十四話 遺跡探索1

 今日は初めての定休日。

 なのに俺は革製の防具を身につけて荷物をまとめている。


「ゴロゴロしたい……」

「まだ言っているのか。カイン達に同行するって決めたんだろ。少しくらいはやる気を見せろ」


 だってさぁ、定休日なんだぜ。

 一週間以上頑張ったんだぜ。

 休ませてくれよぉ。ダラダラさせてくれよぉ。


 そんな俺の心の叫びなど知らんとばかりに、猫神様は股の辺りを念入りに毛繕いしている。

 相変わらず猫神様は可愛い。そうだ、たまにはお腹の辺りでも触ってみるか。

 そう考えて手を伸ばせばぺしっと猫パンチで弾かれた。


「我が輩に簡単に触れられると思うな。どうしてもと言うのなら肉を出せ」

「肉! 肉を差し出せばそのモフモフに触れるんだな!?」

「くくく、我が輩の気が変わる前に早く用意した方がいいぞ?」

「ではすぐにでもご用意いたし――あでっ!?」


 後頭部に強い衝撃があった。

 振り返れば拳を握るレイナがいた。


「いつまで準備に時間をかけているの。みんな待ってるのよ」

「悪い。ちょっとモフモフをな……」

「どうでも良いから早くしなさいよ」


 レイナに怒られてしまった。

 と言うか集合時間が早過ぎるんだよな。

 朝の四時に集まれとか無理だから。

 そう言えばレイナは低血圧なのによく起きられたな。


「私は徹夜よ。寝ちゃうと起きられない自信があるし」

「偉そうに言うようなことじゃないだろ」


 俺は今日の為に買っておいた鉄の剣とナイフを装備する。

 あとはリュックを背負えば準備完了。

 猫神様は自分の足で歩くつもりはないらしく、ちゃっかりリュックの中から顔を出していた。


 家を出れば朝日がまぶしく目にしみる。

 おまけに肌寒く、吸い込む空気は冷たい。

 家の前にはカイン達が勢揃いしていた。


「いつまでも集合時間に来ないから心配したよ」

「レイナにたたき起こされるまでぐっすり寝ていたんだ。って言うかどうしてこいつがウチの合鍵を持ってるんだよ」

「その方がいいかなって思ってさ。おかげでちゃんと起きられたよね」


 ニコニコと微笑むカインに、俺は怒る気が失せてしまう。

 合鍵の件はともかく遅刻したのは事実だ。

 まずは謝罪か。俺は全員に遅刻したことを謝る。


「とにかくみんな集まったし、さっそく出発しよう」

「で、そのケブラ遺跡ってのはどこにあるんだ」


 俺達は早朝の町を歩きながら言葉を交わす。

 さすがにこの時間は誰も歩いてはいないようだった。


「町から南に進んだ場所にある森の中だよ。少し前まで財宝は取り尽くされただろうって言われてたんだけど、最近になって新しいエリアが発見されたんだ。きっと新しい魔法遺物アーティファクトが見つかるんじゃないかな」

