第24話「最強不在の戦い」3




「警官隊はビルの包囲を続けろ! まだ攫われた被害者がいるから発砲は的確にしろ! いいか、警察の意地を見せろよ!」

「聞きなさい、優秀な魔術師たち! 魔術をいつでも撃てるようにしておきなさい! 私の命令とともに、打ち合わせ通りに攻撃を開始するのよ!」


 マーティンとサビーナがそれぞれ部下に指示を飛ばす。


「警官隊、魔術師の混合チーム、突入しろ!」


 犯人確保、人質救出のスペシャーリーストの警官数名と、【異界の住人】と戦うことを想定し、勝てないまでも被害者を出さないために実力がある魔術師数名がビルの中へと突入していく。

 ビルの中から、足並みを揃えているマーティンたちを苦々しく眺めていたバロンが叫ぶ。


「邪魔をするな、この無能どもめッ! 殺してやるッ!」


 老人の怒りの声に連動し、ビルを突き破って【異界の住人】が飛び出した。


「また別の【異界の住人】? だけど、下位種よ! これだけの人数がいれば勝てるわ!」

「ちッ、また新しい奴かよ。あの野郎はいったい何体の化物を飼ってやがる? 警官隊構えろ!」

「魔術の準備はいい?」


 警官隊が、魔術師たちが、地面に蜘蛛の巣状のヒビを入れて着地した【異界の住人】へと銃口を、視線を向ける。


「撃ち殺せ!」

「放ちなさい!」


 いっせいに弾丸と魔術が放たれる。

 下位種の体を弾丸は貫くことはできないが、動きを止める程度にはなった。わざわざこのために警官全員の銃弾を、『対異界の住人用試作弾』に交換していたのだ。

 しかし残念ながら、たとえ下位種であったとしても【異界の住人】には有効打にはなっていない。


「ヴェロニカっ、あなたの番よ!」

「ええ、任せて!」


 銃弾の嵐が下位種の足を止める。ブラフマー魔術師派遣会社の社員たちが放った魔術がわずかながら、確実に下位種を傷つけていく。

 そして、ここで雷帝ヴェロニカが動く。

彼女の体からあふれ出した魔力が、紫電と化して音を立てる。荒ぶる雷は、その量を増やし、青い輝きに変化しながら攻撃的に獰猛になる。


「雷神の眷属たちよ、荒ぶる怒りの刃を穿ちたまえ――断罪ノ雷刃だんざいのいかずち!」


 轟音と共に、青白い雷が刃と化して、空から罪人を断ち切らんと落ちてきた。

 目が眩むような閃光。ひとときの合間だけ、時間を昼間に巻き戻したように世界が明るさを取り戻した。

 そして、化物の絶叫が辺り一面を包む。


 どすん、と音を立てて、下位種が倒れた。同時に、閃光に遮られていた視界が戻っていく。

 下位種の体は両断こそされていないが、雷帝が放った断罪ノ雷刃によって、縦一閃に焼き斬られていた。傷口は炭化し、見るも無残に絶命している。


 まさに雷帝の二つ名にふさわしい一撃だった。


「私はこの一年、ただ事務所を守るためだけに力を注いでいたわけじゃないわ。私は強くならなければいけない、もう二度と悲しまないために。仲間たちと肩を並べられるように」


 ヴェロニカの魔術だけではない。警官隊が撃ち続けた銃弾が下位種の体を表面上ではあるがわずかに傷つけえていた。魔術師たちが放った数多の攻撃が、想定していた以上に下位種にダメージを与えていたのだ。

