第3話(1)

「……なんか、凄い夢を見ていた気がする」


 寝汗でぐっしょり、というわけでもないけど、額にはうっすら汗が滲んでいて、甚だ不快だ。さっさと顔を洗うか、いっそのこと風呂にでも入りたい。


 最寄りの商店街のシャッターの様に、重く閉ざされた瞼をこすりながら考える。


 夢、夢か。

 夢って不思議なものだよな。ハッキリ覚えていることもあれば、夢を見たことだけ覚えていて、内容はさっぱり思い出せないこともある。覚えていたとしても、断片的で、全く話として繋がっていないことの方が多いし、起きて数時間経ってから、そういえばこんなシーンもあったよな、なんてこともある。


 今思い出せるのは、「死んではいけない」という台詞と、どこか知らない町の風景ぐらいのものだ。


 そして現実。僕は汗をかいている。


「何か、化物に追われる夢でも見たのかな」


 夢の内容としては、いたってポピュラーだ。高いところから落ちる夢と、ツートップを張れるんじゃないだろうか。


 夢占いだと、なんだろう。将来に対する不安とか、そういう焦りがどうのこうの言われそうだな。くだらない。


「よっ」


 バサッ。


 勢いよく体を起こすと、埃を撒き散らしながら布団が舞う。

 時計はもう七時を回ったところ。


 ちょっとだけ目が覚めたし、このまま洗面所に向かおう。風呂に入る時間は無さそうだ。

 部屋の扉を開けると、下で何かを焼いたのだろう、油の匂いが飛び込んできた。


「……」


 物凄く性格の悪いことを言うけど、僕はこの匂いが好きじゃない。いや、好きな人なんて居ないと思う。朝食には感謝している。念のため。


 テンションが下がったついでに、階段も降りるが、階下には誰も居やしない。両親はとっくに出ている時間で、油と、炊き立てのご飯と、味噌汁の匂いが僕を迎えてくれる。


 今日の朝食は卵焼きと味噌汁か。


 ……?


「あれ、なんか……カレー?」


 カレーの匂いなんか、全くしない。しないけど、唐突にカレーが頭に浮かんだ。今食べたい……わけでもない。最近食べてもいない。はて?


「まだ寝ぼけてるのかな……」


 台所をスルーして、洗面所に向かう。


 蛇口から放たれた水を、僕の手のひらを経由して顔に打ち付ける。洗うとかじゃない。打ち付ける。靄のかかっていた眼球や脳味噌が、どんどんクリアになっていく気がした。


 その時。


『他人の夢で死んではいけないよ』


 誰かの声がした。


 初めて聞いたような、聞き覚えのある様な。

 周りを見渡すが、こんな狭い所に他に人が居る訳が無い。鏡には顔中水浸しの、間抜けで、それでいてよく見知った顔が映っている。


「……それが、ルール」


 とか、なんとか。

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