第1話(3)
「そうだねー。私も君が覚めなくなったら悲しいかな。俳句を聞かせる相手がいなくなるし」
そこなのか。別にその辺の猫相手に発表しても、余り反応は変わらないと思うけど。僕相手だと、ふーん、へえ。猫相手だと、にゃー、ごろごろ。うん。変わらない。
そういえば今日は、猫を見なかったな。
「でもやっぱり、私は私が目を覚まさない方が嫌かなーって」
「自己中」
「あはっ。誰だってそうじゃない?」
「そうかもしんないけどさ。もっとこうオブラートに包もうよ。それが無理ならせめて包もうとした努力は見せてよ」
「むー。めんどくさい」
本気で嫌そうな声だ。これだから……。
「そういうこと言ってると、本気で嫌われるよ」
「そうなの? 君も私の事嫌い?」
「別に」
「ならいいや。私って別に、皆に好かれようとか思ってないし。一人だけでも私の事好きって言ってくれるなら、それで」
おかしいな。話が通じてない。別に、という三文字をどれだけ好意的に解釈したらそうなるんだ? この世で唯一、縁を嫌っていないものとして、注意すべきかもしれない。でないと、縁という人間が駄目になってしまう。
「好きなんて一言も言ってないけど」
「嫌いなの?」
「嫌いではないよ」
「ほら」
縁は満足そうに言って、けらけら笑っている。ほら、じゃないんだけど。
「ふふーん。なんだかんだ君が、私を大事に思ってくれてるのは分かってるよ。ほら、あそこ」
暗くて見えないから、敢えて確認はしないけど、多分、大学病院の方を指差したのだろう。夢囚病患者が七人、泊まっているはずだ。泊まっているって表現が合っているのか分からないけど。
「私があそこに行ったら、毎日看病に来てくれるんでしょ?」
「どうだか。怪我や病気ならともかく、ずっと寝てる人のとこに行っても退屈だし」
「素直じゃないね」
「お互いにね」
面倒になって適当に返したけど、別にお互いにでもないや。こういう時にすっと皮肉の一つでも言えたらいいんだけど。多分、縁には敵わないからなぁ。俳句やってたら語彙力が身に付くのかな? 僕も何かしらやった方が良いのか。
「じゃあ、私、この辺だから」
それから少しの間、無言で歩き続けて、ようやく少し民家の明かりが有る辺りに出たところで、縁が言った。
「うん」
僕の家まではもう少しある。さっさと歩きだそうとすると、縁が僕の前に立ちふさがり、両手を広げる。
「なに」
「うん、じゃなくて?」
「……さようなら」
「さようなら。そして?」
「また、明日」
「うん! また明日!」
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