「気になっていたんだが、その魔法遺物アーティファクトって今の物とどうやって見分けるんだ。何か目印みたいな物でもあるのか」

「良い質問だよ。古代の遺物には例外なく紋章が記されてる。えっと……あったあった。こんな感じのものを見つけたらすぐに教えて欲しい」


 カインが取り出した紙には樹の絵が描かれていた。

 その下にはのたくったような文字で『グエイル』と書かれている。


「このグエイルってなんだ?」

「「「「読めるの!?」」」」


 四人が驚いた様子で目を見開いている。

 だってここにそう書いてあるじゃん。


「古代文字が読めるならそう言ってよ! すごいことなんだから!」

「そうなのか? 確かに言われてみれば今の文字と形が違うような……」

「いやぁ、これは意外な発見だね。明君が古代文字を読めるなら、遺跡の探索もきっとはかどるよ。それどころか他の冒険者を出し抜くことだって可能だ」


 カイン達はニンマリと笑みを浮かべ始める。

 俺が意外に使えると分かったからだろう。

 リュックから顔を出した猫神様が耳元で声をかけてくる。


「お前の持っているスキル、異世界共通語のおかげだぞ」

「それって古代文字も識別可能なのか?」

「当然だ。大昔だろうが未来だろうが共通語であるならスキルの適応範囲だ。それを与えた我が輩に感謝しろ」


 おお、こんな能力をお与えくださり感謝いたします。

 チート万歳。猫神様万歳。


「それでグエイルってのは?」

「ああ、一万年以上前にあったとされる大国の名前だよ。正式名称はグエイル大帝国。現在では考えられないような技術力で栄えていたって話だ」

「い、一万年前!?」 


 カインが「途方もない時間だから想像できないよね、あははは」などと笑う。

 だとすると俺は一万年前の文字を平然と読み解いたのか。そりゃあ彼らが驚くわけだ。納得。


 町を出ると、そこからひたすら南に向かって道を辿る。

 朝の散歩みたいで気持ちが良いな。たまにはこういうのもいい。

 ひんやりとした草原が朝日に照らされる景色は、見ているだけで心が洗われるようだ。


 太陽が真上に昇る頃、俺達はようやく目的地へと到着した。


 息の上がった俺は現地で仰向けに倒れる。

 するとニヤニヤと笑うリサがのぞき込んだ。


「このくらいでへばるなんて軟弱だなぁ。アタシが鍛えてやろうか?」

「遠慮します」


 起き上がって全力で拒否する。

 リサは脳みそまで筋肉でできているから、碌な指導をしてくれないのは目に見えている。

 どうしても鍛えないといけないって言うのなら、優しさ溢れるダリオスに教えてもらいたい。だらけても許してくれそうだし。


「ちょっと休憩しようか。もうすぐ昼食時だし」

「そうだな。探索の前に腹ごしらえをしておくのはいい」


 カインとダリオスが食事の準備に取りかかる。

 遅れてレイナも手伝い始め、俺とリサはその様子を眺めるだけだ。


 しかし、遺跡がある森ってのは賑やかだな。


 周囲を見渡せば、至る所に冒険者の姿が見える。

 たき火を囲んで冒険前の食事をしているようだ。

 中には酒を飲んでいるのか陽気に歌っている奴らまでいた。


 で、肝心の遺跡はというと、俺達の目と鼻の先にある石の入り口がそうだ。


 地表に露出する巨大な一枚岩にぽっかりと穴が開いていて、地下へと続いているようだった。時折、風が通り抜けることから、ォオオオオッと獣のうなり声のような音が響いている。

 完全にゲームで言うところのダンジョンだな。

 話に聞けば中にはモンスターもわんさかいるとか。

 無事に生きて帰れることを願う。


「明はいいよなぁ、猫がいるし」

「やめろ! そんなもので我が輩は――にゃん! にゃうう!」


 リサが猫じゃらしで猫神様と遊んでいる。

 フリフリ揺らされる毛玉に神様は抗えないようだった。

 俺も懐から猫じゃらしを出して対抗する。

 可愛い猫神様は俺の物だ。


「リサも猫を飼えば良いだろ」

「それができないんだよ。アタシの両親って猫嫌いでさ」

「確かにそれは難しいかもな。でも、それなら一人暮らしすれば良くないか?」

「許してくれないよ。アタシの家ってそういうの厳しいし。こうやって冒険者がやれているのも、沢山の約束事を結んだ上でようやくだからな」


 へー、もしかしてリサってどこかのお嬢様なのか。

 人は見かけによらないな。

 がさつで短絡的なのも厳しい教育からの反動なのかな。


「お前、アタシを馬鹿にしなかったか?」


 こ、こいつ、なんて勘がいいんだ。

 近くで変なことを考えるのは控えた方がいいかもしれない。

 そこへ猫じゃらしを持ったレイナが参戦する。


「猫ちゃん、こっちこっち」

「にゃん! にゃうにゃう!」

「食事の準備はできたのか?」

「うん、ほとんどダリオスがしてくれたからね」


 意外だな。ダリオスはそう言うのは不得意に思っていたんだが。

 ちらりと見れば、ダリオスが率先して野菜を刻んでいた。

 実に手際が良い。カインもその隣でテキパキと作業を進めている。


「あの二人って仲が良いよな」

「まぁね。幼なじみって言ってたし」

「ああいうの憧れるよ。俺ってそう言うのいなかったし」

「男同士の友情ってやつね。それなら猫ちゃんがいるじゃない」

「なんか違う気がする」


 真の友が猫じゃらしに翻弄されている猫とは。

 これはもう、ぼっちと呼ばれても仕方のない状態だな。

 うう、涙が出そうだ。可哀想な俺。


「みんなできたよ!」

「「「はーい」」」


 そんなわけで俺達は冒険の前にひとまずの食事を始めた。




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