 バロンによって放たれた【異界の住人】は、ここに集う街を守らんとする人たちによって操る間もなく容赦なく殺されたのだった。


「……そんな、馬鹿なことが」


 静寂の中でバロンが信じられないと呟いたのが、痛いほど耳に響いた。

 歓声があがる。化物を倒した人間の勝利の声が、波のように伝播し響き渡った。


「すさまじい殺傷能力だ、ヴェロニカ・マージ。雷系魔術の技術は多岐にわたるため極めるのは困難なはず。なるほど『雷帝』の二つ名にふさわしい実力だ」


 動揺を押し殺し、あえて余裕を持って老人が雷帝を称賛した。


「ありがとう。悪いけど化物を操る時間を与えるつもりはないわよ。速さなら、私は負ける気がしないから」

「素晴らしい! 実に素晴らしい。雷帝ヴェロニカもそうだが、魔術を使えないにもかかわらず拳銃で立ち向かう警官諸君、鍛えられた魔術師たちよ! 君たちは私の敵だ。実験を害する私の脅威だと認識しよう。ゆえに、私は、全身全霊を持って、君たちを殺そう!」


 ヴェロニカを、いや彼女たち全員をバロンは初めて敵として障害として認識した。


「なによりもヴェロニカ・マージ。若くしてその実力を持つ君は素晴らしい。ニック・スタンレイにこそ劣るが、君ほどの魔術師はそうそういないだろう」

「それはどうも。でもね、そのニックに魔術のいろはを教えたのは私なのよ」

「ほう。興味深い。ゆえに私は思うのだ。雷帝ヴェロニカ・マージ、君も餌にしたい」


 ぞわり、とヴェロニカの全身が総毛立つ。

 次の瞬間だった。警戒していたにも関わらず、不意打ちのように人型の上位種である【異界の住人】が彼女を襲撃する。全身が武器としか思えない強度をもった鋼の一撃を紙一重で避けるが、かすりもしていないのに頬から鮮血が散る。


 痛みに無視して、雷撃を放った。人型の化物の体はビクともしないが、雷撃を撃った反動で彼女の体が後方へと飛ぶ。退却用の雷撃だったのだ。そして、十分な距離を取って詠唱を始めながら周囲を確認した。

 彼女の思った通り、襲われているのはヴェロニカだけではない。蜘蛛型の上位種も現れサビーナたちを襲っていた。


「散れ! 散れっ! 散りやがれ!」


 マーティンの怒号に警官も魔術師もいっせいに行動を始める。

 もうすでに、犠牲者が数名でてしまっていた。それでも戦わなければならない。ここで全滅することは許されない。文字通り、命を賭して戦うのだ。


「ヴェロニカッ! 私たちは蜘蛛型を相手にするわ! 悪いけど、人型は任せてもいい?」

「ええ、もちろん! いくら【異界の住人】といっても、思考を奪われた哀れな化物。扱う人間が戦闘の素人なら、なんとかしてみせるわ!」


 ひとりで戦え、と、普通なら死刑宣告に等しい女帝の言葉にヴェロニカは気丈に応えてみせる。ニックは二体も同時に相手にしたのだ、一体くらいをなんとかしなければ彼に顔向けができない。


 すでに、老人の弱点である、戦闘面の素人であることや、【異界の住人】を制御する際の集中力のことをニックから聞いている。無論、サビーナとマーティンにもこのことは伝えてある。


 だからこそ、いくら個でありながら数多の魔術師に匹敵する脅威の【異界の住人】であろうと、その脅威はバロンのせいで制限されてしまっている今ならなんとかなる。


「確かに私は戦闘に関しては素人だと認めよう。集中力を途切れさせてしまうと制御が甘くなるという弱点をニック・スタンレイによって発見されたことも、残念だが認めるしかない。だが、私が修正すべき点を見つけてそのままにしておくと思うかね? 何度も言うが、私は研究者なのだよ!」


 なんとかなる――はずだった。


 警察車両の上に陣取った蜘蛛型の【異界の住人】が八つの足を器用に操り、警官と魔術師を抉り貫いていく。一本一本の足が意志を持つように変幻自在に動く様は、とてもではないが人間が操っているとは思えない。


 人型の【異界の住人】もまた、地面を蹴るとヴェロニカに肉薄して拳と蹴りを交互に繰り出していく。



 バロンは【異界の住人】二体をニックと戦ったとき以上に操っていた。




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