第2話(1)

 何だか顔が痛い。というか全身が痛い。上半身だけ起こして周りを見ると、赤、橙、水、紫、黄緑、透明、様々な色の壁に囲まれている。目を擦ろうとした右手に、黒い粉がこびりついている。


 これは……アスファルト? 


 意識した途端に、体を支えていた左手と両足が、熱くなってきて飛び起きる。まるでポップコーンだ。靴は履いているみたいで本当に良かった。そして、自分の置かれている状況が少しずつ分かり始めた。


 これは夢だ。


 色取り取りの壁は、よく見たらゲームやアニメ専門の店が並ぶビルで、ここはそう、きっとテレビで見た秋葉原だ。そう理解した途端、チェックのシャツをデニムのパンツに捩じ込み、大量のポスターをリュックサックに詰め込んだ、いわゆるステレオタイプのオタクが、何人も目の前に現われて、早足でどこかへ消えていく。これはこれは。


 行ったことはないけど、流石にもうそんな街でないことぐらいは知っている。それに、何でだか分からないけど、これは夢だっていう確信がある。年に数回、そういう夢を見ることがある。


 だからこれは夢。


 明晰夢って言うんだっけ? 意識したらある程度、夢を操れたりするんだけど。


 架空の秋葉原はどんどんと現実味を増していく。擦れ違うオタクの汗の匂いがする。雲一つない空から、容赦なく太陽光線が降り注ぐ。今度はカレーの匂い。電車の発着音。タイトルは分からないが、人数の多いアイドルの曲だ。パチンコ店のドアが開いて、涼しい風に乗って煙草の匂いがまとわりつく。しかし、それらをじっと見ようとすると、ふっと消えてしまう。そしてまた自分の視界の端から、また別の音や匂いや温度が飛んでくる。


 本当に夢なのか、これは。


 僕はいつの間にか歩き出していた。

 今度はオタクだけでなく、肩にフクロウを乗せたお姉さんや、スカートを履いた初老のおじさん、犬を散歩させているおばさん、何故か一人で歩いている小学生ぐらいの女の子などなど、様々な人と擦れ違ったが、振り返って見ると誰も居ない。


そして段々と、本当に今、人と擦れ違ったのか不安になってくる。

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