにする。


「ふぁーあ」


 気の抜けた欠伸が漏れる。

 縁に見られていたら、何て言われるか分からない。

 一句詠まれてしまうかも。


「……欠伸。朝の欠伸、寝起き、欠伸して……。駄目だな」


 ちょっと詠んでみようかと思ったけど、何も浮かばない。やっぱすげえな、縁の奴。


 メッセージ送っとくか。


『やるじゃん』


 まるで自分の一部かの様に、いつでも右ポケットにあるそれで、縁にメッセージを送る。こんな雑なやりとりが出来るのは縁ぐらいのものだ。持ち前の文学的な何かで、作者の気持ちでも考えてくれ。


 携帯を食卓に放り、綺麗に並べられた朝食の前に座る。


 いただきます。

 味噌汁、御飯、卵、御飯、味噌汁……。


「…………」


 いや、美味しい。美味しいんだけど、なんかだるい。

 変化も無く、会話も無く、喜びの無い食事なんて、持久走と変わりはしない。


 ――携帯の画面が明滅する。


 縁からのメッセージ。


『構ってほしいの? 可愛い奴だなぁ。今から迎えに行くね!』


 普段、だなぁ、とか言わないじゃん。バカだなぁ。

 顔文字も絵文字もない、勝手で、元気で、縁らしい文章。


「……ふっ」


 自然と笑みが零れた。やっぱり、助かっては、いる……んだ?


『――失礼な子だなぁ。助けてあげないよ?』


 また、誰かの声。

 知らないのに、ほっとするような、いや、落ち着かないような。


 かたん。


 手から箸が落ちて、片方が茶碗に当たる。

 もしかして、これが夢――夢囚病なのか?


 いや、この疑問すらも、既に考えた気がする。そう、まさに夢の中で。


 背中を氷でなぞられたような、寒気が走る。

 慌てて味噌汁を飲み干して、体に熱を持たせようとするが、そういうことじゃない、ということにはとっくに気が付いていた。


 誰かに会いたい。

 縁でも、謎の声の主でも良い。

 会って声が聴きたい。


 その時、


 ――ピーンポーン。


 インターホンが鳴る。丁度良かった。訪問販売でも、宗教の勧誘でも何でもいい。誰か。


 玄関に向けて走るが、それより先に扉が開く。勝手に。


「やっほ。君の大好きな私だよ」


 縁。なんかめっちゃふざけてるけど、こんなに安心したのは生まれて初めてだ。好きになりそう。


「あああ……」


「え、どうしちゃったの。震えてるし。風邪とか?」


「いや、何でもない。元気。味噌汁飲むか?」


 慌てて取り繕うが、言ってることが支離滅裂だ。縁だし、別にいいけど。


「朝食べてきちゃったからいいや。何? 本当に変だけど。もしかして、怖い夢でも見ちゃった」


「ん……」


 なんで当てるんだよ。文系だからなのか? そうなのか? 僕って理系なのか?


「あれ、図星?」

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